東京都・渋谷。押しも押されぬ首都の代表する繁華街のひとつ。
 将来に必要なだけの退屈な学校の勉強に、若者がファッションの刺激を求め朝も夜もなく街に繰り出し。
 肩幅にすっかり馴染んだスーツを着た大人が、書類の束だらけの鞄を片手に朝も夜もなく幾度も交差しては別れていく経済の中心地。
 たまの休日に日頃のストレスを解消せんとはしゃぐ者達の中には、衝動に任せた派手な髪色、パンクなファッションに身を包むのもさして物珍しくない。
 与太者見世物大いに結構。我こそが流行の最先端と天下に知らしめんとす花の都。
 だから。
 デートでの待ち合わせの聖地・ハチ公銅像前に背を預けながら缶ジュースを呷る長身の影にも、街の住人として諸手で迎え入れられていた。

 色素の薄い、銀か白の髪を、リストバンドで上げた青年だ。総身は黒衣。大人の段階を昇る感触も覚えてきた端正な顔立ちは、すれ違いに横目で追い続ける子女達に微かに色めき立たせている。
 特徴的なことに、それで額に巻くところのバンドを両の目と眉の部位にまでずり下げている。
 当然、視界は暗黒で閉ざされる。家で遊びに目隠しにすることはあろうだろうが、そのまま外に出るのは無謀に過ぎる。滑稽な転び方をしても文句は言えまい。
 なのに目隠しで挙動が不審になってる様子はなく、偶に自分に目を向ける通行人に手を振る始末。
 同じ待ち合わせ中の人は、実は透けて見えてるのだろうかという疑いを胸にしまいつつも抱いていた。

 だがそれも。街を騒がせる異常なわけではない。
 見た目が不審者なだけで弾き出すほど渋谷(このまち)の懐は狭くない。
 ちょっと奇妙な格好の男が待ち合わせ場所で立っていて、少し注目を集めていた、だけ。
 それだけだ。ただのそれだけ。
 平和な時間。日常の枠からはみ出ないありふれた光景。

「まいったなぁ……本当に誰もアンタに気づいてないよ」

 本当の異常は。
 男に隣り合って立つ袴姿の男の存在に、群衆の誰一人として気づいていない事の事態だ。


 侍。そう呼ぶしかない格好だ。
 掛け軸か屏風絵から抜け出たようにしか見えないほどの侍だ。
 時代錯誤の着物を纏い、足は足袋(たび)。腰にも届く長髪の後ろを高く結わえている。
 極め付きには左の腰元に見える柄。鞘まで完備された中は空洞でも玩具でもない、本物の刀剣が確かに眠っている。
 気づかれれば問答無用の警察沙汰で、街は騒然とするだろう。気づかれてない現状、その心配はないが。
 隣でやたら目につく男と対象的に、侍は見咎められることも、遠ざけられてもいない。完全にいないものとして扱われてる。
 侍は、世界の認識から消失していた。

「霊体になってりゃ呪霊みたく見えないのは当然として、こうして完全に実体を持った上で気づかれないなんて、それだけで一つの術式として成立する。
 ましてそれがデフォルト、基本も基本だっていうんだから。おっかないねえ、サーヴァントってのは」
「……五条、私はそう大それたものではない。私にできるのはせいぜい刀を振るうことだけだ。英霊の座に押し上げられた者にとってはただの剣士でしかない。
 その剣にしても、後にも先にも私を上回る才覚は数多に生まれていただろう」
「聞く方にとっちゃ嫌味にしか聞こえないぜそれ。
 自信過剰も身を滅ぼすけどさ、アンタの場合は自分の過小評価がすぎるんだよ、アサシン」

 二人の会話は雑踏には届かない。仮に聞いても、意味がわからず聞き流すだろう。

「英霊ではない身で私を捉えるほどの術技を身に備えた主に言われては、慢心などできるはずもない」
「その剣だけでこっちの技全回避しつつ僕に届かせてといてよく言うよ。
 けっこう全速だったのに術式なしで追いついて斬りに行くとかさー……あー嫌なやつ思い出しちゃったじゃん」

 交わされる言葉の意味も。知るものが聞けば戦慄するその内容も。
 知るはずがない。理解しようはずがない。彼らは端役。舞台を飾り立てる装飾の枠を超えることは許されない。
 マスターとサーヴァントが組み合わせ、ただひとつの奇跡を求めて殺し合う儀式、聖杯戦争。 
 その舞台に立ち、いずれ破壊の災禍を浴びせ、蹂躙させられる役目でしかない彼らには。


 マスターの名は五条悟。
 呪術師御三家の一角、無下限呪術の使い手。呪いと人の均衡の支柱。自他共に認める現代最強の呪術師。

 サーヴァントの名は継国緑壱。
 鬼殺隊中興の祖、日の呼吸の使い手。自身がどれだけ認めずとも疑いの余地のない最強の鬼狩り。


 共に聖杯に望む権利を得、戦いの火蓋が落とされるのを待つ身の二人は、こうして駅前で呑気に茶を飲んでいた。



「平和だねえ」

 缶を傾けつつ空を仰ぐ。天気は良く、人の往来は絶えない。これから戦争が始まると言われても俄には信じがたい日々だ。
 だが呪術師の五条は知っている。人ある限り【呪い】は必ず生まれる。
 社会で淘汰的に生まれる負の感情の淀みが、日に日に増していくのをその六眼で視ている。
 この溜まった淀みは瘤となり、ほどなく膨れ上がって破裂する。これは確信で確定だ。
 特級を凌ぐ呪力の塊が数十体で殺し合う。そんなものが起きれば渋谷事変どころの話じゃない。東京一個ぐらいは、軽く吹っ飛びかねない。そう試算していた。

「ああ、平和だ。そしてこれ以上ないほど、美しい。
 ここには鬼の脅威はない。豊かで物に溢れ、大きな争いもなく、親が子を愛し育む、そんな細やかな幸福が許される世界だ」
「いやいや、そこまで博愛主義じゃないよ僕は」
「だが」

 緑壱は言葉を切った。

「やはり戦いは起きるのだろう。私がこうして呼ばれた時点で。
 これからここで、また多くの人が苦しみ、死んでいく」
「この世界の人を気にしてるの? 君とは無関係の、そもそもどこかの誰かの模倣みたいなものなのに?」
「だが生きている。家族と幸福に暮らしている。ならば私は彼らを守りたい。たとえ彼らの生活が、そして私すらもが一夜の幻なのだとしても」

 共に生まれつき、情報を掴む視覚という点で逸脱した能力を備えている二人だ。
 五条は呪力の性質を見極める六眼から彼らを「偽物」だと断じ、緑壱は骨肉から臓器まで透かして見える世界から彼らを「人間」だと見做した。

「詩人だねえ。そして意外に感傷的だ」

 顕現して契約を確かめ合っていた始めは無愛想で何を考えてるかわからず、特級の秤にすら乗らない超抜級の剣才を誇る英霊を物騒に思っていたが。
 その才に対称するが如く朴訥で、全うすぎる普通な精神の持ち主なことに、五条は数日の交流で把握した。
 有り余るほどの才が人格を食い潰すパターンは呪術師でもままあるが、自己を覆い隠して見えなくしてしまうほどというのは滅多に見ない。
 自分みたいに一個ぐらいブッ飛んでればまだ周囲もマシだったろうに……と棚に上げてみても、そうでない彼を哀れみもしない。

 緑壱の方針は聖杯戦争においては全くの無益。こちらにとってマイナスにしかならない下策だ。
 救ったところで得点が出るでもなし。感謝すらされるかどうか。しかも用事が済めばこの世界ごと廃棄だって十分あり得るのだ。
 だからここは、呪霊ならざる英霊を縛る令呪を保持する身として戒めるのが、出来るマスターというやつなのだろう。
 勝ちの目を出しやすくする為に。奇跡の成就させる大事の前の小事として。



「ま、いっか。僕もそのつもりだったし」

 今更過ぎる天秤など放り捨て、五条はあっけからんと快諾した。

「……いいのか」
「いいよ。要するにこれ見よがしに暴れる連中を見つけたら速攻倒しちゃうってことだろ?
 そもそも僕、願いとか大してないしねー。上層部皆殺しーとか一人でできるし、未来ある若手も集まってきてる。
 呪霊を生まない世界──────なんて、死んだ奴の夢に引っ張られたくもない。
 第一、のんびり様子見してるほどあっちも暇じゃなさそうだ。
 なんとかなるとは思ってるけど、戻れるってんなら長引かせる必要もない」

 像から背を離し、眼の覆いを片方だけずらし空を射貫く。


「即帰って、あいつからクサレ脳ミソ野郎を引っ剥がしてやるよ」


 界聖杯に招かれる前の五条の記憶は、己の肉体が小さな函に押し込まれる瞬間だ。
 特級呪物『獄門疆』。友の亡骸を玩弄する者の手で、自分は囚われた。
 シャットダウンした視界が晴れた時には、10月31日の惨劇より前の渋谷に立ち尽くしていた。
 タイミングよく脱出できたと見るのか、タイミング悪く攫われちゃったのか。そこら辺はおいおいだ。

 後進は育てた。 
 自分がいなくとも最後には彼らなら勝ち残れると楽観しつつ期待してる。
 けれどただ儀式を終わらせても、あの髑髏で狭苦しい中に直行してしまうのなら。
 聖杯とかいう胡散臭さ全開の賞品にも、格安チケット代ぐらいの期待は持てる。

「何なら一緒に来ない? アンタが加わってくれればもうこっちの勝ち確なんだけど」
「今の私は死者。人の歴史に落ちた影のようなもの。
 この場の役目を果たせば速やかに去るのが礼儀というものだろう。お前たちの世界は、お前たちの力で守られてこそ価値がある」
「あっそ残念。ま、いうなれば正の方向性で反転した呪霊だ。お爺ちゃん方が見たら憤慨ものだ。血圧脳に行き過ぎてポックリいっちゃうかも。
 あ、なんかそれはそれで見てみたいな! ねえやっぱ来てみないかな─────」


 個には限界がある。
 己がいない場所で動いた運命に、ただの最強は何も為せない。
 その人生に敗北はなく、勝利しかないまま、傍らにいた輩は袂を別った。
 彼らは一人だったが故に多くを取り零してきた。
 では最強がふたりならば───運命は、限界は、不壊の殻は破られるのか。

 呪術師と剣士は街の雑踏に紛れて、やがて飲み込まれるように姿を消す。
 蔓延る呪いを打ち砕く指も、暗躍する鬼を斬り裂く刀も、やはり目にすることはなく。


【クラス】
アサシン

【真名】
継国緑壱@鬼滅の刃

【ステータス】
筋力B 耐久D 敏捷A++ 魔力E 幸運E 宝具B

【属性】
中立・善

【クラススキル】
気配遮断:A+
 暗殺者ではなく、武芸者の無想の域としての気配遮断。
 ただその域が極まり過ぎてることと、逸話の影響でランクが上がっていて、完全に気配を絶てば発見することは不可能に近い。

【保有スキル】
日の呼吸:EX
 鬼殺隊が鬼と戦う為に編み出した特殊な呼吸法、全集中の呼吸の開祖。始まりの呼吸とも。
 全部で拾参の型があり、そこから繰り出される斬撃は灼熱の如く鬼を斬り裂く。
 伝承により鬼種、魔性への特攻効果を持ち、たとえ討ち漏らしても傷口が再生せずに延々と残り続けるスリップダメージを負う。

天与の寵児:A+
 どの時代の剣士も追いつけない、この世の理の外にいるとしか思えない数々の超常の才を纏めたスキル。 
 寿命を大幅に削る代償で戦闘力を増大させる『痣』、
 筋肉や骨格、果ては内蔵まで透かして見ることで敵の行動を完全に読む『透き通る世界』、 
 日輪刀に万力の握力と熱を込め赤熱化させ鬼への特攻効果を高める『赫刀』、
 緑壱はこれらを生まれつき、しかも何の代償もなく使いこなしていた。
 明確に上位存在から加護があったかは定かではないが、緑壱は自身を鬼の始祖を倒すべく特別強く生まれた───ある種の抑止力であったと推測している。

情報抹消:D
 対戦が終了した瞬間に目撃者と対戦相手の記憶からアサシンの戦闘、特に「日の呼吸」に関する情報が消失する。
 死後緑壱を恐れた鬼が日の呼吸の使い手、存在を知る者を徹底的に滅ぼしたことで後天的に得たスキル。

斜陽:D
 絶対に倒さなくてはならない相手をこそ取り逃がしてしまうという、このサーヴァントに刻まれた唯一の「呪い」。
 確実に勝てる戦いにも関わらず、様々な不運が折り重なって、最後の一太刀だけが宙を切る。
 超常的な肉体と一般的な精神の齟齬が引き起こす、一種の摩擦のようなものとでもいえる。

【宝具】
『拾参ノ型・縁舞日昇』
ランク:C++ 種別:対人奥義 レンジ:0~10 最大捕捉:1人
 じゅうさんのかた・えにしはまわりひはまたのぼる。
 鬼の始祖との戦いにて開眼したただ一度のみ使用し、名付けられぬまま終わった、日の呼吸拾参番目の型。
 日の呼吸の型を壱~拾弐まで放ち続け円環と成す連続奥義。
 陽の光以外で滅びない不死身の鬼相手に、ならば夜が明けるまで斬り続ければいいという単純な理屈を現実にしてしまった。
 一度完全に嵌ったら以降型が延々とループされ敵は抜け出せず刻まれ続けることになる。
 緑壱自身の運動能力で成立する宝具なので発動する魔力は必要ないが、全力で絶えず動き続ける必要上、総合的に消費する魔力は少なくはない。

【weapon】
『日輪刀』
 日の呼吸に適応する刀身は黒曜石のような漆黒色をしている。

【人物背景】
 鬼殺隊に呼吸術を教えた中興の祖。始まりの呼吸の使い手。
 人はおろか鬼すら寄せ付けぬ強さを誇るが、その精神はありきたりな平穏を好む純朴なものだった。
 疑いなく最強であるにも関わらず、妻子の危機に間に合わず、宿敵の討滅の絶好の機会を逃し、堕ちた兄の介錯を務めることもできず寿命で果てた。

【サーヴァントとしての願い】
 五条に付き従い、人を守る。


【マスター】
五条悟@呪術廻戦

【マスターとしての願い】
元の世界に帰還。もちろん封印されない時点で。

【能力・技能】
現代最強の呪術師。単純な体術と呪力操作でも特級呪霊を手玉に取る。
肉体に刻まれた生得術式は無限を実数化し攻撃を遠ざけて止める、反転させて弾く「無下限呪術」と、呪力の視認と緻密なコントロールを行う「六眼」の抱き合わせ。
呪術の最終地点「領域展開」は、相手に無限の情報を与え続けることで行動不能にする「無量空処」。
反転術式も使用可能。致命傷からも復帰できる他、無下限の負荷を軽減する為常時回している。

【人物背景】
呪術高専東京校一年の担任。特級呪術師。
現代どころか千年前から数えても太刀打ちできる存在が術士・呪霊並べても見当たらない強さを誇るが、自分だけが最強であるのに限界を感じ呪術界の革新を試みている。
もういっそ上層部皆殺しでもいいんじゃないかと考えてるが、それだと頭が挿げ替わるだけで何も変わらないので、後進の育成に力を注いでいる。
ただし性格は悪い。生徒同僚からの信頼は高いが尊敬はあまりされてない。

参戦時期は渋谷事変、特級呪物『獄門疆』に封印された後、もしくはされる直前から。

【方針】
敵を見つけて手っ取り早く倒す。かといって一般人のマスターを秤にかけるかは吟味。

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最終更新:2021年06月05日 20:11