――いつになったら、この夢は覚めるのだろう。

 そう思いながら、虚ろな目で魔法使いの少女・キャルは空を見上げた。
 時刻は既に深夜零時を回っている。宿はあるし、心労由来の疲れもしこたま溜まっている。
 宿であるネットカフェに戻れば、すぐにだって眠りに就けることだろう。
 けれどどうにも今日は、そうする気になれなかった。
 何せ、もう一週間なのだ――この街に来てから。もとい、放り込まれてから。

「ねえ。いつ帰れるのよ、あたし」

 その声に答える者は、いない。
 何故なら彼女は今、たった一人で公園のベンチに座り込んでいるのだから。
 だが、此処は界聖杯内界。願いを叶えさせるため、もといその目的を果たすための事前準備を行わせるために用意された模倣世界。
 そこに招かれた客人である以上、キャルにも当然、居る。
 自分とすべての運命を共にする、サーヴァントが。

「何度目ですか、マスター。その質問は」
「何度でも訊くわよ! 一体いつまで続くのよ、こんな戦い……!!」

 像を結ぶ――公園内に植えられた常緑樹に体重を預けた、銀髪の僧が。
 顔の下半分を覆い隠してはいるものの、曝け出されている残り半分の顔面を見ただけでもその容貌が整美であることは分かる。
 そんな理由もあってか、何とも言葉にして形容することの難しい、不思議な存在感を放つ男だった。
 この男こそが、キャルの使役するサーヴァント。クラスを、バーサーカー。狂戦士の称号に似つかわしくない静けさを湛えた男。

 彼のことを、キャルは信頼している。
 何しろこの界聖杯内界で覚醒してすぐ、彼女はバーサーカーに命を救われているのだ。
 襲い掛かってきたサーヴァントを切り払い、討ってのけた彼。
 彼の奮戦がなければ、間違いなくキャルはあの場で死んでいたに違いない。
 いや、そこを除いてもだ。マスターとして過ごした一週間の間で一体何度彼に助けられてきたか、彼の存在に支えられてきたか。

「この一週間で、何度も殺されかけてるのよ? 襲われてるのよ!?
 っていうかせめてこの耳だけでもなんとかしなさいよ馬鹿っ、今までの戦い全部この耳のせいで襲われてるんだけど!?」
「それを私に言われても困りますね。界聖杯に毎夜欠かさず苦情を言えば、ひょっとすると消してくれるかもしれませんよ?」
「心にも思ってないわよね。あんたの顔見れば分かるのよ?」
「ははは、まさかそんな」
「目を合わせなさいよーっ!!!」

 がーっ、と。 
 そんなオノマトペが見えるような勢いで、キャルは吠えた。

 キャルはこの界聖杯内界では、"百地希留耶"という名を与えられている。
 ロールは中学二年生。此処まで聞けば、ちょっと変わった名前なだけだろう、と思うかもしれないが。
 しかし、キャルの頭にはこの世界の一般的な人間には付いていない、猫耳があった。元の世界と変わらずだ。
 それ故に、キャルはとにかく人目を引く。帽子がなければコスプレイヤー扱いをされるし、学校になど当然通えない。
 マスターに見られればあれ絶対マスターだろという確信を以って襲撃され、何度となく死にかけた。
 バーサーカーが戦闘の心得を持ったサーヴァントでなければ、確実にキャルはこの初週で脱落していたに違いない。

 フード付きのパーカーを着るようになってからは幸いまだ敵と遭遇してはいないものの、それでもキャルの心労は凄まじいものがあった。
 この世界に合わせた役割を与えるくらいの柔軟さがあるならもう少し頑張りなさいよと、界聖杯に口角泡を飛ばす勢いで文句を言いたい気分だった。

「……まだ予選も終わってないんでしょ?
 本戦が終わるまでどれだけかかるのよ、これ」

 溜め息をついて、キャルは頭を抱える。

「言ったわよね、あんた。
 自分の手に掛かれば、あたしを元の世界に返すくらいは簡単だって」

 大袈裟でも何でもなく、もう限界だった。
 気が滅入るという慣用句が言葉通りの意味であるということを、この世界に来て初めて知った。

「あたし――本当に帰れるの?」

 そんな弱音が出てしまうことを情けないとは思ったが、それでも自らの意思では止められなかった。
 キャルに、聖杯に託すような願いはない。
 どんな願いでも叶えられる奇跡なんかに執着はないが、しかし、こんな何処とも分からない異界で死ぬことだけは御免だった。
 界聖杯。願いを叶えるための戦い。どちらも、知ったことではない。
 キャルが思うのは、元の世界に早く帰りたいということ。ただそれだけなのだ。そしてただそれだけの願いを叶えるまでの道程が、途方もなく遠い。

「根拠を示すことは出来ません。貴女も既に理解しているでしょう? 
 この聖杯戦争という戦が――あらゆる点において、道理の内には収まらぬものであるということを」
「……それは。そう、だけど」
「誰にも見通すことなど出来ないのですよ、この戦の行く末など。
 私も、そしてマスターも。ともすればこうして語らっている数刻後には、この界聖杯内界から消え果てているやもしれません」
「……っ! なんであんたがそんなこと言うのよ! あんたは……あたしの、サーヴァントなんでしょ!?」

 多くの葛藤があった。罪悪感もあった。
 自分の仕えるべき相手から下された命令を振り切れなくて。
 でも、知ってしまった日常の温もりも捨てられなくて。
 ずっと悩んで、迷って、その末に答えを見つけて、ようやっと振り切って。
 そうしてやっと、心から笑えるようになったのだ。

 なのに――今。自分はもう二度とあの日々に帰れないかもしれない状況に立たされている。
 そのことがキャルにはとても腹立たしくて、むかついて。受け入れられなくて。
 だからこそ、こうして感情を剥き出しにしてしまう。

「あたしは……こんなところで死にたくない!
 死にたくないのよ――絶対。帰りたいの……あたしの世界に!!」
「なのに、貴女は殺したくないとも仰る。これは矛盾ではありませんか?」
「そんなの、知らないわよっ! ごちゃごちゃうっさいのよ、使い魔の分際で……っ!!」

 元の世界に帰るという目的を達成させるなら、一番手早いのは確かに勝つことだ。
 そうすれば元の世界に帰れる。それどころか、万能の願望器という大きすぎるオマケまで付いてくる。
 しかしキャルは、その最も安牌であると思われる道に走るのを嫌がっていた。
 なるべくなら殺すことはしないで元の世界に帰りたいと、そんなわがままをバーサーカーに吐いていた。

「……だって。そんなことしたら、あいつらに嫌われちゃうかもしれないでしょ。
 それに事あるごとに、殺してきた奴らの顔と名前を思い出すわけじゃない。
 そんなの……嫌よ。あたしはそんな重荷、背負えない」

 キャルは、強い心など持っていない。
 むしろその逆だ。人より繊細で、隙だらけで、脆い。
 だからこそキャルは人道的な諸々を抜きにしても、自分は殺人の重荷に耐えられないと確信していた。
 きっと事ある毎に思い出す。笑っていても泣いていても、不意に思い出してしまう。

 それは――嫌だった。だからキャルは、自分のサーヴァントに無理難題を突き付けているのだ。
 なるべく敵を殺さずに、元の世界に帰りたい……そんな、無理難題を。

「無茶を言いますね。しかし……私は貴女の言う通り、ただの使い魔だ」
「……、」
「であれば、善処はしましょう。叶えられる確証はありませんが」

 そのわがままを、バーサーカーは呆れながらも受容する。
 使い魔は主人の言うことを聞くのが仕事。それは、サーヴァントだって同じだ。
 それに。そうでなくたって、バーサーカーにキャルの無謀な理想を否定する理由はなかった。

「見果てぬ夢を追った経験はある身です。
 道理では通せぬ道も、無理で通したい。その考えは、理解できる」
「……本当? 本当に、あんたは分かってくれるの……?」
「えぇ、もちろん。仏に祈る道を選んだ者として、嘘など吐きませんとも」

 そう言って、バーサーカーはキャルに対し目を細める。
 彼女は青い。あまりにも幼く、それ故に未熟だ。
 だからこそ、バーサーカーはその青さと幼さを慈しむ。
 慈眼傍観。かつて人がバーサーカーを称してそう呼んだ通りの姿勢、在り方で。
 狂戦士の称号を与えられた異常者は、妄執の徒たる"僧"は――南光坊天海は。

「ご安心ください、マスター。
 私は貴女のサーヴァントです。よって貴女の願いを叶えることもまた、我が使命に含まれている」
「……本当ね? 信じるわよ、あたし。
 今のあたしには――あんたしか、居ないんだからね」
「貴女が元の世界に帰りたいと言うのなら。聖杯を放り捨ててでもそれを叶えたいというのなら。
 えぇ、えぇ。"是非も無し"です――私はどこまでも。貴女を守り、付き従ってご覧に入れましょう」

 平気な顔で、思ってもいないことを言うのだ。

「……なら、いいわ。頼んだわよ――バーサーカー」

 キャルは、幼い。そして青い。だから、見抜けない。
 バーサーカー・南光坊天海。或いは――■■■■。
 その魂に秘められた狂気を、妄執を。



「えぇ、無論。この魂に代えても」




 ・・
 天海は、そんなことなど心にも思っていない。
 彼の頭にあるのは、ただ己の望みを叶えることだけだ。
 それでいて、聖杯など不要という一点だけは共通している。 
 そうだ、聖杯など必要ないのだ。天海の願いは、この界聖杯内界でだって叶えられるのだから。

 叶えてみせよう、この身に宿る拭い去れぬ願いを。未練を。
 願いを叶えるためだけに作られた紛い物の世界を塗り潰してでも。
 そこに集ったすべての願いを踏み潰してでも、望む景色を見たいのだ。

 死んだ程度では、討たれた程度では、潰えることなきこの狂気。
 かつて焦がれた、そしてこの手で討った、魔王。織田信長――今は欲界にて眠るだけの主君のために。
 南光坊天海はすべてを尽くす。たとえ、己がマスターの想いと願いを踏み台にしても。
 狂おしき者(バーサーカー)と呼ばれた彼は――進み続けるのだ。冥府魔道へと続く、背信と依存を寄る辺に。


【クラス】バーサーカー
【真名】天海
【出典】戦国BASARA
【性別】男性
【属性】混沌・狂

【パラメーター】
筋力:B 耐久:C 敏捷:A 魔力:B+ 幸運:E 宝具:EX

【クラススキル】
狂化:A
 本来であれば天海はキャスタークラスの適性を持つが、その身に秘める狂気と妄執の深さからこのスキルを与えられた。
 意思の疎通は可能だが、彼の内界に燻る狂気の炎を消すことは誰にも叶わない。
 他ならぬ、彼自身でさえも。

【保有スキル】
恍惚の僧:A
 天海が持つ魔技。
 彼が恍惚に染まれば染まるほど威力と攻撃範囲が増幅される。
 魂を吸収しての体力回復や、巨大なしゃれこうべを作り出しての防御など技の種類は豊富。

妄執の相:A
 天海が抱える妄執。
 決して拭い去ることのできぬ、呪いの如き執着。
 同ランクの精神異常スキルに相当する効力を持つ他、彼の夢見る大願が成就に近付けば近付くほどパフォーマンスが向上する。

【宝具】
『欲界接続・征天魔王』
ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:- 最大補足:-
 謀略の果て、かつて自分自身が滅ぼした戦国の魔王"織田信長"を欲界から呼び戻した逸話が宝具に昇華されたもの。
 潤沢な魔力量を確保することが条件だが、世界の理をさえねじ曲げてかの魔王を召喚することができる。反魂術に近い。
 魔王信長はサーヴァントとして弱体化していない、限りなくオリジナルと同等のスペックで呼び出される為非常に強大。
 仮にマスターが令呪を用いたとしても、一度帰参した信長を消滅させることはできない。
 この宝具の発動こそが天海の目的でありすべて。それを成就させる為ならば、彼はどんなことでもするし、どんなものでも利用するだろう。
 たとえそれが、自分と主従の縁で繋がれたマスターであったとしても。

【weapon】
錫杖鎌

【人物背景】
小早川軍に所属する僧侶であり、兵士からの人望も厚い。
非常に慈悲深い聖人君子のような人物と認識されているが、その本性は僧などとは無縁。
彼の真名は南光坊天海に非ず。その真名は、明智光秀。
魂に拭い去ることのできぬ狂気と、戦国の魔王に対する深い妄執を秘めた――哀れな狂人である。

【サーヴァントとしての願い】
信長公の復活。それが叶うならば、聖杯が手に入らなくとも構わない。


【マスター】
キャル@プリンセスコネクト!Re:Dive

【マスターとしての願い】
元の世界へ帰りたい。

【能力・技能】
魔法を使って戦闘を行うことができる。
単純な攻撃もさることながら、敵の防御力を下げるなど様々な役割を担える。

【人物背景】
覇瞳皇帝の密命を受け、ギルド《美食殿》に潜り込んだ少女。
他のギルドメンバーが軒並みどこかズレた価値観を持っているため、必然的に常識人のポテンシャルに落ち着いている。
気が強く攻撃的な一方、自身が気を許した相手には情深く接するツンデレ気質。
長らく使命と友情の間で板挟みになっていたが、最終的に訣別。今では皇帝の件に関しては吹っ切れている様子。

【方針】
元の世界に帰るために手を尽くす。
聖杯戦争にはあまり乗り気でない。

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最終更新:2021年06月06日 20:29