夜空の下で、二つの影が相見えていた。
 既に激戦の余波によってか、周囲の景色は大分様変わりしてしまっている。
 だがしかし、激戦と呼ぶには些か双方の様相に差がありすぎた。
 片方。ローブ状の聖衣に身を包んだ妙齢の女は這々の体で、よく見れば右腕の肘から先が存在しない。
 一方でもう片側……モヒカン頭の奇抜な男はと言えば、無傷。流血どころか土埃一つ浴びていない、戦いが始まる前と何ら変わらぬ佇まいであった。

「へぇ……やれば出来んじゃねえか。霊的防御って奴だろ、それ」

 女、もといキャスターのサーヴァントは陣を組み、眩く輝く金色の紋様を現出させる。
 彼の言う通り、これは霊的防御に属する防御魔術であった。
 宝具に由来する特大の神秘を以って編み上げた、彼女に出せる限界域の霊的硬度を誇る聖盾。
 これまで彼女が用立ててきた魔術は全て敵たるサーヴァント・アーチャーには通じず、事も無げにあしらわれてきたが――これならば。

 これならば敵の苛烈な攻めを全て封殺し、その上で一方的に嬲り殺してやれるという自信がキャスターにはあった。
 この盾は、彼女の魔術師としての誇りであり意義。
 文字通り人生全てを費やして編み上げた至高の盾――故にこの時彼女は、違うことなく勝利を確信したのだったが。

「いいぜ。なら、こっちもギアを上げてやる」

 アーチャーの口が、獰猛な笑みを形作ったかと思えば。
 次の瞬間、一言唱えた。宝具の真名解放とは違う、しかしそれに比肩する恐ろしさを秘めた一言。
 そしてその言葉こそが、キャスターがこの聖杯戦争で認識できた最後の情報になった。


 ――バーナーフィンガー、2。


 アーチャーがこれまで戦いに使っていた肉体の部位は、指の一本だけである。
 人差し指を前に突き出して、そこから"灼熱(The Heat)"の熱線を放つ。これだけだ。
 たったこれだけのことで、数多の叡智と研鑽を積み上げて英霊の座にまで召し上げられた女は完封されかかった。
 それほどまでの頭抜けた火力。貫通力。そして、速度だった。
 しかし新たな盾、奥の手である究極の霊的防御宝具ならばどうか。
 これならばきっと、あの忌々しい熱線を防げる筈だ――そんなキャスターの思考を言い表すならば、たった一言で事足りる。
 ただの、虚しい糠喜びだ。

 人差し指と、そして中指。
 この二本を起点に鉤爪状に伸びた業炎を発生させ、ただ振り下ろした。
 それだけだ。全てはそれだけで、呆気なく決着した。

「……ハッ。なんだ、案外脆かったな。見かけ倒しにも程があるぜ」 

 たった一刀にしてキャスターを防御ごと両断したアーチャーは、嘲る笑みを浮かべてそう溢した。
 彼ほどの戦闘者に"二本目の指"を使わせたことは、彼女にとって幾らかの慰めになるだろうか。
 されど、敗れた女を嗤う者は愚かだ。彼の、"バズビー"の灼熱(ねつ)を実際目の前にして同じ声をあげられる者などごく少数に違いない。
 彼だけが、無残に散った敗者を指差して笑えるのだ。
 灼熱の聖文字を宿す滅却師、星十字騎士団(シュテルンリッター)の火矢たる、バズビーだけが。

 彼が聖杯戦争に召喚されて、既に半月ほど経つが。
 今のところ彼にとってこの戦争は、久方振りの実戦のウォームアップ程度の手応えしかなかった。
 何しろ"二本目"を使わせた相手からして今夜のキャスターが初めてだ。
 誘蛾灯に吸い寄せられる蛾のように馬鹿面を下げて向かってくるのはいいが、誰一人相手にならない。弱すぎる、鈍すぎる。あまりにも。

「で。てめえがマスターか? さっきの女のよ」
「ひっ!? あ、あああ、ああっ……!!」

 サーヴァントとしての仕事を恙なく済ませたバズビーは、呆然とへたり込んでいる幼い少年に指を向けた。
 とてもではないが戦場には不似合いな齢の、あどけない少年だった。
 その表情は恐怖に染まり、腰が抜けた状態のまま惨めに尻と手だけで後ろに下がろうとしている。
 その体たらくを一笑し。バズビーは、いざ"最後の工程"を済ませに掛かる。

「五秒だけ待ってやるよ。てめえも相棒の仇を討ちてえだろ?
 その五秒で俺を殺せりゃてめえの勝ちだ。やってみろよ、ガキ」
「っ……!」
「五、四、三――……チッ。
 拳を握りもしねえのかよ、根性のねえ負け犬だな」

 今更子女の殺傷に心を痛める柄でもない。
 つまらなそうに、興が削げたように舌打ちをすると。
 バズビーは当初の予定の"五秒"経ち切るかどうかというところで、熱光を煌と灯らせた。

 ……が。


「な――――――――にやってるんですか私言いましたよねそれ駄目だって~~~~~~っ!!!!」


 夜闇を、文字通り劈くような甲高い声。絶叫。
 それを耳にしたバズビーは、露骨に。
 それはもう露骨に、嫌そうな顔をした。
 面倒臭い奴が来た、というような。或いは、もう少し急げばよかったか、というような。
 そんな表情で振り向き、彼は。己のマスターである、やけに露出の多い格好をした"角付き"の少女を見た。

「相変わらず五月蝿え奴だな。てか俺言っただろ、俺の戦いに口出しすんじゃねえって」
「わ、私だって言いました! 人殺しはしちゃダメですって言いましたー!!」
「だからその話はとっくに終わってんだよ、俺の中では。
 お前がそういうふざけたことを言ってたなってのも含めて終わってんだ」
「な、何をうっ!? 勝手にマスターとサーヴァントのふれあいトークを終わらせないでください!
 マナー違反ですよ!! 親しき仲にも礼儀ありってことわざ知らないんですかアーチャーさんは!!」
「五月ッッ蝿ぇなマジで! てめえから一発打ち込まれてえのかァ!?」

 そう、彼女はバズビーのマスターである。
 マスター、なのである。
 このわーきゃー喧しく、その癖戦闘能力の"せ"の字の一画目がぎりぎり見えるか見えないかというような少女が。
 星十字騎士団の戦士として名を馳せた"灼熱(The Heat)"のバズビーを呼び寄せた、張本人なのである。
 彼本人に言わせればそれは、あまりにも胃の痛くなる災難だった。
 カッと目を見開いて思わず大声で反応してしまった後で、バズビーは頭をガシガシと掻き、もう一度怯える少年へと指を向け直した。

「戦争って言葉の意味は分かんだろ。
 ならもう一つ覚えとけ。一度戦うって決めたらな、相手が死ぬまで徹底的にやんだよ」
「そ、そんな野蛮人トリビア要りません! ああもう、どんだけ分からず屋さんなんですかあなたーっ!!」
「ハッ。そんなに俺を止めたきゃ令呪でも使うんだな。
 まあ、流石にテメェもそこまで馬鹿じゃねえだろうがよ」

 界聖杯は、招いたマスター全てに聖杯戦争において必要不可欠な知識を授けるのだという。
 ならば当然、彼女の頭の中にも入っているのだろう。
 そしてそれなら、分かるはずだ。令呪というものがどれほど大切で貴重なものか。
 バズビーはフッと小さく息を吐き、口元を微かに緩めながら――ようやく足腰が立ったのか、おぼつかない足取りで逃げようとする少年の背中に照準を合わせ。


「あっ、その手がありました!
 令呪を使ってお願いします、アーチャーさん!
 "私たちマスターを殺そうとしないでください"!!」


「……は?」

 いざ、熱線――バーナーフィンガーを放ち、後顧の憂いを断ち切らんとした。
 その矢先。ぽん、と。名案だ、と言わんばかりに手を叩きながら少女が吐いた"お願い"が。
 バズビーの射撃を、"縛り"という形で引き止めた。

「な……何やってんだテメェ……?
 ば、バカだバカだとは思ってたがよ――いよいよマジでイカれてんのか……?」
「し、仕方ないじゃないですか~……アーチャーさんが全然話聞いてくれないんですもん。
 それにほら! まだ二画ありますよ、令呪。一画くらい使っちゃっても大丈夫ですって!」
「……、」
「次使いたいな~って思った時にぐっと我慢すればいいんですよ」

 絶句、という言葉がこれほど似合う状況を、バズビーは未だかつて経験したことがなかった。

 だが、どれだけもったいない使い方と言えども令呪は令呪。縛りは縛りだ。
 バズビーはこれにより、今後マスターを殺すことが出来なくなった。
 多少痛めつける程度ならば可能かもしれないが、それでも殺害することだけは絶対に不可能になった。なってしまった。
 他でもない――マスター。吉田優子という、百パーセント聖杯戦争の場には相応しくないぽわぽわした"まぞく"の命令によって。

「(冗談だろ……? 本気でこれから先ずっと、俺はこいつのお守りをしながら戦っていかなきゃならねえのか……?)」

 強者の戦いを歓迎する気質のバズビーにとって。
 これほど誰かに愕然とさせられる機会はそうそうあるものではなかった。
 ひょっとすると生前、ユーハバッハの聖別が始まった時よりも――単純な度合いで言えば上かもしれない。
 そんなことを考えながらバズビーは、呆然と"マスターを撃てなくなった"己の指を見下ろし、わななくのであった。


◆◆


「もう、いい加減機嫌直して出てきて下さいよアーチャーさん。
 アーチャーさんが言ったんじゃないですか、止めるなら令呪使えーって」
「呆れて物も言えねえんだよ馬鹿」

 マスター殺しは聖杯戦争においては立派な戦術の一つだ。
 それに、脱落したマスターを野放しにしておけば、最悪別な英霊と再契約してまた立ちはだかってくる可能性とてある。
 だからこそバズビーは、サーヴァントを倒したなら必ずマスターも抹殺しようと決めていた。
 これまでに彼がマスターを殺せる状況に立ったのは、全部で二度。そしてその両方とも、マスターの優子に止められている。
 一度目は止めてきた優子に意識を向けた隙に逃げられたので、今度は同じ轍は踏むまいとしていたのだが、結果はこの有様だ。

 今後バズビーは、サーヴァントを失って尻尾を丸めて逃げ帰るマスターを黙って見送るか、出来てもふん縛って何処かに囚えておくしか出来なくなってしまったのである。

「……第一な、てめえ。あれであのガキが本当に助かったと思ってんのか?
 此処は聖杯戦争――戦争をやるための世界なんだぞ」
「それは……分かってますよ、私だって」
「いいや、分かってねえな。
 令呪だけ残って落ちぶれたマスターなんてもん見る奴が見りゃ格好の獲物だ。
 殺されるんならまだ幸せだぜ。英霊(モノ)によっちゃ、死ぬよりよっぽど地獄を見るかもな」

 バズビーの言葉に、優子はうっと黙り込む。
 やはり、予想通りだ。彼女はあの場で凶行を止めはしたものの、そこから先のことまでは考えていなかったらしい。

「ちったあ現実を見ろよ、優子。
 てめえが思ってるほど、この聖杯戦争(せんそう)は甘くねェぞ」
「……でも」

 バズビーは別段、願いを抱いて現界しているサーヴァントではない。
 強いて言うなら、熱くなれる戦いが出来ればそれでいいと思っている。
 だからこうして、マスターという肩書きのガキのお守りに身体を張ってやっているのだ。
 そして、そんな彼の目から見て――この吉田優子という少女は、あまり事を甘く見すぎているとしか思えなかった。

「でも、やっぱり……私は嫌です。
 誰かを殺して元の世界に帰るなんて、したくない」
「お前が殺すわけじゃねえだろ。あの痴女みてえな格好になっても、お前じゃ猫一匹殺せねえだろうから安心しろ」
「ししししし失礼な! まぞくの危機感知フォームを侮ったな!?」

 あまりにも向いていない。
 会ったこともない、話したこともない、それどころか同じ世界の人間ですらない可能性が高い。
 そんな相手を、敵を殺すことすら嫌がって、挙げ句令呪を使う始末である。
 バズビーは自分の強さに多少以上の自負を持っているが、だからこそ、その点彼女は運が良かったなと思っていた。
 もしももっと弱い、それでいて中途半端に善良なサーヴァントを引いていたなら――優子はもうとっくに脱落していたことだろう。

「って、それはさておき。……やっぱり私はできるだけ戦いたくないし、私のせいで誰かが死ぬのはとても嫌なんですよ。
 私がそんなことしたら、桃――私の友達みーんな、すごく悲しむと思うんです」
「……、」

 やはり、お花畑だ。
 こいつは馬鹿で、どうしようもなく平和ボケしている。
 バズビーはそう思い、優子との会話を一方的に打ち切り再び霊体化した。
 優子は「あーっ! 話の途中ですよ!」と騒いでいたが、付き合ってやる義理はない。
 あんなことで令呪を使われた衝撃はまだバズビーの中に残っているものの、使われてしまったものは仕方ないのだから割り切るのが一番利口だろう。

 それに、いつか必ずこいつは痛い目を見る。
 聖杯戦争が進んでいく中で――いつか必ず、自分の甘さを悔いる時が来る。バズビーはそれを確信していた。
 にも関わらず"鞍替え"の考えを思い浮かべるには至っていないのは、願いを持たない身である故なのか。

「(……友達、か)」

 ああ、まったく甘い。
 できの悪い砂糖菓子のような味わいのする言葉だった。
 友達。それほど意味のない言葉など、この世にない。
 固執すればしただけ損をする。そのことを、バズビーは文字通り痛いほどよく知っていて。

「――――チッ」

 なのに、その言葉を聞くと。
 未だに頭の中に過ぎるいけ好かない面影があって――バズビーは、小さく舌を鳴らした。


【クラス】アーチャー
【真名】バザード・ブラック
【出典】BLEACH
【性別】男性
【属性】中立・悪

【パラメーター】
筋力:C 耐久:B 敏捷:B 魔力:A 幸運:C 宝具:A

【クラススキル】
対魔力:B
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

単独行動:B
 マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
 ランクBならば、マスターを失っても二日間現界可能。

【保有スキル】
滅却師:A
 クインシー。霊力を持ち、虚と闘うことが出来る人間。
 大気中に偏在する霊子を自らの霊力で集め、操る技術を基盤とした多種多様な術を使用できる。
 バズビーは滅却師の皇帝が率いる戦闘部隊"星十字騎士団"の一員であり、非常に強力な滅却師の一人。

魔力放出(炎):A
 武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。
 バズビーの場合、宝具である聖文字によって駆使する炎を放出する。

【宝具】
『灼熱(The Heat)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~50 最大補足:10
 バズビーが生前、滅却師の皇帝ユーハバッハより賜った"聖文字(シュリフト)"と呼ばれる異能。
 あくまでも本来の所有者はユーハバッハであるが、聖杯戦争においてはバズビーの宝具として登録されている。
 読んで字の如く、灼熱――炎を操る能力。熱線としての放射から、そのまま振り回して擬似的な斬撃のように扱うことも可能など応用の幅は広い。
 その火力・貫通力は凄まじく、生半可な防御であれば容赦なく貫通して奥の敵を撃ち抜ける。
 彼は自身の技に"バーナーフィンガー"という名を付けて呼称しており、名前の後に付く数字が大きくなればなるほど威力が上昇していく。

 本来であれば、奥の手である二段階目の能力解放……『完聖体(フォルシュデンディッヒ)』と呼ばれる形態になることも可能なのだが、元々この宝具自体が借り物同然のそれであるためなのか、聖杯戦争に召喚されたバズビーにはそれができない。

【weapon】
 滅却師としての能力

【人物背景】
ユーハバッハが統べる見えざる王国(ヴァンデンライヒ)の精鋭部隊、"星十字騎士団(シュテルンリッター)"のメンバー。
本名はバザード・ブラックだが、彼自身は"バズビー"と名乗る。
モヒカン頭、桃色の髪、左耳にナット、右耳にボルトという奇抜な姿をしており、性格は好戦的且つ短気。
ユーハバッハに自分の一族を滅ぼされた過去があり、当初は後に騎士団の最高位(グランドマスター)に就任するユーグラム・ハッシュヴァルトと共にユーハバッハへの復讐を誓って牙を研いでいた。
しかし後にハッシュヴァルトがユーハバッハの半身であることと、自分が得た強さが彼の力により齎された恩恵であることを知る。
以降は彼と袂を分かち、騎士団に入団した後も事ある毎に交戦を持ち掛けていたが、一度として戦いに応じては貰えなかった。

最終的にはユーハバッハを裏切り、真世界城にてハッシュヴァルトと戦闘。
聖文字の力すら使わせられずの敗北だったが、友との再戦という本懐を遂げて散っていった。

【サーヴァントとしての願い】
無い。サーヴァントとして戦いを楽しめれば、それでいい


【マスター】
吉田優子@まちカドまぞく

【マスターとしての願い】
聖杯とかはいらないので、元の世界に返してほしい

【能力・技能】
 夢魔の一族であるため、他人の夢に潜り夢を操る資質を持っている。
 人や動物だけでなく、無生物の無意識にさえ入り込める。
 此処に入り込むことで、他人の記憶を覗き見たり、負の感情を取り除くなどすることが可能である。

 また、掛け声一つで"危機管理フォーム"という戦闘フォームに変身することもできる。
 ただしこれには、優子自身が"マジの危機感"を感じていないと変身することはできない。
 貧弱な身体能力がいくらかマシになる。

【人物背景】
 桜ヶ丘高等学校に通う高校一年生。
 まぞくとしての活動名は母に一方的に決められた「シャドウミストレス優子」。
 友人たちからは縮めて「シャミ子」と呼ばれることが多い。

【方針】
戦いとかはしたくないです!!

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最終更新:2021年06月11日 23:51