池上燐介24

24.終宴



衝撃によって上空へと舞い上がった体は直ぐに重力に引かれて落下を始め、
俺の体は硬いアスファルトに打ち付けられる形となった。
それでも左膝を再び付き立ち上がろうとするが、左脇腹を襲う激痛により断念するのだった。

これは左肋骨を何本かやられているに違いない。
左腕も先程から痛みが増してきている。この闘いではもはや左腕も使えないだろう。
口元からは、胃から吐き出された赤い液体が滴り始めていた。

直ぐ傍で、『岩城』と名乗ったあの大男が眼鏡青年や長髪青年と何やら
会話をしている様子であったが、その内容は激痛という新たな敵と闘い始めていた
俺の耳には届かなかった。
──そして目の前で不意に広がった閃光。
何が起こったのか、前後の状況をまるで把握していなかった俺は、
ただ閃光の中心を見つめるしかなかった。

「私の能力は『宴の結末』を教えてはくれない。だが此処まですれば、ねえ?」

長髪の男が俺……いや、俺達二人に向かってそう呟いたようだが、
俺の視線は相変わらず閃光が走った場所へと向けられていた。
閃光に変わって白い煙が立ち昇り始めた場所には、切れた電線の一部が
軽い火花を撒き散らしながら転がっている。
閃光の正体……それはあの電線が発した電気。それにあの岩城が感電したということだろう。
口振りからして仕掛けたのは恐らくこの長髪。
(奴の用意した宴の席で、奴自身が死ぬ。これが顛末であれば言う事はない……が)

俺の一抹の不安は、直ぐに的中した。
もうもうと立ち込める煙の中から、岩城がその姿を現したからだ。
だが、如何に奴が肉体に自信を持っていても、流石にダメージだけは避けられなかったのだろう。
肉体のところどころにコゲ跡がつき、重さ数百キロはあるであろう電柱を息も切らさずに
軽々と操って見せた人間が、肩で呼吸をしているのだ。

「ハァハァ……今のは流石に効いたぜ。俺が異能力を使わずにいたら、あの世行きだった。
クフフ……俺の異能力は自身の肉体を最大限まで高めることだ。
あの程度の電撃ではダメージは負っても、死ぬことはねぇ」

肉体のみで耐え切ったというのか。
……肉体を強化する点に置いては確かに恐るべき異能力。
流石にあれだけの自信を見せていただけのことはあるようだ。

「……チッ! 俺らしくもねぇ、少し手間を取りすぎたか……」

そう言う男の背後から、パトカーのサイレンが鳴り響いている。
電線が切れ送電がストップされたことで付近の住民が不審に思ったのか、
それとも銃声を聞いた人間か、闘いの一部始終を見ていた人間が通報したのか、
いずれにせよ俺にとってはプラスの方向に事態が動いたようだった。

「……仕方ねぇ、決着はおあずけだな。
──だが、これだけで退いたんじゃ俺の気はおさらまねぇ」

男の目は俺達──いや、その先に向けられている。
男の視線の先、そこは……四島が倒れている場所。
男はニヤリと笑みを浮かべると、瞬時に四島のもとへその姿を移動させ、
右手で四島の首を軽々と掴みあげるのだった。

「クックック……正直言って少々見くびっていたぜ……。
武器持ちの貴様は勿論のこと、俺の攻撃を受けて気すら失っていない貴様ら二人もな。
この場は退いてやる……が、代わりにこの女の首を土産にもらっていくことにしよう!」

奴がアリを殺すような力を入れるだけで、四島の首は折れてしまうだろう。
しかし首を掴む奴の姿を見て、俺は血混じりの咳を吐きながら軽くほくそ笑んでいた。

「……ゴホッ! ……見くびっていた、か。フフ……実は俺もお前を見くびっていた。
この怪我はその代償と言ったところだろうな……。
しかし──俺を見くびった代償は、どうやらそれ以上に高くなりそうだ」
「フン、貴様がこの女が殺されるのを阻止するとでも言うのか? バカな、くたばりぞこないの分際で。
俺が貴様の目の前でこうやって少しでも力を入れれば──……な、なに? て、手が動かない!」
「……お前に手傷すら負わせられなかった男でも、警戒だけはしておくべきだったな。
目を凝らしていれば俺の体から発せられた『気』に気付いたはずだ。
お前がベラベラと減らず口を叩いていた時、既にお前の右手首は俺の異能力に喰われていたのさ」

城栄に異能力をほぼ封じられている今の俺には本来の威力は発揮させられないが、
凍気を送り込み、筋肉を一時的に麻痺させることくらいは今の俺にもできる。

「おい」

俺は長髪の青年に向かって、一言そう呟いた。
これ以上は何も言わずとも彼には分かるだろう。
何故なら、俺の視線は彼の持つ大きな弓に注がれていたのだから。

「ぐはぁっ……! ば、バカ……な! 俺が……こんな……とこ、ろで……。
……フッフフフ……これが、俺の代償……宴の結末、か…………」

岩城は血を噴き出し、そのままグラリと倒れこんだ。
地面は奴が流した血が血溜りとなって広がっている。
恐らく息絶えたことで異能力が解除されたのか、先程まで大きく膨れ上がっていた
奴の肉体は見る見る内に萎んでいき、異能力使用前の姿へと戻るのだった。

奴が死に、俺は生き残った。勝ち負けで判断すれば、俺の勝ちとなるだろう。
しかし、一歩間違えれば俺が命を奪われていただろう。
いや、奴の止めを刺した長髪が来なければ、間違いなくそうなっていたはずだ。

「ま……運も実力の内ってね……」

俺は独り言のように呟き、四島を抱きかかえこちらに歩いてくる眼鏡青年へと視線を向けた。

「病院・・・連れてきなよ。俺が言える台詞じゃないけど」

青年はそう言いながら俺に四島を渡してきた。
俺は同じように両手で抱えようとするも、左脇腹と左腕の痛みに堪えきれずに、
四島を俺の右肩に持たれかけさせる格好とさせるのだった。

「おい……起きろ。これ以上手間をかけさせるな」

四島の頬を強めにバシバシと叩くと、彼女は気がついたのか、瞼をゆっくりと開くのだった。

「あれ……? 燐ちゃん……? ここは……あ! あ、あいつは!?」

「……死んだよ。警察が銃で片付けた」

とは言ったものの、周りにはパトカーどころか警察官の姿もない。
しかし虚ろな表情をして、事態の正確な把握が困難であると思われる四島では、
こちらに迫るパトカーのサイレンだけで俺の言葉に納得にしたようだった。

「そっか……警察がやっつけたんだ……。燐ちゃんじゃないんだ……ふふ」

背中の痛みで冗談を言うどころではないはずだが、
四島は精一杯と思える意地の悪い笑みを浮かべている。

「お前が言っていたように、俺は体を悪くしていたんだよ。普段の力が使えていれば、俺が倒していたさ」

俺は顔に感情を出さずにそう言った。
それは俺なりの冗談であったのか、知る者は誰もいない。
しかし四島にとってはそれが冗談ではなく、真実のように聞こえたのかもしれない。
一瞬目をパチクリさせると、軽く微笑し「頼りになるね」と小さく呟いた。

四島は背中の痛みから来る疲労があるのか、それっきり口を閉ざし再び眠りへと落ちていった。
気付けば、パトカーのサイレンはすぐそこまで迫っているようだった。
俺は再び亡骸となった岩城へと目を向けると、独り言のように言った。

「正当防衛と言っても、警察は信じてくれんだろうな。
面倒事は御免だ。幸い目の前は病院だし、俺は一旦あそこに退避しつつ治療を受ける。
……お前らもそうした方がいいんじゃないのか?」

俺は四島の体を、一人無傷な長髪青年に抱えるよう促し、
痛みを堪えながらゆっくりと立ち上がると、少し足を引き摺りながら病院の裏門を潜った。


「君の手助けが無かったら、俺も行き倒れさんも間違いなく殺されてたな・・・心から感謝するよ
 元々俺があいつに喧嘩を売らなければこんな事にならなかったかもしれない・・・本当にすまない」

俺の前に出た眼鏡青年が、申し訳なさそうに詫びの言葉をかけ、頭を下げた。
俺は進めていた足をピタリと止めたが、彼の顔は見ずに返事をした。

「礼なら、そこの弓を持った彼に言うんだな。俺が殺したわけじゃない。
それに……別にあんたが気に病む必要はない。あんたが挑発しようがしまいが、
どちらにしろあいつはハナから俺達を殺すつもりだったさ」

頭を下げた青年の横目に、俺は止めた足を再び前に進めた。
しかし彼が伝えておきたいことはそれだけではなかったらしく、
次の彼の言葉で俺はふっとあることを思い出すのだった。

「それで・・・空気を読まない事を先に謝っておくのだが・・・
 俺の財布が何処に行ったか教えてほしいんだ。どんな情報でも良い。ホントに切実なんだ」

そうなのだ、俺はすっかり忘れていたが、俺は彼の財布を預かっていたのだ。

「……俺が持ってる。玄関前で拾ったのさ。カウンターにでも預けるつもりだったが、
色々あって忘れていた」

そう言い、俺はポケットから自分以外のもう一つの財布を取り出し、彼に渡した。
彼は表面上で納得したようなことを言ったが、内心では怪しんでいるだろう。
だが、こちらに嘘偽りは無いのだ。堂々としていればいい。
それに慌てて誤解を解くような真似をしても、余計怪しまれるだけになるだろう。
これ以上は何も言うまい。

話を終えた二人の間に沈黙が流れるが、それを破ったのは再び眼鏡青年ではく、
あの長髪の青年であった。

「…ところでお互い名乗りませんか? このままではやりづらいですし。」

確かに、言われてみればもっともだ。
相手の名を知っていれば、こちらも「眼鏡」やら「長髪」やらと呼称せずに済む。
だが正直なところ、俺はあまり名を名乗ることはしたくない。
名を名乗れば、それだけで後に厄介な事に巻き込まれないとも限らないからだ。
しかし相手だけに名乗らせ、自分は沈黙では一方通行というもの。

「池上 燐介。……俺の名だ」

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最終更新:2009年10月05日 01:03