池上燐介2

2.邂逅




謎の二人の男を始末し、俺は自宅に向かって歩き出していた。
そして同時に頭の中で今日一日の出来事を振り返っていた。
警告によって俺以外の異能者の存在を知ったこと、
その異能者が突然俺の前に現れたこと、そして異能者ではない謎の
二人の男が俺をどこかに連れて行こうとしたこと……。
これから何かが起きる……今日の出来事はその前触れではないのか?
それは俺の杞憂かもしれない、しかしそう思わずにはいられないのは何故だろうか?

(ズキン!!)
──俺があれこれと物思いに耽っている時、突如俺の右手が強い警告を発した。
そしてその後すぐ、何者かの叫び声と共に俺の視界が真っ赤な炎で遮られた。
体中の皮膚が焼け付くような高熱──しかし、高熱が俺を覆うより先に、
俺は自分の体の回りを氷でガードすることに成功していた。

炎は氷によって遮られるとすぐに空中で辺りの闇と同化していったが、
俺の体の回りを覆っていた薄い氷も炎の高熱によって跡形も無く消滅すると、
蒸気となって空中に舞い、次第にそれらは炎と同じく闇と同化していった。

俺は攻撃をされた方向、つまり真後ろを振り返ると、
そこには、あのコンビニに現れたブレザー姿の男が立っていた。
男の目からは明らかに俺に対する強い殺気が放たれている。

こいつ……俺をつけてきた。それは俺を異能者だと知っていたから?
ということは俺の前に現れたのも偶然ではなく、今のように俺を殺すため?
──俺は視線を落とし、先程始末した二人の男の亡骸を見た。
仮にそうでなかったとしても、こいつは俺が二人を殺した事を知っている、
そして能力を使って攻撃を防いだことも知っている。
どこをどう見てもこいつを生かしておく理由は見つからない。
──ならば──。

「お前には、死んでもらう」

この辺りは町外れの郊外に位置しており、周りには人家がない。
時間的に道を行く人もなく、誰かに発見される可能性は極めて低いはずだ。
──つまり、この場で容赦する必要はない。

三月。春も近いこの季節の夜は、普段ならば少々肌寒いといった感じだろう。
だが、今俺があのブレザー男と対しているこの場は、真冬に逆戻りした感じの
空気が漂っている。
何故か? 俺には答えがすぐ分かる。俺の手から発散される凍気のせいだと。
──俺は右手に力を入れる。瞬間、ブレザー男の周りに、道路や工事現場などで
よく見かけるカラーコーン程の大きさの、先が鋭利に尖った氷柱が多数作り出される。
そして作り出すも消すも操るも全て俺次第のこの技を、俺はこう読んでいるのだ。

    アイシクルショット
「──『氷 柱 弾』!」


俺の右腕の手首だけが振り下ろされると、多数の氷柱が一斉にブレザー男に向かう。

その瞬間、ブレザー男の身体を火柱が包み込む。
「『ヒートフィスト』ォッ!!!」
ブレザー男の叫び声とともに、拳から火炎が放たれ、俺の氷柱弾を悉く砕いて行く。

やはりこの男の能力、炎を操るのか。
俺の能力は氷を操る能力。炎は氷を消し、氷は炎を消す。
つまり、この二つは互いの技を無力化するもっとも対極に位置する能力といえるだろう。
本来この能力を持つ者同士が戦えば、互いに決着を見ることはほぼあるまい。
──だが。

……見ろ、どうだ。
一見、俺の放った氷柱弾を見事正確な力で砕いているように見えるが、
俺には一つ一つに放たれる炎の威力にはバラつきがあるのが分かる。
そして直ぐに確信した。どうやら能力を完璧に使いこなしているわけではない。
恐らく俺とは違い後天的、しかもつい最近になって能力に目覚めたばかりの
荒削りな"初心者"なのだろうと。

それはすなわち、俺と奴とでは異能者として絶対的な"経験の差"がある事を意味している。
そしてその差が──

「決着がつかぬはずの我々に勝利と敗北を与えることになる」

「うおおおぉおおぉおお!!! 『バーニングレンジ』ィイイイッッ!!!」

──炎の熱を上げ、こちらに突っ込んできたか。
これまでにない灼熱の炎だということは、離れていても肌で感じられる。
俺は再び右腕の手首だけを動かす。合図を受けた空中に浮遊する氷柱弾が
ブレザー男に向かうが、奴の灼熱の炎の前に多くは消えてしまう。
もっとも、氷柱弾だけで倒せるとはこちらも最初から思ってはいないので
動じることはない。

奴はイノシシのように真っ直ぐこちらに向かってくる。
──奴の拳に纏う炎の色が変わる? なるほど、どうやら奴の近距離型の必殺技か。
遠隔攻撃ではこちらが不利、だが近距離では負けない、大方そう思ったのだろう、が
──甘いな。

「らぁぁぁあぁあああッ!!! 『ペイルイフリー――」

──ふん。
(ブルルル ブルルル)
────ッ!

ピリリリ、ピリリリ。

……携帯の着信音? あのブレザー男から?
いや、それだけじゃない、俺の携帯も鳴っている。
俺の携帯は常にバイブに設定してある。奴の携帯に着信音が鳴ると同時に
俺のズボンの右ポケットに入っている携帯もブルブル震えだしたのだ。

ブレザー男はこちらに拳を向けたまま硬直している。
携帯など無視して、隙だらけの奴に致命傷の一撃を与えてもよかった。
いや、与えるべきだったのだ。しかし……そう、何故だろうか……
俺は何を思ったか、真後ろに高くジャンプし、再び間合いを取った。

「……ゴングに救われたな」

俺の能力を知った者は必ず消す──。俺はこれまで、自らの決まりを忠実に守ってきた。
定めたターゲットを次の日まで生かしておいたことは一度もない。
しかし──。

「……次に会う時、それがお前の命日だ」

俺は自分でも驚くことを言い、くるりと後ろを振り返り自宅を目指して歩き出した。
走らなかったのは、自然と奴は追いかけてこないような、そんな気がしたからだ。

ポケットに入れた右手の指先が携帯に当たる。
先程の着信が気になっても、今は確かめる気にはならなかった。
何故、どうして。俺の頭の中は、しばらくこの言葉で埋め尽くされていたから。

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最終更新:2009年01月24日 14:03