(30)059 『Wavered two “MIND”』



「『変数』…とでも言うしかないわね」

「『変数』?どういうことやねん」

「さぁ。ともかくあの子たちに関する“未来”は無限に拡散するわ。とても追いきれないレベルで」

「“神”にもお手上げなことがあるんやな」

「………用件はそれだけ?」

「いや、一応こっからが本題や―――」



    *    *    *


「愛ちゃん―――」
「うん」

周囲を包み込むような奇妙な圧迫感に、高橋愛と田中れいなは足を止めた。

複数の街灯に照らされた街並みは、遅い時間とはいえ満月夜であることと相まって十分に明るい。
歩くのに支障をきたしたり、不安に襲われるような暗さでは少なくともなかった。

だが――何故かこの先へ歩を進めるのが躊躇われた。
まるで街灯や月の光が照らしきれずに残った暗闇が膨れ上がり、その行く手を阻んでいるかのように。

「………誰や?」

その闇の中に微かに揺れる影を認め、愛は不審げに問いかけた。
“声”が聞こえないどころか気配すら感じさせないその影に愛が警戒感を強めたのが分かったのか、傍らのれいなも神経を尖らせる。

「ふーん、2人とも意外とちっちぇーんだな」

その張りつめた空気を半ば能天気な言葉で引き裂きながら、闇の中から溶け出すようにして現れたのは一人の短髪の女だった。
黒のレザーパンツに同様のレザージャケットを羽織ったその女は、格好や立ち居振る舞いこそやや男っぽさを感じさせたが、目を引くほどに端整な顔立ちをしている。


「れいなたちのこと知っとうと?…この前の中澤とかいうやつの仲間いうことか?」

敵意を顕わに、れいなは愛を庇うようにしながら女を睨みつける。

「そんなおっかねー顔すんなって。…ま、そんなとこだ。オレは吉澤ひとみ。よろしくな」

軽く肩をすくめ、女はニヤリと笑みを浮かべながら自分の名前を名乗った。

「で?何の用?言うとくけど何回来たってあんたらのとこには行かんけんね」
「おいおい何だよのっけからつれねーな。別に今日は“組織”の用事で来たわけじゃねーって。単なるオレの個人的な興味」

半ば臨戦態勢のれいなに対し、吉澤は無造作に、そして無防備に2人の方へ歩み寄る。

「はぁ?個人的な興味?」
「そ。田中れいなだっけ?お前ケンカすげぇ強えーんだって?」
「……やったらどうしたと?」

完全に間合いの中に入った吉澤に対し、れいなはいつでも対応できる態勢を取りながら低く答える。
れいなのその反応に、吉澤は声をあげて笑った。

「いいねお前!気に入ったぜ。その自信がどの程度のものか――ちょっと試させてもらう」


次の瞬間――

笑いが掻き消えたその端正な顔は、愛とれいなのすぐ目の前にあった。


    /    /    /


「……っ!?」

反射的に吉澤から距離をとった愛は、眼前の光景に目を見開いた。
先ほどまで自分たちが居た場所には、吉澤のみが再び不敵な笑みを湛えて立っている。
慌てて周囲を見回してみたが、どこにもれいなの姿はなかった。

「…れいなは……れいなをどうした?」

吉澤に視線を向け、愛は動揺を押し殺しながら静かに訊ねた。

「さぁ?どうしたんだろうな?」

その問いに対し、吉澤はシニカルな笑みとともに面白がっているような口調で言葉を返す。

「そんなことより実はさー、オレが本当に興味あったのはお前の方なんだよ、高橋愛」
「…どういうことや」
「一体どんな闘い方すんだろーな――ってさ」

その言葉と同時に吉澤の手元の空間が一瞬奇妙に歪んだかと思うと、それは次の瞬間兇悪なシルエットを描き出す。

「“物質転移”――オレの能力だ」

冷たい笑みを浮かべながら、吉澤はその右手の中に現れたオートマチックのスライドを流れるような動作で引いた。

「―――!!」


ほぼ同時に乾いた破裂音が夜の街に響き、今しがたまで愛が立っていた場所の空気が鋭く切り裂かれた。

「“瞬間移動”か。そうこなきゃな!」

言葉とともに続けざまに銃声が響き、楽しげな吉澤の笑い声がそれに重なる。

「すっげー、全然当たんねー!ってかそりゃこんなもんで仕留められるわけねーか。ははっ!なんか昂ってきたぜ!なあ!お前もだろ高橋愛!」

半ば狂気をはらんだような悦楽の表情を向け、吉澤は愛に問いかける。
その異常じみた目を黙って見返しながら、愛は自分の中に形容し難い感覚が沸きあがってくることに戸惑いを覚えていた。
否定したいのに否定できない――そんな感覚に。

「れいなは…その能力でどこかに転送したいうことか」

その戸惑いを振り払うように、吉澤に問いかける。
実際、今はれいなの安否が何よりも気がかりだった。

「さぁな…って言いたいとこだけど教えてやるよ。ご名答だ。オレの能力であるところへ飛ばした。あー心配すんな。別に怪我一つしてねーよ……今のところは」

右手のオートマチックを再び歪みの中に消し去りながら、吉澤は思わせぶりに笑う。

「返して欲しけりゃ返してやるぜ?ただしオレに勝てればな。逃げ回ってるだけじゃいつまで経っても―――勝てねーぞ」

その言葉が終わらないうちに目の前の視界が一瞬歪んだと思った瞬間、そこから飛び出した鋭い打撃が愛を襲った―――


    \    \    \


「……っ!?」

迎撃体勢を整えていたれいなは一瞬視界が捩れるのを感じ、その次の瞬間に現れた眼前の光景に目を見開いた。
先ほどまで周囲にあった景色は全て消え去り、いつの間にか得体の知れない空間の中に立っている。
唯一変わらずに在る光景は、再び少し離れたところでニヤニヤと笑みを浮かべる吉澤の立ち姿だけだった。

「何ねここ!あんた…何した?愛ちゃんはどこやったと?」

素早く周囲を見回した後、れいなは吉澤に射るような視線を向けた。

「さぁ?何をしたんだろうな」

その視線に対し、吉澤は動じることもなく面白がっているような口調で言葉を返す。

「さっき言ったろ?お前のこと試させてもらうって。ここならお互い遠慮はいらねーぜ?」
「…あんたも何かヘンな能力持っとーいうことか」
「まあな。“物質転移”っつーんだよ。ヘンだってのは心外だけどな。便利だぜ?」
「どっちでもいいっちゃけど、とにかくとっととあんたぶちのめして愛ちゃんとこに帰らしてもらうけんね」
「ふーん。…できんのか?」

揶揄するような表情の吉澤に対し、れいなは拳を顔の高さまで上げ、口元を吊り上げた。

「その答えはあんたの体に直接教えてやるとよ」
「言うじゃねーか。ますます気に入ったぜ。…口ばっかりでガッカリさせんなよ?」
「それはこっちの台詞やけんね」

その言葉と不敵な笑みが交錯した刹那、れいなはその間合いを一気に詰めた。


―捉えた……!

れいなのその確信はしかし、一瞬後に驚きへと変わった。

―消えよった!?

咄嗟に背後を振り返ったれいなの目に、見下したような吉澤の表情が飛び込んできた。
だが、反射的に放ったれいなの拳は再び空を切る。

         「――“物質転移”の応用だ」
                           「――ほらな?便利な能力だろ?」
「――そんなトロくせーパンチなんて」
                   「――この先一生当たんねーぜ」

再び離れた地点に現れた吉澤は、そう言いながら嘲笑うかのように“移動”を繰り返す。

「……逃げ回りようだけのやつが何エラそうなこと言っとーと?」

表現し難い苛立ちと憎悪が胃の腑を押し上げ、頭を熱くし始めるのを感じながら、れいなは狂暴な視線を吉澤に向けた。

「言ってくれんじゃねーか。なら正面から相手してやるよ。その代わりケガして泣いても知らねーぞ」

侮りきった笑いを浮かべる吉澤に、れいなは抑えきれない感情を言葉に乗せ、短く返した。

「お前は――殺す」

言い終わらないうち、自身のその言葉に突き動かされるように、れいなは先ほどに倍するスピードで吉澤に迫った。

「な…!?」

驚愕の表情が浮かぶその顔面に向かい、れいなは鋭い打撃を放った―――


    /    / 


「くっ……!」

唐突に鼻先から放たれた攻撃を、愛は体をひねって反射的に避けた。
だが、完全には躱し切れずに、その頬に生じた裂傷から赤いものが滲む。

瞬間、愛の体は考えるよりも先に反撃を行なった。

愛の全身が光に包まれたと思うや、瞬時にその光は吉澤の背後で再び愛の姿をとる。
振り向く暇も与えず、峻烈な蹴撃が吉澤の即頭部を襲った―――


    \    \


掠りはしたものの、致命打には程遠い。
れいながそう認識すると同時に、吉澤の姿が視界から消えた。

考えるより先に体が動く。

反射的にガードした腕を、強烈な衝撃が襲う。
その勢いのまま、れいなは弾き飛ばされた―――


         /


自身の足先に伝わる衝撃に、愛は自分が相手を攻撃したことにようやく気付いた。
ガードされたものの、明らかに急所を狙って放った自分に慄然とする。
その雑念が致命的な隙を作った―――


         \


敢えて弾き飛ばされることで衝撃を吸収したれいなは、着地と同時に再び相手の懐に飛び込む。
体勢を崩し、がら空きとなった相手の急所へと撃ち込むべく拳を固く握ったれいなは、勝利を確信して薄く笑みを浮かべた―――


       「やめなさい!!!」

拳が相手を捉える寸前――頭に響いたその声に、れいなは咄嗟に攻撃を止めた。
すぐ目の前に、頬の傷から血を滲ませ、呆然とこちらを見る相手の顔がある。
だが、今しがたまで臓腑に滾っていたその相手に対する激しい感情は嘘のように静まり、頭の芯に鈍い痛みだけが残っていた。


       「目を覚まして!」

鈍痛の残る頭に再び声が響き、れいなは呻きながら目を閉じてこめかみを抑える。
一瞬後、“敵”のすぐ傍であることを思い出したれいなは慌てて目を開け――そして驚愕の表情を浮かべた。

「愛…ちゃん……?なんで……?」
「れい…な…?」

れいなのすぐ隣で、片頬を赤く染めたその顔を驚きで満たしているのは、紛れもなく愛だった。


「一体何がどうなっとうと?」

呆然と呟くれいなの視界を、見覚えのある風景が埋めてゆく。
街灯と満月に照らされたひと気のない夜の街、そこに立つ自分たち2人、黒づくめの短髪の女、そして―――

「誰…や……?」

唯一、愛もれいなも見覚えがないのは、その光景の中に立つ一人の小柄な少女だった。

硬質な装いの吉澤とは対照的に、ラフで柔らかい印象の衣服を身に纏っている。
ニット帽から伸び出したかのような茶色の髪は胸元あたりまで流れ、華奢な首元を覆っていた。

一見して優しげなその口元は厳しく引き締められ、意志の強そうな目は鋭く一点を睨みつけている。
視線の先にあるのは、同様の表情をした吉澤の黒い瞳だった。


その少女の姿に――愛は息を呑んだ。
自分でも説明のつかない、経験したことのない感覚に貫かれたような気がして。
れいなのときと同様、この出逢いが特別な意味を持つようなそんな気がして―――


「お、ま、え……ぐっ…」

少女に気を取られていた愛は、吉澤が呻きながら片膝をついたことで我に返った。

「お前も精神系能力者か……!ちっ…ちょい遊びすぎたな。今は分が悪りぃわ」

ゆっくり立ち上がった吉澤は、苦笑めいた表情を浮かべながら3人を見渡した。


「今日のとこは帰るわ。けどなかなか楽しかったぜ。また顔合わすことがあるかどうかはわかんねーけど、そんときはそんときでよろしくな」
「そっちからケンカ売っといて逃げると?」
「気分悪りーから逃げるとか言うなよなー。帰るだけだっつーの。ウチ、結構門限厳しいんだよ」

ふざけた態度でそう言った吉澤の背後の空間に、見覚えのある裂け目が入る。

「じゃーな。高橋、田中。それから……誰か知んねーけど」

唖然とする視線を尻目に、吉澤はその空間の亀裂に吸い込まれるようにして消えた――


    *    *    *


「そや!愛ちゃん!大丈夫やったと?れいな…アイツやと思ってて…ごめん…」

吉澤の姿が消え、夢から醒めたようになると同時に自分が愛を傷つけたことを思い出し、れいなはしょげ返った。
愛は、その言葉に慌てて首を振る。

「ううん、全然大したことないてー。気にせんで。ほれよりあーしの方こそ…ごめん…もうちょっとで……」

あのときの恐怖を思い出し、愛は再びゾッとするような感覚を味わっていた。
もしもれいなのガードが間に合っていなかったら……。

「そんな風に人のことばっか気にしてるからいいように付け込まれんのよ」

俯いた2人の頭上に呆れたような声が響く。
自分たちを助けてくれた存在を思い出し、2人は慌てて顔を声の方に向けた。

そこには、声同様に少し呆れたような ――どこか困惑混じりの―― 表情を浮かべた少女の姿があった。


「あ、ごめんなさい!助けてもらったのにお礼言うの遅れちゃって…」
「あんたの声が聞こえんやったら、れいな愛ちゃんのこともっと思いっきし殴っとーとこやった」

遅ればせながら口々に礼を言う2人に、少女は笑みと共に自己紹介を返した。

「どういたしまして。わたしは新垣里沙。そっちは高橋さんと田中さん…って言ってたっけ?」
「あ、はい。そうです。あーし…わたしが高橋愛、こっちの子が田中れいなです」
「よろしく。…で、さっきの続きなんだけどね、高橋さん、田中さん」
「あーもう、なんか堅苦しいと!『愛ちゃん』と『れいな』でいいけんね、ガキさん」
「ガ…ガキさんって……わたしぃ?何で?」
「ニイガキさんとか言いにくいけん、ガキさんでいいっちゃろ?」
「ちょっ、なんでわたしだけ名字…いやまあそんなことはどうでもいいんだけどさ」

どうでもいいと言いながら微かに不服そうな顔をしつつも、里沙は気を取り直したように話を続ける。

「さっきのあの女の人なんだけど…何者なの?知り合い?」
「う~ん、知り合いってわけじゃないんやけど…」

先ほどのやりとりのおかげでややくだけた口調になった愛は、少し前に廃倉庫であった出来事を里沙に簡単に話して聞かせる。

「さっきの吉澤って人はそんときの中澤って人の名前も知ってたし、何より…」

最後に吉澤が姿を消した空間の亀裂は、あのとき中澤が見せた“空間裂開能力”によるものに間違いなかった。

「ってことは、そうやん!あの人も近くにおったいうことやん!」
「んー…そうは限らないよ。条件を満たせば離れたところでも発動できる能力はあるし」

今さらながらにあたりを見回すれいなに対し、里沙は軽く首を振る。
そんな里沙に対し、れいなは感心した眼差しを向けた。

「ガキさん、詳しいんっちゃねえ。あ!じゃああの黒い女の能力は何ね?教えてくれん?“物質転移”とか言うとったけど…意味分からんし」


いまだに何が起こったのか理解しきれていないらしいれいなに対して再び呆れたような表情を浮かべた後、里沙は説明を始めた。

“物質転移―アポーテイション―”は遠方にある物体を手元に引き寄せることのできる能力。
強力なものになると、引き寄せるだけでなく逆に手元のものを遠くに転送したりも自在に行なうことができる――

「…わけなんだけど、あの人の能力はそれじゃないよもちろん」
「はぁ!?違うと?」
「だってそれじゃ全然説明がつかないでしょうが!2人とも無防備すぎだから!あれは“催眠―ヒュプノシス―”!」

“催眠―ヒュプノシス―”は幻覚を見せ、同時に精神や感情を操作する能力。
愛とれいなはその能力によって互いを吉澤だと認識させられ、さらに闘争本能や憎悪の感情を増幅された。
その結果――

「あなたたちは幻を追いかけて同士討ちしてた…ってわけ」

そう言いながら、「これで理解できた?」というように首を僅かに傾ける。

「そういうことかぁ…れいなまんまとダマされよったいうわけやね…。愛ちゃん、ほんとごめん…」
「いや、あーしも一緒やから……こっちこそほんっとにごめんね、れいな」

再び揃ってうな垂れる2人を見て、僅かに苛立ったような表情を浮かべながら里沙は小さくため息を吐いた。

「あのさあ…、あなたたちが敵に回してる組織はそんな風な甘い考えで相手にできる相手じゃないよ」

驚いたように、愛とれいなが顔を上げる。

「ガキさん…あ…新垣さん、あいつらのこと知ってるん?」
「……いいよもう、『ガキさん』で。わたしも『愛ちゃん』と『れいな』って呼ばせてもらうね」

心安い関係なるにはその方が都合がいい――
そう判断した里沙は、そう言いながら苦笑いの表情を作ってそれを愛に向けた。


「知ってるよ、一応。一部の能力者の間では有名だからね…っていってもわたしも噂に聞いた程度で全然詳しいことは分からないんだけど」

続いてそう前置きすると、里沙は“組織”についての断片的な知識を語った。

何人もの様々な能力者が内部にいるらしいこと。
表立ってはごく普通の企業の顔を持っているらしいこと。
ただ、裏にあるらしき目的やその具体的な活動についてはほとんど知られていないということ。
だが、「表」でも「裏」でも確実に色々なところで繋がりを持っているらしいということ。

「知ってるっていってもこの程度のことなんだけどさ。とにかくそれなりの規模の組織だってことは確かだよ。あなたたちはそれを敵に回してんの。分かってるわけ?」

やや焦れたような口調の里沙に対し、愛は弱々しく反論する。

「いや、あーしらは別に敵に回してるつもりはないんやけど…」
「そっちにそのつもりがなくてももう向こうはそういう気でいるの!そういう相手なの!そんな呑気なこと言ってる場合じゃないんだよ?分かる?」

思わず声を荒げる里沙に、愛とれいなはややたじろいだ表情を浮かべながらも慌てて頷いた。

そんな2人の様子に、里沙は表現し難い感情に囚われていた。
先ほどの常人離れした戦闘を目の当たりにしたときには、確かに彼女らは“組織”にとって危険な存在だと心底感じた。
しかし―――

「ところで、ガキさんって今何しとる人なん?その…家族とかは…?」

先ほどよりも心もち遠慮がちなれいなの声に、里沙は我に返った。
同時に、自らの“任務”を思い出し、揺れ動いていた気持ちを静める。

「一人で暮らしてるよ。この能力のせいで家族を“失って”から……ずっと」

愛とれいなが息を呑む気配が伝わり、里沙の心は再び微かに揺れる。
だがそれを笑顔の下に隠し、里沙は小さく肩をすくめた。


「あ、気にしないで。もう気持ちの整理はついてることだし、それに…あなたたちだって…愛ちゃんとれいなだってきっと似たようなものなんでしょ?」

愛とれいなに比べれば――自分はまだ幼い頃に愛された記憶があるだけずっと幸せなのかもしれない。
微かに過ぎったその思いから目を背け、里沙は続けて言った。

「ねえ愛ちゃん、れいな。わたしもあなたたちと一緒に戦いたい」

それを言うためにわたしは“組織”から差し向けられたのだから…と自分に言い聞かせながら――


里沙のその言葉に、愛とれいなは一瞬目を見開いて顔を見合わせた後、パッと輝かせた顔を同時に里沙の方に向けた。

「ほんまに!?ええの!?」
「バリ心強いやん!」

心底嬉しそうな2人に対して向けた偽りの笑顔を後ろめたく思っている自分に、里沙は軽い戸惑いを覚えていた。
そんな感情などとっくに断ち切ったはずだったし、実際にここ数年そんな思いを抱いたことなどない。
なのに―――

「はっきり言ってあなたたちだけじゃ不安すぎるしね」

だが、そんな戸惑いをも偽りの笑顔の中に塗りこめ、里沙は手を差し出した。

「改めてよろしく。新垣里沙です。能力は“精神干渉”。詳しくはまたゆっくり話すね」


―――人を信じることをやめて久しい自分に向かって、どうしてこの2人はこんな表情ができるのだろう。
―――いや、そんなことを考えるためにわたしはここに居るんじゃない。


その手を握り返す愛とれいなの温もりを感じながら、里沙は再びその心を戒め静かに冷やしていった。


このとき――愛はまだ知らなかった。

里沙が、揺れ動く心を抱いて戸惑っていたことを―――


このとき――里沙はまだ知らなかった。

“声”がまったく聞こえない里沙に微かな疑念を抱きながらも、愛がこの瞬間から自分のすべてを受け入れてくれていたことを――



最終更新:2014年01月17日 17:57