(30)158 『小さな巨人』

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地には瓦礫の山と累々たる屍。
空に黒雲と鋼翼の悪魔。

たった今自分が命を奪った能力者集団の骸を睥睨しながら、後藤真希の心は乾いていた。

―こいつらならと期待してたけど、ダメだったね。

失望と諦観が交じり合った溜息を吐きながら、絶望の大地へと降り立つ。
万が一、仕損じていたなら、とどめをさして、苦痛から解放してやるため。
だがそんな憐憫は無用のものだった。

燃え上がる炎、崩落する瓦礫以外に動くものはありやしない、いや、誰かいる。

ジャリッ、と何かを踏みしめる音が響く。
その音の大きさは、その音を立てた存在が後藤に敢えて自分の存在を知らせようとしていることを示していた。
そんなことをするのは?

「何だ、やぐっつあんが来たの」

後藤の冷たい視線の先には、背丈だけなら子供かと見紛うぐらいにちっちゃな女が立っていた。
その物腰はどこか卑屈で、両掌を擦り合わせながら愛想笑いを浮かべていた。

「いやぁーっ、相変わらず強いねえ。 後藤は。
9人の能力者を倒すのに5分もかかっていない。 スゴイ、スゴイッ」
「まさか、そんなことを言いにやって来たわけじゃないでしょう」
「うーん、ちょっと言いにくいんだけどねぇ。」

ちっちゃな女は相変わらず腰が低い。 が、どこか不穏な空気を漂わせている。

「こうしてこいつらを惨殺することは、組織の方針と違っているってことは判ってるよね、後藤」


鋼翼を生やした美女は応えようとしない。
ちっちゃな女の言葉を待つ。

「こいつらに圧倒的な力の差を見せ付けて、心に絶望を植え付ける。
裕ちゃ、いやリーダーの指示は確かそうだったよね」
「やろうとしたさ。 でもこいつらが悪いのさ。
あの程度の攻撃を捌けないくせに、闇を打ち払おうなんてね。  ちゃんちゃらおかしいよ」
「こいつらには可能性があった。 今はまだか細いけど、将来は…」
「だったら、どうすんのさ。 こいつらを仲間に引き込もうっていう組織の方針を滅茶苦茶にしたわたしをどうしようっていうの」

眦をつり上げて、声を荒立てる鋼翼の悪魔に対して、ちっちゃな女はその両手を自分の身体の前に突き出し大きく振った。

「無理無理。 ダークネス最強の能力者、後藤真希をどうにかしできる奴なんて、この地上にいやしない」

「ふん、どんなもんだか。 さっきからあたしのチカラが阻害されてるんだけど。 口とは裏腹に殺る気満々なんじゃないの」
「これはさあ、あんたの念動でいきなり吹き飛ばされないようにする為さ。 何せあたしの身体じゃ何十メートル吹き飛ばされるか」

ちっちゃな女が言葉を言い終わる前に、後藤は最初の一歩を踏み出していた。
目の前の女の力、“能力阻害”は厄介だ。
だけど自分のチカラのベースと言っていい、念動力が防がれたとしても
卓越した身体能力から繰り出す物理的な攻撃で命脈を絶つことは容易だ。
この女の背丈なら、腰の入った回し蹴りで簡単に首を刈ってやれるだろう。
その後は知ったこっちゃない。
組織の準幹部級を殺した自分に対して、追手が掛かるならむしろ大歓迎だ。
氷の魔女、粛清人、時間を操る女。
命のやりとりをすることでしか、生きている事が実感できない。
一歩の内に自分の業の深さを噛み締めながら、次の一歩を跳ぶ。
これで、お別れさ。 やぐっつあん。


―いける。 

今踏み出した足が、地に着いたならそれを軸にして回し蹴りを放つ。
それでこの女には十分致命傷を与えられるだろう。

―足りない!!

狼狽した。
自分が予測したよりも僅かだが距離が足らない。
チカラで飼い馴らした鋼翼で戦うことが多い後藤だったが、
自分本来の肉体のみを凶器にする術も知り尽くしている。
だからこんな僅かな齟齬が生じる事が信じられない。

―かわされる。

ちっちゃな女の顔からは他人を愚弄するような笑みは消え、冷徹な狙撃手の目をしていた。
そして許しを請うかのように、身体の前で振っていた両手を組み、拳銃のような形に組む。

「ばぁん!!」

ちっちゃな女がふざけたように言うとと同時に、後藤は胸に強い衝撃を感じた。

―飛ばされる。

念動が使えれば、この程度の衝撃波は簡単に相殺できるのに。
自分が放てるチカラに比べれば、遥かに小さなチカラで吹き飛ばされた後藤は宙を舞い、…墜ちた。
念動による衝撃波の直撃を受けた胸部には激痛が走り、気道からは何かがこみ上げてきた。
折れた肋骨が肺に刺さり、そこから血が流れてるのだろう。


喉をこみ上げて来た血液が口の中を満たし、溢れていく。
時間が経つごとに視界が狭まり、身体の感覚が失われていく。

…どうやら致命傷みたいだね。
に、しても意外だった。
私がやられるとしたら、愛ちゃんか圭ちゃんだと思ってたけど、まさかやぐっつあんにやられるとはね。

頭のすぐ傍で瓦礫を踏む音がした。
誰かが顔を覗き込んでいる気配がする。

「い、一体どんな…」
「どんなイカサマをやらかしたって聞きたいんだよね」

…違う、今のはイカサマなんかじゃ無いことは、喰らった私が一番よく判ってる。
ただ、知りたい。
どうやって私を打ち破ったのかを

「オイラは何もしていない。 後藤を敗ったのは後藤自身」
「な、何を…」
「もう喋らない方がいい」

痛ましげな口調が鋼翼の悪魔に、その命が長くないことを否応無く知らしめる。

「わ、わたじは…、ゴ、ゴボッ」

血を吐きながら勝敗の帰趨を決めた要因を知ろうとする後藤に、ちっちゃな女が言葉をかける。
その口調からは勝ち誇った気配など微塵も感じられない。


「私のチカラは能力阻害。 
 まず最初に後藤のチカラのベースである念動力を阻害、 その後、後藤の身体能力を阻害した」
「ば、馬鹿な…そんなことが」
「後藤、私達のチカラって何だと思う」
「ふぇっ」
「ダークネスであれ、リゾナンターであれ、能力者の能力って何なのさ。
普通の人には出来ない事? 神様しか出来ないような事?
空を飛ぶ事? 手を触れずに物を動かす事? 未来の出来事を視る事?
姿を消す事? 獣化する事? 手に触れた者を燃やす事? 思い描いたイメージを念写する事?
人の心と感応する事? 人の心に干渉する事? 時間を止める事? 悪魔に心を売らなきゃ出来ない事?」

ちっちゃい女は一気呵成に捲し立てると、一息ついた。

「そういうことが出来ない人間から見れば、私達のチカラは超能力かもしれない。
 でも私達はそういうことが出来る。 だから私達は自分のチカラを能力と呼ぶ。」

パラパラと何かが降る音がする。
つい先程まで行われていた戦闘の影響で、損壊した付近の建造物から細かい破片が崩れ落ちているのだろう。

「でもね、ごっちん。 オイラたちが出来ないことをやってのける人たちがこの世の中にはたくさん存在する。
 円周率を何万桁と記憶している学者、数ミクロンの誤差も無く金属を研磨する職人。
 西瓜を割らずに実の詰まり具合を見分けられる八百屋のおじさん。
 数センチの余裕しかないスペースに車を停めれる駐車場のおじいちゃん。
 こんな人たちには、あんたみたいに自分の身体を宙に浮かしたり、圭ちゃんみたいに時間 を操作できたりはしない。
 オイラ思ったんだ。 こんな人たちだって皆、能力者だって。
 人は皆、自分の中に能力という輝きを秘めているって。
 そう思ったとき、オイラの能力阻害という能力は生まれ変わった。
 新たなる力、小さな巨人にね」



「グフッ、ちぃさな虚塵…」
「ゴメン。 オイラの攻撃力がもっと強ければそんなに苦しい思いをさせずに済んだのに」

もう完全に光を失った瞳をちっちゃな女に向けながら、鋼翼の悪魔だった女性は言葉の続きを促がした。

「オイラのチカラ、小さな巨人は人間のあらゆる能力を阻害できる。
 但し、それには条件がある。 
 その対象となる人間が、オイラよりも上回っていると思った能力に限りってこと。
 つまりその対象となる人間が、
 自分の頭がオイラよりも賢いって思えば、その人間はオイラよりもおバカさんになる。
 その対象となる人間が、
 瞬間移動で素早く立ち回ってオイラなんかイチコロだって思った時点で、瞬間移動は不可能になる」

ちっちゃい女は気遣わしげな視線を自分の後輩に向けるが、
組織の厄介者“Black sheep”にはもうその視線を察知することも出来ない。

「オイラが最初に念動力を阻害した時点で、ごっちんはこう思ったんだろうね。
 ちょっと面倒になったけど、この小さい女なら自分の身体能力だけで問題ないって」

戦闘の巻き添えで大破した自動車から洩れたのだろう。
油の不快な鼻を刺す。
顔をしかめながら、ちっちゃい女は続ける。


「その認識自体は間違いない。
 ごっちんなら素手でやったって、この世界の人間の殆どを倒せるだろう。
 でもオイラに対してはその認識が命取りになった。
 ごっちんがオイラを蹴り殺そうとした時点で、オイラの小さな巨人は発動した。
 阻害されたごっちんの身体能力は、年齢相応の女子の平均レベルまでに落ち込んだ。
 あとは…もういいよね」

痛みを通り越し、体中に鉛を流し込まれたような感覚に苛まれながらちっちゃい女の言葉を噛み締める。

―いけすかない人だよ、アンタって人は。 初めて会ったときから…!

暗く塞がれた視界の中で何かが煌いた気がした。
やれる!!
思念の糸を伸ばし、物体を絡めて引き寄せる。
飛来した交通標識の鉄板が、ちっちゃな女に…当たった!
でも、この感覚は?
人間の身体に似ているけど、…違う…
鉄板で両断した物体から気体が噴出する音がする。
…ふっ、これは人体攻撃演習用のダミー。
本当に抜け目無い。
アンタって人は、最期までいけすかないよ。

これが鋼翼の悪魔と恐れられた最強の能力者、後藤真希の最期だった。


紅蓮の炎が燃え盛っている。
その中で黒い龍がのた打ち回っている。
黒龍は声を一切発しないが、断末魔の悲鳴が聞こえてきそうな苦しみようだ。
黒い龍。
その正体は戦場で火葬されている後藤真希の体内から脱出しようとしている黒い翼
―特殊な原型細胞だった。

「よ、よろしいのですか。 矢口様」

組織の男がちっちゃい女に声をかける。
ちっちゃい女は答えない。
普段は見せない真剣で暗鬱な表情で炎を、その中の黒龍を見つめている。

「g923を処分して、その身体を回収する。
 もしも回収が叶わなくても g923の体内の中で成長した原型細胞  の一端たりでも回収す るというのが、あなたに下された指令だった筈」

その指令を無視してしまったら、今度はあんたが“Black sheep”として、粛清を受けるんだぞ、という言葉は飲み込んだ。

「アーン、何だって。 g923を処分。 そんな名前は初めて聞いたね」
「しかし…」
「オマエ、もう一度その名を口にしたら殺すぞ。 g923なんて最初からいなかったんだ。
 そう、私が今日ここにやって来たのは、後輩の後藤真希に会うため。
 会って、ごっちんを取り戻す為にここに来た」

何を訳の判らないことを言ってるんだ。 矢口のくせに。
男の中で、ちっちゃい女を侮蔑する言葉が紡ぎだされたが、それは一瞬にして消えた。
ちっちゃい女の表情は、男にそうさせるほどの悲しみに彩られていた。



かわいい子だったね。
初めて出会った時、こんなにかわいい子がいるなんて、嘘だろって思ったよ。
なっちには悪いけどさ。
あんたは強かった。
あんたの念動力は自分の身体を宙に浮かし、何トンもの重さの車を一瞬で破壊した。
でもあんたは弱かった。
その強すぎる力の発動に耐えられないぐらいに弱かった。
オイラたちが守ってやらなきゃならないくらい。
ある時、組織の研究者が提案した。
当時まだ実験段階だった複合細胞をあんたの身体に移植することによって、
あんたの身体を念動力の発動に耐え得るレベルまで強化するプランを。
それは一見あんたにも選択肢のある提案のようでいて、他に行く場所の無いあんたには選択肢は無かった。
並の人間なら、1ミリグラム移植されただけでも、拒絶反応を起こしかねない複合細胞をあんたは飼い馴らした。
あんたの身体に移植された複合細胞の総重量が1キロを越え、あんたの体内で成長を始めた頃からあんたは変わった。
あんたは”黒い血”と呼ばれる複合細胞を、自分の意志で漆黒の翼に変形させた。
そしてその翼であんたは羽ばたいていった。
同じ組織にいる筈だったのに、あんたはオイラの手の届かない所にいた。
…でも最後の最後でオイラの能力阻害が破られたってことは、オイラのことを認めてくれたんだよね。
オイラのチカラを認めてくれたからこそ、オイラの小さな巨人は破られた。
何か悲しいよ、こんなので終わるなんて。
でも、ありがとう。 こんなちっちゃなオイラのこと認めてくれて。
お帰り、ごっちん。 もう離さないよ。

炎の中で黒い龍がその動きを止め、
後藤真希の身体と共に灰燼と化したのを見届ると、ちっちゃい女は炎に背を向けてその場を立ち去った。
男はちっちゃい女に声をかけようとしたが、その暗い表情を目にすると何も言えずただ見送るしかなかった。
女の後姿は男の目にはいつにもまして小さく映った。