(30)433 『小さな風使い』

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みんなには内緒にしていたけど、私には彼氏がいる。
彼の名は翔君。
私が子供の頃からお世話になっている病院にずっと入院している男の子だ。
彼は私よりもずっと重い心臓の病気で、子供の頃からずっと入院している。

病院内の児童教室で彼の書いた作文を読む機会があった。
その作文の中では彼はとっても元気で、ゆうと君という友達とドッジボールをしたり、女の子のスカートめくりをしていた。
みんな空想。
叶わない夢。
私はちょっと前、さゆや愛ちゃん、皆と出会う前の自分を見ているような気がして、たまらなくなった。
辛い検査、上向かない病状に苛立った彼が、治療を拒否していることを彼のお母さんから聞いた私は、
さゆを伴って彼を病院の中庭に連れ出した、そして。

「ねえさゆ」
「何なの、絵里」「ちょっとそこに立ってみて」
「こうって、キャー絵里のエッチ」

ねえ翔君、簡単でしょ。
女の子のスカートをめくることなんて。
心の中でイメージすればいいんだよ。
風が渦巻くイメージ、最初は弱く、優しく。
やがて心の中で風が見えてきたら、少し強く激しく。
そして心の中で風のイメージを掴まえたら、こんな風にびゅあっ、と。

「キャー絵里のエッチ」


やってごらん、教えて上げるから。
もちろん最初からうまく行くはずなんてないよ。
私だって最初の頃はヒドかった。
今でもさ、風を強く吹かせすぎることもあるし。
でもね、練習していけばいつかはきっとうまく行くよ。
今日がダメなら明日。 
明日ダメならそのまた次の日。
少しずつ頑張っていけば、きっとできるようになる。
私が責任持って君を風使いにしてあげるからさ。
その代わりと言っちゃなんだけど、君もちゃんとお薬飲んで、お母さんやお医者さんの言うことをちゃんと聞かなきゃ、ね。

その日から私と彼の修行が始まった。
勿論治療に支障が出ないように、細心の注意を払いながら。
さゆも時間を作っては修行に付き合ってくれる、といっても立ってるだけなんだけど。
スカートめくりという目標が出来た彼の目には光が宿り、話す言葉にも生命のリズムが感じられるようになってきた。
私は彼の母親から感謝の言葉を貰ったが、感謝したいのは私の方だった。
こんな私みたいな人間でも誰かに希望を与えられることを教えてくれた翔君に対して。
このまま上手く行く。
翔君は風使いの能力を手にすることが出来て、病気も治る。
そう思っていた。

ある日いつものように翔君の修行を終えて、病院から帰ろうとしたら、ガキさんが怖い顔をして待っていた。

ガキさんは私たちが人前で力を使うことにあまりいい顔をしない。
例え人助けのために使ったとしても、結局は好奇心に晒され偏見の目で見られることになるから。
力で助けて欲しい人がたくさん出てきたときに、その全てを助けることなんて到底出来ないから。
力を使うのは、どうしても闇と戦わなければならない時に限って。
絶対強制ではないけれど、そんな風に諭されてきた。


「聞いて、ガキさん。 絵里はね」
「さゆは黙っててくれるかな。 これは絵里の問題だから」

私は言葉がつかえながら、自分の胸の内を精一杯話した。
翔君に昔の自分を見たこと。
さゆや愛ちゃん、リゾナンターとのみんなの出会いが、私に生きる希望を与えてくれたように
翔君にも希望を与えたかったこと。
さゆは自分が無理を行ってつき合わせたから、悪いのは自分だってことを。
泣きながら謝った。

「ちょっと、待ちな。 なんであんたが謝るのさ」
「だってっ」
「私はリゾナンターの皆が、力を使うのを人に見られるのはいろんな意味で拙いと思ってる。
最初は面白おかしく扱われて、その内に化け物扱いされて、イカサマ呼ばわりされる。
そのぐらいは構わないさ。 
でもね、力を使うことで消耗して、肝心の時に使えないようじゃ話にならない。
 私たちが持って生まれたこの力は、闇を打ち払う為、この世界を救うためのものでなければならない。
 ちょっと大げさかもしれないけど、私はマジでそう思ってる」
「ごめんなさい、ガキさん」
「だから何で謝るのさ。
 あの子、あんたの小さな彼氏の病気が治るのか。 治ってもどんな大人になるのか。
 それは私には判らない。
 世界を救うヒーローになるかもしれないし、悪に染まるかもしれないし、平凡なサラリーマンになるのかもしれない。
 でもね、あの子を待ってる幾つもの出会い、無限の可能性。
 子供に希望を与えるってことは、世界を救うってことだから。
 胸を張っておやりよ。 でも身体には気をつけなよ。
 翔君も、それにあんたも」
「ガキさん、ありがとうっ」



翔君が旅立った。
暑い季節だった。
それは余りに突然なことで、誰もが信じられないような顔をしていたし、私も信じたくなかった。
彼の両親からは、生前の息子が明るくなったことへの感謝の言葉を述べられたが、
その言葉は私の心の中を通り抜けて行っただけだった。

葬儀の日、私とさゆは出棺まで立ち会った。
さゆはずっと泣いていた。
自分の力で、彼を治せなかったことを悔やみながら。
私は泣かなかった。
自分がこんなに冷たい人間だとは思わなかった。
ただ、さゆを巻き込んだことで、悲しい目に合わせたことは済まないと思っていたが。

帰り道、何も話さずに手を繋いで歩いていた。
風一つ吹かない強い日差しの中を歩いていた。
セミの鳴き声が耳を射す。

不意に風が吹いた。
それは突然のことで、私やさゆのスカートの裾をふわりとはためかせていった。
見上げた空に小さな風使いの笑っている顔が見えたような気がした。
視野がぼやけたのは、目に汗が入ったからだろう。