(30)457 『ヴァリアントハンター外伝』

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地球人口に対する超能力者の割合はすでに一割を超えている。
超能力者の存在が公式に認知されたのは異形種―ヴァリアント―出現の数十年前。
観測初期は地球総人口の数パーセントに満たなかった超能力者の比率だが、
ここ半世紀の統計記録を見てもその増加傾向は顕著だった。
超能力者は―少なくとも国籍を保持する者に関しては―各々の国家によって管理されている。
彼らは検査によってその能力の種別、強度を分類され、
日常生活においては数値に応じて安全装置、つまりはリミッターの着用を義務づけられた。
状況に応じてリミッターの解除が許可されているのは、
一部の者――例えばヴァリアントハンター達―のみである。

種別は複合能力、合成能力を含めると膨大な数に上るが、
強度についてはレベル0(無能力者、つまり一般人)からレベル12までが国際基準で定められている。
レベルについて気体操作能力者、俗に言う風使いを例にすると、
レベル1ではほんの微風、レベル6では暴風、レベル12になると台風、
つまり自然災害クラスの風を巻き起こせる能力者という分類になっている。
現在の統計ではレベルの低い能力者ほど数は多く、
レベル12に該当する超能力者に至っては全世界でも百名以下しか存在しない。

しかしなぜこれほど厳密な分類、管理の実施が成されているのか。
回答は至って明瞭である。
それは全人類の九割を占める一般人が――彼らを恐れているからに他ならない。


  *  *  *


田中れいなは東京都内、渋谷区の一角にある繁華街の裏路地を歩いていた。
妖しげなバーやスナック、風俗店の看板が立ち並んでいるが、
日中だけあって人通りも乏しく、それらの看板からも毒気が抜かれている気がする。
ほどなくして、数刻前に通報のあった安普請のラブホテルに到着。
エントランスには部屋の種類と値段を表示した電光パネルが置かれている。
生憎とプライベートでは利用した経験がないのだが、
職業柄パネルの光が消えているそれが使用中の部屋であると判断できる。
光の消えている部屋は一室。通報にあった部屋番号とも一致する。
くもり硝子で仕切られたスタッフルームを一瞥すると、
べっとりと赤黒い血糊が人の手形を残して付着していた。
硝子の隙間から室内を覗うと、ひび割れた壁や床、
そして原型がなくなるまですり潰された人間の死体が見える。
辛うじて原型を留めている引き千切られた右腕には電話の受話器。
通報の電話が悲鳴と共に途切れたと聞いていたから想像はしていたが、
―――まったくもって、度し難い。

胸の奥にたぎる物を感じながらも、平静を装って件の部屋へと向かう。
スタッフルームから拝借してきた合鍵を使って室内へ。
毛足の短いカーペットを土足で踏みしめ、


「………呆れた」
「こっちの台詞だっつーの。しつけーんだよお前ら」

れいなの呟きに、ソファで紫煙をくゆらせる上半身裸の男が応えた。
たいした上背もなく、見るからにひ弱そうな細い手足と薄い胸板。
目つきこそ凶悪だが、容姿を見ただけでは指名手配中の凶悪犯とは誰も思わないだろう。
ベッドでは同じく指名手配中のやつれた女が虚ろな視線を宙に漂わせ、
口からは涎が泡となって滴り落ちている。
傍らには注射器。大方ダウナー系のクスリにでも手を出したのだろう。

「警視庁刑事部捜査一課特殊犯捜査第5係、田中れいな。
 アンタらを強盗、殺人、公務執行妨害、その他多数の容疑で逮捕する」

特殊班捜査第5係。
近年では珍しくなくなった、超能力犯罪への対策班である。

「ひとつ質問。逃げずに留まってるくせに通報者を殺した理由は?」
「理由? ハッ、んなのムカついたからに決まってんだろーが」
「……オーケー、今ので決めた。五体満足で逮捕してやるのはやめた」

パンツスーツの腰に提げた伸縮式警棒を手に取り、
血振りの要領でアルミ合金製の円柱を引き延ばす。

「馬鹿じゃね? 第5係ってことはテメーも超能力者だろうが、
 一人で俺らを捕まえられるとでも思ってんのか?
 レベルはいくつよ?」
「0」
「は?」

瞳に戦意を滾らせながらも無表情を貫くれいなの回答に、
男が狐につままれたような表情になる。


「オイオイオイオイ。こりゃまた笑える冗談だなオイ。
 つい一昨日に数人がかりで返り討ちに遭ったの覚えてねーのか警察ってのは。
 自慢じゃねーがリミッター外した俺のレベルは10だぞ?」
「覚えてるに決まっちょる。ついでに能力の種類は念動力(サイコキネシス)でしょ」
「ああ、なるほど。この建物周辺にSATだか何だかが待機してるわけだ?
 要するにてめーはただのおとりだな」
「違う。ここにはれな一人しかおらん。それで充分ってのが上の判断」
「……もういいわ。テメーうぜぇよ。死ね」

頭をかかえた男が、さも面倒臭そうに掌をれいなに向ける。
瞬間、不可視の刃が周囲の景色を歪めながら男の目の前に据えられたテーブルを木屑へと変じさせる。
刃は勢いそのまま床板を張り裂きながられいな目掛けて突き進み、その矮躯を直撃した。

「なっ?!」

が、れいなは先と同じに警棒を正眼に構えたまま微動だにしていない。

「クソッ、無効化能力者(スキル・キャンセラー)か?!
 おい出番だぞ女ぁッ!」
「あ……?」
「いつまでもキマってんじゃねーよ!
 次の餌が欲しけりゃ仕事しろっつってんだよ!」
「え、さ……クス、リ……ッ!」

それまで虚ろな瞳を彷徨わせていた女の焦点が集い、男が掲げた白い粉の入った袋に向けられる。
次いで、その瞳は殺意を以てれいなの方へ。


「クスリ…欲しい…獲物……止める……ッ!」

女が両の掌を合わせてこちらにかざし、何らかの能力を発動したのがれいなにも気配でわかった。
しかしれいなが女に向ける瞳にあるのは焦燥ではなく、むしろ憐憫だ。
クスリ漬けにされ、ほとんど意識のないまま男に飼われている。
その前情報に確信が持てた。

「ハッハーッ! コイツもテメェと同じ無効化能力者だ。
 テメェのほんとのレベルがいくつかは知らねぇが、
 レベル9のコイツを相手にしながら俺の攻撃は無効化できねぇよなぁ?!」

先にこの男の逮捕に向かった班が返り討ちに遭った理由がこれだ。
レベル10と言えば決して個体数の多い能力値ではないが、
同等以上の能力者なら警察側にも存在する。
だが、レベル9の能力無効化を受けて力が半減した状態では流石に撤退を余儀なくされた。
当然、れいながただの無効化能力者であったのなら同じ轍を踏むことになる。

「今度こそ死ねやぁッ!」

再び不可視の刃が、必殺の確信をこめてれいなに牙を剥く。
そして、直撃。
男の能力が舞い上げた埃や床板の破片が煙となってれいなを覆う。
男は丸太のように斬り潰されたれいなの死体を夢想した。
だが男はこの時点で、――致命的な誤解をしていることに気づく由もなかった。

「がっ?!」

気がつくと、男は床に打ち倒され、天井を仰ぎ見ている。
鼻に激痛。手を触れると、鼻骨はあらぬ方向に捻じ曲がり、
掌にはべったりと濃い赤が付着していた。
揺らぐ視界を混乱も収まらぬ内に持ち上げると、
男を見下す位置でれいなが警棒の先端をひたりと男の鼻先に据えている。


「へ、へめぇッ?! ろうして?!」
「言ったでしょ。れなはレベル0。無能力者。要するに一般人やって」
「ふあけんなッ! いっはんひんがおれに――」

呂律の回らない舌で喚く男のこめかみに、警棒を軽く一閃。黙らせる。

「どこで検査しても何の反応も出ない、正真正銘の無能力者。
 ただし、どういう原理かどんな能力でも強弱問わず霧散させることができる、
 まあ言ってみれば体質? 超能力判定がレベル0だから、
 超能力者であることが前提のヴァリアントハンターにはなれなかったけどね。
 上司は能力無効化(スキル・キャンセル)ならぬ能力殺し(スキル・キリング)なんて呼ぶよ」
「ち、ちひしょ、れめぇ、おほへてろ……ッ!」
「あら、この期に及んでそういう口利くっちゃね。
 言い忘れてたけど、れなは能力に関しては確かに一般人。ただし――」

そこでれいなは、微笑と呼ぶにはあまりに嗜虐的な、
男がそれこそその場で失禁するほどの笑みを見せた。

「剣道二段。柔道初段。極真空手二段。
 ついでに古流剣術と柔術、ムエタイ、ボクシング、
 それから八極拳、劈掛拳なんかも少々かじってます☆
 で、最初に言っちょったよね? 五体満足で逮捕すんのやめたって」
「ちょ、まひぇ、へめ、それれも警官――ぎゃあああああああああああああ!!!」