愛ちゃんの要領を得ない指導のもと、なんとかオムライスを完成させることが出来た。
おいしく出来てるか心配だったけど、「私のよりおいしい」とか
「料理上手いなぁ」とか言いながら愛ちゃんは全て食べてしまった。
こんな夜中にオムライスなんて食べたら太ってしまうに違いない。
それでも嬉しそうにオムライスを食べてくれる愛ちゃんを見ていたくて、
私はそんなこと無いとは言いながらも止めることはしなかった。
また帰ったら練習しよう。
作り方を忘れないように。
忘れてしまったら、もう二度とこのオムライスは作れなくなってしまう。
「里沙ちゃん」
「ん?」
「また、会えるよな」
可能性は限りなくゼロに近かった。
もう一度スパイとして送られることはないだろうし、
何より…次に会う時は愛ちゃん達に私の記憶はないのだ。
「きっと…会えるよ」
だけど、本当のことなんて言えなくて、私は笑ってそう言った。
「絶対会いに行くから」
「え…?」
「里沙ちゃんが戻ってこれんのやったら、強くなって、絶対迎えに行くから」
「…!」
「やから、絶対また会える」
何の不安も無い様子で、愛ちゃんはそう言い切った。
それは自分自身に言い聞かせる為でもあるんだろう。
そうすることで愛ちゃんは自分を保とうとしているんだ。
努力家だけど、自信家じゃない愛ちゃんがよくすることだった。
「じゃあ、待っててもいい…の?」
なんでそこまでしてくれるの?
私はスパイなんだよ?
みんなのことを騙してたんだよ?
「大丈夫やから」
そんなに不安そうな顔をしていたのだろうか。
愛ちゃんは私の頭を1、2回叩くように撫でながら笑った。
「あんたはなんも心配せんと待っとけ」
「うん…」
訪れるはずのない未来なのに、私は何故か希望を持った。
それなら頑張ろうと思う自分がどこかにいたのだ。
「約束…だよ?」
「お守りに誓って」
愛ちゃんはどこからかお守りを取り出すと、それを私に見せつけながら笑った。
「そうだ…っ!お守り…なんだけど…」
私も慌ててカバンからお守りを取り出した。
「あの、頼みたいことがあって…」
最後に愛ちゃんに念じてもらいたかった。
どんな思いでもいいから、最後の愛ちゃんの思いを。
「ちょっと、愛ちゃんのお守り貸して」
「なんで」
何を疑っているのか知らないが、愛ちゃんはお守りを固く握って離そうとしない。
素直にお願い出来ないから、こうするしか私には浮かばなかった。
「愛ちゃんが無茶しないように、私が念じてあげるから」
私が茶化すように言うと、私の考えていることがわかったのか
愛ちゃんはしばらく考えた後に、嬉しそうに口元を緩めた。
「…じゃあ私も里沙ちゃんが泣かんように念じたるわ」
「はぁ?それ逆だから。愛ちゃんだから」
「もーどっちでもええからっ」
愛ちゃんは私の手からお守りを奪うと、自分のお守りを私に手渡した。
私は何も言わずにそっと目を瞑り、受け取ったお守りを握り締めた。
念じる思いは、ただ一つ。
欲張りは言わない。
私の記憶が無くてもいい。
もう二度と会えなくてもいい。
この世界で、生まれてきて良かったと思えるような人生を送ってくれたら。
私はそれだけで十分だから。
―――愛ちゃんが、毎日笑って過ごせますように。
強く、強く念じて、私はそっと目を開けた。
「愛ちゃん…?」
隣を見たら、愛ちゃんはお守りを握ったまま机に突っ伏していた。
小さく呼びかけながら肩を叩いてみても、反応がない。
「もしかして、寝ちゃった…?」
まぁ、無理もないか。
今日も朝早くから仕事して、雨の中走って私を探してくれたんだから。
おまけに、オムライスもお腹いっぱい食べたし。
ちょうど私もそろそろ行かなきゃいけない時間だ。
私は愛ちゃんを起こさないように席を立った。
忍び足で部屋から毛布を持ってきて、静かに眠る愛ちゃんの肩に毛布をかけた。
何度もしたことがある動作だ。
その度に、華奢だなぁと思い、無理しないでよって思う。
「じゃあ、行ってきます」
ここには最後に来よう。
本来は自分が持つべきではないお守りをカバンの中にしまって、私は店を出た。
自分のお守りは、愛ちゃんが強く握っていて取り戻せなかった。
まだ薄暗いけれど、雨は止んでいた。
数時間後には青空が広がるだろう。
その空を見る頃には、もう私はリゾナンターじゃないのか。
そう思ってから、すぐに私は自嘲した。
そもそも私はリゾナンターじゃなくてダークネスだ。
私はリゾナンターになりきっていたに過ぎない。
私はリゾナンターの“スパイ”なんだ。
だから、今からみんなの記憶を消すんじゃないか。
それ以外の理由なんてない。
深く考えるな。
ただ足が向かう方へ。
みんなのいるであろう場所へ。
ついにこの時が来てしまったという気持ちを消すことはできないまま、
軽くも重くもない足取りで仲間の元へ向かった。
最終更新:2014年01月17日 18:45