(31)184 『ツキシマ キラリの追憶』

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光井愛佳は、喫茶「リゾナント」で、店に置いてあったファッション誌のページを開いていた。
それは、愛佳の年齢からするとやや対象年齢の高い雑誌ではあったが、そこに特集されていたのは、愛佳と同じ、まだ15歳のアイドルだった。

「月島きらり」

記事に曰く。

「年上の女性から見ても憧れるクールビューティー」
「神秘性すら漂わせる美しさ」
「芸能界入りを勧めたのは、今も全面的に活動を支援する美貌の母親」
「家族仲の良い、典型的な“お嬢様"タレント」
「現場では、上品で美しい母親にもファンがいるほど」
等々…。

そして、その「アイドル」であった「月島きらり」が、今度は初の映画に主演するのだと言う。
記事は「月島きらり」のグラビアと、本人のインタビュー、そして主演映画の監督のインタビューで構成されていた。

グラビアページを見れば、確かに15歳とは信じられない程の大人びた美貌が、記事を裏付けていた。
愛佳は読むともなくページをめくっていったが、ふと主演映画の監督の談話に目がとまる。

「彼女は間違いなく天才ですね。驚きました。『孤独』や『哀しみ』の表現が、信じられないほどに素晴らしい…」


愛佳は はああ… と溜息をつくと、パタリと雑誌を閉じた。
「…同じ15歳で…、どんだけ違うねん…」

*** ***


はたして、その後の「月島きらり」は、『女優』としてトップへと登りつめて行く。
初の主演映画は“難病に苦しむ少女”と言う役どころだったが、その『哀しみ』の演技に日本中が涙し、映画は大ヒットとなった。

そして「月島きらり」は『悲劇』『悲恋』のヒロインとして、主演映画を次々とヒットさせ、またたく間に『演技派』『実力派』の女優としての地位を確立していく事となる。

すでに「大物女優」としての風格さえ身に纏った「月島きらり」は、常に“お嬢様らしい穏やかな笑顔”の『仮面』を身につけるようになっていった。

「演技は“鬼気迫る”ものさえあるのに、現場ではいつもやさしい笑顔」
…そんな評判も広がり、ますます人気には拍車が掛かった。しかし、その『笑顔』の下にひそむ『孤独』に気付く者は誰一人いなかった。

*** ***


ある日、「月島きらり」は雑誌の対談企画で、派手なルックスと過激かつ強気な発言で話題となっていた、若手のロックミュージシャンと出会う。

正直気乗りのする相手ではなかったが、『お仕事』として対談をこなしていくうちに、次第に『彼』の表情が気になっていった。
「きらり」が『お約束』となった家族の話、母親の話をする時に、ふといつもは強気な『彼』の表情をよぎる、深い『哀しみ』の色に、そこにいる彼女だけが気付いていた。

あまり共通点も無い二人の会話は特に弾む事もなく、雑誌記者が期待した程の盛り上がりは無かったものの、無難に対談は終わった。
そして、二人の写真をとる為に撮影スタッフが準備をはじめる。


対談場所に選ばれた豪華なホテルのロビーの片隅で、クラシックなソファに並んで腰を掛け、二人はカメラマンのスタンバイを待っていた。
二人を沈黙が包む。

…ふと、「きらり」は小さな声で『彼』に話し掛けた。

「あの… さっきの…、 あたしの母親や家族の話って…」


「 …全部…、“嘘”なんです… 」


…なぜそんな事を言ってしまったのかはわからなかった。

だが、『彼』は ああ、と頷いて言った。
「…そんな気がしていた」 …と。

『彼』は孤児だったのだという。そして「きらり」をはじめて見た時から、 “この子は自分と同じ眼をしている” と感じたのだと言った。

「“どこにも行き場所が無い”という眼をしていた…。俺と同じだと思った」
「きらり」の笑顔に隠された『孤独』に、『彼』だけが気付いていた。


…その日、二人は恋に落ちた。


その日撮影されたグラビアページは、二人の高揚した気持ちを見事に捕らえたものとなり、大評判となると共に、双方のファンをやきもきさせる事となった。


*** ***


恋も仕事も、順風満帆に見えた「月島きらり」を、初のスキャンダルが襲う。

やっと「自分の娘」が「月島きらり」になっていた事に気付いた母親が、小金欲しさからか、親権を巡って「きらり」の事務所を訴えたのだ。

曰く、「事務所に娘を奪われた」「TVに出ている“母親”はニセモノ」…。

大スターのスキャンダルにマスコミは飛びついた。しかも、「きらり」の周囲を探る記者達によって、『彼』との交際も発覚し、「月島きらり」は二重のスキャンダルに見舞われる事となった。

「幻術」で作り出していた「母親」の事など事務所にもあかすわけにはいかず、事務所とも溝の出来てしまった「きらり」は、活動休止状態となってしまう。

だが、そんな「きらり」の部屋を訪れた『彼』は言った。

「結婚しよう」 …と。

「“家族”を作ろう…。子供達が哀しみを抱える事の無い“家庭”を…」

それが、「きらり」のずっと求めていたものだった。


*** ***


「帰ってきたら結婚しよう」

そう言い残して海外でのイベントに出かけていった『彼』は、しかしそれきり帰ることはなかった。
海外でのイベントを終え、他のメンバーと別れ、一人先に帰国しようとしたのが仇となった。現地でチャーターした小型機が墜落したのだ。

盛大に行われた『彼』の葬儀に、「きらり」はひさしぶりに姿を見せた。
フリルの付いた真っ白なシフォンのワンピースを纏い、以前のようなやさしい笑顔でファンに手を振る「きらり」の姿は、参列者を驚かせた。

そして、翌朝のTVのワイドショーが「月島きらりの笑顔の謎!!」と銘打った特集を組み、コメンテーターがしたり顔でいい加減な憶測を語り始める頃には、「きらり」はすでに旅立っていた。

*** ***


「…しかし、こんなに若くて、綺麗で、成功してるのに…。なんで自殺なんてするんですかねえ…?」
若い刑事がつぶやく。
「ホトケさんの事情なんて人それぞれだ。…ホントの理由なんざ、他人には分るんもんじゃないさ…」
「だが、このホトケさんは恋人が亡くなったんだろ? …“後追い自殺”なんて珍しくも無い」
ベテランらしい年配の刑事が答える。


「しかし、妙ですね…? 昨夜は4~5人分の料理が用意されてたみたいですよ?ほとんど捨てられてますけど…」
「“待ち人来たらず”…か。それもきっかけかも知れんな…。まあ、いずれにせよ、事件性は全くなさそうだが」

…最後の夜…。「きらり」は自らの『幻術』で、夢であった“家族での食事”を楽しんだのかもしれなかった。

高層マンションの最上階、朝日の差し込む寝室の大きなベッドに純白のシーツを敷きつめ、「きらり」は眠っていた。
その頬には微かな微笑さえ浮かべて。
純白のドレスの胸には、『彼』の写真と、幼い日の自分と母親の写真が大事そうに抱かれていた。

古い写真は何度も何度も指でなぞられてきたのか…、既に擦り切れ、“母親”の面影すらうかがい知ることは出来なかった。

*** ***


愛佳は「リゾナント」で、たった今見た「月島きらり」の『ビジョン』の事を考えていた。

「なんで、こんな…、“会った事も無い人”の『未来』を…?雑誌を見ただけで…?それに…」

しかしその時、カラン…と音を立てて「リゾナント」のドアが開く。そこに立っていたのは、まぎれも無い「月島きらり」その人だった。


グラビアの印象よりやや不機嫌そうな表情で、鋭い視線を店内に走らせている。
「おう、小春、来てくれたんか!?」
カウンターの奥からマスターである高橋愛が声を掛ける。

「…はい…」
そう、ぶっきらぼうに答える「小春」の視線が、愛佳の視線と交差する。

その時、愛佳は胸の内で大きな『音』を聞いた。それは大きな壁が崩れたようにも、あるいは、巨大な鋼鉄の歯車が動き出したようにも聞こえた。

愛佳は、怪訝そうな眼をした「小春」の顔を見つめたまま、立ち尽くしていた。

*** ***


そして今…。子猫と無邪気に遊ぶ「小春」の輝くような笑顔を見ながら、愛佳は小春と初めて合った日のあの『音』を思い出していた。

あの音は…、愛佳の見た「月島きらり」の『未来』が崩れた音だったのか…? それとも、「小春」の…、あるいは「小春」と「愛佳」の、“運命の歯車”が大きく動きを変えた音だったのかもしれない。

あの『ビジョン』をふたたび見ることは無かった。