(32)515 『光の抗争-G-』

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  病で倒れ伏した母の表情は、苦しそうだった。
  健やかに眠る今は、とても穏やかだった。

  希望も無くなった。


  これから私は、何に縋って生きていけばいいのだろう?


        ◇◇


天高く泳ぐ雲は、青い空の中でとても心地よさそうにしていた。
雲の間から注がれる光は、この場にある白い十字架と傍に立つ少女をも照らしていた。

海に向かって高らかに声を上げ、歌い上げる少女。
白いワンピースを着て、天使のようだった。

歌の名は誰も知らない。少女自身でさえも知らない。
唯一、この歌を教えてくれた母でさえも名は知らないと言ったこの歌を、彼女はとても好きだった。

だから歌う。
母に届くように。声を出して、おもいきり。
その瞬間が、彼女にとって一番幸せなひと時だった。


        **


夕方になり、少女は気付く。
夜になれば少女がいる一帯はとても暗くなり、危険になってしまう。
少女は振り向き、村のある方角へと歩き始めた。

  「……今日は何食べようかな…」

誰もいない。ただ自分に向かって言葉を発した。暗闇が迫ってくる中、少女は早足で村へと歩く。
そして、村へとたどり着き、少女は自分が住む家へと足を進めた。

  「っおい、お前一人で何してんだよっ」

突然少女の歩みを阻むのは、近所に住んでいる同い年の子供たち数人だった。
いきなり現れ、少女は一瞬戸惑うが無視を決め込んだ。

  「なんだよ、なんか答えろよっ」
  「こいつ本当に気味悪いぜ」
  「何もしゃべらないし、感じわるーい」

侮辱や偏見のある言葉を投げかけられ、終いには数回蹴られることもあった。
だが今回は、夜も近くになっていたことが幸いし、蹴られることはなかった。
ひどい言葉を言われても、少女は涙を流さずに、無表情でその場をやり過ごした。
そして子供たちが侮蔑の言葉を吐きながら離れていき、見えなくなったところで少女はまた歩き出した。

無表情に足早と歩く背中はとても、哀しそうだった。


         **


次の日もまた、少女は白い十字架のある場所へと赴いた。
そして少女は十字架の傍に立ち、数回深呼吸をした後に歌い始める。

だが、少ししてから少女は違和感を覚える。
そしてそれは少しずる大きくなり、少女は眉間に皺を寄せる。

その違和感は、声が聴こえ始めたということ。
頭の中を駆け巡る無数の声が、少女の心を占めるようになる。
心を掻き乱し、少女は苦しさを訴える。

そして少女が思う十分な量の声が聴こえた所で、少女は右手を掲げた。
すると少女の手の平から淡い光がゆらゆらち立ち上ってくる。
その光は吹き付ける風に乗ると、海の方へと放たれるように吹かれていった。

少女はその光を見つめると、一呼吸置いてまた歌い始めた。
淡い光を放った後の少女の表情は、とても清々しい顔だった。


だが、この淡い光は、少女の人生に影を落とすことになるモノだった。


”光” それは、能力。

だがそれは、少女の人生を闇に堕とすことになるキッカケの光。


         **


森の中を必死に走り抜ける少女。
その少女を必死に追う村人たち。

  「っはぁ…っ嫌だ…つ、捕まりたくないっ…!」
  「待てー!!待ちやがれー!!」
  「悪魔の子を捕まえろー!!!」

後ろから聴こえてくる声が、少女の恐怖心を煽っていく。
必死に逃げる少女はやがて、開けた場所に出る。
そこはあの白い十字架がある場所。

  「とうとう追いつめたぞ!おとなしく観念しろ、この悪魔めっ」
  「その先は崖だ、もう逃げられんぞ…」

血走った眼を向けられて、少女は十字架に寄り添う。

  「あの火事はお前がやったんだろう」
  「あんたの母親が死んだ時からわざわざ育ててあげたのに」
  「あたしの子供を返してよ!!」
  「ろくでもない子供に育ったもんだよ」
  「病弱な母親に育てられて…誰もあんたのことなんか構いやしないよっ」
  「悪魔の子だ」
  「悪魔の子は死んで償え」

大勢の村人の手には、鎌や包丁などが握られており、すべての瞳は少女に向けられていた。


  「…い、いやだ…」

ゆっくりと歩み寄ってくる村人たち。
少女はもう、逃げられない。

  「…ぁ、ぁ…ぃ、いやだ…!!!」

少女が叫び、目を閉じた瞬間だった。突風が少女の周りにいた村人を襲った。
急な突風に少女は戸惑い、収まるまで目を閉じたままでいた。

だが、収まった瞬間、違和感を覚えた。
それは歌っている間に時折現れるものではなく、別の違和感であった。

…そう、先ほどまでのざわめきが嘘のように止んだのである。

少女は不思議に思い、ゆっくりと目を開けてみた。


そして次の瞬間、少女は驚いた。

先ほどまで周囲にいた村人たちが消えていたのだ。


突然のことに少女は戸惑い、ふと視線を地面へと向けた。
すると、そこには自身の足元から何か強い力で抉ったような大きな傷跡があった。
それは村人たちがいた場所へと広範囲に伸びていた。

少女は一瞬考え、ある答えへと導かれた。



これは、少女自身がやったことであると。


少女が目を閉じた瞬間、自身が内に秘めていた光の力が暴発してしまったのが原因だった。
その光の標準は村人たちへと向けられ、一瞬で消してしまったのである。

そう、殺したのではない。消したのである。


  「…みんな、消えちゃった…」


少女は一言そう呟き、少しの間茫然と突っ立っていた。
そして少ししてから少女は十字架へと向きなおした。

次に思ったことは、
今度は、本当に一人になってしまったということ。


少女はしばらくの間、十字架を見つめていた―――――


         ◆◆


懐かしい夢を見た気がする。けれど、内容は覚えていない。
ただ、とても悲しかったことだけは、何故か覚えていた。


 「……今日、か…」


一言呟き、彼女はベッドから起きて身支度を整えた。
そして靴を履き、真夜中、彼女は一人出かけていった。

いつもよりも少しだけ険しい表情をして、彼女は漆黒の闇へと赴いていく。
行き先は、人と待ち合わせをしている小さな教会。そこに、彼女が待ち侘びている人がいる。

闇の組織、そして共鳴者たちは口を揃えて言う。

その人のことを”天使”、と。


だが、彼女はそうは思わない。

だって、その人は”天使”と呼ばれているのに、光の下にいないから。
しいて言えば、彼女はその人のことを”堕天使”と言うであろう。

光ではなく、闇の下で動いているから。


         **


教会の扉に手をかけ、ゆっくりと開ける。
最初に目に入ったものは、一番奥に壁にかけられているイエス・キリストが張り付けられている十字架。

そして、次に視界に入ったものは。


 「…久しぶりだね。もう、7年になるかな?元気?…なっち」
 「元気だよ。相変わらずごっつぁんも元気そうでなによりだよ」
 「あれ?そこは元気じゃないほうがいいんじゃない?」
 「なんで?元気なほうがいいじゃん。7年ぶりなんだから。なっちは会えて嬉しいよ」
 「…ごとーも、会えて嬉しいよ…」


ゆっくりと、後藤は安倍のいる場所へと進んでいく。
そう、ゆっくりと。これから起こることへと進んでいく今を、ゆっくりと噛み締めるように。


 「…これからごとーが何をするのか、分かってここにいるんだよね?」
 「もちろんだよ。何?もしかして、分かってないとでも思ってる?」
 「いや、なっちならそんなことありそうだなーって思ってさ」
 「えー、バカにしないでよー。なちみだってそのぐらい分かってるさ」


後藤が組織にいた頃と変わっていない、屈託のない笑顔。
何も淀んでいない、穢れていない、その純粋な笑顔が、後藤は好きだった。

けれど、その笑顔をこれから奪うとなると。


 「…始める前にさ、ちょっと話でもしないかい?」
 「いきなり何?」
 「いいじゃんよー。ね?」
 「…ん、いいけど」

またも、屈託のない笑顔で問いかけられ、後藤は安倍の話に付き合うことにした。

 「…ごっつぁんは、本当にこの世界を潰そうと思ってるのかな?」
 「…なんで?」
 「だって、ごっつぁんは昔はそんなんじゃ」
 「昔は昔だよ。…今は今。今を生きてるごとーにとって、この世界は堕落した世界にしか思えない」
 「なんでそんなこと…」
 「だって、光と闇があったらそう遠くない未来に戦争が起きるでしょ?」
 「っだからと言って世界を潰すなんて…!」
 「ごとーは世界を”潰す”んじゃない。”変える”んだよ?」

堕落した人間が生きるこの世界は、もはや破滅しか道は残っていない。
だからそんな世界を新しく変えて、新世界を創造するんだ。
誰もが幸せになれる。選ばれた人々だけが生きることのできる新しい世界を。

 「そうすれば、世界は破滅への道から逸れる。そして世界の未来は安泰になるんだよ?」
 「…そんなことは誰も望まないよ…」
 「なんで?なっちはそう思わないの?だってなっちは今の世界に嫌気が差してるんでしょ?」
 「…だからって世界を変えると言ってもそれは今の世界を壊すことでしょっ?」
 「当然。でも選ばれた人々は生き残るんだよ。たとえば…高橋とか」
 「高橋って…」
 「そう、高橋愛。共鳴者のリーダーであり、闇の組織と対立する者」


後藤は次々と名を連ねていった。
高橋愛が率いる共鳴者たちの名前。そして安倍なつみが所属する組織にいる仲間たちの名前。

 「…あとは、そうだなー…まずはそれくらいかな。一般人でも能力者たちは必要だよねー…」

ぶつぶつと後藤は考え込み、選ばれる人々を選択していく。
彼女の頭の中では誰を生かし、誰を殺すかで頭がいっぱいなのであろう。
そんな彼女に向かって、安倍は一言投げかけた。

 「…なっちは、悪いけどごっつぁんの考えには賛成できない」

後藤はその言葉を聴き、視線を安倍に合わせた。
鋭く光る冷たい瞳が、安倍の静かな視線と交差する。

 「…なんでか、聞いていいかな?」
 「…なっちは、ごっつぁんの考えには賛同できない。
  だってなっちは、選ばれなかった人々を見殺しになんてできないっ」
 「そんなの、…そんなのはただの我が侭じゃん。
  それとも何?なっちは世界中の人を助けるつもりで今まで戦ってきたの?
  …ははっ、そんなことの方ができるわけないのに…」

待たずして、後藤は背中を曲げて含み笑いをする。
可笑しいとでも言うように。おもしろいとでも嘲笑うかのように。


 「・・・何が可笑しいのさっ」
 「だ、だって…くくっ…本当に、世界中の人を?…くくくっ……笑っちゃうよ」
 「なっちは本気だよっ。今はまだ無理だけど、いずれはっ!」

安倍がその先の言葉を発しようとした瞬間、後藤が鋭く安倍を睨む。
しかしその直後、後藤はすぐに表情を崩した。…安倍に憐れみの意を向ける為に。

 「…かわいそうに。なっちは純粋すぎるから、誰かさん達に付け込まれちゃったんだね」

一歩ずつ、後藤は安倍の方へ歩み寄っていく。

 「なっちは、ごとーのパートナーに一番ふさわしい人だと思ってた。今でも、そう思ってるんだよ?」

視線はそらさずに、安倍だけを見つめて。

 「…でも、なっちがそんな考えを持ってるって分かっちゃったら、ごとーは……」

そして、安倍の目の前へと止まり、自身の口を耳へと寄せ、囁くように言葉をかけた。


 「…なっちを、殺してあげないといけないね…?」


ゆっくりと後藤は安倍の背中に両手を回し、抱きしめる。
そして両の手の平に光を込めて、安倍が気付かない内に後藤は抱きしめる手を強めた。


 「…ごっつぁん…?」

 「…なっちはね、ごとーにとって、大切なパートナーだと思ってたんだよ?」


ゆっくりと後藤は安倍の背中に両手を押し付けた。
やがて、安倍の背中から赤い液体が流れ出す。
後藤の両手も、段々と赤く染まっていった。

そして、安倍の身体から力が抜けていき、後藤に身を預けるようにして倒れ込んでくる。
それを後藤は受け止め、床に横たわるように誘導させ、床に膝を付いた。

安倍を横抱きにして、後藤は彼女を見つめた。

 「…優しすぎるんだよ、なっちは。だからごとーとは、進む道が違ってきちゃったんだよ」
 「ご、ごっちん…」
 「ねえ、なっち。ごとーはね、今の世界に心底腹が立ってるよ。
  だって今頃世界がこんな荒れてなければ、なっちは死なずに済んだのにさ。」
 「………」

 「新世界は、ごとー達の為にあるんだ。今まで蔑まれてきた能力者を優位に立たせて、人間に仕返ししてやる」
 「でもごとーは神にはならない。だってごとーは自分の為にやってるんじゃなくて、能力者の為にやってあげてるんだからさ」
 「こんな世界を作った人間もろども殺して、新世界を創造することに決めたんだから」


 「だからね、なっち。見ててよ、お空の上からさ」


ひとしきり言いたいことを終えると、後藤は安倍を再び抱き上げ、今度は十字架の下へと壁に寄り掛かるようにして床に座らせた。
開いている瞼を閉じ、両手を組ませた。

座っている安倍の遥か上にある十字架を複雑な表情で見つめるも、それも一瞬で後藤は笑みを浮かべた。


 「…これからおもしろいことになるからね。本物の”堕天使”さん…」


数秒ほど安倍を見つめ、振り返ると扉の方へと歩いていった。
左胸に右手を当て、大切なパートナーであった安倍への追悼の意を込めながら。
だが後藤は気付かない。その行為が、自身の頬に涙を流させていることに…。


扉を開けた先には、満月が浮かぶ漆黒の闇しか無かった――――――