(32)572 『スパイの憂鬱11 狂乱のリゾナント(前編)』

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美少女達が集うと評判の喫茶店『リゾナント』。
温かな雰囲気の漂う店内で、ただ一人どす黒いオーラを放つ少女が居た。

少女の名は新垣里沙、職業、スパイ(未だ成果なし)、20歳。
里沙は今不幸せだった。とてつもないという程ではないが、
間違いなくこの喫茶店内に集う人間の中で一番不幸という言葉が似合うくらいには不幸だった。

里沙が落ち込む理由は非常に単純なものだった。
数ヶ月ぶりに会えた大切な人が、大した言葉を交わす間もなく再び仕事だと行ってアジトを出ていったのだ。

その人が出ていった後には、バナナを心底憎む悪の超能力組織のボスだとか、
電波(神に昇格)な予知能力者だとか、存在自体がギラギラしすぎて直視可能時間5分の超能力者などなど。
とてもじゃないが、自分から進んで会いたい人間は皆無だった。
…わざわざ顔を見に戻らなくとも、里沙の都合や意思を無視してマンションに押しかけてくる人間ばかりなのだ、
最早会いたい会いたくないという次元ではない。

彼女に会うこと以外、楽しみどころか憂鬱でしかなかったというのに。
しかも、彼女がいなくなってからの数日間は三日三晩続いた酒宴に付き合わされ、
絡まれ、弄られ、マジギレしたら逆ギレされと、心が休まるどころか荒みまくっただけだった。

里沙は溜息を付きながら、窓の外を見る。
憎らしいくらい輝く太陽、澄み切った青空は里沙の心に何の感慨ももたらさない。
むしろ、天気よ空気読んで土砂降りの雨でも降らせやがれという気分だ。

スパイであることを忘れ、里沙は盛大に溜息を付く。
やる気ゼロ、いや、むしろマイナス。
こんな状態を組織の人間に見られた日には、間違いなくブチ切れされる。


「ガキさーん」

「ねぇー、ガキさんってばー」

「おーい」


里沙の肩を掴んで揺らすのは、里沙の所属する組織と対立する正義の超能力組織リゾナンターの中堅、亀井絵里だった。
絵里はどす黒いオーラを放つ里沙の肩を躊躇なく掴み、前後に揺さぶる。
揺する度に里沙の体から放たれるオーラがより深く、黒くなっていくことに気付いているのかいないのか、
絵里は容赦なく揺らし続ける、不穏な空気を感じ取った一般客はさっさと会計を済ませて店を飛び出していった。


「ねぇー、がーきーさーん!」

「っるさぶほぁ!!!」


五月蠅いと怒鳴りつけるよりも先に、里沙の顔に走った衝撃。
思いっきりビンタされたのだと気付いた時には、叩いた張本人は既に里沙から離れたところでガッツポーズをしている。
何故ビンタされたのかさっぱり分からなくて、数秒程里沙は固まった。

内に目覚めた激しい怒りを押し殺しながら、里沙は口を開く。


「カメ…これは…一体、何のつもりかな…?
まさか、また占いのラッキーアイテムとか言わないよね…?」

「えー、違いますよー。
今のは、あれです、景気づけってやつですよ」

「ほう、景気づけ…あんた、意味分かってないよね?
どこの世界に元気出させるためにビンタするやつがいるのよ!」

「○ントニオ猪木にビンタされた人はみんなニコニコしてるじゃないですか!
それに、ドラマとかでもあるじゃん、落ち込んだ人をビンタして元気づけるの!」

「…○ントニオ猪木は特殊な人だから、後、落ち込んだ人をビンタするのはよく見かけるけど、
ビンタされたから元気になるわけじゃないし…」


胸を張る絵里の姿に、湧き上がった怒りが霧散していく。
頬はまだ痛むのだが、何故かニコニコ笑う絵里を見ていると(アホ相手に)切れる自分が空しくなるのは事実だった。

振り上げかかった拳を収め、里沙は何事もなかったように再び席に着く。
いつもなら絵里を追いかけ回して説教するのだが、そんな気力は沸いてこない。


「…里沙ちゃん、やっぱおかしい…。
普段だったらここで絵里にくってかかって、その間にさゆにセクハラされたりしてるのに、あーセクハラいいなー」


一部始終を見ていた喫茶リゾナントのマスター高橋愛の呟きは、深刻な声音に反して内容はどこまでもくだらなかった。
引き合いに出された道重さゆみは愛の方を見て一瞬だけ眉をつり上げたものの、すぐさま手鏡で顔を覗き込む作業に戻る。
遠くの方で、そこは否定しとけよと呟いたのはリゾナントの看板娘田中れいな、だがその呟きは誰にも拾われることはなかった。


しょげかえるれいなは仕方なく、せめて疎外感を味わうことのないようにと少しだけ輪の方へと近づく。
だが、誰もれいなを見ようとはせず、視線を里沙へと向けているのであった。
普段ならこの時点でしょげるを通り越して、切れている場面だったが…れいなも、
里沙の様子がおかしいことには気付いているので大人しくしている。


「あー、里沙ちゃんの怒声が響かないリゾナントなんてリゾナントじゃないやよー」

「絵里のビンタの仕方が悪かったんじゃない、こう、もっと想いをこめてフルスイングしないと駄目だったんじゃ」

「さゆ、絵里の馬鹿力でフルスイングしたらガキさんの首折れ…絵里、れーなが悪かったからからこっち来んでぇ!」

「うわ、亀井さんの目が笑ってない、これはレアだよ…」

「ですね、田中さんもいい加減学習した方がええですわ、亀井さんに暴言吐いて許されるのは高橋さんと道重さんと新垣さんだけだって」

「田中サン、大丈夫、怪我したらジュンジュンが代わりにウエイトレスやるから」

「HAHAHAー、リンリンもやりますから、バッチリンリンでーす」


今にもれいなに飛びかかりそうな絵里と、その光景を横目に里沙の様子を窺うリゾナンターの面々。
普段、里沙のことなどおかまいなしに自由奔放に振る舞う彼女達にも、様子のおかしい人間を心配する気持ちはあるのだろう。

断末魔が一回聞こえたきり、喫茶リゾナントは沈黙に包まれる。
里沙が元気が出るようにと仮面ファイター熊二郎DXの主題歌のリミックスが延々流れる店内。
ただでさえ店にそぐわない戦隊物の主題歌だというのに、そのリミックスはAgeSageリミックスという名の通り、
最初は深夜のクラブでかかっているようなトランス風だというのに、終わり頃はピアノの音色が涙を誘う壮大なバラードという、
テンションを上げたいのか下げたいのか分からない作りになっている。
(余談ではあるが、このBGMは里沙が組織に上げる報告書を作成する際のお供になっている。)


ちょうど、15分にも渡るBGMが一回りした頃だった。
突如、リンリンが席を立ち上がる。


「…リンリン、いいこと思いつきました!
新垣サンを元気付ける大会、これやりましょう!
新垣サンを元気付けることが出来た人には、リンリンの一発芸100連発の映像を収めたDVDを進呈!」

「「「「「「「いらない!!!!!!!」」」」」」」

「えー、これ、レアですよー、この機会を逃したら手に入らないですよー?」


一斉にいらないと言われても、全く気にした風もなく笑うリンリン。
その打たれ強さはリゾナンター1である、と普段の里沙なら「GAKI-NOTE(ただのメモ帳)」に書き記したに違いない。

途端に喧噪に包まれたリゾナント。
商品を何にするかという議論が白熱している横で、里沙は静かに席を立った。

今なら厄介事に巻き込まれる前に逃げ出せる。
元気付けようとしてくれる心意気だけで十分鬱陶し…有り難いのだ。

今日一日くらい、スパイの仕事をサボったってバレやしない。
里沙は足音を立てぬよう、そっと出入り口に向かい―――その場で固まった。


「あれ、里沙ちゃんどこに…いらっしゃいませー」


ぞろぞろと店内に入ってきた集団に、愛は喫茶店のマスターらしく笑顔を浮かべ。
首をさすりながらメニューを抱えたれいながその集団を席へと案内していく。


逃げ出そうと思ったことを忘れ、里沙はぎこちない動きで元居た席へと戻っていく。
逃げ出せる訳がない、否、逃げ出したらどうなるか分からない。

内心、これは不味いことになったのだと呟かざるを得ない状況になった。
こんな話を聞いていたら、最初から具合が悪いから一日寝ていると予め連絡して部屋に閉じ籠もったというのに。

席に戻り、机に突っ伏す里沙。

喫茶リゾナントに現れた集団こそ、悪の超能力組織ダークネスの幹部達(変装済み)。
ご丁寧に、里沙の大切な人“以外”全員揃ってのお出ましである。


―――新垣里沙に、かつてない程の憂鬱が襲いかかろうとしていた。