(27)402 『―How to kill an EVIL―』

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「やべ…、死んじゃってないよね?」


後藤がピクリとも動かなくなった愛をのぞき込む。


「…!!」


そのとき、ようやくあることに気付いた後藤はぎょっとしたように動きを止めた。


「いない……?れいな……どこに…!?」


愛と一緒に吹き飛ばし、瓦礫の上でうずくまっていたはずのれいなの姿が消えている。


「動けるはずが……」


理解しがたい現象を目の当たりにして、半ば本能的に大きく跳躍して飛び退った後藤は、着地先の瓦礫の上で再びその動きを止めた。
その視線の先に更にありえない光景を捉えて――


「な……!?」


後藤のその視線を、真っ直ぐに……暗い憎悪と燃え盛るような仇視の感情をそのままに、2つの視線が睨み返していた。
1つはれいな、そしてもう1つは――


「アンタ……なんで!?」


滅多にありのままの感情を表すことのないその顔に驚愕の表情を浮かべ、後藤は視線を泳がせた。


「メンドクサイから」と一番最初に“始末”したはずの……頭部を貫いて即死させたはずの“治癒能力者”――
だが、その無残な骸が転がっているはずの方向に泳いだ視線は、期待した景象を捉えることはできなかった。

いや、より正確に言うならば――


「あの子は…確か予知能力の?……いつの間に……!?」


首だけの絵里のすぐ傍には、確かに頭蓋に穴を穿たれた骸が打ち捨てられている。
だが、それはさゆみではなく―――その存在を忘れかけてさえいた愛佳だった。

そして――

死んだはずのさゆみは今、怪我一つないれいなと並んで立っている。
一面の瓦礫と、仲間達の死屍が累々と横たわる光景の中、後藤をしてたじろがせしめるほどの凄絶な空気を纏って――


「ふ~ん、アンタ…生きてたんだ」


内心の動揺を押し隠し、後藤は冷たい微笑を浮かべる。


「どうやったのかは知らないけど…ま、ちょっと順番が変わった…だ……け……?………………」


だが、続けたその言葉は途中で凍りついた。


(これは……!?)


言葉が、いや自身の体が自由にならないことに気付き、後藤は狼狽を覚えた。

それすらもほとんど固定された視線の先には、こちらを睨むれいなとさゆみの姿。
そして、自分を中心に広がりつつある薄ピンクの“何か”が視界の端に映っていた。


(マズい……!なんか……マズい……!!)


警鐘を鳴らす本能は再び無意識にその体を動かし、チカラを解き放った――――はずだった。
だが、何事もなかったかのように変わりない静寂があたりを包んでいる。

怖いくらいの静寂が。


「後藤さん……あなたがほんの少しだけ…本当に微かに警戒していたもの……」


――その静寂の中、さゆみが初めて口を開いた。


「れいなの共鳴増幅能力……それから愛ちゃんの潜在能力」


さゆみの隣に黙して立つれいなの目が、そのまま後藤を睨み殺そうとするかのように燃え滾っている。


(れいなと愛ちゃんの能力?……今のこの状況はそれに関係が…?……!?な!?)


次の瞬間、新たな驚愕が後藤を支配した。

自分に相対する2人の脇に倒れ臥している愛。
そのえぐられたはずの両眼…間違いなくその指で貫いたはずの両眼がきれいに治っている。


(一体何が起こってる……!?)


「そして……ガキさんの鋼線……小春の電撃……リンリンの発火能力……ジュンジュンの獣化……つまり戦闘系能力」


(これは……っっ!!)


後藤の驚愕はいまや戦慄に変わっていた。

十数個の肉片となって散らばった里沙、喉笛を貫かれた小春、心臓をえぐられたリンリン、串刺しになったジュンジュン。
無残な骸を晒していた彼女らが、さゆみの言葉に合わせるかのように次々と元の姿を取り戻してゆく。


(これは……遠隔治癒……!?…ありえない!いくら強力な能力者でも死んだ者を治癒するなんてこと……!)


「それから、絵里の傷の共有能力と……さゆみの“治癒能力”」


頭部を穿たれた愛佳の傷が見る見るうちに塞がり、そして―――


(まさか…!治癒じゃない?これは……!)


胴体を離れて転がっていた絵里の首がふわりと浮き上がり、胴体に吸い寄せられるのを見た後藤は、目の前の現象をようやく理解した。


「反対に、あなたが甘く見ていたもの……さゆみの本当のチカラ――」


そう、この現象は治癒ではない……治癒能力ではありえない。


「さゆみの能力は――“限定時空遡行(リミテッド・リバーサー)”――限定空間内の時間を逆行させる能力」


(!!……時空遡行…やはり……!だけど本当にそんな能力が……!?)


甘く見ていた……確かにそれは否めないだろう。
さゆみの能力については、傷を治されたら二度手間三度手間になって面倒―それくらいにしか思っていなかったのだから。

だが、どちらにせよさゆみを真っ先に片付けたのは確かなのだ。
なのに何故―――


「そして小春のもう一つのチカラ――念写能力」


(……!じゃああれは…)


「絵里の隣にいたのは愛佳。あなたが……殺したのは……小春の念写でさゆみの姿に偽装した愛佳」


(やっぱそういうことか……分かってみればバカみたい)


「チカラだけじゃない。あなたはみんなの連携と……覚悟も甘く見ていた」


小春の念写で愛佳の姿を取っていたさゆみは、殺戮が始まると同時に戦場から少しずつ離脱した。
ジュンジュンが…リンリンが…その身を挺して後藤の注意を惹きつけている間に、気付かれないようにゆっくりと。
さゆみが十分な距離を稼ぐと同時に、満身創痍の愛は瞬間移動の能力で傍らのれいなをさゆみの元に送り届ける。
重傷を負ったれいなに対し、さゆみはその能力“限定時空遡行”を発動した。
れいなの肉体を、“傷を負う前”の状態であった時間へと戻すために。
小春と、そして里沙が残酷な死を迎え、愛が手酷い仕打ちを受けている……その間に。


「そして後藤さん、何よりもあなたが甘く見ていたもの……それは愛佳の予知能力…ううん、愛佳という人間そのもの」


愛佳はこの惨酷な“未来”をしっかり“視”ていた。

もちろん、ただ“視”ただけではない。
話を聞くだけで吐き気をもよおすその“未来”を、青ざめた顔をしながらも愛佳はみんなにはっきりと伝えた。
たった今、直接その惨劇を目の当たりにしたさゆみには、それがどれほど強い心を持たねばできない行動であったのかよく分かる。

だが、皆が愛佳の真の強さを見たのはその後だった。


「皆さん、申し訳ないですけど、一回……死んでください」


自らの“視”た“未来”に慄き、ガチガチと震えながら、それでも愛佳の視線は前を見据えていた。


「愛佳の“視”た“未来”の中で、後藤さんは最初に亀井さんと道重さんを……殺します。だから―――」


自分が道重さんの身代わりとなり、殺される。
その能力の関係上、亀井さんと道重さんが戦闘時にいつも行動を共にしているのは後藤さんも承知のはず。
久住さんの念写で偽装していれば、まず気付かれることはない。
逆に、後藤さんは自分のことなど歯牙にもかけていないから、愛佳の姿に偽装した道重さんもきっと気付かれない。


「死」の恐怖に怯えながら、愛佳は冷静に…ある意味これ以上なく冷酷に次々と作戦を立案した。
黙って残酷に殺されろ――と。
そして仲間が惨殺されるその凄惨な光景を前にしても、絶対に怯まずに全員が自分の取るべき行動を取れ――と。

その愛佳の覚悟は、皆を動かした。
誰一人として躊躇うことなく、自らを待ち受ける残酷な死を受け入れた。


そして今―――

れいなのチカラで増幅されたさゆみのチカラは、殺戮のあったこの辺り一体を覆い、そしてその殺戮を“なかったこと”にしていた。
最初に吹き飛ばされて重傷を負った愛の体も、今では完全に“元通り”になっている。


「さゆ……大丈夫っちゃん?」


全てが“元通り”になったのを確認して一息吐いたれいなは、傍らのさゆみを心配げに見遣った。


「うん、大丈夫。…れいな、気を抜かないで。ここからが本番なんだから」

「…そやったね」


厳しい視線を後藤の方に戻したれいなの耳に、さゆみの荒い呼吸の音が聞こえてくる。
当然だ。
増幅されているとはいえ、こんなに広範囲の“空間”を展開するなど相当の無茶であると言わざるを得ない。
この後無事でいられる保証もない。

だが、まだ“元に戻っただけ”だ。
今力尽きては、さっきと同じことがもう一度起こるだけ。

自分にそう言い聞かせ、少しでもさゆみを支援すべくれいなはチカラを限界まで振り絞る。

辺り一体を包んでいた薄ピンクの“空間”が、ゆっくりと集束し始める。
やがてそれは後藤の周りだけをドーム状に覆い、静かに停止した。


「時の流れには誰も逆らえません。たとえ神でも……悪魔でも」


苦しげな息の中、さゆみは後藤に向かって静かにそう告げる。

言われるまでもなく、後藤はそのことをすでに身をもって理解していた。

体を動かそうとしても、言葉を発しようとしても、チカラを発動させようとしても――
その瞬間、それらはすべて逆行する“時の流れ”によって押し戻され、“なかったこと”になる。
後藤が自身の力をこれほどに卑小であると感じたのは、生まれて初めてのことだった。


(「生まれて初めて」…か、はは……)


二重の意味で苦笑いを浮かべたかったが、それすらままならないために後藤は心の中で苦笑する。


「後藤さん、すみませんがあなたをこの世から消させてもらいます」


さゆみがこれからどうするつもりなのか、後藤はとっくに理解していた。


「いえ、最初から存在しなかったことになる…という方が正しいのかもしれません」


 ―さゆみはこのまま後藤が“生まれる前”まで、時間を逆行させるつもりであると。


(最初から存在しなかったことになる……かぁ。それってある意味願ったり叶ったり…なのかも)


“空間”から解放されて次々と起き上がり、こちらに様々な感情のこもった視線を送る愛や里沙たちを、後藤はぼんやり眺める。
その心は、かつてないほどに穏やかだった。


  ずっと――“自分を殺してくれる者”を求めていた。
  この“悪魔”を撃ち堕としてくれる存在を。

  アタシの中であまりにも強大になりすぎて、アタシ自身をも貪欲に侵食し始めていた“何か”。
  このままいけば、どうなるかは分かっていた。
  やがてアタシと“何か”の境界は完全に失われ、もがくことすらできぬ醜悪な混沌の世界に覆われるだけであると。

  でも――どうしようもなかった。自分ではどうしようも。
  だから――アタシは待っていた。
  アタシの中に蠢く“何か”に――そしてアタシ自身に“死”を与えてくれる誰かを。


  ずっと――ずっと――


    だけど――



      (“生まれてこなかった”なんて……もっと最高じゃん?)



徐々に加速度を増していく“時間遡行”の中、後藤が僅かに微笑み、「ありがとう」と呟くのを9人は確かに見た―――