(33)456 『秋桜-Mother and I-』

※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



薄紅の秋桜が秋の日の何気ない陽溜りに揺れている。
「これはお前なんだよ」と祖母は仕切りに言っていた。
寝込みがちになった祖母がひとつ咳をするが、いつまでも笑顔を浮かべて。
庭先で見つめていた幼い私は、その意味が判っていなかったが
握り締めていた手が日に日に弱っていたのは知っていた。

だがあの日。自分が進む道を決めたあの日。
優しく、そして暖かい祖母の手が自分の手からスルリと抜けたあの瞬間。
家が業火で燃え尽き、自身の居場所が無くなったあの時。

母からの手紙をポケットに捻じり込み、鼻を啜り涙を乱暴に拭い、祖母を土に埋めたあの感情。
忘れない。忘れるものか。
この日を、この時を、この瞬間を、この感情を―――決して。

 闇夜の中、業火に覆われた軒下で薄紅の秋桜が揺れていた。


線路は続く。何処までも列車は走る。
がたごとがたごと。列車は揺れる―――9人を乗せて。

 「愛ちゃん、ポッキー食べる?」
 「え?あ、うん」
 「ガキさん、さゆみも欲しいです」
 「はいはい」
 「新垣さーん、道重さーん、一枚イイですかー?」
 「あ、じゃあ愛ちゃんもほら」
 「うぇ?あたしは別に」

フラッシュが炊かれ、次の時には光井愛佳が「ありがとうございましたー」と座席から軽く会釈をしていた。



始発の電車に乗り込んでから十数分。
都心へと向かう車内、さすがにこの時間帯は9人以外の乗客の姿が無い。休日というのもあるのだろう。

ある者はお菓子を食べ、ある者はウォークマンを付けて睡眠を取り。
ある者は乗車してからずっと話っぱなしだ。愛佳と田中れいなはデジカメの保存データに夢中になっている。
その中で高橋愛は、正面の窓の外を見つめていた。低い朝陽が車内を白々と照らし出している。

 「でも、今日は晴れて良かったですよねぇ」
 「ここに居る半分以上は雨女なのにね」
 「ガキさんは晴れ女ですよね。そういえば、雨女が天気予報で降らない地域に行ったらどうなるんでしょうね」
 「それを私に聞いちゃうんだ。うーん、多分曇りくらいにはなるんじゃない?」
 「へぇーそれだとテレビの信用性とかガタ落ちしそうですよね」
 「…なんかさゆみんが言うと妙にリアルなんだけど」
 「じゃあじゃあ、雪女が居たらその地域に雪が降るの?」
 「うわっ、カメいつの間に…っていうか、今の時期に雪なんて降らないでしょうが」
 「でも、昨日テレビで北海道の方はもう降ってるみたいですよ」
 「え、マジ?」
 「という事は、北海道には雪女と雪男がたくさん居るって事だ、見てみたくない?」
 「見たーいっ」
 「や、その前に雪女とか迷信だから……しかもそこで賛同しちゃうんだ」

変な方向に話が盛り上がっている二人を他所に、ぼんやりと外を見つめる愛の肩をポンポンと叩く里沙。

 「そろそろ乗り換え駅に到着する頃じゃない?」
 「え?あ、うん。ほやね。皆ーそろそろ降りるよー」
 「「「「「「はーい」」」」」」

まるで学校遠足の引率だな。
そんな事を内心思いながら、愛はさゆみと一緒に眠っていたリンリンと久住小春を起こし始める。
やがて、鈍行列車は最初の乗り換え駅に到着した。



 *

 「―――ただ息をしているだけじゃ、生きてるって事にはならんのかもね」

其の日、喫茶「リゾナント」は定休日という事もあって、住宅スペースである二階の大掃除をしていた。
れいなは潔癖な性格からか、部屋中を水ぶきしていたのだが、押入れの整理をしていた筈の
愛が何故か縁側で何かを見ているのを発見する。

 その手には、たった一冊だけのアルバム。

興味が沸いたれいなはその中身を見ると、愛がふと幼い頃の思い出を話し始めた。
何処か独り言のように小さな声で。
小春日和の穏やかな日、愛と一緒に写る祖母の笑顔から優しさが見受けられる。
その時に、愛が意味深な事を言った。

 「何言っとぉ、息せんと、死ぬっちゃん」
 「そうやないよ。例えってヤツ」
 「じゃあ例えば、何なん?」
 「ええんよ判らんなら。多分そういうのって判る時期っていうんがあるんやと思う」
 「……なんか愛ちゃんオバさんくさいとよ」
 「れいなもそのオバさんになったら判るんやで?」

ニヤリと愛は笑って、何かを思い出すように「そうやね」と呟く。

 「そろそろ、れいな達に話してもイイかもしれん」

 *


 「愛ちゃん、まだー?」

三度目の乗り換えの時、たまらず絵里がそう口にした。
9人が地元の駅を出発してから、既に4時間近くが経過しようとしていた。
不慣れな列車移動のせいか、他の何人かも少し疲れた表情をしている。

 「まだあと一回は乗り換えなあかん」
 「あと一回…」

絵里は思わずくの字に折れ、小さくため息をこぼす。
隣に居たさゆみが励ますが、その彼女も少し疲労の色を見せている。

このご時世、それほど出費を重ねるわけにもいかず、仕方が無く全工程各駅の鈍行列車にしたのだが。
やはり持病を抱える彼女にすれば、この長距離はさすがに堪えるのだろう。

 「亀井サンっ、もし疲れたらジュンジュンが抱えてアゲマスヨ!」
 「あーうん、気持ちだけ受け取っておくね」
 「亀井さん、鞄持ちましょうか?」
 「ごめんね、ミッツィ。でも大丈夫だから」

後輩に気を使わせる事に気が引けるのか、それとも迷惑を掛けたくは無いのか。
どちらにせよ、今は早く目的地に着くことだけが先決だろう。
―――その時、ある声が投げかけられた。

 「いっそうの事、高橋さんのチカラで亀井さんだけ送れば良いんですよ」

それを言ったのは、久住小春だった。
いつかはそう言われるだろうと覚悟はしていたが、それにれいなが反抗する。


 「小春、それってどういう意味?」
 「どういう意味もなにも、そうすれば亀井さんも疲れずに済むじゃないですか。
 全員はムリでも、亀井さんだけなら何とかなりますよね?」

確かにそうだ。
愛の持つチカラの一つ―――瞬間移動(テレポーテーション)は自分自身も移動できるが
他の人物、物質を移動させる事もできる。
だがそれは愛自身の質量に比例する、つまり、対象物はたった一つだけ。
連続で発現すれば、その分の疲労が愛にへと返還されてしまう。
グッと、握り締める拳にいっそう力が増す。

 「愛ちゃん…」
 「絵里は、どうしたい?」
 「…絵里は、愛ちゃんにお任せします」
 「あかん、絵里自身が決めなあかんのや」
 「愛ちゃん…?」
 「でも絵里、小春も。確かにチカラは便利なモンかもしれん。
 でもそれって、誰かに頼ることじゃないと思う。でも、時には頼った方がええとは思う」
 「あの、愛ちゃん、それって矛盾してる気が…」
 「とにかくっ。あたしらは確かに能力者や。でもその前に、一人の人間や。
 全部をチカラで解決しようなんていうのは、あのダークネスと一緒な気がするんよ」
 「それは…」
 「だからあたしも、今日は、今日だけは絶対にチカラを使わん。
 皆で一緒に、"あの場所"に行きたい。それだけは、判っておいてほしい」

愛はそう言って、乗り換えの電車が入ってくるはずのホームへと行こうとした。
その時、駅内に独特のアクセントのアナウンスが流れる。

 <―――当駅に到着の列車が20分程度の遅れが生じています。
  お急ぎのお客様には大変ご迷惑をおかけいたします>


 「ほ、ほら絵里もこれで少しは休めるよ。そろそろお昼だしさ、ご飯にしない?」
 「オー!ご飯!リンリンもお腹すきましたー!」
 「バナナ!バナナ欲しい!」
 「なんかホンマに遠足に来たみたいやなぁ…ほら、久住さんも食べましょうよっ」

何故かホームの下でレジャーシートを敷き始めるジュンジュンやリンリン。
だが都心から離れたこの駅に9人以外の人影は居ない。駅員に承諾できるかと問えば、あっさりと頷いてくれた。
絵里や小春も、先ほどの気まずい空気は満たされ始めるお腹によって何処かへ行ってしまったようだ。
そんな風景を見ていた里沙は、遠くのベンチに座っていた愛に近寄り、目の前に突き出す。

 「……なに?」
 「おにぎり、愛ちゃんも食べておいた方がいいよ」
 「ええよ、ガキさん食べぇ」
 「イライラしてる時は食べるのが一番。いつも愛ちゃんが言ってる言葉でしょうが」

言って、里沙は強引に手にしたおにぎりを愛に渡す。中身は焼たらこ、さゆみのリクエストだ。

 「はい、お茶」
 「あ、ども」

銀色の水筒を取り出し、カップに注がれたお茶を手渡した。
何故かかしこまってしまうが、一口流し込むと、少しホッとした。
遠くからは何かで盛り上がっているのか、笑い声が上がっている。
愛と里沙は食べている間、一言も話さなかった。ぼんやりと、景色を眺めるだけ。

 そよ風は木の葉を散らし。やけに高い空はいつか歩いたあの風景へと繋がっている。
 夏の終わりを告げる涼しげな風は、何故か切なげだった。


 *

 「―――つまりこうなんだよ。自分が一番凄いんだって事に気付いていないんだ。
 あの娘もまた、その一人だったのかもしれないねぇ」

祖母が何処か皮肉めいたように呟いた言葉。
まだ幼かった愛が、気に入っていた大きな木の幹を初めて登り切った時の事。
其処から見上げた空には、まるでくじらのような雲が悠然と泳いでいた。
あのくじらよりも大きなモノはいくらでもあるのだろう。

例えば海。例えば、空。
でも、あのクジラは気にすることも無いのだろう。
大きくても小さくても、クジラはクジラなのだから。
其処に在るだけ。そして其れは、同じだった。

シワだらけでも大きな手と、まるっこい小さな手が繋いでいたモノも。
想いと想いは、今はただ一人のものだけになってしまった。

 「…おばあちゃんが、言ってたんよ」
 「え?」
 「羽が無かったら歩けば良い。二本の足と、二本の腕が人にはあるから。
 這いつくばってでも行けるんやって。まぁ、あたしらみたいな人が増えれば確かに便利かもしれない。
 でも、私達は元々は普通の女で、周りの人たちも普通の人間なら、その流れに漂うのもイイかなって」
 「愛ちゃんはほとんど行き当たりばったりだけどね」
 「まぁ、結果オーライってことで」
 「…なんか最近カメの影響受けてない?」
 「アハッ、そうかも」

 *


最終的にバスに乗り換え、目的地に辿り着いた時には、太陽がだいぶ傾いていた。
其処は、かなりの"ど"が付くほどの田舎村。
田園が広がり、四方は山々に囲まれている。9人が降りたバス停の近くには、無論何も無い。
足止めを食らったあの駅よりも更に何も無いのだ。

田んぼのあぜ道がアスファルトになっただけのような道には、当たり前の如く街灯も存在しない。
都会のマンションやアパートでは隣人の騒音問題が日常茶飯事だというのに
この村ではそのような事は皆無だろう。

―――愛はふと思っていた。
 あれこれと思い出を辿っていたら、いつの日も独りではなかった事に。
 この8人と出逢ってからは、一人であった事はあっても、独りではなかった。
 今更ながら我がままな自分に唇を噛みそうになるが、それでも、まだ泣いてはいけないと堪える。
 これから、"再会"する為にも。

村の様子は、去年来た時とまるで変わっていなかった。
違ったと言えば、荒れ果てた土地に咲き乱れた野原があった事。
赤や紫色、夏の終わりに咲いた花々が、家の隙間から生え出している。
誰も手入れをしていないから当然なのだが、それが不気味さを少しだけ緩和させていた。

名も知れぬ大樹の葉が風に乗せられ、地上へ舞い落ちる。

 「ここが、あーしの育った村」

返事は無い。村落の跡地に成り果て、素朴な木造の家屋を縫うように入り込むと、其処はあった。
他の家屋よりも損壊が激しく、まるで立ち入りを拒むように板と針金で入り口が塞がれていたらしい。
ドア一面の誹謗の張り紙も日々の経過によって文字さえも色褪せている。

 「そして、ここがあたしと、おばあちゃんの家」


庭先へと回ると、其処には雑草が茂り、その中に異様に膨らんだ部分がある。
花束を置いて準備をし終えると、想いを伝えるために目を閉じた。
静かな自然の光が、線香の匂いのするその空間を淡く照らし出す。手を合わし、愛が静かに口を開いた。

 「まぁ、見た通り、あたしもけっこーあってさ。ここを出る時も家に火ぃ入れられてね。
 その時におばあちゃんは頭に出来た傷で死んじゃった」

誰かの息を呑む声が聞こえた。

 「その時は、自分なんてどうなっても良かった。正直、ここに居た村の人達よりも
 自分の事を恨んでたと思う。自分が居なければ、おばあちゃんも死なずに済んだって」

―――ずっと考えていた。
 この村が、この場所が高橋愛のチカラの源泉だった。
 初期衝動であり、第一動因であり、原風景。善も悪も、強さも弱さも、全てを知った場所。

 あの日を、あの時を、あの瞬間を、あの感情を決して忘れまいと思っていた。
 今でも忘れられない。だから自分が一つ成長する度にこの場所へ訪れた。

 「でもな、もう随分前からあーし、受け止められとるんよ。
 ビックリするほど、おばあちゃんの事とか、この村の事、とか」

迷ってばかりで、後ろを振り返ってばかりだけれど、一歩一歩前へ進んでいる。
変わっている所もあり、変わっていない所もある。
全部それは自分で、弱いのも、優柔不断なのも、迷い過ぎるのも。それでも、前を向いていた。
懐かしいと、後ろを振り返ることができる。

 里沙と内緒でこの村に来た時、ハッキリとそう思えた。

 「…皆?」


振り返る愛の背後には8つの影。そのどれもが、手を合わせて目を閉じている。
今までは、愛以外誰もそうしてくれなかった。
祖母を弔ってくれる人間も、悲しんでくれる人間も、痛みを分かち合ってくれる人間も。
全てを背負って生きて行こう、そう思っていた。

だが、それは子供の考えだったのだ。
全てを背負って生きることが正しいのだと思っていた。

 それこそが甘えで、逃げだったのだ。

今の自分は祖母に、母に与えられた道筋なのだと言い訳をしていただけ。
自分が背負った不幸も、人生も、全て他人の所為にしていた。

 「私達が想像している以上に、愛ちゃんは、苦しかったと思う。
 多分私だったら、逆に人を嫌いになってた。何もかも絶望して、自殺してたかもしれない」

例えば人間は、辛くなった時に「人生なんてこんなもんだ」と落ち込む人間と。
「次こそは良い事があるはずだ。だから一緒に笑おう」と、人に優しくできる人間。
その二つに分かれるそうだ。

れいなは、愛のあの呟きが何処となく判った気がした。

 「ありがとう、愛ちゃん。話してくれて」
 「いっつも私達ばかりが相談してるんですもん、愛ちゃんも言わないと不公平ですよ」
 「愛ちゃんは変なところで真面目なの」
 「そのうえ頑固やけん」
 「良い人なだけじゃ、もしもの時とか大変ですよ」
 「愛佳はまだまだ教えてもらわんとあかん事がいっぱいあります」
 「愛ちゃんが困ったラ、ジュンジュンが手伝ってやるダっ」
 「魅力的な愛ねえさんがダイスキデース!」


もう、言葉が出てこなかった。
自分は強くない。だから、このままが良いと望んでしまうかもしれない。
けど、もし、神様がいるとしたら。
気まぐれに目の前に現れても、「過去を変えてください」とは願わない。
貴方が居た"今"。貴方が居なくなった"今"でも、"今"があるのは、貴方が居た世界だから。

 (ありがとう皆……ありがとう、"お母さん"…)

生んでくれた母に、育ててくれた祖母に。

"今"を生きる、あたしなりに。
能力者としての高橋愛、普通の人間としての高橋愛。
どちらもが自分であるなら、自分が両方の居場所になれば良いのだ。
それは果てしなく険しい道、茨道であったとしても、振り返れば居てくれる仲間が居る。

頭をポンポンと叩かれ、安心できる笑顔が其処にはあった。
愛はこの日を、忘れる事は出来ないだろう。
この場所に来る事が無くなったとしても、愛の心に刻まれた日々は残り続ける。
忘れ去られた村を思い出せるのは、その村が心の底から好きだった人間なのだから。

茂る野原の中で、薄紅の秋桜が吹かれて揺れていた。

 ―――その夜、9人は時間を惜しむように、いつまでも話あった。
  内容は全く憶えていないが、愛の、この9人の特別な日が終わるかもしれないと思ったのだろうか。
  そんな事は無い。
  想い出は、いつでも引き出せるのだから。