(35)862 『美人薄命(中編)』(俺シリーズ)

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「さすが売れっ子アイドルね。こんな夜中まで仕事だなんて。」
満月の下、人気のない静かな街道を一人歩く少女を呼び止めた若い女の声。
少女の目の前に現れたのは、胸元や腹部が露出した黒の衣服を着たグラマラスな女性。
「でもね、私は今からがお仕事の時間なの。待っていたわよ、月島きらりちゃん。いや、リゾナンター久住小春。」
女に歩みを止められ、不機嫌そうに振り返るサングラスをかけた長身の黒髪の少女。
彼女には、三つの顔がある。
普通の高校生・久住小春としての顔。芸能界一のスーパーアイドル『月島きらり』としての顔。
そして、闇の組織『ダークネス』と戦う超能力者集団『リゾナンター』としての顔。

「それにしても、貴女の事務所は危機管理能力ゼロね。未成年のタレントを、こんな遅い時間帯に街に放置するなんて。きっと後悔するわよ。その怠慢さが原因で大事な看板商品を失う事になるんだから。」
高らかに笑う女に溜め息をつきつつ、久住が口を開く。
「マネージャーさんには敢えて先に帰ってもらったんだよ。危険に巻き込みたくなかったから。」
「…?どういう事かしら。」
「アンタが来ることは最初からわかっていた。粛清人『R』さん。」

自分が名乗るより前に久住の口から自身の名前を呼ばれ、『R』の表情が少し歪んだ。
「どうして私の名前を知っているのかしら。それに“来るのはわかっていた”て言い方も気になるんだけど。」
「愛佳が教えてくれたんだよ。仕事帰り、ダークネスとの戦いで悲しい結末を迎えるから絶対に一人で出歩いちゃ駄目って。」
光井愛佳。久住が最も信頼を寄せているメンバーで類い希な“予知能力”の持ち主。
予知能力とは時系列的にみて、その時点では発生していない事柄を超越的な感覚によって予め知る事ができる力のことだ。


「益々理解できないわね。もしかして貴女、自殺願望でもあるのかしら?」
『R』は額に皺を寄せる。事前に敵襲を予見していたにも関わらず、何の警戒もせず敵の目の前に姿を見せた久住の行動がとても不可解で、そして不愉快であったからだ。
「まさかとは思うけど、私と戦って勝てるとでも思ってた訳?それとも、お友達の予言を信じていなかったってことなのかしら?」
不機嫌な表情を見せる『R』に、今度は久住の顔から少し笑みが零れた。
「まさか、愛佳の予知は百発百中だよ。現にアンタは今、小春の目の前にいるじゃん。」

不敵な笑みを浮かべる久住に『R』は溜め息混じりに言い放つ。
「ダークネスを舐めていたら痛い目みるわよ。今まで貴女達が倒してきた雑魚とは、この粛清人『R』は次元が違うんだから。」
「そう言えば、この前、田中さんと亀井さんが退治した“氷の魔女”もアンタと同じ事を言ってたらしいよ。」
バチイイイイイイン…!!!!
地面を叩く鞭の音が、静寂に包まれた街に鳴り響いた。
「呆れた。美貴ちゃんに勝ったくらいで調子に乗るなんて、これだからガキの相手をするのは嫌だったのよ。」

愛用の鞭を持ち、戦闘態勢に入る『R』を目の前にしても、久住は眉一つ動かさない。
「生意気なガキにはお仕置きが必要ね。お友達の予言通り、今から貴女を殺しててあげるわ。」
殺意に目を煮えたぎらせる『R』に、今度は久住が呆れた表情で言葉を紡いだ。
「アンタ何か勘違いしてない?小春が死ぬ予知なんて愛佳は全くしてないよ。」
「…は?これから悲しい結末を迎えるんでしょ?」
「…アンタは何も分かっていないよ。愛佳は小春じゃなくて、アンタを危惧して、こんな予言をしたんだよ。」


「さっきから何を訳の分からない事を言ってるの?私はさっさと仕事を終わらせて帰りたいの。」
全く聞く耳を持つ様子のない『R』に久住は光井が予知した衝撃の未来を打ち明けた。
「愛佳が予知したのは小春の死じゃない。…アンタの死だよ 。」

この久住の発言は、二人の間に時間が止まったかのような静寂を齎した。
だが、それはほんの仮初めの沈黙に過ぎなかった。
数秒程何もない時間が流れた後は『R』の甲高い笑い声が静かな夜の街に再び木霊した。
「フハハハ、私が死ぬですって?アンタのお友達、頭に蛆でも沸いてるんじゃないの?」
「愛佳は優しいコだから、敵のアンタでも無意味に命を捨てるような真似はして欲しくないんだよ。」
「そんな虚仮威しがこの粛清人『R』に通用するとでも思って?」
「アンタは愛佳の予知能力を甘く見過ぎてるよ。このまま戦えば、確実にアンタは小春に殺される。このまま引き上げたほうが身のためだよ。」
「…ふざけるんじゃないわ……」
頭に血がのぼった『R』が久住を攻撃するべく鞭を振り上げる。
だがその瞬間、あの忌まわしき女の言葉が脳裏を横切った。

『リゾナンターとの戦いは不吉だから、絶対に避けるべし。』


ダークネスの予知能力者である飯田圭織の予言であった。
飯田と光井、二人の予知能力者が久住との戦闘は『R』にとって不幸な結末を招くと告げていた。
その時『R』は気付いてしまった。あれほどくだらないと一笑に付していた予知能力者の予言に、一瞬たりとも畏怖の念を抱いてしまっていた自分に。

「頼むから引き上げてくれないかな。愛佳の好意を無駄にしないであげて。」
「…さっきから愛佳、愛佳って煩いわね。まさか貴女、その女が好きなの?」
「そんなんじゃない。小春は愛佳が悲しむ顔が見たくないってだけ。」

久住のその言葉を聞いた『R』は狂喜の笑みを見せながら、こう言った。
「わかったわ。望み通りこの場は退却してあげる。引き上げて、貴女の大事な愛佳ちゃんから先に殺してあげるわ。」

最初の標的を久住から光井に変えた理由は二つある。
一つは光井を先に殺して、久住の絶望に染まった顔を見たいという欲求。
もう一つは『R』にとって、光井は最も生かしておけない存在になってしまったからだ。
他人に恐怖を与えるべき粛清人が、元々忌み嫌っていた予知能力者という存在に煮え湯を飲まされたのは耐え難い屈辱であった。

だが『R』は気付いていなかった。今の軽はずみな一言が、久住の逆鱗に触れてしまっていた事に。
「…今の発言、撤回しなよ。聞かなかった事にしてあげるから。」
静かな怒りを見せる久住を『R』は更に煽る。
「じゃあ、聞こえるようにもっと大きな声で言ってあげる。私を怒らせてくれた御褒美に愛佳ちゃんの死体をプレゼントしてあげるわ。」

その刹那だった。サングラスを外した久住から『R』を射抜くような視線が突き刺さると同時に、脳天を稲妻で撃ち抜かれたような衝撃が襲った。
今『R』の精神は千路に乱れていた。何故だ?久住から殺気立った鋭い視線を向けられた瞬間、金縛りにあったように立ち竦む事しか出来ない。
肩が小刻みに震え始め出した。まさか。この粛清人『R』が、小娘一人に睨まれただけで恐れ戦いているというのか?

身動き一つ取れない『R』をよそに、久住は目を閉じ“刀”をイメージする。
すると、久住の前に漆黒の鞘に収まった日本刀が出現した。
久住は鞘から銀色に輝く刀を抜き取り両手で構えると、刃先を『R』に向けた。
「早くかかってきなよ。望み通り、殺してあげるから。」


その時だった。『R』の肩の震えが治まり、金縛り状態から解放されたのは。
代わりに、腹の底から沸々と湧き上がってきた感情があった。
それは、“歓び”であった。
先程までの震えは、決して久住への恐怖心ではなかった。
組織から虐げられ、戦いに餓えていた『R』にとって、久しぶりに血湧き肉踊る敵と巡り会えた“歓び”に打ち振るえていたのだ。
ここにきて漸く『R』は絶対の自信と落ち着きを取り戻した。
「…久しぶりだわ。生きるか死ぬか、先の全く読めない命を賭けた戦いに身を投じる事が出来るなんて。」
「何を言ってんの?アンタを待ってるのは“死”だけだよ。」
「お喋りはここまでよ。さあ、殺し合いを始めましょうか!!」
火傷しそうになる程に高まっていく二人のボルテージ。
二人を妖しく照らす満月だけが、生死を賭けた死闘を見守っていた。