(36)817 『ヴァリアントハンター外伝(9)』

※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



中澤の直後に入って来た医師の診断で特に異常がないことを確認されてから、
れいなは改めてこの1ヶ月で激変したという世間の情勢を教えてもらうことになった。

「まずお前らが病院に担ぎ込まれた直後や。
 "後藤真希"と外見的特徴が一致する人物によってエヴォリューションが襲撃された」

エヴォリューション。
日本におけるユニオンの本部とも呼べる施設だ。

「いや、襲撃っちゅー言葉は適切やないかもしれんな。
 アイツは建物そのものにはたいした損壊も与えず、
 ただ内部にいる特定の人間のみをほぼ全員"凍死"させた。
 被害者は心臓の血液温度を一瞬で氷点下まで引き下げられ、
 心臓と、それに伴う脳細胞の壊死で苦しむ間もない即死やったそうや」

不特定多数の人間の心臓のみを、それも外部から凍らせて死に至らしめる。
そんな犯行はどんな超能力を用いても不可能だ。
だが、用いられたのが超能力でないのなら話は変わってくる。

「魔道協会に問い合わせたところ、魔術を用いれば理論上は可能な犯行らしいけどな。
 ただ、それを成す大掛かりな陣を組むくらいは可能でも、
 被害者に相当する数の人間を殺すとなると少なく見積もっても
 とびきり優秀な魔術師が百人以上は必要になるって話や」

中澤は一般人だが、どういう経緯か協会にまでパイプを持っているらしい。
魔術師の存在については高橋と亀井も聞かされていたようで、
特に疑問を口にすることはなかった。
魔術とは要するに、低濃度の超能力エネルギーを先人が知恵と研鑚の末に
高位の超能力にまで昇華したものと考えれば信じられないものではないのだろう。

「無論、犯行時刻にそんな多数の魔術師らしき人間を目撃した者はおらん。
 しかし実際にその大魔術は成された。アイツ一人の手によって、な」


1ヶ月前の戦闘時の様子は無線越しに伝わっているはずだ。
あの"後藤真希"の正体が誰であるのか、それも中澤には察しがついていることだろう。
加えて被害者の死因は全員が"氷結"の魔術によるもの。

「……やっぱり、美貴ねえ、なんですね」
「十中八苦そうやろうな。ま、それは直接対峙した田中が一番よくわかってるやろ」

魔術師である藤本美貴は後藤真希の肉体、すなわちレベル12の超能力エネルギーを得た。
いや、"障壁"を持っていたということはヴァリアント化もしていると断定して良いだろう。
さらに彼女はなにげない一撃で高橋が知る後藤以上の破壊力を示して見せた。
超能力エネルギー……すなわち魔力の方も人間の規格を超えている。
それなら、本来多人数の魔術師が必要となる術を単身で成したという事実にも納得できる。

「それで、狙われた特定の被害者の条件っていうのは?」
「超能力者やよ」

どこか吐き捨てるような口調で割って入ったのは高橋だった。
隣では亀井も苦々しげな表情をしている。

「そう。被害者は全員が超能力者やった。
 逆に、犯行時に施設内や周辺にいた無能力者には一人の被害者も出ていない。
 これはその後も続いた犯行でも同様や」
「その後も続いた……?」
「ああ。後藤……、いや、もう藤本と言い切ってええか。
 アイツはその後も日本各地、ひいては世界中のユニオン関連施設を似たような手口で襲撃し、
 その場にいた超能力者を皆殺しにした。
 ええか、"公式に超能力者と認定されている人間"すべてをや」
「……つまりは、魔術師も含めてってことですか」
「そや。おかげで今は魔道協会とも連絡がつかん。
 ロンドンのとある地下施設が襲撃されたっちゅー話やから、
 おおかた協会の方も藤本に潰されたんやろ。
 今のトコ被害を免れてる魔術師で確認が取れてんのはお前と藤本の両親だけや」


藤本美貴は世界中のユニオン関連施設を非公開のものも含め潰し終わると、
今度はそれらとは関係のない超能力者をも狙い始めた。
ヴァリアントハンターに加え大手企業や官公庁に勤める高レベルの能力者はもちろん、
低位の能力者や新生児まで相手が超能力者となればほとんど見境がない。

「もちろん超能力者側もただ指をくわえて見ているだけやないやよ。
 ユニオンの事実上の壊滅で職を失った大手ハンターギルドは集団決起。
 重傷のあーしやコイツは参加できんかったけど、世界中のハンターがアレの首を狙った」
「移動手段は念動力を応用した飛行でしたから、軍事衛星で標的の現在地は確認できてましたしね。
 ……いま思えば、あれはこちらをおびき出すために自分を餌にしただけなのかもしれませんけど」

亀井の沈んだ語調を聞けば、その集団決起がどんな結末を迎えたのかは想像に難くない。
表情から察するに、亀井も高橋も相当数の同胞を失ったのだろう。
その惨劇を引き起こしたのが自らの姉であるなど……理解はできても感情が追いついてこない。

「さて、ここでもうひとつ問題がある。
 ここ1ヶ月は日本国内で、そしてユニオン壊滅後は全世界を見回しても、
 ――ただの一度もヴァリアントの発生が起こっとらん」

その事実が意味するところはひとつ。
以前に中澤が提示したヴァリアントが超能力者を人為的に変異させた異形であるという仮説。
あの時に見せられた映像は、調べてみればユニオンの息がかかった研究施設のものだった。
つまりヴァリアントを造り出していたのは、それを狩る者たちを統括する機関であるユニオン。

「じゃあ、あのとき言ってた『今度はこういう手で来たか』っていうのは」
「ああ。前例のないヴァリアントの大量発生も、
 連絡は通したはずなのに現場でお前らが鉢合わせたのも、全部ユニオンの差し金や」


「けど、なんのためにそんなことを……?」
「ヴァリアントを造っとったのはユニオンや。そんで、その材料は超能力者。
 狩る方も狩られる方も元を正せば超能力者って構図やろ。
 つまり、ユニオンは長期的な観点で超能力者の絶対数を減らそうとしとった。
 危険な職務やから材料の調達にも事欠かんかったろうしな。
 推測するに、例の横取り制度もおおかたユニオンから警察側に何らかの圧力かけた結果やろ」

横取り制度を話題にして中澤はちらりと高橋の方へ視線を投げた。
高橋はどこかバツが悪そうに目を逸らしている。

「けど確かに、それなら納得いきますね」

ユニオンの本質が反超能力者組織だったのだとすれば、
無能力者であるにも関わらず高レベルのヴァリアントを軽々と屠るれいなの存在は邪魔になる。
SSSのスペックやシステム等は機密事項になっている。
警察側にもパイプを持っているようだが、ユニオンはその詳細を知ることができなかったのだろう。
最初のヴァリアント大量発生をたいした苦もなく排除したれいなに対し、
ユニオンはハンターという、警察官であるれいなが迂闊に手を出せない相手を現場に呼び寄せた。
亀井はともかく、高橋は下手をすれば邪魔者を躊躇なく撃ち抜く性格だ。
スーツの破損か、理想としてはれいなの死亡も目論見にはあったのだろう。
現実にそうはならなかったが、目論見が外れてもユニオン側はただ手違いということでシラを切り通せば済む話だ。
ユニオン側の計算違いは、その直後に藤本美貴という規格外の脅威が出現したということか。

「さらにもうひとつ。
 さっきエヴォリューション内の超能力者は"ほぼ"全員が凍死やって話したな」
「ってことは、例外があったってことですか」
「この写真の人物、知っとるか?」

そう言って中澤は赤いスーツのポケットから抜き出した一枚の写真を示した。


高橋や亀井も、写真に映る中年男性の顔を覗き込む。
見覚えがある気もするが、どこで見たかとれいなが思案していると、
他の二人が何を当然の質問をしているんだといった調子で声を上げた。

「知ってるも何も、ユニオンの日本支部長じゃないですか」
「コイツもこないだの襲撃で死んだはずやなかったっけ?」
「そ。ただし、コイツだけ死因は念動力によるものと思われる頭部の破壊やった。
 どうやら魔術の効果を何らかの方法で防いで、施設外に逃走したところを殺害されたらしい。
 目撃者の証言や防犯カメラの映像から、被害者がコイツで加害者が藤本ってのも確定済みや。
 付け加えるなら、死因自体は頭蓋を吹き飛ばされたことやけど、
 直前に生きたまま無理矢理四肢をひき千切られ、周辺には更にその直前に剥がされたらしい生爪が散らばっとった。
 極悪人に相応しい最期といえばそれまでやけど、まあ相当の苦痛を味わいながら死んだようやな」

ちなみにコイツ、超能力者としては記録によればレベル3の発火能力らしいで。
中澤はそう付け加えた。
先に中澤は何らかの方法で魔術を防いだと言った。
しかし、それはレベル3程度の発火能力で成せることとは思えない。
第一、超能力者がリミッタ―を外すには特別な許可が必要になるし、
許可なくリミッタ―を外せば警察に信号が届くシステムになっている。
警察にパイプがあったのならシステム自体は無効化できるだろうが、
地位のある人間が理由もなくそんなつまらない危険を犯すとも考えづらい。
考えられる理由があるとすればそれは、

「魔術師、ですか」
「ご名答。ウチも不審に思ってこの男の素性を徹底的に洗い出した。
 そうしたらひとつ、興味深い事実が判明した」

男の指紋が、数年前に火災によって事故死したはずのユニオン幹部のものと一致したのだ。


当時、ユニオンが株取引などで繋がりを持っていた製薬会社の研究施設のひとつが火災に遭った。
つんく♂と名乗るその男は研究員の避難誘導に当たった末に逃げ遅れ事故死、というのが当時の警察側の見解。
ユニオンの幹部ともなれば命を狙われる可能性は十分にあったので、捜査は慎重に行われた。
男の遺体は手指を含め全身焼け焦げており指紋の採取は不可能だったが、
自宅に落ちていた毛根の皮膚と遺体によるDNA鑑定の結果と、
うつ伏せに倒れていたため遺体の顔はなんとか判別可能だったため同一人物と断定。
事件性はないと判断されて現在に至っている。

「ただし、それはあくまで表向きの話や。
 実際にはつんく♂、本名は寺田光男っちゅーんやけど、そいつは魔術師で魔道協会から追われる身やった。
 そんで、その粛清に当たったのが藤本美貴。
 ウチも協会の協力者として証拠隠滅のために動いとったんやけど、
 藤本が完全に事故死に見せかけてくれたおかげで仕事はほとんどなかった。
 骨格の似た人間に外科的な整形手術を施してその治療痕を消すくらいの技能は藤本なら持ってるはずやしな。
 死因も火災によるものと見せかけるためか一酸化炭素による中毒死。不審な点はどこにもない」

―― そう思っとった。
だが現実には、寺田光男という魔術師はほんのひと月ほど前まで生きていた。
事故を偽装したのが美貴であり、中澤も協会も寺田生存の事実を知らなかったということは、
美貴と寺田、両者の間に何らかの利害の一致があったということになる。

「話は変わるが、田中はナイトメア事件については知っとるか?」
「は? ええ、知識としては」

その単語に、高橋がぴくりと神経を尖らせるような反応を見せた。
ナイトメア事件。
今から約十年前、当時の内閣直々の要請により、生きたヴァリアントのデータを採取しようとして起こった悪夢だ。
捕獲されたヴァリアントは数時間足らずで完全回復を果たし、
運ばれた研究施設や近隣の住宅街を破壊し尽くした。


「事件の生存者はたったの一名。それがあーしや。
 そしてあの時あーしを助けてくれたのが――後藤さんやった」

苦虫を噛み潰したような顔つきで高橋が呟き、左脚の義肢をきつく握った。
資料でしか見たことはないが、ヴァリアントに殺された人間の遺体は凄惨だ。
生身の人間にとって力任せにヴァリアントが振るう一撃は砲弾のそれと変わらない。
直撃すれば肉塊としか形容のできない死骸となるし、かすめただけでも四肢がちぎれ飛ぶ。
おそらくは高橋の家族もそんな悲惨な最期を遂げたのだろう。
左脚もその時に失ったのか。
そしてそんな悪夢から救い出してくれた人物が、肉体だけとはいえ暴虐の限りを尽くしている現状。
いや、肉体だけだからこそ、彼女の生前を冒涜するかのような暴虐に忸怩たる想いは拭えないのだろう。

「ウチも当時はまだ本庁に配属されたばかりの新人で詳しくは知らんのやけどな。
 生きたヴァリアントの捕獲、それ自体は確かに国民の不安の声に焦った政府の要請やった。
 ただ、問題はヴァリアントの脅威についてどの組織より熟知していたはずのユニオンが、
 様々な交換条件を政府に呑ませた上とはいえ承諾したっちゅー事実や」

ヴァリアントを意図的に生み出していたユニオン。
そのユニオンが政府の要請を承諾するメリット。
ひとつには権力の拡大、莫大な資金要求などの交換条件が挙げられるだろう。
事実として、ユニオンは民間組織でありながらある意味では地方自治体以上に強大な権力を誇っていた。
潤沢な資金はヴァリアントの製造、開発に加え、超能力者拉致の際の隠蔽工作に必要になるだろう。
だが、それだけなら何も捕獲したヴァリアントを暴走させる必要はない。
ヴァリアントを造り出したのがユニオンであるのなら、それを御する技術をも持っていたはずだ。

「この時の政府との取引や、捕獲したヴァリアントの措置について指揮権を持っていたのも寺田やった。
 裏を知らん現場の、研究施設の責任者なんかも当然渋ったらしいが、
 寺田の権限に脅されて仕方なく従ったようやな。
 その後、寺田は意図的にヴァリアントを暴走させてあの悪夢を引き起こした。
 目的はおそらく、ヴァリアントの脅威を世間一般にさらに根強く知らしめることにあったんやろうな。
 現に、あの事件がきっかけでユニオンはさらに権限を強める結果になった」
「……っ、あーしの家族は、そんなことのために……ッ」


ぶちりと嫌な音がして、噛みしめられた高橋の唇から一筋の血が流れる。
中澤はあえてそちらには意識を割かず、ひと呼吸置いただけで話を先へ進めた。

「ここまでの情報を整理するとこうや。
 寺田は魔術師で、おそらくは魔術的な措置をプラスすることで超能力者をヴァリアントに変異させていた。
 そして藤本はその寺田を見逃し、おそらくはそれと引き換えに後藤真希の肉体を奪い、強力無比な力を手にした。
 力を手に入れた直後、藤本は寺田を含め超能力者を皆殺しにすべく動いとる。
 ここまでで何か疑問点はあるか?」
「はい。美貴ね……、いえ、姉が超能力者を魔術師も含め皆殺しにしようとしていることはわかりました。
 けど、どうも単純な皆殺しには思えないんです」
「っちゅーと?」
「ひとつは、両親が殺されてないこと。
 魔術師も超能力者も個々人で違う魔力の波長を持ってますから探索は容易でしょう。
 両親も熟練した戦闘特化型の魔術師です。
 仮に姉が超能力者の全滅を狙っているなら、厄介になるこの二人は真っ先に排除しようとするはず。
 もうひとつは、れなも含めてこの場の三人が重傷とはいえ生きて帰って来れたという点。
 これはあくまで直接戦った経験からの憶測ですが……姉が本気ならいくら高橋さんや亀井さんでも瞬殺されたはずです。
 それに、運用車に追撃を加えなかったというのも気になります」
「確かにな。運用者の方は紺野やスタッフみたいな無能力者も乗ってたから、
 これまで無能力者に一人の被害者も出てないことからみても標的はあくまで超能力者のみ、っちゅーことになる。
 田中やお前の両親は肉親っちゅー特例として見逃されているのかもしれん。
 ただ、高橋や亀井が殺されなかったいうのはどうしても引っ掛かる」
「あるいはそこに、付け入る隙もあるかもしれません。中澤さん、駆動鎧(パワードスーツ)の方はどうなってます?」
「ん? ああ、紺野の話じゃ一応もう搭乗者データ調整以外の修理は終わっとるみたいやけど」
「付け入る隙……って、田中さん、あの人とまた戦う気ですか?」

亀井がどこか気遣うような調子で声をかけてくる。
だが、れいなは毅然とそれに応じることにした。

「自分の姉の手で、罪もない人が大勢殺されてるんです。見逃すなんてできませんよ。
 それに、お二人の協力が前提になっちゃいますけど、やり方次第なら勝機がないわけでもありませんし」
「まあ、絵里は傷が治り次第玉砕覚悟で戦うつもりだったから良いんですけど……。」


「高橋さんは?」
「やめときぃ」
「え?」

水を向けるれいなに対し、高橋は冷たい一瞥をくれるだけだった。
戸惑うれいなをよそに、高橋はベッドから立ち上がると頭に巻いた包帯をほどき始めた。

「亀井。リハビリも済んでることやし、あーしらはすぐにでも行くで」
「え。ああ、うん」
「ちょ、ちょっと待って下さい。二人だけじゃ――」
「聞こえんかったんか? アンタには来るなって言ったつもりやけどの」

背中を向け、高橋は手早く着替えを済ませていく。
機動性に優れた黒い衣服に身を包み、
サイドテーブルのひきだしから二丁の拳銃を取り出してホルスターに挿し込んだ。
亀井もそれに習うように着替えを始めている。
ただ戸惑うしかないれいなには見向きもせず、高橋は病室を出て行こうとして、そこで一度足を止めた。

「アンタの家族は、まだ残っとるんやろ」
「え?」
「あーしにはおらん。そこの亀井もそうや。
 昔、後藤さんに言われたことがある。
 『…千年誰かを愛することは出来なくても、千年誰かを憎むことは出来るんだよ』ってな」

そこで一旦言葉を区切ると、高橋は肩越しに振り返ってれいなを見た。
その瞳はどこまでも真っ直ぐに透き通り、しかし透明感がありすぎて中身のない虚ろなものにも思えた。

「アレはアンタの姉さんなんやろ。
 下手したら……、いや、あーしはまず間違いなくアレを殺さずにコトを済ますことはできん。
 一人の超能力者としても、あーし個人の私怨としても。
 アンタにできるか? 自分の姉を殺すことが。自分の姉を憎むことが」


「そ、れは……。」
「アレの位置は情報屋使えばすぐ割れるはずや。
 あーしは明後日、アレに襲撃をかける。
 今あーしが言ったことがアンタにできるんなら来ても良い。
 できんのやったら足手まといや。絶対に来んな」

言い残して、返事も待たずに高橋は病室を去ってしまった。
遅れて着替えを済ませた亀井も、

「厳しいこと言ってるけど、愛ちゃんあれでも田中さんのこと心配して言ってるんですよ。
 お姉さんは田中さんやご両親のことは狙ってないみたいだし……。
 ……その、お姉さんはもう無理かもしれないけど、
 せめてご両親や、福岡の親戚の人たちのことは大切にして欲しいって絵里も思ってる。
 それでも、どうしても来るっていうなら、ここに連絡してください」

そう言って名刺をれいなに手渡すと、亀井はパタパタと「待ってよ愛ちゃーん」などと病室を出て行ってしまった。
取り残されたれいなは所在なげに、渡された名刺を手の中で弄ぶことしかできない。

「すっかり仲間はずれやな」
「……あはは。そう、ですね」
「ま。あいつらの気持ちもわからんでもないけどな。
 自分が失ったもんを、田中は持っとる。
 それを失う悲しみを背負わせたくはないってことやろ。
 ましてそれを自分の手で――なんてのは特にな」

さ。タバコ吸いたいしウチも帰るか。
呟くように言い残し、中澤も病室を後にした。
今度こそ一人残されたれいなは、ただ無言で首から提げた水晶を見つめ続けた。