(37)103 『motor neuron Ⅱ ~ザ・ヒール~ (前編)』

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「あれ、さゆみん、こんなところで合うなんて偶然だね」
「あ、ガキさん、晩御飯の食材を買いに来たんですか?」
新垣と道重はある日、偶然、スーパーで出会った。
新垣は仕事帰り、道重は大学から帰ってくる途中であった。

「ガキさん、えらいですね~エコバックを持ち歩いていて~」
道重は大学終わりなので教科書を入れたカバンしか持ってきていなかった。
「なによ、ほら、ここのスーパーもエコバックがないと袋代取られちゃうんだから節約よ」
新垣は朝からスーパーによる予定でいたので、カバンに前もってエコバックを入れていた。
「さゆみんは計画性がないんだから~この不況では1円でも節約しないといけないんだから」
「ガキさん、なんだか主婦って感じですね…」

「ところでさゆみんは何を買ってたの?」
そう言って新垣は道重の買い物かごの中を確認した。
「ポテトチップに、チョコに、唐揚げにお惣菜のサラダ?」「はい!」
新垣はゆっくりと買い物かごから元気に返事をした道重へと視線をずらした。

「・・・さゆみん、ちょっといいかな?」
「ガキさん、なんですか?」
「さゆみん、今、一人暮らししてるんだよね?何年くらいたった?」
「え~と・・・2年くらいですね。一人暮らしも慣れました!」
笑顔で新垣の質問に対して元気に答えを出した。
「そう、2年か~でも、お掃除とか洗濯とか大変だよね~私もわかるんだよね~」
「そうなんですよ~どうしても、やろうって気がおきないと出来ないんです。料理も難しいですよね~」
「うんうん、そうだね。ちなみに昨日は何を食べたの?」
道重は思い出そうと頭を巡らせた。
「昨日ですか?え~と、ここで買ったコロッケとさんまの塩焼きです!昨日、サンマが120円で安かったんですよ」
「120円ということは出来あいのサンマの塩焼きを買ったんだね」
「ハイ!家に帰ってレンジで温めて食べました!おいしかったですよ」
「うん、それはよかった・・・・じゃな~い!」


突然、怒りモードに入った新垣に思わず道重は一歩下がってしまった
「ガキさん、どうしました?昨日、サンマ買えなかったんですか?悔しかったんですか?」
「ちが~う!さゆみん、もう20歳なんだから料理くらい少しはしなさい!家にキッチンあるんでしょ」
「キッチンはありますけど、鍋はありませんよ。包丁も」
新垣は道重の当たり前とでもいう表情を目の当たりにして鳩が豆鉄砲を食らったようになった。
「!!じゃあいつもはどうしてるの?まさか・・・コンビニとか・・・」
「あれ?ガキさん、よくわかりましたね。そうなんですよ~さゆみ、この前いつも行っているコンビニの店員さんに顔を覚えてもらって~」
「それは『覚えてもらった』じゃなくて『覚えてしまった』っていうの!」
もはや、新垣は怒りを通り越してあきれかえってしまった
(これが、今の若い子の普通なのかしらね・・・)
ほとんど自分と年が変わらないということに気づかずに心の中で思ってしまった。

「…さゆみん、今日、晩御飯作ってあげるから家においで」
新垣の突然の提案に道重はキョトンとして、それから笑みを浮かべた。
「え?いいんですか?ガキさんの手料理食べさせてもらえるんですか~」
「食べさせてあげるから、少しは手伝いしてもらうからね。ちょっと練習しなさい」
「え~さゆみぃ、料理の練習とかぁ、ちょっとぉ~」
「ほら、かわいこぶらない!ほら、晩御飯の食材買うから付いてきなさい!」

                ★★★★★★

誰も入らないような深い深い森の中に建っている建物。その中でも特に光を遮断している部屋があった。
窓には黒いカーテンが2重にかけられ、全く開かないように改良されていた。
そんな部屋の持ち主は机に向かって蛍光灯と電気スタンドに照らされて報告書を呼んでいた。

「ふむふむ・・・なるほど・・・ちょっとばかり予算をオーバーしてるね」
彼女は左手で資料を持ち、右手でパソコンを打ちながら書類と格闘していた。
頭の中ではコストを下げる方法を必死になって練っていた。総員の配置、至急武器…
そして、ようやく考えがまとまったのかパソコンから手を離し、机の上に置いてあった電話に手を伸ばした。
「あ、私です。資料の訂正案出来たので、取りに来てくださいね。はい、よろしく」
無機質にただ事務的に電話を切り、次の仕事に取り掛かった。


部下から開発された試作品の銃を手に取り、引き金に手をかけ部屋に置いてある花瓶へと標準を合わせる。
バリーーンという音と共に花瓶が割れ、中に入っていたアイリスの花が床の上にパキンと音を立てて落ちていく。

この部屋の主は椅子から立ち上がり割れた花瓶のそばでしゃがみこんだ
「冷凍弾ね・・・花瓶の中のアイリスの花を凍らせて、花瓶は破壊する。面白いけど、実用性はあるのかしら?」
小さくつぶやいて凍りついたアイリスの花へと手を伸ばし、ゆっくりと手に持ち、眼を閉じた。
女の手から闇色の光が放たれると、アイリスの花は虚空へと溶けるように消えていった。
次に女は箒で花瓶のかけらを一か所に集め、床に落ちた花瓶の中で一番大きなもの以外も消していった。
そして、大きな花瓶のかけらからもともとの花瓶と同じ大きさの花瓶を再生させた。

女は花瓶の置いてあった場所に再生させた花瓶をそっと戻した。
チクッ…
女の指先にちょっとした痛みが走った。痛みのある方に視線を向けると小さい破片が指に刺さっていた。
どうやら先ほどの花瓶の破片で消えていなかったものらしい。
手から光を解き放ち破片を消失させて、まだ少し赤い液体の流れている自分の指先をじっと見つめていた。
何も言葉を発っせずに女はそっと口元に指先を持っていき、ペロリと舐めた

                ★★★★★★

「ガキさん、本当に料理得意なんですね~」
道重が新垣が包丁で人参をイチョウ切りにしているのを見て声をかけた。
「さゆみなら、ぜったいに危険なことになってますね。」
「私だって最初はハラハラしながら料理していたんだからね。さゆみんも包丁使ってみたら~」
「ええ~だって間違って指でも切ったら大変じゃないですか~」
「なに、言ってるんだか~あなた治癒能力者(ヒーラー)でしょ~」
新垣がちょっと意地悪な声を出して道重に返した。
「ちょっとくらいの傷なんてすぐ治るんだから、気にしないの!私なんて何回も手を切りそうになってるんだからね」


スーパーで偶然、出会ったので新垣は道重に料理の指導をしてあげることにした。
高橋、新垣、亀井の3名は料理は多少できるようであるが他のメンバーはほとんどできない。
せめて年上チームには料理ができて、年下の子の面倒を見れるようになってもらいたい。
新垣は常々、リゾナントで高橋が料理をしているのを見てそう思っていた。

しかし、実際連れて来てみると道重は本当に料理が苦手だった
「さゆみん、持ち方違う!」「あ~左手は添えるだけ」「小指、小指」「ちょっと大匙1杯ってそれじゃ10杯でしょ」
新垣の必死の指導にもかかわらず一向に料理が進まないので、結局は新垣一人で夕食を作ることになった。

「はい、これで野菜は切り終わりました。さゆみん、そこに大根あるでしょ。大根おろしを作ってね」
「それなら、できますよ!わかりました!」
道重はおろしがねをつかって大根おろしを作り始め、新垣は包丁で鶏もも肉を一口大に切り始めた。
「でも、ガキさん、本当に料理が上手くて羨ましいです。たくさん料理の本もあるみたいですし」
「フフン、ちなみに、言っちゃ悪いけどね、愛ちゃんにも負けない自信あるからね」
満足げに新垣は鼻をならして、鶏肉を鍋の中に移した。
「・・・ガキさん、後ろ姿を見ていると『お母さん』っていうより『お袋さん』って感じですよね~」
「ちょっと~失礼だから~昭和だからってバカにしないの!イテッ」
そんな道重の言葉に動揺にしたのだろう、新垣は包丁で少し手を切ってしまった。真っ白なまな板に赤色の線がにじんだ。
「大丈夫ですか?さゆみに見せてください!うわぁ、けっこう切れてますね…」
「呑気に観察してないで早く治してよ!このままじゃ晩御飯作れないよ」
「じゃあ、さゆみの大根おろし作りの残りをお願いしますね」
「…いいよ、絆創膏貼るから。こんなの大したことないからさ」
「あ~まってくださいよ~治しますから~」

                ★★★★★★

指先に絆創膏を貼りつけた後、女はコーヒーを飲んでいた。
小さい傷だが暫く痛みは取れず、口の中ではさっき確認した血の味が反復していた。
コーヒーで消すことはできたが、ざらざらする感覚はまだ残っている。鉄の味がした。


コーヒーを飲みながら女はキーボードをカチカチと打った。
画面にはA、T、G、Cの4つの英語が無尽蔵に並び、ところどころに彼女なりのマークが加えられていた。
開かれていたファイル名は『獣化 pointes 825』何重にも書き塗り加えられているのだろう。
同じようなファイルが幾重にも存在し、微妙にファイル名の一部が異なっている。
これは女にしか理解できないであろうが、さまざまなキメラ生物の作成書。
組織が女に望んでいることの一つ、それは最強の生体兵器を作り出すこと

女は時々、パソコンの画面から目をそらし、隣の部屋へと視線を向ける。
そこには先日作ったキメラが培養されており、今日はソイツが『完成』する予定。
ボコボコと泡の立つ、緑色の液体で満たされたケースの中で今まさに最終段階を迎えているはずだ
また一つ、組織にとって有用な駒ができるはず…女の仕事がまた一つ完成される

パソコンの配列を見ていると、隣の部屋からガラスが割れ、何かが床にドスンと落ちた音が聞こえてきた。
完成されたキメラを見に行こうと女は椅子から立ち上がり、隣の部屋とつながる扉の前に移動した。
ゆっくりと扉をあけ、隣の部屋に入ると同時に何者かによって後ろに向かって飛ばされた。

ドスンと鈍い音を立てて女は背中から床に叩きつけられた
幸い怪我をすることはなかった女が視線を上げるとそこには完成した『ソイツ』が立っていた。
豹柄の肌、数十センチはあろうかという牙、鋭くとがった爪をもった怪物…完成されたキメラが製造者を見降ろしていた。
キメラ“れでぃぱんさぁ”は雄叫びをあげた後、女めがけて鋭い爪を振り下ろした。

                ★★★★★★

「ほら~さゆみん、お鍋が通るから邪魔しないでね~」
新垣がテーブルに卓上コンロを置き完成した鍋を上に置いた
「うわ~美味しそう~さゆみ、お腹減りましたぁ」
「ハイハイ、わかったから、ご飯は自分でよそってね。炊飯ジャーはここにあるからね」
道重はひょこひょことスキップしながら炊飯器のところに向かい少しご飯をよそい、新垣と向かい合って座った。


「いただきま~す」「いただきます」しっかりと挨拶をしてから二人は食事を始めた。
「う~ん~おいしい~ガキさん、お世辞抜きでおいしいですよ!」
「そうでしょ!これくらい料理できなきゃだめだよ!わかった?さゆみん」
「美味しいですね~この鶏肉~」
何事もなかったように普通に新垣の言葉を道重は華麗にスルーした
小さくため息をついて新垣は自分の小皿に鍋をよそい、食事を始めた。

暫く二人は鍋をつつき合っていたが思い出したように道重が新垣に質問をした。
「そういえばガキさん、冷蔵庫に冷やしておいてって言われた大根おろしは何に使うんですか?」
「ん?そろそろいいかな?ちょっとさゆみん、持ってきて」
新垣の指示に従って冷蔵庫を開けて、大根おろしとなかにあったヨーグルトを道重は持ってきた。
「ハイ、持ってきましたよ。それでどうするんですか?」
「え、う、うん、大根おろしをね、鍋に…ドバッと投入!」
新垣は道重の持ってきた自分のデザートのヨーグルトの方に視線を合わせつつ、鍋に大根おろしを入れた。
「はい、新垣風雪見鍋の完成♪冷たい大根おろしと温かい鍋がベストマッチなのよ~」
「本当ですか~うん、本当だぁ~さっきとはまた一味もふた味も違いますね~」
「そうでしょ~キンキンに冷やすことで大根の甘みが出るって本に書いてあったんだから」
自信作を道重に出したので、内心不安だった新垣はその反応に非常に満足した。ただ…
「やっぱり、さゆみの作った大根おろしがおいしかったからだな!ガキさん感謝してくださいね~」
      • なんか納得いかない新垣であった。

「でも、なんかこの鍋食べるとあの人を思い出しますね」
「あの人?誰のこと言ってるの、さゆみん?」
「ミティですよ。氷の魔女。さえみお姉ちゃんが『復活』したあの日に戦ったダークネスですよ」
新垣はミティの黒いドレスと冷たい目を持った氷の魔女を思い浮かべていた。
道重とミティが初めて戦ってから約1年半。その当時はスパイであった新垣はミティのことをリゾナンターでは誰よりも知っている。
「あ~あの人ね…『固めていい?』ってさゆみんに言ってきた人ね。冬といえば雪だもんね…」
「今でもたまに夢に出てくるんですよ。ミティがさゆみの肩をつかんで『固めていい?』っていう夢…
思い出しただけでも寒気がしてきますよ。あ~鳥肌立った…」
道重は寒さを紛らわすためにお鍋のスープを飲んだ。


「ミティ…あの人の視線は本当に手厳しかったからね・・・」
ス―プを飲みながらも、ふと漏らした言葉を道重は聞き逃さなかった
「あの人って、ガキさん、ミティのこと知ってるんですか?」
言ってしまってから新垣は自分のミスに気がついた。女の子ほど秘密を好きなものなのだ。特に道重はそういう秘密が大好きだった
「まぁ、知っているっていうか…さゆみんも知ってるよね。私が元々はダークネスのスパイだったことは」
「ハイ、それはガキさんの口から直々に聞きました」
「ミティはね、ほとんど私と同じ時期に『M』に入ったの。あの子と何回か一緒に任務をこなしたこともあるわ」
「ガキさん、『M』ってなんですか?」
「えっ?何、ダークネスは知っていて『M』の存在を知らないの?」

新垣は道重に対して『M』の説明を始めた。
『M』は『リゾナンター』同様に『超能力』を持った者を中心に構成され世界の均衡を保つために作られた部隊であること
『M』はもともとは『アサヤン』という大きな組織から派生した特殊部隊であったこと。
更に『M』自身が大きくなったために『アサヤン』本体が消滅した後も、『M』だけは残り密かに活躍を続けていたこと。
そして現在のダークネスの構成員のほとんどは『M』に所属していたこと・・・

「ということなの。時間がないから説明は端よったけど大体はわかった?」
「さゆみの頭では途中までしか…要はダークネスはもともとは正義の組織ってことですよね?」
「おおお~ずいぶん省略したねぇ。まあ、大事な部分だから間違いではないけどさ~」
新垣は後ろにのけぞるオーバーリアクションをしてしまい、同時に後輩の理解力の低さを痛感した。
「ええと、話を続けるけどミティは私の少し後に『M』に入ってきたの。当時からたくましかったな…
さゆみんの知っているミティよりももっと強気で感情が露骨にでていたからね…」
「え~あれよりももっとですか~いや~ん、ミティさん怖い~」
「そうやって怖さをごまかさないでしっかり話を聞く!だから私は多少ミティを知ってるの」

「ふ~ん、確か愛ちゃんも『M』にいたんですよね。前に聞いたことがあります」
「私と愛ちゃんは同期なの。なんていうのかな…Mに入るには試験があって、私は『合格』したの。
 その試験は通称『合宿』って呼ばれていて、いつ『M』は入隊募集があるか分からないの」


道重が頭に浮かんだ率直な質問をした。
「それなら、どうやってガキさんは入ったんですか?」
「いや~それがね~不思議なものでね…ある日、手紙を取りにいったある日にね、ポストに入ってたの。
私宛のでね、ほら小さい時って手紙があるってだけで嬉しいじゃない。
その手紙はね、『M』の入隊試験のことが書いてあったんだけど、他の人には何も書いてないように見えたらしいの」
「それって能力者だけに見えるってことですか?」
「そういうことになるね。後々知ったんだけどね。
 その時、まだ私は能力を持ってないと思っていたから不思議に思っていたんだけど…
 それでその試験場に行って、合宿を受けて『入隊』できたのよ。それで一緒に入隊したのが愛ちゃんなの」
「へぇ~なんか運命的ですね~『同期』か~何か面白いですねぇ!うらやましいな」
「さゆみんにはれいなっちと亀がいるじゃない」
「あ、そうか!」
そう言ってエヘヘと道重は頭を可愛くかいた。

道重が少し冷めてしまった雪見鍋をほおばりながら新垣に更に質問した。
「他に『同期』はいないんですか?愛ちゃんだけなんですか?」
その質問を聞いた途端、道重は気づかなかったが、新垣の眉間にうっすらとシワが浮かび、さっと消えた。
新垣は道重のほうをみたが、美味しそうそうに鍋を食べていたので、こっちを見ていないようで安心し、一呼吸置いてから話を続けた。
「同期ね~あと2人いたよ。一人は紺野さん。専ら今は『Dr.マルシェ』と呼ばれているけどね」
「ゲホッ・・・ガキさん、テッシュ取ってください
 え?マルシェってあのダークネスの?いつも白衣の人ですよね?ガキさんの同期なんですか?」
思いがけない事実を知って道重は思わずむせ込んでしまった。新垣はティッシュペーパーを渡しながら言った。
「そう、マルシェは私と同じ時期に入ったの。というか同じチームに所属していたな…
 愛ちゃんが先陣を切って、私とまこっちんが後ろから援護して、マルシェが回復させて…」
「回復?マルシェって昔は、治療班だったんですか?」
道重は意外とでも言う表情で新垣に聞き返した。
「てっきりさゆみはマルシェは昔から研究室に閉じこもって、武器開発をしていると思っていたんですけど・
「それは大きな勘違いだね。衝撃的な事実だけど、マルシェは昔は率先して現場に出て言ったんだよ。
 ああ見えて、『M』に入る前から空手をしていたから格闘の基礎は身についてたし、運動神経は私よりも格段に上なんだから」
「え?ガキさんよりも上なんですか?マルシェって運動が全般的に苦手な人と思ってました…」


「それに頭は昔から圧倒的に良かった…愛ちゃんよりも私よりも…『M』きってのキレモノだったかもね。
 作戦の指示をするのはいつもマルシェで、いつも緊急事態に備えて奥の手を用意してたしね」

『運動が苦手でマイペースに自分の研究にこもっている、理系の女』
道重のなかにあったそんなDr.マルシェの像が崩れていった。

「さゆみん、大丈夫?急に無口になったけど」
「なんか、同じ回復係のさゆみと違いすぎるなって思っちゃって、ショックです」
道重が柄にもなく落ち込んだのを見て新垣は椅子から立ち上がり、道重の肩の上にポンと手を置いた。
「大丈夫だよ、ほら、この指見て、さっきさゆみんが治してくれたんだから。こんなにマルシェは綺麗に治せなかったよ」
「ありがとうございます、大丈夫です。そうですね、さゆみはさゆみですから。
      • でもガキさん、また疑問が出てきたんですけど」
「何?」
「いまガキさんは『マルシェは綺麗に治せない』って言いましたよね。治療係なのに治せないってどういうことですか?」

新垣は道重に再び自分の指先を見せながら言った。
「あたしもよくわからないんだけど、さゆみんとマルシェはね、同じヒーラーでも能力が違うみたいなの」
「違うってどういうことですか?怪我を治すだけですよ」
新垣は首を横に振りながら道重の言葉を否定した。
「違うの、マルシェのヒーリングはね、さゆみんのヒーリングと違って痛みが完全には消えなかったの・・・」