(39)468 『霹靂』

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青く晴れわたる空には、雲ひとつない。
最期の時を目前に、光井愛佳は空を見ていた。

――――東京コロシアム――――

収容人数三万人。
ローマ帝政時代の建築様式に飾られた、巨大なコロシアム。
まさに、躍進する組織の象徴として建築されたそのコロシアムは、
周囲のビルを威圧するかのような不気味な面構えで、東京の中心に鎮座している。

その日、組織の能力者一万人が、コロシアムに集結し、公開処刑が始まるのを待っていた。
程なく、党総裁の登場を告げるアナウンスが場内に鳴り響くと、満場は拍手喝采に沸く。

男が一人、ステージへと現れる。
三十代半ば、と言ったとこであろうか。まだ幼さの残る輪郭と、冷徹な瞳。
その二つが奇妙なバランスで同居する面構えは、漠とした不安感を見る者に与える。

「本日は……………………」男が演説台のマイクに向うと、拍手は収まり、観客席は静まり返った。

「本日は、処刑すべく罪人を立ち揃え、その断末魔の雄叫びを、皆様に拝聴していただきたく御招待申し上げました」

期待と不安に、一万人の能力者がざわめく。

「ご覧下さい、組織の利益を侵害し、反旗を翻した者たちの末路を」

その言葉をきっかけに、ステージの一部を覆い隠していた、幕が落ちた。
居並ぶは、十人の造反者たち。念動による緊縛を施され、体の自由は奪われている。

その中に、光井愛佳も居た。
光井の肉体はすでに衰弱していて、念動による拘束がなければ、立っている事すら不可能だった。


「これより、公開処刑を開始する」

党員たちは異様な高まりを見せ、コロシアムがどよめく。
一万人が発する地鳴りの様な喚声に、造反者たちは震え上がった。
周囲の喧騒をよそに、光井はゆっくりと首をもたげると、空を見上げた。

深い蒼穹に、周囲の喚声は遠のく。

光井の脳裏には、一ヶ月前に殺された久住小春の最後の言葉が、こだまする。

「だいじょうぶ。絶対、守ってあげる」

数百の武装兵に取り囲まれる中、久住はそう言って、笑いかけてくれた。
後ろ手に庇っていた光井の手を離すと、久住はゆっくりと一歩前に出た。
その刹那、兵士が数人走ってきて、三井を奪い去るように確保し、久住から離す。
三井の身を案じた久住が反射的に振り向くと、その挙動に反応した狙撃手の一人が引き金を引いた。
銃弾は久住の肩を貫き、よろけて二三歩前に出た。
次の瞬間、数百の銃弾が一斉に放たれ、久住は崩れ落ちた。
久住小春から放たれ共鳴が、一瞬ねじれた不協和音を奏で、光井の耳をつんざく。
武装兵に拘束された光井が、狂ったように久住の名を叫ぶ。
しかし、その叫び虚しく、久住からの共鳴は次第に薄れ、やがて途絶えた。

アスファルトに倒れた久住は、まるで赤く染められたボロ雑巾のようだった。

「だいじょうぶ。絶対、守ってあげる」

その声は、光井の耳の奥で、今も生々しく響いている。


観客席から悲鳴と喚声が上がった。
一番右端の造反者から、順に処刑が執行され、ステージが血に染まった。
光井への執行が徐々に迫る中、先ほど演説台で喋っていた男がやって来て、光井の耳元で囁いた。

「少し、やつれましたか?…………長い逃亡生活での憔悴。お察しいたします」

薄笑いを浮かべて男が言った。
「……組織の預言者になって頂けませんか?そうすれば、あなたの処刑は即刻、取りやめにします」

光井は、空を見たまま固く口を閉ざしていた。

「残念ですね。あなたほどの予知能力者を、このまま殺してしまうのは」

光井は、弱く途切れる声で言った。「ウチはもう……予知なんか、出来けへんよ」

光井は、暗い目をして、自身を呪うように呟く。

 「高橋さんと……新垣さんと……田中さんが、死んだ時も……何も、予見することは出来なかった……」

男が光井の言葉を遮ると、事務的に言った。

「それは、あの三人に死んでもらう為、我々がアンチ能力者を使ってあなたの能力を抑制していたからです」

「…………!!!」

「久住小春の時もそうです。大丈夫。あなたの能力は消えてませんよ」

男は、携帯を取り出すと、何者かと通話し始め、二、三言葉を交わした後でこう言った。

「光井愛佳の能力を解放しろ」


すると突然、光井の体がビクンッと痙攣した。
その途端、映像の波が堰を切った様に脳内に溢れ、光井を、激しい頭痛が襲う。

「しばらくは、なだれ込むビジョンの残滓に、苦しむかもしれません」

光井の脳内を、無秩序に駆け巡る未来と過去の断片。
映像の波はうねりを伴い、光井の思念を圧迫した。
光井は、うなだれて低くうめき声を立てた。

造反者の処刑は順次行われ、やがて、光井の順番が巡って来る。
観衆の視線が男と光井に集まる。
男が、演説台のマイクに向って言った。

「次ぎなる造反者は……」男が一旦、間を取って場内を眺め渡す。

「勘の鋭い皆様方の事ですから、既にお気付きかとは思いますが…………」

コロシアムのいたる所に居た精神感応力者が、思わず声を上げた。「予知能力者!」「リゾナントの残党か!」

「いかにも。この者は、あの憎むべきリゾナントの予知能力者です」コロシアムがどよめきに揺れた。

「そうです…………あの、悪の元凶……i914の共犯者……」

男は、大袈裟に慈悲深い表情を作って言った。
「しかしながら、彼女はまだ、若く幼い。i914に誑かされ、悪事に加担させられた被害者であると、言えなくも無い」

男が怜悧な眼差しを向け、観衆を眺め渡す。
「彼女が罪を反省し、予知能力者として組織に貢献すると言うのであれば…………
 これ以上、罪に問うことは止めにしようと思っています」


男は、光井の傍らに立つと、言った。

「これが、最後のチャンスです。組織の預言者として生き延びるか。i914の共犯者として死ぬか……賢明な決断を」

光井がゆっくりとうなだれ、静かに呟く。「拘束を、解いてください……」

男がニヤリと、満足気に笑った。「賢明です。予知能力者は決して選択を誤らない」

男が、光井に施した念動拘束を解除する。
すると光井は、支えを失って危なげによろめいた。
よろける光井の腕を、男が支えようと掴む。

――――囚われてからの一ヶ月、光井は、この瞬間を待っていた―――――

光井は、矢のようなスピードで男の手を上から握り締める。
男は反射的に振り払おうとしたが、光井の華奢な指はしっかりと男の手に食い込み、離れなかった。
光井がズイと顔を寄せ、男の目の奥を覗き込む。
たじろぐ男をものともせず、光井は男の眼底に映る未来を読み取ろうとした。

ステージ上に居た組織の幹部たちが、光井を引き剥がそうと、慌てて飛んできた。

だが男は、「心配ない!ただの占いだ」と言って駆けつけた者達を手で制する。

男は狼狽を隠すように、あざとくも寛容に笑った。「私の未来が見えますか?」

光井の身体が、微かに震えだす。
フラッシュバックの衝撃に、身体が何度か大きく弾ける。
数十秒の沈黙。
固唾を呑んで見つめる一万人の聴衆。
男が先ほどの狼狽を相殺するかのように、余裕たっぷりの素振りで光井を演説台に引き連れた。


「さあ、どんな未来が見えました?」男は薄笑いを浮かべる。

光井が、ゆっくりと半眼に見開く。

「燃えている……」  意識はまだ、未来に解き放ったままで、肉体とシンクロしていなかった。

放心状態のまま、光井は定まらぬ身体を、ふらりと揺らし、低く呟いた。

「燃えている……全て……燃えている……」

おぼつかない光井の様子に、観衆がざわめく。刹那、揺れていた光井の体がピタリと止まった。
一瞬の静寂。光井の絶叫が、それを引き裂く。

「見えるやろ?あんたらにも!この世の終わりの光景が!」カッと見開いた光井の瞳に、炎が映った。 

光井の脳内に映る情景を読み取った何人かの精神感応力者が、思わず息を呑む。

「見える…………見えるやろ?そこらじゅうで人間が燃えているのが!倒れた建物の隙間から、うごめく人間の手が!」

今度は不意に耳に手をやると、光井は叫ぶように言った。

「あんたらにも、聞こえるやろ?風が唸るようなあの音が!あれは、幾千もの人間のうめき声!」

気が付くと、コロシアムに居た全ての精神感応力者が、立ち上がって光井のビジョンをリーディングしていた。

「見える?見えるやろ?次々と、せり上がる炎。そそり立つ火の壁。火の粉にまぶされた赤い空!」


誰からとも無く、精神感応力者たちは、コロシアムの観衆たちの脳内に、そのビジョンを送った。
すると、一変。コロシアムは被爆し、修羅場と化した焼け跡の光景に変わった。
前触れもなしに、焼け跡に放り出された観衆たちは、戦慄の叫び声を上げる。コロシアムが阿鼻叫喚に包まれた。

「感じるやろ!?この熱風を!鼻を突く焼け焦げた肉の臭いを!
 見て!足元に転がる死体を!赤く崩れた皮膚が!こぼれ落ちた内臓が!ほら!そこかしこに!」

「やめてくれぇ!」「いやぁ!」観衆から悲鳴が上がる。

「見えるやろ?迫り来る火が!行く手を阻み、身体に絡みつく炎が!
 これは、あんたらが、あの男と作り出す未来。高橋愛が命がけで阻もうとした未来!」

「止めろ!」男が叫ぶなり、光井を演説台から引き剥がした。

男は、処刑人たちに光井を預けると、動揺にさざめく観衆に向って言った。

「皆様!どうか、お静まり下さい。これは予知などでは無い!どうか、お静まりを!」

収まる気配の無い観衆に、男の一喝が飛ぶ。「預言者の術中に嵌まるな!」

組織の長の雄叫びに、漸く観衆は眼差しを演説台へと向ける。
男は観衆たちのパニックを鎮めようと、務めて落ち着いた素振りで言った。

「今のは、幻視です。精神感応力者を利用して、観衆を操るその手並みは、見事と言うほか無く、賞賛に値する」

観衆たちは、男の言葉を聞きながらも、未だ戦慄の収まる様子が無い。
男は、いまいましげに光井を一瞥する。男の目がキッと吊り上る。

「しかし、我々に敵対する意思を表明したからには、生かしておく訳にはまいりません」

男は処刑人たちに顎で指示を出すと言った。「光井愛佳を処刑する」


光井は、処刑人に両脇をつかまれ、処刑台に引っ立てられた。

男が吐き捨てるように言う。「殺せ」

しかし、銃を持った処刑人は、先ほど見た未来の地獄絵図に、魂を抜かれたように放心していた。

「よこせ!」男は、苛立ち、処刑人の銃を奪い取ると、銃口を光井の額に押し当てる。

光井は静かに眼を閉じた。 男の指が引き金にかかる。
その時、光井の身体が、大きく弾け、天を仰ぎ見るほどに、仰け反った。反動、光井は前のめりに膝から倒れこむ。
あまりの勢いに、両脇を抱えていた処刑人たちが光井を離す。
一瞬、男がたじろいて後ずさりをした。

光井はゆっくりと顔を上げる。
慌てた処刑人が、再び取り押さえようとしたその時、光井が大声で叫んだ。

「逃げるんや!」

「…………!?」

突然の絶叫に、コロシアムがあっけに取られる。
光井は、だしぬけに言った。

「これから数分後、西の空より黒雲が忍び寄り、コロシアムは闇に包まれる」

男は思わず空を見上げる。しかし、晴れわたる空には雲ひとつ見当たらない。
うろたえて雲を探してしまった自分を取り繕い、男は銃を構えなおすと言った。

「黙れ。お前の戯言はもう沢山だ」


光井は男を一瞥もせずに言葉を続ける。

「黒雲から放たれる、数百の落雷に、コロシアムは崩壊する」

観客席がにわかに、どよめく。男は、手で観衆をなだめると言った。

「虚言に惑わされてはいけません。空には雲ひとつない!」

光井の予言は続く。「スタジアム席は崩れ落ち、瓦礫の下に埋もれる」

観客席で光井をリーディングしていた精神感応力者が、大声で言った。

「虚言じゃない…………落雷だ!コロシアムに雷が落ちるぞぉ!」

動揺にさざめく観客達に、恐怖の波紋が広がる。

先走った者が、思わず声を上げる。「リゾナントの電撃使いだ!」「リゾナンターが報復に来るんだ!」

その叫びは、図らずも観衆を煽動しコロシアムは騒然となる。

「造反者の戯言に踊らされてはいけません!久住小春はすでに死亡している!」男が観客を鎮めようと、声を荒げる。

しかし観客たちは、すでにパニック状態にあり、男の言葉など耳に入らない。

「うろたえるな!奴らは既に死亡している!居もしない亡霊に惑わされるな!」

次々と逃げ出す、観衆たちを見て、ステージ上で進退を決めかねていた幹部たちも、出口へと走り出す。


「久住と共に殺しておくべきだった……」そう呟いて、男が銃を構え直したその時。 遠くで、雷が鳴った。

男はビクッとして空を見上げる。  晴れわたる空の西方。
低く垂れ込めた巨大な雲が、獲物に襲い掛かる獣の如き勢いで、空を覆い始めていた。

一瞬の閃光。鳴動。遠く、近く、そこかしこで空が地鳴りの様な轟音をあげた。

それはまるで、死してなお、光井の守護者として、さまよう亡霊の咆哮。

男は空を見上げたまま、後ずさりをする。  再び、唸りを上げる空。

それは、久住小春の無念が空を引き裂くが如き雷鳴。

男の肩が恐怖に震える。男は本能の命ずるまま、出口へと向って走り出した。

男がステージから立ち去ると、造反者たちの念動拘束が解けた。
急いで逃げようと、出口に向って走り出した造反者たちを、光井が制する。

「ここに留まった方が良い!ステージに落雷は無い……………今、逃げれば、瓦礫の下敷きになる」

造反者たちは立ち止まり、光井のもとに集まると、暗くなりつつある空を見上げた。

すると、共鳴が途切れる時に聞こえたあの不協和音が、空に響いた。


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