(39)758 (ヴァリアントハンター外伝リゾナント作2)

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辺り一帯の建物は最早、原型を留めてはいなかった。
崩れ落ちたビルの残骸、分断された道路。
生命の気配など一切感じられないその一帯に、たった一つだけ無傷の建物があった。

エヴォリューション。

全国に存在するヴァリアントハンターを統括するユニオンの本拠地であり、
所属人員は千人を超える地上地下合わせて53階にもなる高層ビルである。。

一人、また一人。

エヴォリューションを目指して歩く人間がいた。
その手には、鈍く輝く武器。
ただならぬ殺気をその身から迸らせた彼らこそ、異形を狩る者“ヴァリアント・ハンター”である。

エヴォリューション前にある広場には、既に多くのヴァリアントハンターが集結していた。
その数、およそ千人。
ハンター資格を得たばかりの新人から、ユニオン創立時よりハンターとして活動してきたベテラン、
ギルドに所属しないフリーランスのハンターまで、その顔ぶれは多彩であった。

誰もが、たった一つの目的のためだけにここに集結した。
規格外の人型ヴァリアント“藤本美貴”、それを討伐するという目的の下に。

今までのヴァリアントが持ち得なかった人格を持ったそれは、たった一週間という短い期間で、
世界中のヴァリアントハンターの中心拠点を壊滅させ、今も尚各地を飛び回り、破壊、虐殺を繰り返しているという。


突如、集まった集団が二つに分かれた。
人垣によって形成された一本道を、3人のハンターがゆっくりと歩いて行く。

業界最大手ギルド“ダークネス・ノヴァ”のギルドマスターである飯田圭織。
“撃墜王”と肩を並べると称される業界屈指のアタッカー、安倍なつみ。
最強のスナイパーとして今もなおハンター達の間で語り継がれる伝説のスナイパー、保田圭。

殺気立っていたハンター達が一斉に静まりかえったのと、3人が立ち止まったのは同時だった。
ゆっくりと人垣の方を振り返る3人。
口を開いたのは圭織であった。


「…後5分後、ここに奴が来るわ。
各自、戦闘態勢は整っているわね?
言っておくけど、帰るなら今のうちよ」


圭織の言葉に、その場から立ち去る者は誰1人いなかった。
満足げに目を細めて微笑む圭織の後を接ぐように、圭が口を開く。


「幾ら規格外だって言っても、障壁さえ崩せば後はいつも通りよ。
こっちはこれだけの数のハンターがいる。
いつも通り冷静に戦えば、たった一匹のヴァリアント相手に負けるはずがないわ」

「そう、皆の力が合わされば…絶対に負けない。
だから、皆…力を貸して!」


なつみの言葉に沸き上がる歓声。
その歓声を一身に受けながら、3人はそれぞれの“相棒”を頭上に掲げる。


圭織の持つ二本の曲刀“ツヴァイ・ティーゲル”。
なつみの持つ、人の背丈ほどある大剣“リヒト・フリューゲル”。
そして、圭の持つライフル“アイゼンヴォルフ”。

掲げられた武器が、3人を中心にして重なり合う。
力を合わせることを視覚的に示したその光景に、さらなる歓声が沸き上がった。

歓声と共に、ハンター達は各々戦闘体制を整えていく。
ライフルに弾丸を籠める者、刀を取り出し力を籠める者。

まるで“戦争”でも始まるかのような光景を見つめながら、3人は視線を交わす。

この場に集まったハンター達は知る由もない。
3人は、勝つためにハンター達を集めたわけではないということを。

幾ら1000人ものハンターを集めたところで、それだけで勝てるような相手なら間違いなく、
パワードスーツを着た“田中れいな”1人で事足りる。
能力殺しという、強固なヴァリアントの障壁ですら一瞬で霧散させる力を持ったれいなでさえ、
あのヴァリアント相手に敗れているという事実。

3人の目的はただ一つ―――時間稼ぎだった。

討ち取ることが出来なくとも、休眠期に突入せざるを得ないほどの重傷を与えれば。
その期間のうちに、損傷したパワードスーツやれいな、そして愛弟子である絵里や愛が回復出来るだろう。
それだけの期間があれば、十分な情報収集や対策を練ることも可能に違いない。


ここに集ったハンター達には恨まれるだろう。
万に一つも勝ち目がないと分かっていて、この場に集めたのは他ならぬ自分達だ。

それでも。

最大最強のヴァリアントを、この世から葬り去るために。
何年もの間に渡るヴァリアントとハンター達の戦いに終止符を打つために。

あの3人だけは絶対に生き延びさせなければならない、“藤本美貴”を倒せる可能性を秘めた次代のハンター達だけは。

そのためならば―――喜んで、この命を捧げよう。

言葉は必要なかった。
志の違いから二つに分かれた仲間が再び、一つに還っただけのことなのだから。

辺りに木霊し始めた絶叫。
風にのって漂うのは、むせそうなほど濃い血の臭い。


―――相棒を手に、3人は“死地”へと駆けだした。


     *    *    *


中野区の警察病院内にあるリハビリ施設。
ヴァリアントとの交戦で傷ついた者達がそれぞれのペースでリハビリを行う室内は、不自然なくらい静まりかえっていた。

10数人はいるであろう室内。
だが、そこで動いている人間は2人だけだった。


ポタポタと汗が床に落ちる音と、2人の荒い呼吸音が離れた位置にいても聞こえる程の静寂。
その静寂の理由は、その2人が全身から醸し出す“殺気”だった。

目を血走らせながら、必死に四肢を動かす2人。
その四肢には包帯がしっかりと巻かれている。
どう見てもまだ、リハビリ施設で体を動かせるような状態ではなかった。

制止する声も腕も振り払い、無茶なリハビリを続ける2人。
その2人の脳裏を過ぎる、あの日。
あの日、それは。

―――自分達を立派なハンターに育て上げてくれた師匠達が、命を落としたと告げられた日。

藤本美貴との戦闘で重傷を負った亀井絵里、高橋愛。
一刻も早い回復のためにと養生していた2人はその日、病室のベッドで眠っていた。
後10日もすれば施設でリハビリ療養を行うことも出来るだろう、
医師のその言葉に塞ぎがちだった気分が幾分か楽になったばかりだった。

優しく揺り起こされた2人の目の前に立っていたのは、沈痛な面持ちの紺野あさ美。
その後ろには無表情の中澤裕子が立っていた。

寝ぼけていた頭がすっと覚めていく。
2人から漂う空気は重く、間違っても楽しい話をしに来たわけではないことが伝わってくる。

あさ美の腕に抱えられた物が何であるのかを認識した絵里と愛の顔色は一瞬で青ざめた。
2人の顔色が変わったことに胸を痛めながら、あさ美はまず愛のベッドに近寄る。
愛のベッドに“二本の刀の柄”を置いたあさ美は程なく、反対側の絵里のベッドに向き直った。
あさ美が絵里のベッドへと置いたのは。

なつみが愛用していた大剣の柄と、半壊した“相棒”アイゼンヴォルフ。


言葉を失った2人にあさ美は一言一言ためらうように口を開いていく。

藤本の手によって職を奪われたハンター達の不満は日毎に増す一方だった。
なつみ達はそのハンター達の想いを汲み、自ら旗頭となり藤本へと戦いを挑んだ。
結果、藤本を倒すまでには至らなかったが、藤本は重傷を負い、しばらくの間は行動不能と思われる、と。

無言の2人に、離れた位置から裕子が声をかけた。


『…あいつら、笑っとったで。
幾ら数揃えたって藤本相手じゃ勝てないって分かっとって、死ぬって分かっとって…それでも、笑っとった。
あいつら、こう言っとったで…お前達なら、必ず藤本を倒せるって。
そのためならこの命、惜しくないって、な』


裕子の言葉で、なつみ達が無謀な戦いを挑んだ真の理由を悟る2人。
言葉を失ったままの2人にそれ以上言葉をかけるのはためらわれたのか、裕子達はそのまま部屋を出る。

ドアが閉まる音と共に、噎び泣く2人の声が病室の外へと漏れた。

その次の日から、2人の無茶なリハビリが始まったのだった。
本来ならまだ絶対安静にしていなければならない。
そんな状態にも関わらず2人は医師達の制止を振り切り、朝から晩まで体を動かし続けていた。


全身から立ち上るのは殺気と、寒気を感じずにはいられないほどの気迫。
その場に居合わせた者達は、2人を遠巻きに見つめることしか出来ない。
事情を知る者も、知らぬ者も。


―――指一本まともに動かすことが出来なくなるまで、2人のリハビリは続いた。


     *    *    *


それから数週間の時が過ぎ。
退院許可の下りた2人は、病院を後にする。

タクシー乗り場に着くまで、2人は無言のままだった。
だが、言葉を交わすことはなくても2人の間にある想いはただ一つ。

自分達を生かすために潰えていったなつみ達の仇を討つ。
どんなことがあっても。
刺し違えてでも、藤本美貴を倒す。


「決行日時の詳細は後で知らせるわ。
準備はしっかりな」

「分かってる」


短いやり取りの後、それぞれ違うタクシーに乗り込み別れた2人。
その手には、黒いキャリングケース。


愛の方には圭織の。
そして絵里の方にはなつみと圭の“形見”が入っている。

藤本美貴に敗れてから、たった一ヶ月。
だが、2人にとっては今までの人生で一番長い一ヶ月だった。
その間に一体、どれだけの血が流れたのだろうか。

胸を去来する幾つもの想いに、2人は違う場所で同時に目を伏せる。

田中れいなの姉だという、藤本美貴。
かつてない凶悪なヴァリアントの傷はもう、完全に癒えた頃だろう。

れいな抜きでの勝算があるわけではない、が。

肉体は異なっても姉である存在を手にかけろ、とは強制出来ない。
肉親を失い、育ててくれた師匠達を失ったからこそ、れいなにはよく考えてほしかった。

生半可な覚悟や想いでは、あれを倒すことは到底無理な話だ。
中途半端なものを抱えたまま加勢に来られても、足手まといにしかならないだろう。
生憎、足手まといを守る余裕など欠片ほどもない。

れいなはどうするだろうか。
肉親を手にかけれるだけの覚悟を持って自分達の目の前に現れるのか。
それとも、先程の病室で見た姿が最後になるだろうか。


―――空はまるで、血に染まったかのように赤かった。