(40)310 『パニックデパート』

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初売りと言うには少し遅いが、そのデパートは福袋目当ての買い物客で賑わっていた。
リゾナンターの新垣里沙と亀井絵里も、福袋を求めて長い行列の後尾に並んでいた。
里沙の視界を黒い影が横切る。
目を凝らしてみると、黒覆面に黒い全身タイツを着た十数人の男達が行列の先頭付近にいる。

あの男達はダークネスの戦闘員!!ということは奴らを指揮するために幹部級の能力者もいる筈。
持ち前の鋭い洞察力で状況を判断した里沙は周囲を見回した。
この雑踏の中で戦闘員達を指揮するには、位置関係を把握しやすい高い場所。
今自分たちがいる1階の特別催事会場を見回せるとしたら・・・いた。
エスカレーターで2階に上がった辺りに、明らかに場違いな黒いドレスを着た女の姿が。

本来なら迷惑な筈なのに誰もが触れないのは、彼女が醸し出す闇のオーラに魅せられたのか、
それとも新春早々痛い人間と関わりたくないという一般人の防衛本能か。

あの黒いドレスは間違いなくミティ!!
これはマズいことになったのだ。
ダークネスの中でも弱き者を挫くことでは一二を争う冷酷な氷の魔女が前面に出てきたのだ、血を見ずに収まるとは思えない。
福袋への期待で高揚した空気で満たされている催事会場が、一瞬の内に恐怖の叫びと苦痛の呻きで溢れかねない。

一刻も早くリゾナンターの仲間と連絡を取らなければ。
でも携帯や無線機の電波はきっと遮断されているだろう。
“声”を上げてリゾナントで留守番をしている高橋愛に助けを求めるという手段もあるにはある。
が、もしも結界が張り巡らせていれば、その試みが徒労に終わるだけでなく自分達の存在を感知される危険性がある。
ここは私とカメだけでやるしかない。
悲壮な決意を胸に傍らの亀井絵里に声をかけようとした里沙は愕然とした。


寝ている!!それもブランケットを肩から被って。
一体そのブランケットを何処から持ってきたとか、こんな行列待ちの状況の中で何故立って眠れるとか気にしたら負けだ。
里沙は絵里の肩を静かに揺すった。
心情的には思いっきり強く揺さぶり起して、活を入れてやりたいところだが、あまり強くして素っ頓狂な声を上げられては自分た
ちの存在をダークネスに気づかれてしまうではないか、それだけは避けなければ。
敵に対する唯一のアドバンテージを保つ為の配慮を怠らない自分のことをちょっぴり誇らしく思う里沙だったが、そんな感情も次の
瞬間掻き消されてしまった。

熟睡してる!! こいつ熟睡してやがる。
しっかりと鼾をかきご丁寧に涎まで垂らしながら。
こいつの頭の中はいったいどういう構造になっているのかと思いながら、やや強めに肩を揺さぶる。
「ねえ、カメ起きてよ。 お願いだから」
絵里の耳元に囁きながら、起こそうと試みたものの一向に起きる気配が無いのに業を煮やした里沙はつい全力で揺さぶってしまった。
絵里の首がまるで張り子の虎の様にカックンカックンと揺れる。  今年は寅年だけに縁起がいいのだ。
そして流石に絵里も目を覚ましたようだ。

「うーん、ガキさん。 私たちのいる世界は一万年間生きている亀の夢ってこと知ってますぅ?だから亀を起こすときは優しくし
てあげないとこの世界が壊れてしま・・」
「何その不思議ちゃん設定、その内エリン星に住んでるとか言い出すんじゃないの。 第一あんた一万年も生きてないでしょう」
「あれっ、あれっ」と首を傾げている絵里に「お早う、目が覚めた」と優しく話しかける里沙。
「ダークネスが現れたんだ、力を貸して」


まだ目覚めで頭の回転がハッキリしないのか、グズグズ言いながらも一応状況は把握したらしい。
「でもダークネスは一体何のためにこんなしみったれたデパートに現れたんですかねえ」
自分の行きつけのデパートをしみったれていると言われたことに反発を覚えた里沙は、思わず反論する。
「何言ってんのよ。 この品茶房百貨店は明治初期に創立された由緒正しい…」
「百貨店というよりは百均に近い規模ですけどね」


何て心の貧しい人間なんだろう、物事の本質を大きい小さいでしか判断できないなんて、私はあんたをそんな風に育てた覚えはな
いとか、いやそもそも私はあんたの親じゃなかったしとかそんなことを思うようになったら負けだ。
ピンチャボーカードの還元率の素晴らしさや、お正月特別セールで品物を購入すれば、通常の倍のポイントが還元されるニューイヤー
アップアップセールの利点を煌々と論じ出した里沙を制するように絵里は言った。
「いやだからそういう意味じゃなくて、ダークネスはどんな目的でこのス・・デパートに現れたのかってことですよ」
明らかにスーパーと言いかけたことは見逃すことにした、何たって緊急事態なのだ。

「そんなこと福袋の売り上げ金の強奪目的に決まってるでしょ」 
普通に起きているときでも頭の回転がぽけぽけなのに、寝ぼけている所為でぼけぼけになってしまったのだろうか、まったく。

「だってぇ、8888円の福袋を300売ったって、えーと、えーと、あれ?いくらになるんでしたっけ。
 いくらになったってあれだけの戦闘員を動かすにしては少額だと思うんだけど」

これはマズイことになったのだ。
まさかこのどん亀が福袋の定価を性格に把握しているとは。
品茶房百貨店の開運福袋の売値は8888円、それを愛やれいなには10000円と偽ってその差額を着服しようと企んでいた里沙は
その目論見が外れてしまったことを認めざるを得なかった。
このままでは仲間から金を騙し取るセコイ奴と思われてしまうではないか。
もしもれいなにバレたら勝ち誇ったようにこう言われてしまうだろう。

「胸の貧しい人間は考えることも貧しいっちゃね」

イヤだ、そんな事態だけは絶対避けなければならない。
大体何でれいなに、よりによってれいなにそんなことを言われなければならないのだ。
いやリンリンや愛佳に言われるのもそれはそれで傷つくが、それはそれでよしとしようではないか。
だが、れいなは、れいなにだけは言われたくない。
っていうか何であんた博多弁? 方言キャラ?
福岡生まれっていう設定だったかしら、ふーん田中博士って何処で研究してたのかしら。
里沙の思いは果てしなく巡る。


もしも愛にばれたら。
そう考えるとゾクッとする。
自分の裏切りを一度は許してくれた愛をまた裏切ってしまう。
ええ、何この背徳感。
ちょっと良いんじゃない。
裏切られたことを知った愛は、泣き崩れてしまうだろうか。
「里沙ちゃん、あーしは信じてたのに…」
それ、いいかも。
でも逆に責められるパターンもありかも。
愛の部屋に連れ込まれて、鍵を閉められる。
「里沙ちゃん、どういうことなんやざ。 あーしを裏切った代償は里沙ちゃんの身体で支払ってもらうがし」
そういってベッドに押し倒されて、愛の唇が、指先が、熱い吐息が…
一夜明けた私は小鳥の囀りで目を覚ます、それも愛の腕の中で…ぐ、ふ、ふ

「グ・フ・フ・フ」 って痛い!!
妄想から覚めた里沙は自分が絵里に平手打ちを食らったことを知る。
「ちょっと、ガキさんしっかりしてくださいよ、大丈夫ですか。 涎が出てますよ、これで拭ってくださいよ」

oh、いったい何てこった。 亀にしっかりしてって言われるなんて。
この世に生まれてこれほどの屈辱を味わったことがあるだろうか。
いや、ナイ!!と言い切れる、が、ここはひとまず亀に従っておいて、それから主導権を取り戻すことにしよう。

「はは、ありがとうね」 鷹揚に言うと亀の差し出したモノで口元を拭う里沙。

ウッ! 濡れてる。 もしやこれは…

「キャー、間接キスですよ。 」 ウリウリと身をくねらす絵里。

これは亀が被っていたブランケット、ということはこの濡れているのは亀の垂らしてたよ、だ…


「ゲェーッ」 喉の奥からこみ上げて来るものをブランケットにぶちまけそうになるのを踏みとどまる里沙。
その必死の努力もあって出かけてくる前にリゾナントで振舞われたモーニングセットを戻すという事態は避けられた。
「もどしたら勿体ないのだ」
人前で醜態を晒さずに済んだことよりも、一度腹の中に収めたものを出さずに済んだことを喜ぶ経済観念に秀で地球に優しい里沙だった。
自分と絵里の涎を拭ったブランケットをクルクルと丸めたところで、熱い視線を感じる。

弱ったなあ。 美しいっていうのは罪なのだ。 
でもあたしには愛ちゃんという人がいるからこの視線に応えるわけにはいかない。
あ、でもちょっとお茶するくらいならイイかな。 愛ちゃんだってずぅーーっと私一筋ってわけじゃないだろうし。
ウキウキしながら自分に視線を注ぐ人間の方に振り返った里沙が見たのは、険しい顔をした警備員の姿だった。
その手には「大特価! 高級ブランケット 888円」と書かれた値札が。

「おっ、おえ。 いやこれはですねえ、そのあのこのぼの私の連れがですねえ、 ねえカメちょっと…」
傍らにいるはずの絵里に呼びかけようとした里沙は信じられない光景を目にする。
それは私は何の関係もありませんよと態度で物語っているかのような絵里の姿だった。
何とか自分のほうを振り向かせようと腕を掴んでも頑なに振り払う絵里。
ここはあたし一人で切り抜けるしかない。

「…すいません、急に気分が悪くなったもので、ええ、勿論買い取らせていただきますとも、ハィぃぃぃぃぃ」

はぁ~っ、痛いのだ、予定外の出費なのだ。 
正義の味方も楽じゃないのだ。軽くなったがま口の財布を仕舞いながらボヤく里沙。
あぁーぁ、これで今日の夕食はお湯にポン酢しょうゆを3滴垂らしたものに決定なのだ。
でもここで事を荒立ててダークネスに警戒されるのも極めてマズい。
とりあえず穏便に済ませておいて代金はカメと割り勘にしよう、っていうか全額カメの負担で良くね。
そうなればお湯に垂らすポン酢しょうゆの量も5滴に増やせるというものだ。
いや贅沢してラー油だって垂らせるかもしれない。
警備員から解放された里沙は絵里と代金割り勘について交渉しようとしたが、その意図は絵里の一言で木っ端微塵に砕かれた。


「戦闘員達が動き出しますよ」

ちっ、元はと言えばあいつらがいけないのだ。
あいつらが今日この品茶房百貨店に現れなければ、私は福袋の代金の差額を懐に入れてぬくぬくとした週末を過ごせたというのに。
怒りのボルテージはマックスに達し、怒髪ならぬ怒眉毛は天を突こうとしていた。
一体あの人間の屑どもをどうしてくれようか。
マインドコントロールで操って、黒タイツを脱がし合う集団羞恥プレイから真冬の寒中水泳に至る数々のお仕置きプレイに思いを馳せる
里沙の希望的観測は、戦闘員達の動きで無惨にも崩壊した。

えっ、ちゃんとお金を払ってる。
そう十数人の戦闘員が代金を払って福袋を購入しているのだ。
しかも一人で二つを購入しようとした戦闘員は、店員の注意でちゃんと福袋を戻している。

こ、これは…

「やっぱり、売上金の強奪目的じゃなかったみたいですね」

やばい、このままじゃサブリーダーの沽券に関わるのだ。
何とかして奴らの不可解な行動の目的を推測して、その対策を迅速に練らねば。
両手の人差し指を舐めて自分の唾液で湿らすと、こめかみに押し当てる。
そして座禅を組むと思案した。

ぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽく、ぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽく。
ぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽく、ぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽく。ちーん。

閃いた!!


「わかったわ、カメ。 奴等の狙いはこのデパートの売上金じゃなく福袋にあったのよ。 といっても勿論福袋自体が目的じゃない。
その中に紛れ込んだでいるダークネスの極秘情報が収められたマイクロフィルムが目的なのよ」

「ええっ、でも何でそんなものがこんなスーパーの福袋に紛れ込んだの」 疑わしそうな口調で絵里が尋ねる。
「…それは…名も無きスパイの活躍によるものよ。」
「名も無きスパイ?」
「そう、彼は元々警察の第一線で活躍していた敏腕の刑事だったの。 
ある時ダークネスが関わった事件の担当になったことが彼の人生を変えてしまったの」
「ちょ、ガキさん」 いきなり何を言い出すんだという表情で里沙の上着の袖を引っ張る絵里。
「何するのよ、放しなさいよ。 いい? 彼はその事件の背後に巨大な組織が存在することを掴んだ。
 でも警察の上層部は捜査の中止を彼に命じたの。 その組織ダークネスは政財界のトップにも侵食していたの。
 でも彼はその命令に応じなかった。 持ち前の正義感がそれを許さなかったの。
 結局彼は捜査から外されてしまった。 彼は警察を辞めてでも事件の真相に迫ろうとした、でも出来なかった」
「お~い、もしもし、ガキさんの脳味噌。 私の声が聞こえてますか?」
「彼の奥さんが子供を産んだばかりだから。 自分の幸せのために正義を貫くことが出来なかった彼はほろ苦いもののを覚えながら
 警察に留まることにした。 捜査ファイルを自分のデスクの奥底に放り込んで。 でもでも…組織は自分たちに迫った彼を許しはしなかった。
 彼の奥さんが赤ん坊と一緒に病院を退院する時、彼は車で迎えに行った。 支払いを済ませて車に奥さんと子供を乗せた時、奥さんが忘れ物をしたことに気づいたの。 
 産後間もない奥さんの替わりに忘れ物を取りに行き、駐車場に戻った彼が見たものは爆発炎上した自分の車だった。 かくて復讐の鬼と化した彼は名を捨てスパイとなり組織に潜入して、痛っ!!何すんのカメ」
「このクソ眉毛、お前の妄想に付き合ってる暇は無いんだよ、さっさと行って片付けるぞ」
「ハイ」 絵里の豪快な踵落としを喰らってしまった。

福袋を手にした戦闘員たちはエスカレーターを使って上っていく、それも走らず、端に立つことなく。 「ふーん、マナーを守るんだ」
階段を使って2階にのぼり、状況を観察することにした里沙と絵里。
2人がそこで見たものは…



福袋を開けて中身を吟味するミティの姿だった。  ご丁寧にショールを肩に当てたりして似合うかどうかを確かめている。
ミティに福袋を渡した戦闘員たちは再び1階に降りると行列の後尾に並びなおす。 

「ふーん、ちゃんと並ぶんだ、エライね」
「でもお一人様につき一袋っていう決まりですから、あの人たち並び損なんじゃないんですか」
「うーん、でも覆面で顔が見えないからお店の人も売っちゃうんじゃないかな」
「アハハ、そうかもですねぇ」
「でも遠目に見る限りじゃあの福袋の中身は少しババくさいよね」
「確かに私たちにはちょっとねえ。 まあミティにはお似合いでしょうけど」
「福袋はやめにして外で何か美味しいケーキでも買って帰った方が皆喜ぶんじゃないの」
「そうですねえ」

神は乗り越えられない試練しか与えない、とは良く言ったものだ。
色々あったけど絵里の関心を福袋から逸らすことが出来たのだ。
これで仲間から金を騙し取ろうとする守銭奴のサブリーダーという汚名からは逃れることが出来た。
こいつは春から縁起が良いのだ。
品茶房百貨店を後にしながら里沙は思う。
これからどのケーキ屋に絵里を誘導して、そこで釣銭をガメてやろうかと。