(41)030 『温風(はるかぜ)』

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「おっきなおなかですねぇ。何ヶ月ですか?」

びっくりした。隣に座ってくるなり話し掛けてくるんだから

「あ、7ヶ月です…」
「そうなんですかぁ。おいくつなんですか?」
「21です」
「ええぇ~、絵里と同じじゃないですかぁ。大人っぽ~い!」

こっちだって同い年だなんて思わなかった。髪がプリンみたいに根元が黒くなって、見るからに適当な感じなのに。

「もぉ~、せっかく新しい命が宿ってるんだからそんなに難しい顔しないで、でないとさいきょう?じゃないや、あいきょう?なんだっけ、とにかくそーゆーのに良くないですよぉ」
「胎教ですね」
「そう!それそれぇ~!」

「…赤ちゃんが産まれること、お父さんがまだ許してくれてないんです。それでまだ結婚もしてなくて…」

初対面の人に何をべらべらと話しちゃってるんだろう。でもどうしてだろう、自然と引き出されちゃう

「シングルマザーっていうやつですか。カッコいい~!」
「格好良くなんかないですよ、お母さんには応援してもらってるんですけど、もう早く結婚を決めないと赤ちゃんの為にも良くないし…」
「お母さんが応援してくれる彼はどんな人なんですかぁ?」
「まだ学生なんです。3月に卒業なんですけど、それでまだ仕事に就いてなくて。それにお父さんがいなくてお母さん一人だけで育ったんで、その事も理由にお父さんは許してくれなくて…」
「うーん、それはちょっとひどいですねぇ。でもお父さんも本当は応援してあげたくてきっかけを探してるんだと思いますよ」

―――ピンポーン、347番の番号札をお持ちの方、5番窓口までお越し下さい―――

「あっ、絵里ちょっと行ってきますねぇ」



「それでは、隣同士で二人一組になって心のカードを交換し合って話してみましょう」
「こんにちは、道重さゆみといいます」
「あ、こんにちは…」
「へぇ~!赤ちゃんが産まれるんですか、おめでとうございます~。でもなんでそれが悩みなんですか?」
「僕らまだ結婚してなくて…」
「あら~、という事はできちゃった結婚ですね?」
「ええまあ、そうなっちゃうんですけど、でも彼女のお父さんが許してくれなくて…」
「彼女も学生さんなんですか?」
「いや、彼女は短大を卒業してて。バイト先で知り合ったんですけど…」

講義の一環とはいえ、初めて会話する人になんでこんなに色々と話しちゃうんだろう。
でも何故か、不思議と話したくなる安心感がある…


「お待たせぇ~」

恥ずかしいからこっちに駆け寄りながら手なんて振らないでよ、思わず笑っちゃった。

「そうですよ、その笑顔ですよ!」

―――ピンポーン、551番の番号札をお持ちの方、2番窓口までお越し下さい―――

「じゃあ私行って来ます」
「行ってらっしゃあ~い」

また手を振っちゃって。でもこのノンキさをちょっとは見習ってもいいかも。

「あらどうしたの?珍しく笑顔じゃない、何かイイ事あった?」
「ええ、まあそんな所ですね」
「はい、今回の診察料はこちらね、お大事に」
「さよなら~」

思い切って手を振ってみた。一瞬驚いたような顔をされたけど、すぐに笑顔で振り返してくれた。
いいかもしんない、こーゆーの。

「絵里ね、今考えてたんですけど、お父さんもみんな応援してくれてさっきみたいな難しい顔はもうしないようにするおまじないをしてあげましょう!」

おまじない!?この子はどこまでマイペースなんだろう…。でもこの子と一緒にいるといつの間にか笑顔になれて、この子の友達がうらやましいな。


「それではもうすぐ時間です。次回の人権学習はビデオを見てそれについて考えてみましょう」
「あーっ!ごめんなさーい、どんどん聞き出しちゃってさゆみの事は何も話してなかったー!」
「いえ、僕の方こそすっかり相談にのってもらっちゃって…。でも道重さんと一緒にいる友達はいつも楽しいんだろーなぁ」
「えっ、どうしてですか?」
「なんだか癒やされるんですよね…。ケンカなんかしないんだろなぁ」
「…そうですね、大切な仲間なんで。平和が一番です。なんでも前向きにいかなきゃ、せっかく応援してくれる人もついてきてくれませんよ。よし、悩みが吹き飛んじゃうおまじないをさゆみがしちゃいましょう!!」


「「いたいのいたいの、飛んでけぇ~~!!」」


体のまわりを、風が吹き抜けた気がした。
室内なのに、外は寒いのに、温かくて癒やされるような風が。


~♪
「もしもし絵里ー?」
『さゆー?今終わったよー』
「ホントー?こっちも今終わったとこー」
『マジで~?じゃあこれから一緒に行かなーい?』
「うん!行こ行こー。じゃあまた後でねー」
『バイバーイ』

「それじゃあさゆみお先に失礼します。彼女と赤ちゃん、大切にして下さいね!」
「あっ…なんか今日はありがとうございました」
「いえいえ、笑顔が戻ってさゆみも嬉しいです。じゃあまたどこかで…」
「…あっ、自分のカード置いてっちゃってる。まあいっか、また使っもんじゃないし」

心のカード 道重さゆみ
最近、悩みはないですか? 本当の平和って、いつやってくるんだろう?私が本当にすべきことは何だろう?


「ねー聞いてー。今日絵里ね、いいことしたんだよ~」
「そうなの?実はさゆみも、いいことしたの~」
「ほんと~?ウヘヘヘ」
「うふふふ。じゃあリゾナントにあったまりに行くとしますか!」
「さんせーい!」

二人が手を握って歩き出したその時、温かい風がまた吹き抜けた。
みんなが手をつないで、支え合って、愛し合って、平和になりますように。


「今日はどうだった?」
「うん、経過は順調だって。うふふ」
「どしたの?なんか嬉しい事あった?」
「うーん、嬉しい事っていうかねー、今日病院でね…」