(42)423 『退屈を嫌う空間支配者-The Spatial master-』

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ぼーっと見上げた先には、銀色の満月。
浮浪者だって寄りつきたがらない使われなくなった病院から見上げた月は、まるで死神のように見えた。
身を切るような冷たい風だけでも凌げればと忍び込んだけれど、正直、ちょっと怖いかも。
別に、死後の世界とか幽霊だとかそんなもの信じていないんだけどね。

「あー、なくなっちゃった…」

「飲み過ぎなんだよ、圭ちゃんは」

少し離れた床に座り込んでいた彼女に、あたしは冷たい視線を向ける。
空になった瓶を逆さまにして振ってる姿は正直、その辺の浮浪者と大差なく見えるから困る、これでもあたしの“師匠”なのに。

彼女はコートのポケットを探っている。
多分、いや、絶対に…手元に幾らお金があるか確認しているに違いない。
足がつく可能性があるからと、街で稼いできたお金以外を持たない圭ちゃん。
壊れた機械もあっという間に新品同様に直してしまう、その技術のおかげでお金はそれなりにあるはずなんだけど。
その殆どを酒代にしてしまわなければ、いつも綺麗なホテルで快適に夜を過ごせるのにねぇ。

「ごとー、悪いんだけどこれでお酒買ってきて」

数枚の紙幣をあたしの手に置いて、圭ちゃんは再び座り込む。
お酒は飲みたい、だけど…寒い中を出歩きたくはないらしい。
酒代にしてはちょっと多いなと思いながら歩き出したあたしの背中に、圭ちゃんの声が届く。
余りはお駄賃だって…あたし、これでも一応成人してるんだけどなぁ。


夜になってまだ間もないせいか、まだまだ活気に溢れている街をすり抜けるように歩いて行く。
圭ちゃんのおかげで、揃えのいい酒屋の場所だけはしっかり憶えているのが何とも言えない感じだけど。


街の外れに近い小さな酒屋のドアをくぐると、お馴染みになりつつある光景が目に飛び込んでくる。
狭い店内に所狭しと置かれた棚の前に、何人もの客が並んでいた。

この店は普通の酒屋じゃ扱っていないようなマイナーな銘柄や、高級酒も取り扱っているのが売りだ。
あたしはお酒には大して興味がないから何とも思わないけれど、圭ちゃんみたいな酒好きからしたら天国のような場所だろう。

迷うことなく目的の棚の前に立ったあたしは、商品を手に取ってカウンターまで行く。

「…今日はこれかい。
綺麗な顔してお嬢ちゃん、なかなかの酒飲みだねぇ」

「ただのお使いだよ、あたしそんなにお酒強くないし」

この国の言葉は、簡単なコミュニケーションがとれる程度にしか話せない。
これ以上話が続くとめんどくさいから、愛想笑いと共に会計を済ませて店を出る。
毎日来てくれるからと、酒屋のオヤジさんは少しだけ代金をまけてくれた。
おかげで、予想外にお金が残ったけど…どうしようかな。

街をぷらぷらと歩きながら、ちょっと多くなったお駄賃の使い道を考えるのは結構楽しかった。
ちょっとした物なら買えるけど、何を買おうか。

この、迷ってる瞬間が楽しい。
何か買ってもいいし、何も買わないで貯めててもいい。
そう思いながら歩いていたあたしの目に留まったのは、閉店間際の花屋だった。


花、かぁ。
そう思いながら、あたしはとりあえず近寄ってみる。
色とりどりの花はどれも綺麗で、悪い気分にはならないものだ。

別に、花を愛でる趣味はない。
綺麗だなと思うけど、でもそれだけだ。
自分で育ててみようとか、どこかに飾ろうとか。
そんなこと考えたこともないし、これからもきっとないんだろうな。

微笑みかけてくる店員に愛想笑いを返しながら、あたしはそのまま店を立ち去ろうと踵を返しかけた、その時だった。

ふいに、店の脇に置かれていた鉢植えの花に目が留まる。

何だろう、何かどっかで見た記憶があるんだけど、どこでだろう?
その花を見つめながら、あたしは記憶を辿っていく。

ああ、分かった。
全てを思い出したあたしは、店員に声をかけた。
手持ちのお金ちょうどで買えてラッキーだなぁと思いながら、あたしは店を出る。

―――物言いたげな店員の視線が鬱陶しかった。


     *    *    *


「ごとー、まさか、その花あたしにっていうんじゃないでしょうね」

「違うよー、これは圭ちゃんにあげるもんじゃないから」

あからさまに顔をしかめた圭ちゃんに、酒瓶を手渡して。
あたしは鉢植えの花を一旦床に置く。


この花を見て顔しかめるなんて、圭ちゃんは花言葉にも詳しいんだなぁ、さすがあたしの師匠。
酔いが醒めたなんて言いながら再び酒を飲み出した圭ちゃんを横目に、あたしはため息をついた。

―――すぐ側に、いる。

もうそろそろこの街から出て行こうと思っていた矢先だったのに、もう嗅ぎつけてきたのかぁ。
極力目立たないようにしてたはずなんだけど、どこから情報が漏れたんだろ。
…ひょっとしたら、揃えがいいからって毎日同じ酒屋を利用してたのがまずかったのかもしれないなぁ。

油断してたといえばしてた、どうせあっちがこっちに放つ“追っ手”の数は殆ど残っていないだろう、って。
しばらくは刺激のない、“平和-タイクツ-”な日々を過ごしせそうだと思ってたんだけどな。

―――めんどくさいなぁ、どうせ、あたし達に勝てるレベルの能力者じゃないんでしょ?

“結界”が展開されたのを感じながら、あたしは力が放たれている方向へと歩き出す。

「またお客さん?」

「…今回はあたしに用があるみたい。
圭ちゃんはそこでのんびりしてていいよー」

そう言い残して、あたしは表へと出た。
結界のおかげで寒さは感じないなぁと思いながら、あたしはその場に立ち止まる。

十数メートルくらい離れたところに立つ女性。
全身を黒のレザーでまとめたセンスが、いかにも彼女らしいなと笑いたくなる。

笑いを堪えながら、あたしは彼女に話しかける。


「梨華ちゃん、久しぶり。
相変わらず元気そうで何よりだよー」

「…気安く話しかけないでください。
あの頃とはもう、立場が違うんですから」

「つれないなぁ、幼なじみじゃん、ごとー達」

「そうですね、でも…今はもうあの頃の私達じゃないんです―――真希様」

敬語を崩すことなく、鋭い視線を向けてくる梨華ちゃん。
あたしのペースにのせられないようにあえて敬語で押し通しているんだろう、無理してるのが見え見えでちょっと笑いたくなる。

強い能力者同士の戦いにおいて、冷静さは能力以上に重要。
相手にのせられ熱くなるようじゃ、勝てる勝負の行方ですら見えなくなりかねない。

―――“組織”に両手の数くらいしかいない“審判者”、その階級に就くだけのことはあるんだねぇ…昔はすぐに怒ってばっかりだったのに。

感傷に浸ってる場合じゃない、か。
この間圭ちゃんのところに来た“魔女”にも劣らない強烈な力を放っている梨華ちゃん。
なめてたら足下掬われかねない、少なくとも梨華ちゃんはそれだけの可能性を持っている。

ああ、でも、何でだろ。

あたし、すっごいワクワクしてる。
久々にそれなりの相手と命を賭けて戦える、それがたまらなく楽しい。

自然と口元に笑みが浮かぶのを自覚したのと、梨華ちゃんの目つきが鋭くなったのは殆ど同時。


「総統から、連れ戻せるのであれば多少怪我をさせても構わない、そう言われています。
…お願い、ごっちん…一緒に、組織に戻って?」

逆にペースを掴もうと、昔のように話しかけてくる梨華ちゃん。
やるなぁ、あたしの情に訴えかけてくるなんて。

でも、バカだなぁ、梨華ちゃん。
あたし、そういう泣き落としが効くような、心優しい人間じゃないの。

―――ねぇ、あたしを誰だと思ってるの?

「幾ら幼なじみのお願いでも、それはきけないなぁ。
あたしの生き方はあたしが決める、帰って“総統-パパ-”にそう伝えてくれる?」

「交渉決裂かぁ、仕方ない…殺さない程度に痛めつけてあげる」

その言葉と共に、梨華ちゃんは一気に距離を詰めてきた。
さすがにその辺の雑魚とは比べものにならない、けど、この程度なら。
そう思った瞬間、梨華ちゃんの拳があたしの頬を掠める。

バックステップで梨華ちゃんから距離を取りながら、あたしは梨華ちゃんを観察する。

今の不自然な“伸び”は何?
後一歩踏み込めば手の届く位置、そこから、梨華ちゃんはあり得ない加速を見せた。

梨華ちゃんの保有能力は、確か―――。

「戦いの最中にぼーっとするなんて、あたしも随分舐められてるなぁ」

戦いが始まったというのに暢気に動きを止めていたあたしに、分かりやすいくらい苛立ちを見せる梨華ちゃん。
再び距離を詰めてくる。


不自然な伸びの理由を考えつづけていたあたしは、振り上げられた拳を正面からまともに食らう。
体が宙を舞う感覚。
程なく、あたしの体は地面に転がった。

口の中に広がる血の味と、全身に広がる鈍い痛み。
あたしはゆっくりと体を起こして、梨華ちゃんの方を見て笑う。
笑い方が気に障ったのだろう。
露骨に顔をしかめている梨華ちゃんを、あたしは態度だけじゃなく、言葉でも挑発することにする。

「…今ので見切ったから、もう一発も当てさせないよ。
それにしても、審判者の選定基準、ごとーがいた頃より甘くなってるのかなぁ?
それとも、梨華ちゃんでもなれるくらい人手不足ってことか」

「っ、馬鹿にしないでよ!!!」

あっさりとキレた梨華ちゃんは、狂ったように拳を繰り出し続ける。
冷静さを欠いた力まかせの攻撃は、当たればかなりのダメージを負いかねないけれど…それは、当たればの話。
あの不自然な伸びの正体が分かってしまった今、例え梨華ちゃんが冷静であっても全ての攻撃を避ける自信がある。

梨華ちゃんの保有能力の1つ。
“鋼質化-アシエレーション-”、自分の肉体の一部を鋼化する能力…これが、あの不自然な伸びの正体だ。
踏み込む一瞬だけ、両足を鋼化しバネのように弾性を持たせる。
その結果、通常の踏み込みでは考えられない伸びが攻撃に生まれたんだろう。

そこまで分かれば、十分過ぎるくらいだ。
後は、鋼化するタイミングの問題だけど…独特の伸びに変化を持たせるような冷静さなんて、今の梨華ちゃんにはない。
鋼化のタイミングを相手に読めないようにランダムに出来れば、全ての攻撃を避け切るのは一級の能力者でも難しいんだろうけど。

何か、つまんなくなっちゃったなぁ。
下手に呷らないで、もうちょっと遊んでればよかった。
避け続けるのにも飽きたし、そろそろ終わらせようか。


「っ当たれぇぇええええ!!!」

叫び声と共に梨華ちゃんの拳が伸びてくる。
鋭い針状に鋼化させた拳、当たれば間違いなく肉を貫き、骨を砕いて…内臓にまで達するだろう。
下手したら、この体を突き破るかもしれない。
そう思いながら、あたしはその場から動かなかった。

梨華ちゃんの目が大きく見開かれる。

あたしの腹部目がけて繰り出された拳。
それは、確かにあたしの体を貫くだけの勢いがあった。
避けようとしないあたしに、梨華ちゃんは自分の勝利を信じて疑わなかっただろう。

貫くはずだったその拳は、あたしの体に“吸い込まれる”。
正確には、あたしが腹部の前に展開した“亜空間”にだけど。

「…な、に…」

「…やめておけばよかったのにね。
梨華ちゃんは強いけど、でも、ごとーには絶対に勝てない。
ごとーの能力は“空間支配-スペイシャルマスター”。
どんな攻撃も、ごとーに届く前に全部別の亜空間へと転移させることが出来る。
物理攻撃も、超能力攻撃も…ごとーに向けられた攻撃は殆ど無効化出来るんだよね。
先に見せちゃうと攻略されやすいけど、後出しならまず負けたことはないんだ。
…んじゃ、梨華ちゃん…さよなら」

言葉と共に、あたしは開いていた亜空間を閉じる。
腕を綺麗に切り取られた梨華ちゃんの叫び声が、辺りに響き渡った。

混乱する梨華ちゃんの体を、あたしは迷うことなく切り取っていく。
多分、痛くはないだろうけど…見てて気持ちのいい光景ではないかなぁ。


本当、梨華ちゃん…馬鹿だよね。
あたしの“本当”の能力が何なのか知らないくせに、ほいほい命令引き受けてきちゃったりして。
まぁ、知ってたとしても…梨華ちゃんじゃあたしを連れ戻すなんて出来なかったと思うけど。

最後に梨華ちゃんの首を何処かの亜空間へと切り飛ばしたあたしは、後ろを振り返る。
物言いたげな表情を浮かべた圭ちゃんに、とりあえずにっこり笑ってみた。

「まさか、あんたが総統の娘だったとはねぇ…。
前々からただ者じゃないとは思ってたけどさ」

「あはは、今じゃただの家出娘だよ。
組織とかどうなろうと知ったことじゃないし、興味もない」

「…ふーん、で、あんたこれからどうするの?
まだあたしの後くっついてくるつもり?」

「んー、まぁ、それはそのうち話すよ。
じゃ、あたし、ちょっと届け物してくるから」

強引に話を打ち切って、あたしは病院内へと戻る。
壊れた窓から差し込む月明かりに照らされた、鉢植えの花。

それを片手に抱えたあたしは空いた手で空間に“切れ目”を入れて、足を踏み入れた。

踏み入れた亜空間、そこにいるのは…以前、圭ちゃんの元を訪ねてきた“氷の魔女”。
未だに時の牢獄に繋がれたままの魔女の足下へと、あたしはそっと鉢植えの花を置いた。

白く可憐な花が風もないのに微かに揺れたように見えて、あたしは思わず微笑んでしまう。


―――スノードロップ。

以前、この魔女に触れた時に読み取った記憶、その片隅にこの花があったのだ。
この花を自分の思い人に見立て、大切に育てていた彼女。

スノードロップの花言葉は“恋の最初のまなざし”、“恋の最初のためいき”、そして―――“希望”。
こんな素敵な花言葉を持つ花だけど、でも、それを人に贈ってはいけないんだよね。

贈ってはいけない理由、それは。
この花に隠された、もう一つの花言葉にある。

「あなたが再び“希望”に巡り会えるように“あなたの死を望みます”。
―――なーんてね」

ちょっと格好つけすぎたかなぁなんて思いながら、あたしは再び元の空間へと戻る道を切り開く。
もう、この魔女の元に来ることもない。
そもそも花屋で偶然この花を見かけなかったら、彼女のことなんて思い出しもしなかっただろうなぁ。
らしくないことしたなぁなんて思いながら、あたしは振り返ることなく亜空間から立ち去る。

「うーん、やっぱりこの味よねぇ…。
五臓六腑に染み渡るわぁ」

亜空間から戻ったら、案の定圭ちゃんは地べたに座り込んでお酒を飲んでいた。
さっきのことなんか最初からなかったみたいに振る舞う圭ちゃんに、心の中で感謝しながら。
あたしは無駄だと思いつつも、口を開く。


「圭ちゃん、一口ちょーだい」

「絶対やだ、てか、あんたにはお駄賃あげたでしょ。
それで安酒でも買ってらっしゃい」

「圭ちゃんのケチー、わざわざ買いに行ってきたのごとーなのにー、っていうかもうどこも閉まってるよー」

恨めしそうに見られるのが嫌なのか、圭ちゃんは顔をしかめながらも瓶の蓋に中身を注いでくれた。

組織にいた頃じゃ、まず飲むことはなかった安酒。
香りも口当たりもお世辞にも美味しいとは言えないけど。
それでも、何故だか体の中に染み渡るような、不思議な味わいだった。

「あんたみたいなお子様じゃ、ウイスキーはまだまだ似合わないわね」

そう言って笑う圭ちゃんに、あたしも自然と微笑み返す。

まだ、全てを打ち明けるわけにはいかないけど。
組織を抜けてきた理由、何故一緒に旅をするのか。
きっとそう遠くない未来、あたしは圭ちゃんに全てを話す。

その時はきっと。


―――高鳴る鼓動に苦笑しながら、あたしはウイスキーを飲み干した。