(26)388 『黒い羊(3)』

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「みんなを集めなきゃ…。このままじゃ…」
愛がふらふらと立ち上がる。

「みんなに… “見せる”んですか…?」
愛佳が訊く。

「…うん…。見せた方がいい…、よね?」
「…わかりません… 愛佳は… もう2度と見たくありません…」

「わかった…。あーしが見せるよ… 愛佳は一緒にいて…」

愛はメンバーをさゆみと絵里のツインルームに集めた。みなが思い思いにベッドの上やソファに座る。
愛佳は部屋の端の小さな椅子に座り、虚ろな眼差しでじっと床の一点を見ていた。

理由もわからずに集められたメンバーたちだったが、蒼ざめた愛の表情と、凍りついてしまったような愛佳の様子に、あきらかな異常を感じ取り、皆押し黙ったまま愛の言葉を待っていた。

「…みんな…、落ち着いて聞いて…」
静まりかえった部屋に、震えを帯びた愛の声が響く。
「愛佳が…、『未来』のビジョンを見たの…。…とても恐ろしい『未来』…」

「これからそのビジョンを直接みんなの『精神』へ送り込む…、でも、これだけは忘れんで…、未来は変えられる…! これから見せる『未来』は…それを変える為に見るの…」


しかし…、愛が予知のビジョンをみんなの精神へ送り込み始めると、最初の愛とれいなが飛ばされた場面で、早くも皆から悲鳴が上がる。
そしてさゆみは絵里と自身の死の場面に絶叫してパニックに陥り、号泣しはじめる。それを抱きしめる絵里の眼もまた、茫然と見開かれていた。

愛もまた泣きじゃくるさゆみの手を握りながら、全員にビジョンを送り続ける。

…そして…、ビジョンが暗転したとき、メンバー全員がその場に身動きもできずに凍りついていた。音を失った部屋に、さゆみのすすり泣きだけが響く。

「…愛ちゃん…、どうして…? …どうして…こんなことに…?」
れいなが声を絞り出す。
「…死んじゃうの…? …さゆも、絵里も…、みんな死んじゃうの…?」
さゆみがしゃくりあげながら言う。
「…それは違っ…」
愛が答えようとするところへ、ジュンジュンがすごい剣幕で問い掛けてくる。
「高橋サン!何者ダ!?アイツハ!?」

「『アイツ』は…、後藤真希…。 …あたしやれいなの、憧れの先輩やった…」
愛が答える。
「でも、今は… 恐ろしい、本当に恐ろしい『敵』や…」

「…何回かあーしとれいなは戦ったこともあるし、だいぶ昔にはガキさんが重傷を負わされた事もある…。」
「でも、今にして思えば、あれはただの警告だったのかもしれん…。今回の件で…『アイツ』が本当に恐ろしい『敵』だと言うことがわかった…」

「…ア、ア、ア、ア~ッ!!」
れいなが声を上げると、バスルームに飛び込む。
「アアアアア~ッ!!」
れいなの絶叫と水音が響く。愛は身じろぎもせずに前を見つめていた。


「愛ちゃん…。どうすると?」
愛が振り返ると、服のまま頭から水を浴びたれいなが、髪から水を滴らせながら立っていた。

「…こんな未来は絶対に…、絶対に避けなきゃいかん…。今回のロス市警の依頼は、ビル破壊テロの調査…。ヤツに関する事件の可能性が高い…」
「ロス市警や、野沢刑事には申し訳ないけど、捜査協力は断る。できるだけ早く日本へ戻れるように手配してもらう…。だからみんなも、それまで絶対にホテルを出ないで!」

「高橋サン…。戦わないノカ!?」
突然、ジュンジュンが立ち上がり、愛に詰め寄る。
「アイツ、許せナイ!!絶対に許せナイ!!」
小春も立ち上がった。
「そうですよ!!みんなを…みんなをあんな風にして…!!」
小春の声は泣き叫ぶようだった。

「二人とも…、怖くないの…?あんなビジョンを見て…」
「怖いですよ!!メチャクチャ怖いですよ!!今も脚が震えてますよ!!でも…許せないじゃないですか!?」
「ワタシも、小春も、リンリンも、今度は勝つ!!…高橋サン!!ヤッツケヨウ!!」

「…二人とも、落ち着いて…。まだ、誰も死んだわけじゃない…。まだあの未来は避ける事ができる…」
「それに、もしあなたたちが無事でも、誰か一人でも死なせるわけにはいかない!あたしには、このメンバー全員を守る責任があるの!」
ジュンジュンと小春の視線がハッとしたように絵里とさゆみをとらえる。おびえきったさゆみの眼をみて、二人が言葉を飲み込む。


「あの人は恐ろしいデス…」
リンリンがボソリと言う。
「あの人の動きは…道場では身に付かない動きデス…。攻めでも受けでも、相手を壊して構わナイという動き…。『刃千吏』でも、暗部(暗殺部隊)と呼ばレル人たちだけが身に付ける事がデキル…」

「…リンリン…、どういうことね…?」
れいなが問う。
「…経験、デス…。これまでに、…恐らく何百人という人間を殺してきた経験がある…、そういう動きデス…」
ふたたび部屋は重い沈黙に包まれた。

その沈黙を突然部屋の電話のコール音が破る。
その電話は、ロス市警のハイラム刑事課長の来訪を告げるものだった。

*** ***


ホテル内の小さな会議室が、会見のために用意されていた。
小さいとはいえ、そこそこの広さをもつ会議室に、ハイラム刑事課長と通訳の女性がポツリと座っていた。
窓の外には曇天が広がり、鈍い光が部屋に差し込んでいる。

愛が部屋に入ると、ハイラム刑事課長が立ち上がり、ドカドカと歩み寄ってくる。アメリカ人としてはさほどではないのかもしれないが、小柄な愛と並ぶとかなりの巨漢である。
いささか中年太りの進行した感のあるハイラムは、人の良さそうな笑みを浮かべ、分厚い手で握手をする。


「タカハシ・アイさんですね?…私は“愛”の意味を知っていますよ!“LOVE”ですね?…素晴らしい名前をお持ちだ!」
「しかし、こんな可愛らしいお嬢さんとは!…あなたが最年長とうかがったのですが…!?」

「はい、私がリーダーの高橋愛です…。ハイラムさん、せっかくですが…」
言いかける愛にかまわず、ハイラムは話し続ける。
「いや、しかしタカハシサン!せっかくおいでいただいて大変申し訳ないのですが、今回のご協力の件は、お断りしたいのです!」
「…え?」

「ご協力はあくまで日本の警察にお願いしたもので、たとえ『能力者』の方とはいえ、一般の方にお願いできるようなものでは無いのです…」
ハイラムが眉をひそめる。
「警察でもオエライ人間たちは、現場がどんな目に会っているか、ちっとも理解していないのですよ…。」

「我々がいま遭遇しているのは、S級国際指名手配犯…、Maki Goto…。あまりにも危険な相手です」
後藤の名前を聞き、愛の身体がピクリと震える。
「…市警に所属していた『能力者』たちも、ことごとく殺されるか、行方不明になってしまいました…。」

「しかも、殺された者たちも…、実にむごたらしい…、お嬢さん方にはお話するのもはばかられるような、むごい姿で発見されました…」
愛は再び先ほどのビジョンを想起し、身震いをする。
「…知っています…」という言葉を、愛は飲み込んだ。


「少し前にも、一般人の『能力者』の少女が亡くなられました…。素晴らしい娘さんでした…。私は本当に残念でなりません…」
「皆さんを、そんな危険にさらすわけにはいかない…。本当に申し訳ないのですが、今回はぜひ観光でもしていってください。今の季節は色々な催し物もありますよ…」

別れ際に、ハイラムはもう一度愛の手を強く握った。
「さきほどお話した『能力者』のお嬢さんも、“愛”というお名前をお持ちでした…。ひょっとしたら、あなたがたはその『能力』で、この世の“闇”と戦う宿命をお持ちなのかも知れない…」
「いつか、あなたと仲間たちの“愛”の力が、“闇”を撃ち払う日が来る事を…!」
ハイラムは右手を高く掲げ、
「神のご加護を…!」
そういって天を仰ぐと、通訳を伴い、ドカドカと重そうな足音をたてながら会議室を出て行った。

会議室に一人残った愛は、曇天の空から差し込む鈍い光を受けながら、しばらく身じろぎもせずに座っていた。

*** ***


その夜、皆が部屋にひきこもり眠れない夜を過ごしている頃、一人個室をあてがわれていた里沙は、今日見せられたビジョンを思い返していた。

あの時…。明らかに後藤は里沙を殺すつもりはなかった。しかし、里沙は後藤に無謀にも挑み、そして無残に死んだ。
「…あたしはあの時、『リゾナンター』として闘って…、そして死ぬ事を選んだんだ…」
里沙の眼から、なぜか涙が溢れる。

「あたしはもう…、『リゾナンター』としてしか“生きられない”…」
胸のうちにむしろすがすがしい想いがあふれ、涙を止めることができない。


しかし、里沙の心には新たな不安の染みが広がってきていた。
…あの『ビジョン』のなかで…、後藤と里沙は明らかに「会話」をしている。しかも親しげな様子で。“会話の内容は聞き取れなかった”が、その場面で里沙は思わず周りを見まわし、メンバーの反応を見た。

しかし、それまでの衝撃的な内容と、その後の里沙のあまりにも無残な死によって、そんな些細な不自然さには気がつく者はいないように見えた。

だが、里沙は知らなかった。全員に『ビジョン』を見せるにあたり、愛が“その会話の部分の音声を遮断していた”という事を…。

*** ***