(26)794 『復讐と帰還(6) 獣の戦い』

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―とくん

と、胸が高鳴った。

「高橋さん、どうしました?」
「胸が…」
「痛むんですか?」
「いや、違う、…そうか、これは…」

病室のベッドで、高橋愛は己の胸に去来した感覚の正体を見極めようと静かに意識を集中した。
この感覚。
この高鳴り。
これは…

「ガキさん」

確信に満ちた表情で、愛は光井愛佳の目を見つめた。

「新垣さんが、何です?」
「ガキさんが居る。あたし、分かったよ」
「?新垣さんなら今頃横浜だと思いますけど…」

愛佳は怪訝そうな声でそう言ったが、愛は真剣そのものといった顔をしている。

「横浜…横浜か…跳べるかな」
「跳ぶって…テレポートする気ですか?何でそんな事」
「ガキさんが、あたしを呼んどる」


意識が戻ってから間もないために愛の思考が混乱しているのだろうか。
里沙は記憶を喪失していたのだ。愛にも何かしらのダメージがあってもおかしくはない。
そういう愛佳の考えを見抜いたように、愛が口を開いた。

「大丈夫。あたしはしっかりしとるよ」
「でも新垣さん横浜のどこにいるか分かりませんよ?」

愛の瞬間移動能力で跳べる先は、行った事のある場所にほぼ限定される。
どこに跳ぶかイメージを固めないといけないからだ。
写真などで詳細なイメージを構築すれば、やってやれない事もないが大きなリスクが伴う。
視界に入る範囲や、大体の距離を設定して(壁の向こう10m先など)跳ぶやり方もあるが、病室の窓から横浜は見えないし、距離も分からない。

当然愛佳も愛の能力についてそれ位の事は聞いている。
“人物”を目標には跳べないのだ。

「高橋さん、どこに跳ぶ気なんです?」
「胸の高鳴る方へ」

そう言って、愛は力強く頷いた。




コンクリートの壁に背中を打ちつけた時、ジュンジュンは自分が一瞬気を失っていた事に気がついた。
脇腹に鋭い痛みがある。肋骨にひびが入っているのだろう。
唇を噛んで獣を睨みつけた。
先ほど叩き込んだ跳び蹴りは全く効いていないようだ。
それどころか、戦獣は少しもひるまずにそのまま空中にいた自分に強烈な一撃を放ってきた。
その一撃がジュンジュンの脇腹を捉え、彼女を壁まで吹っ飛ばしたのだ。

「だから言ったでしょ。これは強いって。本気でやらないと危ないわよ」

にこりともせず女―小川麻琴が言った。
獣から視線を放さずにジュンジュンが言葉を返す。

「獣に殴られたのは初めてだ。結構効くナ」
「ただの獣じゃないわ。人を殺すために作られた兵器なのよ」
「フン、人を殺すための獣か…」

ジュンジュンの口角がわずかに吊り上る。

「私に勝ちたかったら、獣を殺すための獣を連れて来い」

ジュンジュンが意識を集中するとともに、彼女の全身が白と黒の獣毛で覆われていく。
肉体の奥に宿るエネルギーが爆発するように、共鳴者李純は巨大な獣に変貌した。

グロゥ!

獣の咆哮が鼓膜を揺さぶる。
獣が、獣に襲いかかった。

「凄い…」

巨大な肉体が奏でる轟音に包まれ、小川は目の前で繰り広げられるたたかいの光景に思わず感嘆の声を漏らした。
圧倒的な力と力のぶつかり合い。
常人には想像もつかないようなパワーが互いを打ちのめそうとせめぎ合う。
力の濁流がそこにあった。

獣と獣のたたかいは、小川の見るところ共鳴者李純がやや優位に立っているようだ。
戦獣の方が獣化状態のジュンジュンより単純な腕力ならば勝ると聞いていたが、それを生かしきれていない。
実戦経験というか、たたかいの勘のようなものの差が腕力の差を縮めている。

唸りを上げて振り上げられた獣の左腕が、獣の胸を切り裂いた。
しかし獣はまるでひるむ様子を見せず、敵の喉笛に牙を突き立てようと襲いかかる。

グロゥ!!

獣が吠えた。
獣はそれを待ち構えていたかのように、獣の大きく開かれた口に狙い澄まされた右腕を放つ。
渾身の力が込められた獣の鉤爪が獣の口内へぶち込まれた。
激しい衝突の後に、ぞぶり、という音がした。

濃厚な血の臭気がたちこめる。
鉤爪は口から喉を貫き、獣の延髄を切断し、内側から皮膚を突き破って、その血に濡れた姿を空間に晒していた。
鉤爪が抜かれると喉を貫かれた獣はその場に崩れ落ち、そして動かなくなった。

グロゥ!

獣の雄叫びが、たたかいの終わりを告げる。


白と黒に包まれた美しい獣が、小川の目を見据えていた。


「凄いわね。こんな事言うとなんだけど、感動したわ」

獣はその目に敵意の色を湛えたまま、小川ににじり寄る。

「ちょっと待って、私はあなたとやり合うつもりはないの。それより少しお話しましょう。着替え、持ってきてあるんでしょ?」

獣は怪訝そうな唸り声を上げた後、一糸纏わぬ女性の姿にその身を変じた。

「何か言いたい事があるのか、手短に話セ」
「服は着ないの?」
「別に慣れてる」
「こっちが慣れてないんだけど」
「――」
「別に着替えの最中に襲いかかったりしないわよ」
「おかしな奴だな」

そう言ってジュンジュンは壁際に放り投げてあったボストンバッグから着替えを取り出した。

「毎回変身する度に服が破れてちゃ大変ね」

着替えをしているジュンジュンから何となく目を逸らしながら小川は言葉を続ける。

「洋服代だってバカになんないでしょ?」
「服の話がしたいのか」

見ると、ジュンジュンはすでに服を着終えていた。
確かに慣れているな、と小川は感心した様子で話を続ける。


「あなたのお仲間の話をね、したい訳よ」
「何?」
「私の仕事は戦獣の実戦データの収集だったんだけど、もう済んだからね」
「ニーガキ達をどうした」
「新垣さん達ね、今危ない目に遭ってる」
「ニーガキは何処だ!言え!」

きっ、となって詰め寄るジュンジュンをかわし、小川はポケットから紙片を取り出した。

「埠頭のD-12倉庫。そこに居るわ」
「何処だそれは」
「これ地図よ」

紙片をひったくり出口へ駈け出そうとするジュンジュンに、小川が声をかける。

「気をつけてね、あなたが今倒したのがあと十体以上いるから、そして、粛清人もね」
「…お前は、何なんだ?」

ジュンジュンの口から思わず疑問がこぼれた。
この女は何故自分に好意的な態度をとろうとするのか、半分は擬態だろうが、もう半分が分からない。

「私の名前は小川麻琴。命があったらまた会いましょう、リゾナンターさん」

小川の言葉が終らないうちに、ジュンジュンは空店舗を飛び出し、颶風となって横浜の街並みを駆け抜けていった。