(26)888 『黒い羊(5)』



その夜、愛は一人、自分の『大量破壊兵器』としての、過去の殺戮の記憶と対峙していた。
そして、愛を除くリゾナンター8人は、再び絵里とさゆみの部屋に集合していた。

れいなが口を開く。
「愛佳…。あんビジョンの話やけど、ほんまに『予知』はされてなかったとかいな?」
「わかりません…。みんながすごく驚いてた事ぐらいしか…」

「でも、愛ちゃんは『光』の力を使ってた…。あの力は今までは封印されてたもの…」
里沙が言うと、絵里が言葉を継いだ。
「今は愛ちゃんはあの力を使えるようになった…。それはあのビジョンを見たからだよね…? …そうだとしたら、あのビジョンの中のあたしたちは…、愛佳の『予知』を見てるって事?」

「…それじゃ、あたしたちみんなあの『未来』へ向かっているの? …あの『未来』は避けられないのかな…?」
「みんな大丈夫ダ、道重。ワタシたちが守ル!」
「うん。小春も、みんなを守るよ!」
おびえるさゆみを、ジュンジュンと小春がなだめる。

「それに、明日はなるべく早く便を手配してココを離れるソウデス。『あの人』に会わないですめば、何も起こりマセン」
リンリンが言うと、愛佳がふたたび、意を決したように口を開いた。

「『未来』は変えられるはずです!…だから、たぶん明日急いでここを離れれば、『アイツ』には出会わないですむ…。でも…、もし、それが避けられなかったとしたら…!?」

*** ***



夜明けが近づく頃、ズウゥゥゥ…ン…と、低い地鳴りのような音が響き、ホテルが大きく揺れた。 
ほどなく、未明のロサンゼルスの市街に、多数の救急車、消防車のサイレンの音が響きわたり始める。
何事か?と耳を澄ますリゾナンターたち。8人は、一睡もしないまま夜明けを迎えようとしていた。
そこへ、やはり眠っていなかったと思われる愛が、部屋へ飛び込んでくる。

「助けを求める『声』が聞こえる…!すぐに出動します!!」
「…ハイ!」
メンバーが出動態勢を整えはじめる。
そのとき、愛佳は自分の心臓がドクンッ…!と音をたてたような気がした。

*** ***


数分の後、リゾナンターたちはロサンゼルス市街の外れ、ほんの少し前までは3棟の高層ビルが“建っていた”地平にいた。
ビルはすでに跡形も無く、破壊され尽くしたビルの瓦礫の平野が眼前に広がる。その光景を見たとき、愛佳の心臓の鼓動はまさに“早鐘のように”そのスピードを早め、頭の中で危険を知らせるサイレンが鳴りはじめた。ここは、あのビジョンの中の、まさに“あの場所”…!

愛佳の不安をよそに、リゾナンターたちは迅速に救出作業に取り掛かった。
愛と里沙が『精神の触手』を周囲に伸ばし、瓦礫の下で生存する被害者の心の『声』を探査する。被害者の位置を特定すると、ジュンジュンとリンリンがれいなによって『増幅』された『念動力』によって瓦礫を撤去し、被害者を救出していく。
そして救出されてくる被害者たちに、さゆみが次々と『治癒の力』を与え、とりあえずの生命の危険を回避させる。


愛佳は絵里と共に被害者の救出、搬送を手伝いながらも、頭の中で鳴り響く、危険を知らせるサイレンの音を止めることができない。
心臓の鼓動はますます早く、大きく、鼓動の音が耳に聞こえるような気がする。愛佳はめまいと吐き気を抑えながら、必死に作業を続けていた。

全ての生存者たちが救急車で搬送され、リゾナンターにやや遅れて駆けつけたハイラム刑事課長が、感動と感謝をこめた熱い握手をメンバー全員と交わし、ドタバタと引き上げていく。
ここは早く引き上げたほうが良い、というハイラム刑事課長の忠告もあり、その後の作業を消防隊にまかせ、9人は至急現場を離れる事にした。

「“こんな所”に長居は無用やよ…。れいな、『増幅』を…」
愛はメンバーを集め、『瞬間移動』の『能力』でメンバー全員を連れて一気にその場を離れようとする。
ホッとした気持ちで愛に歩み寄った愛佳は、ふと眼の前の光景に息を呑み、立ちすくんだ。

目の前に並ぶ8人の姿は、『予知』で見た『ビジョン』そのままだった。
ぞくり…と、愛佳の背に悪寒が走る。振り返りたくないが、すでに背後から、巨大な『闇色のオーラ』が迫っているのが感じられた。
ゆっくりと振り返る愛佳の眼に、舞い降りる鋼色の翼が見える。

いま、勢ぞろいしたリゾナンターたちの目の前に、巨大な鋼色の翼を持った悪魔が降り立った。


「愛ちゃん、れいな、久しぶり…。やっとアタシのところへ来てくれたのかと思ったけど…、その顔を見るとちょっと違うようだね」

同じ言葉。そしてメンバーたちの同じ驚愕の表情。愛佳の眼の前で、『ビジョン』が再現されていく。

「二人には、そろそろ本気になってもらおうかな…?」

後藤が大きく翼を羽ばたかせると、ゴオッ…!!っと音を立て、凄まじい念動の暴風が愛とれいなを襲った。
小柄な愛とれいなの身体は軽々と飛ばされ、崩れ残ったビルの壁に猛烈なスピードで叩き付けられる。

…『ビジョン』そのままに…。

しかし、“叩きつけられた”と思われた愛とれいなは、次の瞬間、軽やかに大地に降り立った。
後藤の出現の瞬間から、れいなによってすでに『増幅』を開始されていた、ジュンジュンとリンリンの『念動力』が、後藤の『能力』を相殺し、激突を阻止していた。

そしてギュンッ…!!と音を立て、愛が光となって消え去ると、すぐさま後藤の眼前に出現し、稲妻のようなハイキックを叩き込む。
ガシィッ!!とそれを受け止めてみせる後藤。しかし、愛の攻撃の手は止まらない。後藤のガードにもかまわず、左右の連打を叩き込む。

そして後藤の胸元を両腕でがっしりと掴むと、引き寄せて言い放つ。
「後藤さん…。あーしはもう本気やよ?」
愛の燃えるような眼差しと、氷のような暗さを宿した、後藤の眼差しが交錯する。
「…フン…。愛ちゃん、本気なのはいいけど、入れ込みすぎだね…」


言うなり、後藤の翼が変化した『槍』が、愛の両腕を下方から貫く。
愛の両腕から大量の血飛沫が上がる。だが、愛はその自らの血飛沫の向こう側で、確かにニヤリと笑みを浮かべると、再び『光』となってその場から消えた。

次の瞬間、逆に後藤の両腕から凄まじい血飛沫が上がる。
「…これは…!? 『傷の共有』…!?」
『増幅』された絵里の『能力』が、一瞬にして愛の傷を自身の身体に移し取ると、後藤の身体へと『転移』させたのだった。

怒りに燃えた後藤の眼差しが敵の『能力者』を探す。
すでに無傷となった愛がかばう様によりそう横で、絵里は後藤の視線を真正面から受け止め、口の端で不敵に笑って見せた。

「ジュンジュン!!」
れいなが叫ぶ。
「オマエ、どこ見てるダア!!」
ジュンジュンが咆哮し、巨大なコンクリートの瓦礫の塊がジュンジュンの頭上を越えて飛ぶ。
「相手はあたしダア!!」
ジュンジュンの叫びとともに、瓦礫の塊が後藤を襲う。

「おっと…!」
後藤が飛びのく横に、轟音を立てて瓦礫の塊が落ちる。
「まだダ!!」
ジュンジュンが叫び、2発、3発…、次々と巨大な瓦礫の塊が後藤を追って飛ぶ。俊敏な動きで後藤はそれを避け続ける。


ズウウゥゥン…!!地響きを立て、4発目の瓦礫の塊が大地に突き刺さった時、後藤が気付くと、巨大な瓦礫の壁が後藤の4方を囲む形でそびえたっていた。
「ガキさん!!」
れいなの叫びとともに、無数の鋼線が里沙の両腕から飛び出し、キンッ!キンッ!!…と音を立て、後藤の4方の瓦礫の壁を、大きく囲むように巻きついていく。

「なによ、コレ…? こんなものでアタシを閉じ込められるとでも…?」
コンクリートと鋼線で作られた、さながら『籠』の中に閉じ込められた風情の後藤が、嘲笑めいた笑みを浮かべる。しかし、次の瞬間、れいなが叫んだ。
「リンリン!!いくっちゃあ!!」
「哈(ハッ)!!」」
リンリンが気合とともに両手を大地に叩きつける。同時に、『増幅』されたその力は大地を伝わり、後藤の足下の大地から火柱を吹き上げた。

ゴオオオォォッ…!!炎が燃え上がり、黒煙が空に吹き上がる。炎に包まれた後藤はバサァッ…!!っと翼を拡げ、空へと舞い上がろうとする。その姿は、巨大な鳥篭に閉じ込められた、蝙蝠の翼を持った悪魔が、地獄の業火に焼かれているかのようだった。

ブチッ!ブチッ!!っとその翼で鋼線を引きちぎりながら、舞い上がろうとする後藤。
しかし、後藤が上を見上げた時、そこにはすでに『放電』の網が張り巡らされていた。
「そこは小春がいるよッ!!」
小春がれいなの前に飛び出して叫ぶ。

「愛ちゃんッ!!」
れいなの声に、後藤の視線が愛をとらえる。そこには、すでに『増幅』によって急速に『光』を溜めきり、まばゆい光球を掲げた愛がいた。
「くっ…!!」
行き場を失った後藤の顔が歪む。


愛の瞳には、後藤の眼差しにも似た、暗く冷たい光が宿っていた。
「後藤さん、次は地獄で会いましょう…!!」
言うなり、愛は『光』を解き放つ。
次の瞬間、ゴオッ!!っと音をたて、光球は巨大な光の奔流となって大地を走り、全てをなぎ払う。

「キャアアッ!!」
しかし、まさにその瞬間、里沙の悲鳴が上がり、その身体が弾かれたように飛び上がった。
「ガキさんッ…!?」
驚愕するメンバーたち。そしてさゆみが里沙へといち早く駆け寄る。

「後藤は…!?」
愛は里沙を気遣いながらも、自らがなぎ払った地平を確認する。
巨大なコンクリートの瓦礫と鋼線とで作りあげられた『籠』も、全て『光』となって消え去った瓦礫の平野。…その上空に、後藤はいた。

「…愛ちゃん、ここが地獄なんだよ、たぶん…」
そううそぶいてみせる後藤。しかし、そのレザーと思われる着衣は焼け焦げ、両の腕からは鮮血がダラダラと滴り落ちている。
そして、その側にはいまだ真赤に発熱した鋼線が、ふわふわと浮遊していた。

「マジでヤバイね… この鋼線が“絶縁”されてたら、“消されてた”わ」
愛の『光』が放たれる瞬間、後藤は里沙の鋼線を避雷針代わりとして、小春の『放電』を里沙の身体へと放流して消去し、上空へと逃れたのだった。


「…さゆ…。ガキさんを頼むわ…」
愛は後藤から視線を逸らさぬまま言うと、再びファイティングポーズをとる。

その時…。パンッ!!パンッ!!パンッ!!という手を叩く音が響き、対峙するリゾナンターと後藤の間の空間から、突然一人の女が姿をあらわす。
褐色の肌に鋭い眼差し。後藤と同じような黒のレザー製と思われるスーツを身につけているが、後藤と比べるといささか露出度が高い。

「ちょっと待ったあ!!…ごっつぁん、この子たちと闘ってもいいなんて言われて無いでしょお? …しかも、なんかごっつぁんの方がヤラレてるし」
『組織』の一員なのであろう、女は後藤に親しげに話し掛ける。
「…この子たちがアタシの『仕事場』に入ってきたんだよ。だから挨拶しただけ…」

「…しっかし、ごっつぁんがここまでヤラレてるのなんてはじめて見たかもね…」
「うっさいなー。こいつら、いろいろと面倒なんだよ、『傷の共有』とかさ…」
「つーかね、ごっつぁん、『予知能力者』のいるチームとノープランで闘うのなんて、いくらごっつぁんでも無理だってば」
「…『予知能力者』…?そういえばいたっけ?」

女はアレ、とでも言うように無言で愛佳を指差す。
「ふーん…。じゃあ、アタシは今回、あの子にしてやられたってわけ?」
愛佳と後藤の視線が真正面からぶつかり合う。
次の瞬間、愛佳は一歩前に飛び出して叫んだ。

「ウチの力やないわ!!みんなの力や!!オマエなんかに負けるかぁ!!…ウチラは…、この9人は、無敵やでェ!!」
リゾナンターたちの顔に笑みが浮かぶ。『治癒の力』を受けている里沙の顔にさえ。
「言うねえ…」
後藤の眼にも再び冷たい光が宿り、口元が歪んだ。


突然、メンバーの『精神』に愛の『声』が響く。
(小春、リンリン、あの二人が離れないように、電撃と炎で左右から牽制して!)
(ジュンジュンはガキさんたちを守って!)
(…ここで一気に二人とも…“消します”…!!)

メンバーに緊張が走る。
その時、里沙が叫んだ。
「待って!!あの人、何か企んでる!!」
『女』は、ニヤリと笑って見せた。
「フン…。こんな修羅場に、手ぶらで飛び込むほどアタシもバカじゃないわ」

「…!! ハアッ!!」
愛が突然、気合とともに自らの背後の空間に裏拳を叩き込む。
何も無かったはずの空間に打ち込まれた拳は、しかしガッシリと受け止められ、そこに新たな女の姿が浮かび上がる。
「おっと、さすがやね…。光栄やわ、噂の『i914』とお手合わせいただけるなんてね」
先程の女と同じようなスーツに身を纏った女は、人なつこそうな顔に笑みを浮かべて言う。

「ウワッ!!」「おっとお!!」
同時に、ジュンジュンと小春が“見えない何者か”に足払いを掛けられ、バランスを崩す。
気配を察して飛びのき、身構えるリンリンの前に、また一人、ショートカットの女の姿が現われる。

「『不可視能力(ステルス・スキル)』…!!」
里沙が叫ぶ。里沙は知っていた。『あの女』…『石川梨華』に常に帯同していた2人の『能力者』の事を。その能力は『不可視能力』、そして…『瞬間移動』。


「…それだけじゃないわ」
石川が言うと、出現した女たちの姿が再び消滅する。
「…!? どこへ!?」
愛たちが身構えた次の瞬間、二人は石川と後藤の両脇に再び現われ、今度は二人を伴って虚空へと消える。
「アナタたちとはまた会う事になると思うわ…」
と言う、石川の言葉を残して…。

*** ***




最終更新:2014年01月17日 16:00