(28)064 『01.水溜りの道』

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本当のことを話さなくちゃいけない。
組織へ戻る前に、愛ちゃんにだけ、本当のことを――

「あ、ガキさんやん。お疲れー」
「うん、愛ちゃんも」

「CLOSED」の札がかけられた喫茶リゾナントの扉を押し開けると
そこにはいつだって大好きな笑顔がある。

「カフェモカでいい?」
「あぁ、ありがと」

食器を片付けていた手を止めて、愛ちゃんはキッチンへと入って行った。

「田中っちは?」
「んー、なんか今日はさゆと絵里と映画見に行くとか言って出てったよ」
「ふーん」

話すなら今だ。
今しかない。

「あの、さ、愛ちゃん?」
「ん?」

カフェモカとココアを持って、愛ちゃんが私の座るカウンターの前へ戻ってきた。

「どした?」

何から話したらいいんだろう。
言葉が出てこない。
カフェモカの入ったカップを両手で包むと、心まで温かくなった。
あぁ、私はもうすぐこの温かさを手放すのか。


「ガキさん?」

愛ちゃんの心配そうな声。
本当のことを話したら、もうそんな声は聞けなくなるんだろうか。

「なーんでもないっ」

私は笑った。
愛ちゃんは笑わなかった。

「えぇ?何それー?」
「ごめんごめん」

愛ちゃんが訝しそうに私を見る。
それからやっぱり心配そうに私を見るんだ。
もう、そんな顔しないでよ。

本当のことが話せなくなるよ。
ここから離れられなくなるよ。

それ以上愛ちゃんの顔を見ていられなくて、私は静かにカフェモカを飲んだ。
カップに口をつけたまま、愛ちゃんの顔を盗み見たら、目が合ってしまった。


「何かあったんか?」
「何でもないって」
「本当に?」
「本当だよ」

ただ笑うことしかできない。
嘘をつくことしかできない。
本当のことなんて、言えないよ。

「そろそろ行くね」
「え、もう?」
「うん、ちょっと寄っただけだからさ」
「そっか…」

そんな顔しないでよ。
私だって、もっとここに居たい。
でも…。

「じゃあ、カフェモカありがとね。おいしかった」
「うん、そんなんいつでも作ったるよ」
「ん、ありがと」

また飲みに来るよ。
ただのお客さんとしてしか、もう来られないけれど。

「じゃあね、おやすみ」
「おやすみ」

扉の取っ手を掴んだ。
いつもなら振り返って手を振るんだけど。


…今日は無理、だなぁ…。
右手にグッと力を入れて、私はそのまま扉を押し開けた。
愛ちゃんが私の名前を呼んだ気がする。
それでも私は扉を開ける手を止めなかった。

カランカランという鐘の音が頭に響く。
こんなに静かにこの音を聞いたことがあっただろうか。

雨上がりの夜は寒かった。
一人、水溜りの道を歩く。
鼻がツンとするのは寒いせいじゃない。
なんだろう。視界がぼやける。
愛ちゃんの方を振り向けなかったのはこいつのせいだ。

バシャッという音がして、初めてそこに水溜りがあったことに気付いた。
靴の中が濡れて気持ち悪い。

「手厳しいねぇ…」

カフェモカで温めた身体は、少しずつ冷たくなっていった。





「お題配布元:コ・コ・コ」