(28)182 『不能再見 > 請忘記我』

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「ジュンジュンを護って」

かつてあなたにもらったその言葉は、今もこの胸の中にある。
決して忘れることはないだろう。


だけど―――


『あなたは私を忘れてね……ジュンジュン』



静かに寝息を立てる李純の頬にそっと手を添えてそう呟いた後、銭琳はベッドに背を向けた。


それが、「トモダチ」への手酷い裏切りであることを知りながら―――


     *     *     *



『いよいよ明日だな、リンリン』

ベッドに腰掛けた純の、緊張感をはらみつつも柔らかな笑みを湛えた瞳が琳を見つめている。

『うん……』

対する琳の表情は、笑みを浮かべる余裕すらなさそうに映った。

『へぇー、リンリンでもやっぱり不安になることあるのか』

表情を緩め、純はわざとのように目を丸くする。
純のその様子に、琳はようやく苦笑めいた表情を浮かべた。


 「明日……決行するから。2人とも……準備…整えておいてな」

 先ほどの琳と同様の、笑みを浮かべる余裕すらない表情の高橋愛から今朝告げられたその言葉。

 琳はその瞬間理解した。
 これから何が起こるのか――そして自分がどうすべきであるのか。


『当たり前だよ。いくら訓練を受けても消せない感情はある。私は何も特別な人間じゃないんだから』

大げさに純の態度を非難するようなジェスチャーをしながら、琳は純に湯気の昇るカップを手渡した。
『ごめん』と笑いながら、純はカップを両手で包み込むようにして受け取る。

『これを飲んで一晩ゆっくり眠って……明日に備えよう』

純の隣に腰掛け、視線をカップに落としたまま……それでも決然とそう言う琳の頭を、純が軽く抱き寄せる。
純の身体から体温と鼓動が伝わり、包み込まれるような安らぎが満ちる中、琳は静かに決意を新たにした。


穏やかな空気の中、静かに時間が流れる。

カップを口に運ぶ純の姿を視界の端に捉えながら、琳の脳裏には様々な記憶が去来していた。
たった今、その温もりを感じている大切な「トモダチ」…純との出逢いの経緯。
異国の地で見つけた自分の居場所、かけがえのない仲間たち。
そして――本当の笑顔を手に入れた自分。

ずっと“強く”生きてきた。
そう在ることが当然だと思って。
もちろん、その思いは今でも同じだ。

だけど―――

純は…仲間たちは教えてくれた。
無理に作った笑顔で覆われた偽物の“強さ”ではない、心からの笑顔の下にある本当の“強さ”を。
互いを想い合う心の共鳴がもたらす胸の高鳴りを―――


『何だか…少し…眠くなって…きたな…』

気怠げな純の声が隣から聞こえ、琳は我に返った。
どこか茫とした様の純の手からカップを取って傍らに置くと、さりげなくその身体を支える。
純の体温が、鼓動が……そして力の抜けた体の重さが伝わってくる。

『今夜はもう寝よう、ジュンジュン。おやすみ…』

琳のその言葉に応えようと僅かに口を動かし――しかしそれがはっきりとした言葉になることはないままに、純の目は閉じられた。

純が静かな寝息を立て始めたのを確かめ、琳はその身体をそっとベッドに横たえる。
迷いは既に消えていた。


『ごめんね、ジュンジュン。私は嘘つきなんだよ。あなたとは違って…』

純はその名の通り、本当に……純粋だ。
持って生まれたチカラのせいで、辛い日々を送ってきたであろうことは想像に難くない。
だが…そんな日々を乗り越えてなお、人を疑うことを知らないその瞳の清澄さが失われることはなかった。
「人を信じないこと」がすなわち自分を守ることだと思って生きていた琳にとって、それは衝撃だった。

純に限らず、リゾナントに集う仲間たちも同じだ。
皆、よく言えば優しすぎ、悪く言えばお人よしすぎる。
それぞれに苛烈な人生を歩んでいながら…結局は人の悪意に対してどこか“甘い”のだ。
スパイとして皆を欺いていた新垣里沙ですら。

どのような状況にあっても人を信じる心……いや、「魂」とでも言った方が近いのかもしれない。
それは確かに疑いようのない“強さ”だ。
しかし同時に“弱さ”でもある。

彼女らの“強さ”は光となり、闇を切り裂いて明るく照らし出すだろう。
でも、その“強さ”と背中合わせの“弱さ”はきっと――――

そのことを…自分たちの“弱さ”を、愛たちはおそらく分かっているのだろう。
だからこそ愛は言ったのだ。「明日決行する」―――と。

「でも高橋サン、馬鹿正直な皆は騙せてモ私は騙せまセン。私は…嘘つきですカラ」

小さく呟いた琳は柔らかな笑みを浮かべる。

――そう、“決行”は間違いなく今夜だ。
亀井絵里と道重さゆみを「置いていく」のを決めたように、琳と純も「置いていく」つもりだったのだろう。
たった今、自分も純を「置いていこう」としているのだから、そのことを責めるつもりはない。
だけど………黙って「置いていかれる」つもりもない。


琳は静かにベッドから立ち上がり、純にそっと布団をかけた。
その無邪気な寝顔に小さく『さようなら』を言いかけて止め、『ありがとう』を告げる。


「ジュンジュンを護って」

かつてあなたにもらったその言葉は、今もこの胸の中にある。
決して忘れることはないだろう。


だけど―――


『あなたは私を忘れてね……ジュンジュン』


静かに寝息を立てる純の頬にそっと手を添えてそう呟いた後、琳はベッドに背を向けた。


未来へと繋がる現在(いま)を積み重ねるために――――