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(28)571 『Departure to the “FUTURE”』



その日が――本当の意味での始まりとなった。



彼女らが“未来”へと向かう旅路の―――



   *    *    *




「愛ちゃん、これ掛けとくの忘れよらん?」

生地のまとまり具合を確認していた高橋愛は、カウンター越しに聞こえたその声に顔を上げた。
そこにあったのは田中れいなの悪戯っぽい表情と、その横でヒラヒラ振られる『CLOSED』の札。

「あっ……」

思わず口元に持っていった愛の手は薄力粉で白く染められており、勢いその顔にも白粉化粧が施される。
その様子を見て、体を折り曲げながらひとしきり手を叩いて笑った後、れいなは『CLOSED』の札をドアの表に掛けに行った。

その背中に向かって「ごめんねー」と声をかけ、愛は手を洗い顔を拭う。
生地の仕上がりは上々だった。


「明日は店休日やのに何作っとるん?」

札を掛け終えて戻ってきたれいなが、出来上がった生地をラップに包む愛の手元を覗き込みながら首を傾げる。

「んー?ああ、明日は絵里が退院やん?だから…」
「あ、退院祝いパーティーに出すやつ?」
「パーティーなんて大げさなもんじゃないけど」

苦笑しながら、愛はラップに包み終えた生地を持って冷蔵庫に向かう。

明日は亀井絵里が検査入院から戻る日だ。
それを祝って、ささやかながらこの喫茶リゾナントでお茶会でもしようということになっている。
ここ数日やはりどこか淋しそうだった道重さゆみの顔にも、きっといつもの笑顔が戻るに違いない。



「ジュンジュンとリンリンも来れると?」
「うん。お昼のピーク時間までに戻れるならいいって言われたって」

ジュンジュン―李純、リンリン―銭琳の2人もしばらく日本にいることになったらしい。
これからはきっと今まで以上に一緒に過ごす時間が多くなるだろう。

「あ、それから明日は小春も来れるんやって。ガキさんももちろん来るし全員集合やね久しぶりに」
「ふーん…小春も来ると?珍しいやん」

あからさまにれいなの声のトーンが下がる。
その“素直”な反応に再び苦笑しつつ、愛はやんわり言葉を継ぐ。

「小春はまだ気持ちを素直に表現するのが下手なだけやって。悪い子じゃないよ。れいなだって最初は…」
「えーっ!いくらなんでもれいなあそこまでひねくれとらんやったと!」
「そやね。まあ確かに“素直”って点ではれいなの方がそうかもしれん」
「なんその言い方ー」
「あはは。ごめんごめん」

膨れるれいなに笑って謝りながら、愛はエプロンを脱いだ。
絵里や小春に限らず、ガキさん―新垣里沙ともここ数日顔を合わせていない。
“仲間”8人全員が明日久しぶりに揃うことを考えると、やはり心が浮き立った。

一人きりだと思っていた自分が、こんなにたくさんの“仲間”の笑顔に囲まれることになるなんて思ってもいなかった。
自分の苛酷な宿命や、悲しみが消えたわけではない。
だけど、それを分かち合える“仲間”ができたことは、自分にとって本当に救いになったと思う。

でもそれと同時に―――

これで本当にいいのだろうかという思いは常にある。
自分の呪われた宿命に、みんなを巻き込んでしまうことになりはしないかと。
いや、今現在すでに、ある意味みんなの“未来”を奪うことになってはいないだろうかと―――


「愛ちゃん……?」

ややうろたえたようなれいなの声で、愛は我に返った。

「いや、れいなも分かっとーけど、どうしてもケンカになるいうか…。れいな我慢がきかんけん」
「……え?ああ!」

決まり悪そうなそのれいなの言葉が小春との関係を指しているのだと少し遅れてようやく気付き、愛は慌てて言った。

「違うてー。ほやなくてちょっと他のこと考えてただけやでの」
「なんや、そうなん?…っていうか愛ちゃん、相変わらず慌てると方言めっちゃ出るっちゃね」

そうれいなに笑われた愛が照れ笑いを浮かべかけたとき―――


       ――― ……けて……れか………え………か…… ―――


心の中に響いた“声”に、愛は表情を引き締めた。
この感じ……今までにも何度かあった……胸の奥で何かが響き合うような―――

「ごめんれいな。ちょっとだけ出てくるから」
「……へ?いきなりどうしたん?」
「“声”が聞こえた。れいなや…他のみんなのときみたいな…助けを叫ぶ“声”が」
「それって……」
「うん。とにかく行ってくる」

そう言い残すと、愛はその“声”の元へと“跳”んだ。
胸を締め付けるような――それでいてどこか胸の高鳴るその“声”の方へと――


            ・
            ・
            ・

“声”に導かれて“跳”んだ先に在ったのは、ひと気のない夜のホームに独り佇む少女の姿だった。
うら寂しい夜のホームと同様に、寂莫たる表情と立ち姿の一人の少女の――

だが、その静かな姿からは想像もつかないほどに、少女の心の中は“声”で溢れていた。
絶望し、苦しみ、怖れ……泣き、咽び、助けを求めて叫ぶ“声”の洪水に――

少女は、自分の生まれてきた意味を見出せず、自分が何のために生きているのかを見失っていた。
悲しみと絶望が少女の心を支配し、その命すらも追い詰めていた。
愛と同じ、「普通ではないチカラ」を持ってしまったが故に。

少女は諦めていた。
自分の“未来”を。

だけど――少女は本当は向き合っていた。
自分の“未来”に。


「飛び込むんなら、次の電車にしてよね。あたし、帰れなくなっちゃうから」


だから…愛は敢えて突き放した言葉をかけた。
少女の中に、本物の「強さ」を感じて。

自分を、そして“未来”を自らの力と意志で変えていくことのできる、比類なき魂の強さを―――

誰よりも強く前を見据え、明日を照らすことができるであろう、その瞳に宿る光の力強さを―――


その日が本当の意味での始まりとなった。


「美味しいガレットの作り方、教えてあげる。料理・・・得意なんでしょ?」


そう言って、愛が少女を喫茶リゾナントに誘ったその日が。



彼女らは“未来”へと向かう旅路を共に歩み始めた。


「あした・・・あした、必ず行きます!」


少女―光井愛佳が、そう叫んで微笑んだその瞬間から―――



最終更新:2014年01月17日 16:34