(29)300 『The first “RESONANT”』

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「なぁ、どこまで行けばいいと?」

不審と苛立ちをその声に滲ませ、田中れいなは前方を行く少女に訊ねた。

廃倉庫が立ち並ぶこの一画には他に人影もない。
街灯さえほとんどなく、今はまだその姿を残している陽が完全に落ちきれば、あっという間に周囲は漆黒に塗りつぶされると思われた。

「もう少しだから黙ってついてきなって。相変わらず心が短いねれいなは」

それを言うなら“気が短い”っちゃろ?―という言葉を飲み込み、れいなは少女の背中を見つめた。

施設で一緒だったこの少女―東奈(はるな)―とは、特に親しかったわけではない。
…というより、現在と同様親しい人間など一人もいなかったし、必要だとも思わなかった。
それでも、数少ない同い年の同性ということもあり、東奈と一緒に過ごした時間は確かに比較的長いと言えるかもしれない。
だが、こんな風に気安いやりとりをした記憶はない。


「両親のこと知りたくない?」

街中で久しぶりに遭った東奈は、馴れ馴れしく肩に手を置きながらいきなりれいなにそう告げた。

物心ついたときには、一葉の写真だけを残して自分の前からいなくなっていた両親。
ずっとどうでもいい風を装ってきたが、本当は気になって仕方がなかった。
どんな人だったのか、どうしてれいなを残していなくなってしまったのか――

だかられいなは思わず東奈の言葉に頷き、「ついてこい」というその言葉に従った。
だが、冷静になってみれば、東奈がどうしてれいなの両親のことを知っているのかという当然の疑問が頭をもたげる。
東奈とは両親の話をしたことも、もちろんたった一枚残された写真を見せたこともない。
それなのに――

そのれいなの思考は、ようやく立ち止まった目の前の少女の声で断ち切られた。


「この中だよ。見せたいものがあるんだ」

れいなを振り返りながらそう言う東奈の前にあるのは、立ち並ぶ廃倉庫のうちの一つだった。

東奈が示すその倉庫は、比較的新しい部類に入るかもしれないということの他は取り立てて何の特徴もない。
一体こんな廃倉庫の中に自分の両親にまつわる何があるというのだろう。
そしてそれをどうして東奈が知っているのだろう――

再び湧き上がるれいなの疑念を遮るかのように、東奈は倉庫の扉を引き開けた。
錆びついた扉が軋み、内部への入り口が姿を現す。
東奈はその中へと無造作に踏み込み、振り向いてれいなを手招きした。

一瞬躊躇いを覚えたれいなだったが、東奈の後に続いてゆっくりと倉庫の中に足を踏み入れた。
内部は日が落ち始めた外よりもなお薄暗く、廃墟に特有の湿気た空気が満ちている。
その中をどんどん奥へと進んでいく東奈の背中を追い、れいなは内部へと歩を進めた。

 ――ギィィ

そのとき、不意に背後から聞こえた音にれいなは振り返った。

それとほぼ同時に目に入ったのは、今しも完全に閉じられようとしていた入り口の扉。
そして、その扉を背後に立つ数人の男たち。

「東奈っ……!」

瞬時にその意味するところを悟り、れいなは再び倉庫の奥へと視線を戻す。
先ほどまで背中を見せていた東奈が体ごと振り返り、笑みを浮かべている姿がそこにあった。

その両サイドからも男が数人出てくる。
もはや、東奈がれいなを罠に嵌めたのは明白だった。


「どういうことか説明してもらうけんね」

鋭く睨みつけながら低い声でそう言うれいなに一瞬たじろいだような表情を見せた後、東奈は虚勢を張るように再度笑みを浮かべた。

「話はのんじゃなくて後で他の人がすることになってるから」
「…………のん?あんた…東奈やないっちゃね?」
「あっ…!いや……その……」

しまったという表情をあからさまに浮かべると、“東奈"は慌てて周りの男たちに指示を出す。

「とにかく捕まえて!」

その声に従い、周囲を取り囲むようにしていた男たちがゆっくりとれいなの所に歩み寄る。
一人の手に注射器らしきものを認め、れいなは不敵に笑った。

「何でれいなのこと狙ったんか分からんっちゃけど、あんたらなんかに捕まるわけ……ないけんね」

次の瞬間――注射器はそれを持っていた男の腕ごとへし折られた。
絶叫が響き、驚愕の視線が飛び交ったと思ったときには、さらに2人が声も出せないまま土ぼこりの積もった床に胴体着陸していた。
そちらに気を取られてれいなの姿を見失った数人の意識も、ほぼ同時に突然の暗闇に襲われる。
数瞬の間に残り僅かとなった男たちのうち、なんとか武器を手に持つことができたのが1人、それを使うことができた者は…いなかった。


「あんた…何モン?なんでれいなのこと捕まえようとしたと?それになんで東奈とおんなじ顔しとー?」

地面に転がる男たちにはもう目もくれず、れいなは“東奈”を睨みつけながら両手をブラブラとさせる。

「そ、そんなにいっぺんにきかれても覚えられるわけないだろ!…あ、っていうかこ、答えるわけないだろ!」
「…じゃあ答える気になってもらうだけやけんね」
「ま、待って待って……待てよ!昔の友達を殴る気かよ!」
「あんた、東奈やないとやろ?まあ知り合いやろうが何やろうがれいなには関係ないっちゃけど」


話しながら、一歩一歩“東奈”の方へと歩み寄っていたれいなの目がすっと細められる。
完全に戦意を喪失して後ずさる“東奈”がその獣のような目に恐怖した次の瞬間、それはすでにその眼前にあった。

だが―――

「――――っ!?消え……!?」

獣の爪牙は獲物を捉え損ね、その炯眼は対象すら見失って驚きの色を浮かべた。

確かに間合いに入ったはずの“東奈”は、一瞬のうちにれいなの眼前から消えていた。
比喩ではなく、その言葉の通り、確かに今いたはずの場所から紛れもなく消え失せていた。

―いや、やはりその表現は正しくない。
“東奈”は確かにれいなの目の前から消えはしたが、倉庫内を彷徨うれいなの視界の中に再び飛び込んできたから。
いつの間にか倉庫の最奥部に現れていた一人の女とともに。

今起こった理解しがたい現象も当然気になったが、それよりもれいなは新たに現れたその女そのものに気を取られた。

半ば金色に見えるくらい脱色された髪と、淡いブルーのカラーコンタクト。
年齢はれいなよりもかなり上――おそらく一回り以上は年上だろう。
シックなモノトーンのパンツルックに身を固めたその立ち姿は、それほど大柄ではないのにも関わらず不思議な威圧感を湛えている。

「つじぃ……誰がこんなやり方せぇ言うた?」

倉庫内の様子に眉をしかめて盛大なため息をついた後、女は“東奈”を呆れたように見ながらそう言った。

――関西弁?

油断なく新たな“敵”に視線を注ぎながら、れいなは2人のやりとりを見守る。
関西弁の女の言葉から察するに、“東奈”の本当の名前は「つじ」だか「つじい」だかなのだろう。


「えーっ!だってなかざわさんが…」
「ウチはその子をここまで連れてきてくれ言うだだけやろ?何をどうしたらこんなことになるねんお前はほんまいっつも……まあええわ」

早口にまくし立てていた女は途中で諦めたように言葉を切ると、視線をれいなに移した。

「田中れいな…やな?ウチは中澤裕子。こいつは辻希美や。すまんかったな、このアホが勝手なことして。後でよう言うとくから堪忍や」
「アホって言うな!のんは――」
「あーもううるさい!お前がおると話が進まへんわ!ちょっと頭冷やしながら待っとれ!」
「―――!」

中澤がその言葉を発した瞬間起こった現象に、れいなは目を見開いた。

それは、空間が――景色が一瞬にして裂け、それがその次の瞬間には元通りに閉じるという信じ難い現象だった。
しかも、傍らに立っていたはずの辻を飲み込んで―――

「これでやっとゆっくり話せるわ」
「あんた…今何したと?東奈は…やなくて辻とかいうやつはどこ行ったと?」

目の当たりにしたありえない事象に警戒を顕わにしながらも、れいなは中澤に真正面から訊ねた。

「ん?今のか?あれがウチの能力や。“空間裂開能力―スペース・リッパー”たらなんたら言うらしいけど」

そんなれいなを面白そうに見遣りながら、中澤は無造作に答えを返す。

「スペース……何ねそれ」
「まあ簡単に言うたら…そやな、異次元への入り口と出口を好きなとこに作れるみたいなもんや。ほんまはちょっとちゃうけど」
「そうやなくて何でそんなことができよるんかって訊いとー!」
「は?何でって……」

思いもかけないことを訊かれたというように、中澤は目をパチパチさせる。
れいなはそれに構わず言葉を重ねた。


「もしかしてさっきの辻とかいうやつもあんたみたいなヘンなチカラで東奈に化けとったんか?」
「……そや。あいつのは“擬態能力―ミミックリィ”っていう…まあ他人に化けられる能力やな」

れいなの問いにとりあえず答えながらも、中澤は訝しげな表情を作る。

「あんた…田中れいな…やんな?間違いなく」
「そうやった!それもやった!なんであんたらはれいなのこと知っとー?れいなはあんたらなんて全然知りよらんっちゃけど」
「何で知ってるかいうんは話が長なるけど……なあ、あんたもウチらと一緒なんやろ?」
「は?何が?」
「そやから…あんたも“能力”持ってるんやろ?」
「はぁ!?いきなり何言っとー?そんなわけないやん。れいなあんたらとは違って普通の人間やけんね」

れいなのその言葉に、怒りとも悲しみともつかない複雑な表情が中澤の顔を過ぎった。
だがそれも一瞬のことで、すぐに元の表情に戻った中澤は静かに言葉を返す。

「…ウチらかて普通の人間や。それにあんたの言うところの“普通の人間”がこんなことできるいうんか?…どうやった?何をした?」

いまだ倒れ臥したままピクリとも動かない男たちを軽く顎で指し示し、中澤はれいなの目をじっと見つめた。

「れいなケンカには負けたことないけんね。もっと大勢を叩き潰したこともあるけん」

しばらくれいなの目を鋭く睨みつけていた中澤の目に、次第に呆れと困惑がない交ぜになったような色が浮かぶ。

「嘘を言うてるわけでもなさそうやな……ほんまに気付いてへんのか……?」
「何を一人でブツブツ言っとー?やけんれいなはあんたらとは違って普通の人間やってさっきから言うとろーが!」

再びれいなの口から繰り返されたその言葉には、中澤はもう表情を動かさなかった。

「こっちもさっき言うたけど…ウチらかて普通の人間や。化けもんでもなんでもない、ただの普通の…人間や」

だが、その声にはやはりどこか形容しがたい複雑な色調が滲んでいた。


「なあ、れいな。あんたは今…幸せか?自分が生まれてきたことに意味を感じられてるか?」

一瞬訪れた沈黙の後、中澤は唐突にれいなにそう問いかけた。

思いもかけない突然のその問いに対し、れいなは咄嗟に言葉が出てこなかった。
中澤の問い自体に意表を突かれたからというのはもちろんある。
だが、それ以上に―――

「れいな。あんたはさっき自分はウチらとは違うって言うてたな?」

黙り込んだれいなに、中澤はゆっくりと言葉を重ねる。

「“能力”のことはこの際置いとこ。そやけどな、れいな。それでも……一緒や。あんたはウチらと」

先ほどと違い、何故か否定の言葉は口から飛び出さなかった。
中澤が何を言いたいのか、何となく理解できたからだろう。
それはつまり、確かに中澤に対してどこか自分と「同じ」臭いを感じ取ったからだと言わざるをえない。

「この世界には昼と夜がある。ウチらや…れいな、あんたは夜の世界でしか生きられへん存在なんや」

中澤のその言葉は、確かな説得力を持ってれいなの心に響いた。
というよりも、それは元々れいなの中に存在していた所懐であったのかもしれない。

物心がついてからこの方、れいなはずっと独りだった。
もちろん周りに誰もいなかったというわけではない。
だけど――いつも孤独だった。
喩えるなら、出口の見えない暗いトンネルの中をただ独り歩き続けているかのような毎日だった。

――いや、過去形ではない。
今現在もそうなのだから――


「ウチらんとこにおいで、れいな」
「…………あんたらの…とこ?」

再びの唐突な言葉に、れいなの思考は空転する。
そんなれいなに対し中澤は静かに頷き、そのややハスキーな声で言葉を継いだ。

「夜にしか…闇の中でしか生きられへんのやったら、自分も闇になればいい」
「闇に……?」
「そうや。闇から這い出ようとするからしんどいんや。……ちゃうか?」
「それは……やけど……」
「あんた見とると昔の自分を思い出すんよ。よう似とる。他人とは思えへん。そやからこそ…余計にほっとけへん」
「…………」

―もう、この闇と同化するしか自分には救いはない―

そんなフレーズが頭の中に浮かぶ。
それはまさに、ここのところれいなを支配し始めていた思いだった。
そしてそれは、れいなにとって等しく“絶望”だった。

だけど――

「あんたらと一緒に行ったら……救われると?れいなは……」

それはもしかすると“絶望”ではなかったのかもしれない。
この人の言うように、それが自分の生きるべき世界なのかも―――


「そんなん絶対おかしい!」
「………!?」

だが、れいなの思考は新たな声によって遮られた。


れいなと中澤の視線が同時にその声の方――倉庫の隅へと向かう。
そこに立っていたのは、一人の小柄な少女だった。

警戒と当惑が相半ばした表情を浮かべる中澤の口元が微かに動き、小さな声が漏れる。
その声は誰にも届くことはなかったが、もしもすぐ傍に立っていた者がいたとしたら「どういうことやねんカオリ」という言葉を耳にしただろう。。


「あんた…何もんや?いつからそこにおった?どうやって入ったんや」

一呼吸の後、中澤はすぐに感情を消し、鋭く少女を睨みつけて矢継ぎ早に問い質した。
だが少女はそれには答えず、その瞳をれいなに真っ直ぐに向けた。

「確かに夜は辛い。孤独は辛い。ほやけど、ほやさけぇいうて…間違うとるよ、そんな考え」
「間違ぉとる?あんたにれいなの何が分かると!?ずっと…ずっと独りで生きてきたれいなの何が!暗闇でしか生きられんれいなの何が分かるっちゃ!」

たまにどこのものとも知れない方言が混じるその少女の言葉に一瞬呆気にとられながらも、れいなは思わず激しい口調でそう言い返していた。

「夜しか生きられん人間なんておらん。夜しか生きたらいかん人間もおらん」

だが、その目をじっと見据えたまま力強くそう言い切る少女に、れいなは先ほどとはまた違った意味で言葉を失くした。


「いきなり現れて分かったようなこと言うてくれるやないか」

その代わりに中澤が再び少女に話し掛ける。
今度は少女もその声の方に視線をやった。

「誰や知らんけど…間違いなくあんたも“能力者”やろ?そやったら分かるはずや。この世界がどんだけ理不尽か」

抑え切れない怒気を孕んだ中澤のその言葉にも、少女はまったく怯んだ様子も見せずに向き合っていた。
知らず、中澤の方が怯むほど真っ直ぐな瞳で。


「ウチはあんたより長く生きてる。そやからこの世界の腐りきった部分もその分多く見てきとる。…分かってへんようやったらはっきり言うといたるわ」

瞬時気圧された自分に戸惑いながら、それを振り切るように中澤は言葉を継ぐ。

「ウチらは夜の世界でしか生きられへん。なんぼ足掻いても闇から抜け出すことはできん。この世界自体が変わらん限りはどうやってもな」

少女はその言葉に微かに表情を動かした後、静かに…しかしキッパリとした口調で言った。

「終わらない夜なんてない。夜の後には必ず新しい朝が……明日があるんやから」

そんな画に描いたような理想は現実にはありえないと確信している中澤ですら、言い返す気を殺がれるほどに決然と。


「ほんまに……?れいなも……」

―明るい場所を歩くことが許されるのだろうか。
―暗闇のトンネルの先に、光を見ることは叶うのだろうか。

その思いは言葉にならなかった。
だが、まるでその問いに答えるかのように少女はれいなに視線を移して深く頷き――そして言った。


「朝は必ず来る。誰にでも。どんなときでも」


「誰にでも……どんなときでも……」


れいなはその言葉を呆然と繰り返した。
自分の中に、かつて経験したことのない何か不思議な感覚が湧き上がってくるのを感じながら。


「…どうやらやり方を変えざるをえんみたいやな」

そのとき、倉庫内に響いた中澤の声にれいなの背筋は凍りついた。
口調が変わったわけではない、それにも関わらず先ほどまでとはまるで違う響きを含んだその声に。

「結局あのアホとおんなじやり方になってしまうんは癪やけど…しゃあない。……れいな、あんたがウチらんとこに来るんは―――」
「…ッ!?」


―まるでスローモーションを長々と見ているようだった。


言葉の途中で中澤の姿が空間の裂け目に消えたのを目の当たりにしたれいなは、慌ててその姿を探す。
その直後、背後から聞こえた「運命なんや」という中澤の声に慄然としたれいなは、間に合わないと心のどこかで悟りつつも振り返る。
刹那、視界が奇妙にぶれ………れいなは先ほどまでとは全く違う場所に立っていた。


―その実、それらはほんの数瞬の出来事だった。


中澤が、唖然とした表情で立ち尽くしている。
れいなもほとんど同じような表情を浮かべていた。
2人の視線が交わる先には――いつの間にかれいなのすぐ隣に立つ少女の姿があった。


「瞬間移動か…なるほどな。それでここにもいつの間にか入ってこれたいうわけか。…しかし解せんな。今のはまるでウチの心を――」

そう言いかけて、中澤は愕然とした表情を浮かべるとともに息を止めた。
再び微かに動く口元は、こう呟いていた。

「まさか高橋愛…か?嘘やろ?」――と。


その直後、今度は少女の表情に驚きの色が走った。

「あーしのこと…知ってるんか?」

自分の呟きを“聞”いて目を見開く様を見て、中澤は認めざるをえなかった。
目の前の少女が高橋愛であるという、俄かには信じがたい事実を。


「……知っとるよ。少しだけやけどな」

美人に育ったんやな…という言葉を飲み込み、中澤はそれだけを返した。

1人で“瞬間移動―テレポーテーション”と“精神感応―リーディング”の2つの能力を持つ特異な存在。
れいなとともに、“組織”にとって特別な意味を持つ存在。

いつかは相見えることになると思っていた。
だが、それが今日このときになるとは思ってもいなかった。

いや――“そんな予定はなかった”はずなのだ。
それなのに今、現実に愛は自分の前に立っている。
それも隣のれいなと寄り添うようにして、紛れもなく目の前に―――

その光景を前にして、中澤は理解した。
今この瞬間に、自分の往く道と田中れいなの往く道は分かたれたのだと。
定まっていたはずの運命は、その形を変えたらしいと。

「れいな。それから……愛ちゃん。最後にもう一回だけ聞いとくわ」

返ってくる答えを既に知りながら、中澤は尋ねた。

「ウチらと一緒に…ウチらのための世界をつくらへんか?」


視線を交錯させた後、2人は中澤の予期した通りの言葉を返した。

「この次会うときは…命のやりとりになるかもしれんで?それでもか?」

重ねたその問いに対する答えもやはり同じだった。

「そうか……分かった」

ため息を吐くと、中澤は体から力を抜いた。
やはり“未来”は…運命は完全に形を変えて確定してしまったらしいと苦い思いを噛み締めながら。

「…なあれいな。あんたが昔のウチになんとなく似とるいうんはほんまや。他人には思えへんいうんも」

それでも、中澤は言わずにはいられなかった。

「れいな。あんたがハタチになったとき、もしウチの隣におったら………」

だが、結局最後までは言えなかった。


― 一緒に酒でも飲もうや。


もう、そんな未来が訪れることはないことを知っていたから。
道が交わることはもうないのだと……知っていたから。

「……ほな。またな。気ぃつけて帰りや」

中澤は静かに首を振って言いかけた言葉を止め、代わりにそう言うと、空間の切れ目の中に姿を消した。

わだかまるいくつもの疑問や、訊ねたいことを敢えてそのままにして――


   *   *   *

「えっと……大丈夫やった?…って言うんも何か変か…」
「…言っとくけど、別にまだあんたのこと信用したわけやないけんね。まだ名前も聞いとらんし」

どう接すればいいのか探っているかのような愛の言葉に、れいなはそう返した。

床に倒れ臥したままの男たちも次々空間の切れ目に飲み込まれて消え、薄明かりの中に立つのはいまや2人の少女だけだった。

「あ、ほやった!ごめん。あーしは…わたしは愛。高橋愛」
「田中れいな。……一応礼は言うとくけん。やけど、一体何がどうなっとー?分かるように説明してもらえん?」

そのれいなの言葉に対し、愛は困ったような表情を浮かべた。

「ほやのー…でも簡単に話せることやないし…それにわたしも分かってないことが多すぎて……」


先ほど、精神感応のチカラを持つ愛の心に響いてきた“声”。
助けを叫ぶようなその声は、これまでになかったほど遠くから聞こえ、今までのどの声よりも強く響き渡っていた。

そして―その声を目指して“飛”んだ先にあった声の主は、初めて逢うにも関わらずどこか懐かしいような不思議な印象を与えた。

―誰の手も借りず、一人で生きていこうと思っていた。
自分の運命に、誰かを巻き込んでしまうことは避けようと。

だが、れいなの“声”を“聞”いて――
そしてその姿を目の前にして、愛の胸の中に何かが生まれた。

れいなの“声”を“聞”いて、愛は知った。
自分が、気付かぬうちに半ば以上暗闇の中にいたことを。
出口を見失いかけていたことを。


「ほや、あの…田中さん、今はどこに住んでるん?」

この出逢いにはきっと大きな意味がある。愛はそう感じていた。
だからこそ、これで終わりにはしたくなかった。

「………今はどこにも住んどらん。前住んどったとこ出てきたばっかしやけん」
「あ、そうなん?その…行く当てはあるん?」
「別にないっちゃけど…どうとでもなるけん」
「なあ、もしよかったら…あーしのとこで一緒に暮らさん?」
「……は?一緒に?」

ぽかんと口を開いたれいなに、愛は一枚のカードを差し出した。

「喫茶リゾナント?あんたのやっとー店なん?」
「うん、こないだから。住居スペースも一緒になっとって、まだ部屋も空いてるし。その……田中さんがよければやけど」

お願いだから来て欲しい――そうは言えず、愛は遠慮がちに小さく言った。
れいなはしばらくカードを見つめ――そして顔を上げた。

「お断りっちゃ」
「そう………そうだよね………」

淋しげに微笑む愛に、れいなはニヤリと笑い返す。

「“れいな”って呼んでくれん限りは絶対に嫌やけんね。――愛ちゃん」

愛の顔がパッと輝き、次いでいきなりの抱擁がれいなを襲った。
一瞬、びっくりしたような顔をしたれいなだったが、不思議な心地よさに思わず笑みが浮かぶ。

陽は完全に落ちようとしていた。
“共鳴”という名の運命に引き寄せられて出逢った2人の少女を残して―――