(29)656 『ツキシマ キラリ』

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『小春は可愛いからアイドルになれるよ』
『あいどる?』
『そう、綺麗な服着て、歌をうたったり、踊ったり、お芝居したりするの』
『こはるがアイドルになったら、ママうれしい?』
『すっごく、すっごく嬉しいよ』


買ったばかりの可愛い服を着せ、
鏡の前で愛おしそうに小春の髪を撫でる。

つい数年前まで母と暮らしていたはずなのに、
今思い出せる記憶は幼少時代のこの部分だけだった。




いつから均衡が崩れたのかは分からない。
気がつくと小春はいつも独りぼっちで、
身に纏うもの全てが偽りで創りあげられていた。

思い出そうとすると米神に痛みが走る。
耳を劈くような罵声、振り上げられる拳、ガラスの割れる音、骨の軋む感触。
あんたなんて産まなきゃよかった。あんたがいなければ私は幸せになれるのに。
残された言葉に、矢継ぎ早に代わる父。
歪む輪郭、つぎはぎだらけの曖昧な映像。



記憶の忘却。
小春が自分を守るために選んだ手段だった。




小春の母は、母というには若すぎ、そして母である前に一人の女であった。
そんな女にとての子どもは、初めはものめずらしく、柔らかく、
愛する彼との愛の結晶のようでとてつもない美しさを放っていたが
それが冷めてしまえばただのお荷物にしかならなかった。
自由に恋愛もできない、結婚も出来ない
思い通りに進まないストレスは全て小春に向けられる。
そして小春はそれを受け止めるほかなかった。
だから小春は誰も居ない部屋で願った。
母と、母が好きな男の人と3人で過ごせる幸せな日々が来ることを。



ママに好きな人がみつかったら、一緒に遊園地へ行こう
ジェットコースターやメーリーゴーランド、それから観覧車にも乗って
そのあとはレストランへお食事だよ?
小春の大好きなエビフライを頼むんだ。ママも好きでしょ?わけっこしようね





偽りで固められていく。
思い通りの世界が動く。
それはいつも華やかで、そして幸せだった。


それが自分の作り出した幻だということを幼い小春は到底理解できないでいる。
そしてそれが、生まれながらに授かった能力だということも、知らなかった。
だから小春はどんなに冷たくされても母を好きでいたし、愛されていると強く信じていた。


   アイドルになったら、ママうれしい?


アイドルになったらママはずっと好きでいてくれる。
疑うことなど考えなかった。





「ママ!ビッグニュースがあるよっ!!小春ね、ずっと内緒にしてたんだけどねっ
 オーディション受かったんだよ!小春、アイドルになれるんだよっ!!!」





上京は一人だった。
その後は何もかも事務所に任せ、東京での一人暮らしを始めた。
両親と東京で暮らすことを勧められたが、
仕事の立場上なかなか転勤できないでいる、と適当に嘘をついてごまかした。
でも電話したらすぐに来てくれる、とも。
実際、目を閉じて願えばいつでも両親は現れたし、母は優しい姿のままだった。
小春がアイドルになれば嬉しいと、頭を撫でながらそう言っていた姿のままで、いつでも小春を迎えてくれた。



「ママ初めてのお仕事が来たよ!地元でね美味しいもののロケをするんだ。だから新潟に帰るからね」


文字を電波に乗せた手紙は未だに空中を彷徨っているのかもしれない。
嬉々として送った報告は、届いていなかった。




今日はお家に泊まっていいからね。
マネジャーからの優しい気遣いに現実を突きつけられる。
今まで受けたどんなことよりも痛かった。


マンションから漏れる笑い声、見覚えの無い大きな靴
赤ちゃんの泣き声とそれをあやす、優しい優しい―――母の声。

「泣かないで、ほらいい子だから。ほら見てパパ。この子の泣き顔、なんだかパパにそっくりね」
「そうか?でもこの鼻筋が綺麗に通ってるところはママによく似てるよ」


硬いもので頭を強く叩かれた気分だった。
小春が平静を装い歩き出す頃には、赤ちゃんはすっかり泣き止み可愛い笑い声を上げていた。

その日から小春は『久住小春』をやめ、『月島きらり』になった。
新人アイドルの改名はさほど仕事に支障はなく
魅惑のクールビューティーと売り出されたきらりは、それから脚光を浴びることとなる。




「こんにちわー!月島きらりです。今日は新曲初披露ということで
 すっごぉぉぉぉぉいドキドキしてます!今回はリリースにあわせて夏の曲。
 あー!海いきたぁい!海鮮食べたぁい!!黒こげになりたぁい!なんて
 今年の夏は家族でバカンス、計画中でぇすっ!
 それでは聞いてください、7月15日発売の新曲――――――…


写真は念写すればいい。
思い出は作って語ればいい。
親を問われたら、だれもが羨むような母親像を…


目を瞑れば見える幻にしか縋ることができない。
現実か能力か、境界線は歪み、小春は居場所を失った
そしていつしか誰も信じられなくなっていた。




「きらりちゃんがアイドルになろうと思ったキッカケ、って何ですか?」
「ママが薦めてくれたんです。アイドルになったらどう?って」
「ほぉ、お母さんの薦めで。」
「もともとテレビの世界に興味があったからきらりも乗っちゃって
 全面的にバックアップしてくれました。ママのおかげでここまでこれましたね」
「そのお母さんが今日はスタジオにいらしてるということで、」
「はい、そうなんです。ママぁぁぁ!」
「あ、手振ってらっしゃいますねー。きらりちゃんはお母さん似ですか?お母さんもすごくお綺麗で」
「いやぁどうなんですかねぇ?そんなこと言ったらママ調子乗るんでやめてくださいよぉ」
「仲良しなんですね」
「はい、とっても。今日もこの後食事に行く約束をしてるんです――――――…






もう、何も痛まない。
あたしは一人で生きていく