169 :
ヤンデレの娘さん 転外 やんでれどうめい  ◆3hOWRho8lI :2010/12/14(火) 12:18:25 ID:a4mnyjkP
 それは、緋月三日たちがまだ高等部一年生だった頃のこと――― 
 
 夕暮時の夜照学園高等部。 
 2人の少年が、後者から出てくる。 
 1人は日本人とは思えないほどの高身長。 
 一見して細身だが、良く見ると相応に筋肉が付いている。 
 ともすれば威圧的になりがちな印象は、目を細めた温厚そうな(おっとりとした)表情に中和されている。 
 そして、もう1人は明朗な雰囲気の少年。 
 まだ男の子、という表現がしっくりくる印象で、目が大きく、よく表情の変わる。 
 「それにしても、まーた一原先輩に呼び出されるとはねー」 
 「そう言や、何だったんだ、みかみん。先パイの用事ってのは」 
 「生徒会の助っ人。中等部の時と同じだねー。でも、あの頃みたく荒っぽいことにはならなそう」 
 「なら良いんだがよ。コーコーセーになってまで殺伐とされちゃたまったモンじゃねー」 
 「そうそう。中二病バトルが許されるのはそれこそ中学生までってねー」 
 「いや、そりゃ何か違うだろ!」 
 2人は仲良さ気に雑談をしながら歩いている。 
 長身の少年が話す度に、もう1人が大げさなリアクションをとる。 
 ボケとツッコミの関係が見事に確立していた。 
 そんな和やかな、いかにも男同士の友情といった雰囲気を感じさせる下校風景を、少し離れた校舎の影から1人、明石朱里(アカシアカリ)は見つめていた。 
 朱里は、かわいらしい少女である。 
 茶色がかった短髪。 
 水泳部らしく、適度に鍛えられた、しなやかに伸びる手足。 
 目が大きく、愛嬌のあるかわいらしい顔立ち。 
 明るい笑顔の1つでも浮かべたら、どんな男でもドキリとさせることだろう。 
 もっとも、今はまるで般若のような形相をしているのだが。 
 「オノーレ・・・・・・」 
 朱里はドス黒い感情を乗せて、目の大きな男の子―――葉山正樹の方を見つめる。 
 「どうして、正樹はそんなヤツを隣に置いているのかな・・・・・・」 
 恨みがましく、見つめる。 
 「正樹の隣はアタシのモノ、私の隣は正樹のモノ、なのに・・・」 
 今度は、長身の少年、御神千里のほうを、殺意さえ込めて。 
 「オノーレ」 
 もし、朱里のそんな姿を彼女のクラスメイトが見たらさぞ驚いたことだろう。 
 普段の明石朱里は―――換言すれば人前での彼女は、誰に対しても常に快活な笑みを浮かべ、クラスの女子たちの中心にいる社交的な少女である。 
 そんな彼女が、ドス黒い負の感情を露にしているのだから。 
 猫かぶり、という言葉はあるが、被った猫の下にこんな本性が隠れているなんて、誰も知らないし、分かるはずも無い。 
 ハイド氏もびっくりである。 
 さて。 
 彼女がこのような状況にあるのには理由がある。 
 そもそも、明石朱里と葉山正樹は物心つくかつかないかくらいからの付き合いとなる幼馴染同士である。 
 幼馴染同士で、学校も同じだが、中等部の間はずっとクラスが違い、別れ別れになっていたのだ。 
 朱里にとって、中等部時代は地獄だった。 
 正樹がいない、というだけではなく、中学生というガキくさい反抗期と被るもとい多感で感じやすい年代だけに、クラスの雰囲気が若干殺伐としていたからだ。 
 夜照学園は進学校であり、他の生徒は競争相手=敵であるという意識が強かったこともあるのだろう。 
 少し人間関係を読み違えればグループの中からハブにされ、ひどい時にはいじめのターゲットになることもあった。 
 そんな中で、正樹という以前からの付き合いのある相手を欠いた状態で人間関係を零から構築することは朱里にとって多大な労苦を伴うものであった。 
 朱里にとって、中等部時代は地獄のようなものではなかった。 
 地獄そのものだった。 
 そんな日々の中朱里の神経は磨り減らされ、一方の正樹も部活に打ち込んでいたこともあって2人は相応に疎遠になっていた。 
 しかし、朱里はむしろそれによって正樹とすごした日々を愛おしく感じ、彼に対する恋愛感情を自覚するにいたった。 
 その想いは地獄の日々の中でより強く、より深くなっていった。 
 そして、高等部に入ってようやく同じクラスになることができた。 
 高校生になった正樹は、3年間別々のクラスにいただけで、幾分か変わっていた。 
 背も伸びて精悍さを増し、男らしく、格好良くなっていた。 
 人間関係も変わっていた。 
 元々人好きのする性格ではあったが、小学校の頃以上に多くの男友達に囲まれ―――親友とかいう少年が隣にいた。 
 正樹の隣は、朱里の特等席だというのに。 
 そのせいか、正樹からのリアクションも薄い。 
 例えば、同じクラスになってすぐのこと――― 
170 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれどうめい  ◆3hOWRho8lI :2010/12/14(火) 12:19:55 ID:a4mnyjkP
 「正樹、正樹。ひさっっっしぶり同じクラスになれたね!」 
 「まー同じガッコだからな。ンなこともあるだろ」 
 「一学年でクラスがひぃ、ふぅ・・・」 
 「十三クラス、だったな」 
 「13分の1!これは最早運命!。英語で言うとですてぃにー」 
 「ガンダムか執事漫画みたいなこと言うな。ソレを言うなら偶然だ、ぐーうーぜーん」 
 「このまま卒業まで、ずーっと同じクラスだと良いよねー」 
 「止せよ。ガキじゃねぇンだし、そんないつまでもベタベタしてられっか」 
 「そ、そう・・・・・・。ところで、この後の放課後ヒマ?良かったら一緒に・・・・・・」 
 「あー、悪い。先約がある。お、みかみんお待たせ」 
 「ン、はやまん。もしかしてカノジョさんと一緒だった?」 
 「ちげーよ、みかみん。コイツは明石朱里。昔ちーとばかり一緒につるんでただけだって」 
 「そっか、じゃあキチンとご挨拶しないとなー」 
 「人の話し聞いてたのかテメー!」 
 「・・・・・・・アナタは?」 
 「俺は葉山の親友の御神千里。同じクラスになったことだし、よろしくして欲しいかな」 
 「そう。親友、親友、ね」(ゴゴゴゴゴ) 
 と、まぁこんな具合である。 
 「折角、正樹に会うために地獄の日々を生き抜いてきたのに・・・・・・」 
 改めて、朱里は2人の少年たちを見た、もとい睨み付けた。 
 物心付く前から愛しているのに、その想いに気づいてくれない少年を。 
 そのすぐ隣というポジションにいる少年を。 
 特に、千里に対してはドロドロとした感情を向けずにはいられない。 
 妬ましいし、それ以上に憎い。 
 自分の定位置を奪ったことが憎い。 
 その上、それを誇るでもなく当たり前であるかのように振舞っているのが憎い。 
 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い 
 だから 
 「「(・・・)あんな奴が彼の隣にいるなんて許せない(です)」」 
 独り言が、期せずして唱和した。 
 それは、つまり近くに誰もいないと思っていた朱里の周りにもう1人いるということで・・・・・・ 
171 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれどうめい  ◆3hOWRho8lI :2010/12/14(火) 12:20:23 ID:a4mnyjkP
 「誰よ!?」 
 「ひぅ!」 
 朱里がそう叫ぶと同時に、がさがさーと近くの花壇の影から現れたのは、1人の少女だった。 
 華奢で小柄な少女である。 
 雪のように白い肌に細い手足。 
 美しい黒髪を肩の上あたりでおかっぱに切りそろえている。 
 良く見ると目鼻立ちのそこそこ整った、癖の無い顔立ちをしていて、その大きな目には怯えの色がある。 
 「・・・」 
 「いや、黙ってたら分かんないって」 
 上目遣いでオドオドとこちらを見る少女に、朱里は言った。 
 「・・・ひ、緋月三日です。…一年十三組の…・・・」 
 「はい?」 
 いきなり自己紹介された。 
 「・・・そ、その、『誰よ!?』って聞かれましたから」 
 当然といえば当然の対応であった。 
 「アタシは一年十二組の明石朱里よ。それで、アンタ・・・・・・そんなトコで何をしてたの?」 
 相手だけ名乗らせるのも難なので、朱里も名乗ることにした。 
 三日と名乗った少女がさっきまでいた花壇を見ながら。 
 誰にも気づかれずに花壇の影にずっと隠れているとか変な人以外の何者でもない。 
 「・・・そういう明石さんこそ、何をしてるんですか?」 
 三日も朱里の方を見ながら、質問を返した。 
 「うぐ・・・・・・」 
 冷静になって考えると、朱里は校舎の影でクラスメイトたちを見ながらブツブツ独り言を呟いていた変な人なわけで・・・・・・ 
 「う、うるさいわね!良いじゃない、好きな人を遠目に見ながら恋煩いしたって!フツーよフツー!」 
 開き直って勢い良くまくし立てて誤魔化すことにした。 
 主に、自分の羞恥心を。 
 「・・・確かに、普通のことですね。・・・好きな人は二四時間三六五日見ていたいものですから」 
 「そうよ、フツーよセージョーよ!」 
 なぜか納得する三日に、畳み掛けるように言う朱里。 
 どうやらこの三日という少女はいささかズレている部分があるらしい。 
 と、一通りまくし立てて朱里ははたと気づく。 
 「「って好きな人ぉ!?」」 
 2人の声が再度唱和した。 
 朱里の頭の中が、パニックに陥る。 
172 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれどうめい  ◆3hOWRho8lI :2010/12/14(火) 12:21:19 ID:a4mnyjkP
 正樹の恋敵はほとんど排除したと思っていたのにこんなところに意外な伏兵がいるなんてでも地味な感じの子だしでも『緋月三日』ってあの一原先輩(美少女マニア)に目付けられてた子の1人だったような・・・・・・。 
 思考がグルグルと回りだして、朱里はパニックに陥りそうになる。 
 とりあえず、思考を落ち着かせるために深呼吸。 
 とにかく、この恋敵(仮)から少しでも多くの情報を引き出さなくてはならない。 
 たとえすぐに有用な情報が聞けなくても、些細なことがこの恋敵を排除する布石になるとも分からない。 
 朱里がそう決意したことが伝わったのだろう。 
 対する三日の表情も剣呑なものに変わっていた。 
 「…」 
 三日は無言でこそあるものの、「恋敵は殺す。全て殺す」という思いがビリビリと伝わってくる。 
 見た目は非力な少女だというのに、朱里には彼女がどんな強敵にも勝る脅威に見えた。 
 一瞬、気圧されそうになるものの、朱里はゴクリと唾を飲み込み口を開く。 
 「まさか、アナタ正樹のことが―――」 
 「・・・まさかあなた、御神くんのことが―――!?」 
 2人はこれまたほぼ同時にそう言って、2人は互いの勘違いに気づく。 
 「……そっち?」 
 「…(コクリ)」 
 無言で頷く三日を見て、一瞬前までの緊張が一気に解ける。 
 「はー、あの親友クンに惚れてるとはねー」 
 「・・・よもや、御神くんの隣の人に懸想されている人がいらっしゃるとは」 
 隣の人、という無造作な表現に、朱里はなぜか少しだけムッとした。 
 「隣の人とは何よ!正樹はね、ちょーすごくてちょーかっこいいヤツなのYO!中学の頃なんて後輩のために・・・・・・」 
 それからずっと、朱里は延々と(彼女の知るはずも無いことも含めた)正樹の自慢話を始めた。 
 ・・・・・・途中から『子供の頃の恥ずかしい思い出』といったプライベートなことの暴露話になっていたが。 
 はっきり言って、身内以外にはどうでも良いことこの上ない話だった。 
 「・・・そうだったんですか」 
 朱里の話を三日はしかし、何一つ厭うことなく最後まで聞いていた。 
 「・・・すみません、『隣の人』なんて言って。私はあの人―――葉山くんのことは名前すら知らなくて」 
 それどころか、真剣な態度でそう言った。 
 そう言って、くれた。 
 「ま、下手に正樹のコト知ってたらアナタも惚れてたかもだしねー」 
 思わず、柔らかい笑みを浮かべて朱里は言った。 
 「・・・御神くんのことは、何も知らなくて」 
 そう言って、三日はうつむいた。 
 「・・・御神千里くん、一年十二組の生徒さん。・・・それが彼について私の知るほとんど全てです」 
 うつむいている三日の表情は、朱里からは分からない。 
 「・・・明石さんと違って、ほとんど何も知らなくて・・・・・・」 
 三日の小さな手が、制服のスカートをギュッと握る。 
 朱里はその手をそっと包み込んだ。 
 三日は、朱里の話を真摯に聞いてくれた。 
 朱里にとって何よりも大切な人の話を、真剣に聞いてくれた。 
 それが何より嬉しかった。 
 だから、今度は朱里の番だ。 
 「ねぇ、三日ちゃん。今度はアナタの話を聞かせてくんない?名前とクラスくらいしか知らなくても、それでもあの親友クンを好きになった、アナタの話」 
 朱里の言葉を受けて、三日は話し出した。 
 三日の話はつっかえつっかえ、要領を得ない部分もあったが、朱里は変に催促することも無く、彼女の語るがままに聞いていた。 
 幼い頃は病気がちで、他人と接する機会がほとんど無かったこと。 
 家族のこと。 
 大好きだったお兄さんのこと。 
 お兄さんがいなくなってしまったこと。 
 そのさびしい思いを抱えたまま、学校でも他人とどう付き合っていけばいいのか分からず、更に寂しい想いをしていたこと。 
 そして、 
 そんな頃に、御神千里が優しくしてくれたこと。 
173 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれどうめい  ◆3hOWRho8lI :2010/12/14(火) 12:22:38 ID:a4mnyjkP
 「・・・一目惚れ、みたいなものなんだと思います。・・・けれど、彼の姿を見ている内に、ずっとずっとずっと好きになって。いつの間にか、彼が視界にいないことがおかしくなってたんです」 
 はにかんだ表情で、三日はそう結んだ。 
 彼女は少し、自分と似ている。 
 そう、朱里は思った。 
 好きな人に対して不器用で、けれどとても一途だ。 
 だから・・・・・・ 
 「ねぇ、三日ちゃん?」 
 朱里は言った。 
 「アタシと手を組まない?」 
 「・・・手を組む、ですか?」 
 朱里の言葉に、怪訝そうな顔をする三日。 
 「アナタの話を聞いて私は確信したわ!アナタは使える!!」 
 「私使われちゃうんですか!?」 
 何気にヒドい台詞を今日一番の笑顔でのたまう朱里に、三日は当然ながらビビる。 
 「その代わり、アナタも私を使い倒しなさいな」 
 ずずい、と顔を近づけて朱里は言った。 
 「アタシは使えるわよー。何せ一年生1の事情通だし」 
 「事情通、ですか?」 
 「そう!」 
 バッと手を広げて朱里は続ける。 
 「情報を制するものはガールズの世界を制する!ぶっちゃけ、イジメの原因とかでも情報収集を怠ってクラスの立ち位置ミスったこともあるし」 
 「・・・随分と具体的というか真に迫っているというか・・・・・・」 
 体験談だった。 
 「ま、まぁ中学時代の黒歴史はさておき!私にかかれば、あの親友クンの個人情報から生写真まで!何でもそろうわよ!」 
 「・・・生写真!?すっごく、欲しい!」 
 朱里の言葉に目の色を変える三日。 
 ・・・・・・どんな写真を想像しているのだろうか? 
 「その代わり、私の恋愛にも協力して欲しいの。言わばギブアンドテイク、同盟関係ね」 
 「・・・協力、ですか」 
 「そうよ。まぁ、親友クンを攻略してくれるだけでも十分過ぎるくらいの協力になるんだけどね」 
 アレ何か入り辛いのよねー、と愚痴る朱里。 
 「・・・分かりました、明石さん。・・・手を、組みましょう」 
 「おっけー」 
 そう言って、三日の方に手を伸ばす朱里。 
 「?」 
 「握手よ。これでアタシら、友達ってことになるし」 
 怪訝そうな顔をする三日に、朱里は言った。 
 「・・・随分と打算的な友達のような気がしますけど」 
 三日は苦笑を浮かべる。 
 「友達なんてそんなモンでしょ。宿題手伝わせたり、ノート見せてもらったり―――恋愛相談したり」 
 「・・・そうですね」 
 そう言って、三日は朱里の手を握った。 
 「同盟、成立ね」 
 笑顔でそう言う朱里に、三日もまた笑顔で答えた。 
 「・・・私、お友達と握手なんてしたの初めてかもしれません」 
 はにかんだような、嬉しそうな表情で三日が言った。 
 「そりゃコーエーね」 
 対する朱里も笑顔で返した。 
 「・・・初めて。・・・初めてのお友達」 
 「そりゃコーエーどころじゃないわね!」 
 そこまで突っ込んで、朱里はふと気が付いた。 
174 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれどうめい  ◆3hOWRho8lI :2010/12/14(火) 12:23:00 ID:a4mnyjkP
 「っていつの間にか正樹たちいないし!」 
 「本当です!」 
 どうやら、長々と話し込んでいる内に正樹と千里は帰ってしまったらしい。 
 「追うわよ、三日ちゃん」 
 「・・・いきなり駆け出さないでくださいよう。私そんな走れな・・・・・・」 
 「大丈夫、下校路を考えるに、近道をすれば何とか追いつけるわ!」 
 「・・・そ、その前に息が切れちゃいそうです」 
175 :ヤンデレの娘さん 転外 やんでれどうめい  ◆3hOWRho8lI :2010/12/14(火) 12:23:47 ID:a4mnyjkP
 おまけ 
 それから、数ヵ月後 
 「てーづーまーりー」 
 だらけた表情で、朱里は自室の机の上に体を投げ出す。 
 「男の子を攻略するのに比べると、数学の問題が簡単に思えてくるわよねー」 
 今日は2人で勉強会兼恋愛対策会議。 
 彼女の目の前には宿題のノートの他に意中の相手に関する情報を事細かに書き記したメモ帳がある。 
 もっとも、朱里はそんな情報が何の役に立つのだろうという気分になってきているのだが。 
 そんな朱里を、三日は微笑みながら見ていた。 
 「・・・数学苦手な朱里ちゃんがそんなこと言うなんて、明日は雹でも降りそうですね」 
 おかっぱ頭からセミロングの長さになった髪を揺らして、三日は言った。 
 彼女の手元のメモ帳には『料理部部員からの証言―――長髪が好み』と書かれている。 
 「みっきーのいぢわる・・・・・・」 
 じとーっとした表情で朱里は三日の方を見やった。 
 「・・・いや、みっきーって何ですか」 
 聞き覚えの無い呼称に、三日が珍しく突っ込む。 
 「みっきーが某ネズミの王国のマスコットばりに、イヤミなくらいかわいーからみっきーよ。可愛すぎて死んじゃえ」 
 「・・・褒められてるのか妬まれてるのか分からない渾名ですね」 
 「だって、良く見るとみっきーってアタシよか可愛いし。美少女だし」 
 「・・・いやいやいや。それは無いですよ」 
 「新ジャンル:イヤミ可愛い。死んじゃえ」 
 「・・・ええっと、美少女って言うのは私のお姉様みたいなことを言うんじゃないかなーって」 
 「あんなのと比べたら誰だって不細工ちゃんよ!死んじゃえ!」 
 一頻り叫ぶと、朱里は部屋の隅で体育座りをはじめる。 
 「・・・・・・正樹ぃ、早くアタシの気持ちに気づいて迎えに来てよぉ。アタシはいつだって準備オッケーなのにさー。って言うか昔言ってくれたじゃん。お嫁さんにしてくれるって。ハハ・・・、あの頃のまーちゃんは・・・」 
 「・・・朱里ちゃん!?何か目がウツロですよ!?戻ってきてー!」 
 現実逃避を始める朱里に、三日が叫ぶ。 
 そんな気安いやり取りをする2人の姿は、打算的でも何でもない、ごく普通の友達同士のものだった。
最終更新:2010年12月20日 09:32