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524 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11:22:35 ID:bYnTMqNY [2/12]
高校2年 10月

早朝。

夏が過ぎ去り秋になったこの季節だと少し肌寒さを覚える時間だ。

日課である弁当を作り終えた僕は珍しく誰もまだ起きていない不知火家を出るや否や面を食らうこととなった。

「おはよう、遍」

凜とした佇まいで玄関前に居たのは高嶺 華、僕の彼女であった。

僕の姿を確認するやいなや微笑みながら挨拶をしてきた。

「…おはよう。待ち合わせの場所ここじゃあなかったよね?」

つい先日のこと兎にも角にも恋仲となった僕らだがやっかみを恐れた僕が提示した『放課後のみ』、という関係に不満を覚えた彼女は代わりに誰もいない早朝の登校を共にするという条件を提示してきた。

それならばと了承した僕だったが前日のメールでのやりとりで決めた待ち合わせ場所とは違う場所に彼女が現れたものだから面を食らうのは少々仕方のないことだった。

「うんっ。でもね、1秒でも早く遍に会いたくて来ちゃった」

その台詞に歯が浮くのを感じざるを得ない。

「たか…華に僕の住所教えたことあったかい?」

「前に遍にこっそりついていったことがあるから知ってたんだぁ」

「そ、そうなんだ」

時々顔を覗かせる彼女の非常識。

鮮やかな絵画に付着した汚れのように彼女のその非常識は高嶺 華という像よりも遥かにそれは強く印象を焼き付ける。

ついこの間まで邂逅するだけで心弾ませた彼女と恋仲になったというのにも関わらず未だ手放しで喜べないでいる理由がそこにある。

「じゃあいこっか」

閑静な住宅街に二人の足音が鳴り始める。

しばらくの間二人の間に会話はなく静寂が訪れていたが、趣味も境遇も似つかない僕らならば話題の提供に困るのも当然のことだった。

そもそもの話僕自身、あまり人と話すのが元々不得手ということもある。

だからこの静寂を打ち破るのは彼女が先というのも当然のことだった。

「私たち本当に恋人に…なったんだよね?」

「え…あぁそうだね。どうしたんだい急に」

「だって遍、放課後じゃないとイチャイチャしちゃダメって言うんだもん。酷いよ」

了承したとはいえ未だに不満には思っているらしく、口を尖らせる。

「我儘を言っているのは重々承知しているさ、でも僕ら男子の間では華は可愛くて有名だからそうなると僕も目立ってしまうんだ。あまり目立つのは苦手でね」

「…もっかい言って」

「え?」

「もう一回。可愛いって。そう言って」

「か、可愛い」

改めてその部分を切り取られてあげられると羞恥心が込み上がってきた。

我ながらなんて気障な台詞を口にしたのだろうか。

彼女は満足げな表情を浮かべるとそっと僕の左腕に抱きついてきた。

「今はそれで許してあげる」

脳がショート寸前だ。

「そ、そういえば文化祭。僕らのクラスは喫茶店になったね」

恥ずかしさに耐えられず無理矢理話題を変える。

「そうだねぇ。遍はどの役割担当したいか希望はあるの?」

「僕は看板製作とか担当できたらいいなとは思っているけども」

開催まであとひと月を切っているのであるのだが喫茶店、ということのみ決まっているだけで役割担当は決まっていない。

「じゃあ私もそうするっ。そうすれば遍にイチャイチャまではいかなくてもお話はできるしね」

なんとなくだがそう言うと思っていたが、そんなことは口にはしない。

「喫茶店かぁ…。そうだ遍、また『歩絵夢』行こうよ。陽子さんになら私たちのこと報告していいでしょう?」

「え?まぁたしかにそれは構わないけれども…」

どうして一体全体彼女はそこまでして周囲に僕らの関係を示したがるのかが分からなかった。

「でも華は多分、接客の係につかされるんじゃあないかなあ」

「えぇぇ、何でよぉ」

自分がどれほどの人望美貌があるのか一体把握しているのであろうか?

「僕はそっちの方が向いていると思うし、それに僕だけじゃあない。クラスのみんながそう思ってるんじゃあないかな」

「嫌よ、私遍と一緒にいたい」

「ははは…そこまでするほど僕と一緒にいて楽しいのかい?」

「うん。でも楽しいとかだけじゃないよ。全てが私に噛み合う感覚があるの。この世で最も一緒にいて落ち着く人だよ」

「未だに信じられないよ、たか…華と付き合ってるなんて」

「わたしだって嬉しすぎて信じられないくらいだよ」

するりと僕の腕から離れると一息吸って彼女は続けた。

「末長く、よろしくね」

なぜだか分からないけれどもその一言で背筋が凍る感覚が僕を貫いた

525 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11:23:51 ID:bYnTMqNY [3/12]


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「えええ!華ちゃん看板製作やるのぉ!?」

一先ず何事もなく授業を終え、帰りのホームルームになる直前のこと。

クラスメイトの女子たちが何やら騒ぎ出した。

「絶対華ちゃんは接客のほうがいいよ」

「私接客とかやったことないし…、向いてないよー」

如何にも謙虚な態度で真意を覆い隠す高嶺さん。

「絶対絶対絶対向いてるってぇ」

「私もそう思うよ~~」

「そんなことないってばぁ」

やいのやいのと騒ぎ立てる女子生徒達の声に黙って聞き耳をたてる者、聞いていないフリをしつつも耳だけはしっかり向けている者様々だが大半の男子生徒達が意識を割いていた。

そんな見ていて少々おかしな状況を変えたのは担任の太田先生の入室だった。

「ほら騒いでないで放課後のホームルームやるぞー」

自由の時間を体現していた生徒達は各々を席へと徐々に戻ってゆく。

「それで今日のホームルームなんだがなぁ。文化祭の役割分担を素早く決めたいと思う。うちのクラスは喫茶店をすることになったがそれを決めるのに時間がかかりすぎてしまったみたいでな、残された時間が少ないんだ。では早速決めていくぞ」

太田先生は白のチョークを手に持つと手早く分担される役割とその定員を書き込んでゆく。

その手で書かれた最初の役割は問題の『看板製作係』と3という数字であった。

「…では第一志望の役割の時に手を上げてくれ。まずは看板製作係な。これが第一志望のものは挙手」

やはりというべきなのかその定員を遥かに超える人数の生徒が手を挙げる。

その中にはもちろん高嶺さんもいる。

彼女はチラと一度僕の方へと視線を移す、たったそれだけのことだが彼女の意図は容易に汲み取れる。

僕も静かに手を挙げる。

「おお…思ったより人が多いなぁ。でもちゃっちゃと決めてしまいたいからジャンケンで決めようか」

太田先生は握りこぶしを宙へ挙げる。

それにつられるように僕たちも握りこぶしを宙へと挙げた。

526 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11:24:59 ID:bYnTMqNY [4/12]
「勝った人だけ残りなさい。ではいくぞ。最初はグー、じゃんけん…」

僕は握りこぶしを開いた、先生は握りこぶしを開かなかった。

運良く僕は勝利することができたようだ。

「おお、ちょうど三人残ったのか」

周りを見渡すと握りこぶしを開いた人物は僕を除いて二人しかいなかった。

「じゃあ看板製作係は桐生、小岩井、不知火の三人で決まりだな」

その中に彼女は含まれておらず彼女はただまっすぐ前を見つめながら拳を握り続けていた。

「じゃあ早速だが3人は集まって後ろで話し合っててくれ。では次は装飾係が第一志望のものー」

言われるがままに僕は席を立ち上がり教室の後ろへと向かう。

高嶺さんが少し気になる。

「よ、残念だったな!」

意識をほかに取られている僕の肩を叩いてきたのは同じ看板製作係の桐生 大地(きりゅう だいち)くんだった。

端正な顔立ちで女子生徒からの人気も高い。

これが僕の桐生くんへの印象。

「ざ、残念ってなんのことだい?」

「そのまんまの意味だよ。高嶺の花と一緒になれなくて残念、ってね」

夏祭りの時にみっともない嫉妬を向けていた手前、いざ対面すると苦手意識が全身を縛り上げた。

「な、僕は別に高嶺さんが希望していたからってこの係を希望したわけではないさ」

「でも高嶺が参加したいって意向はちゃっかり聞いてたんだな」

聞き耳を立てずとも僕はすでに今朝からその意向は知っていた

そう言いかけるが寸のところで止める。

527 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11:26:59 ID:bYnTMqNY [5/12]

「そういう桐生くんはどうなんだい?」

「俺?俺はもちろん彼女目当てさ」

心臓に冷や水がかけられる。

この感覚何週間ぶりだろう、しばらく前まではよく彼女に与えられていた感覚によく似た感覚だ。

僕が言葉に詰まっていると桐生くんは頬を釣り上げ笑い声をあげる。

「あははは!うそうそジョーダンだよ。そんなマジになるなって。俺彼女いるしなっ」

面を食らう。

「よろしくな不知火」

「ふたりとも~遅くなってごめんねぇ~~」

遅れてやってきたのは小岩井 奏美(こいわい かなみ)さん。

穏やかな女子生徒であり、高嶺さんの仲の良い友達。

これが小岩井さんへの印象。

「おう、小岩井も来たし早速どういうふうに進めていくか決めようか」

「うん、そうだね~」

桐生くんは流れるように場を仕切り出した。

素直にこういう一面を凄いと思うし羨ましくも思う。

僕がそういうことができるイメージはあいにくだが浮かばないから。

「んじゃまずこん中で絵、描けるやついるか?」

僕は右に左に一度ずつ首を振る。

「わたし少しなら描けるよ~~」

「お、助かる!俺もあんまし絵は得意じゃないからな。じゃあ小岩井は下書き頼まれてもいいか?」

「うん、いいよ~~」

桐生くんは場を仕切れる、小岩井さんは絵が描ける。

じゃあ僕は?

途端にみっともない劣等感に苛まれる。

「それじゃあ色塗りは俺と不知火で協力してやる感じになるのかなぁ」

「あの~」

恐る恐るといった感じで声をあげる小岩井さん。

「どうした?」

「絵は少し描けるけど字は下手なの~」

「あれ、そうなの?こういう大きい看板の文字だから字の上手い下手というよりかは絵の上手い下手かだと思うけどなぁ」

「でも上手な人が下書きを書いた方がいいと思う~」

「そっか。んじゃ不知火、お前書いてみる?」

「え?」

「いやぁ、申し訳ないんだけど俺も字は下手なんでさ」

「えっと…それじゃあ僕も自信があるわけじゃあないけどやってみるよ」

仕事が与えられる分には有難い。

役立たずにはなりたくないという思いもあり承諾をする。

「あとはいつ作業するのかって話だけど委員会とか部活とか入ってるやついる?」

今度は小岩井さんも一緒に首を左右に振る。

「まぁ俺はサッカー部あるけど多分頼めば休ませてもらえるしとりあえず三人でサクッと放課後に作業するか」

「桐生くん部活ある日は部活をやってもいいんだよ~~」

「いや、二人にやらせて自分だけ部活やるってのも申し訳なくて多分練習に集中できないし大丈夫だ」

「え~いいのに~~」

「まーまー気にすんなって。それにそんなに練習したけりゃ別の係立候補してたしな」

少しだけ悪戯な笑みを浮かべる桐生くん。

「不知火もそんな感じでいいよな?」

「うん、それで異論はないよ」

「うしっ、それで決まりだな。他の係の方も決まったみたいだぞ」

黒板の方へ視線を向けるとどうやらそのようであった。

「おーとりあえず全員の係決まったから看板製作の三人も席に戻って来てくれ」

太田先生の言う通りに僕らはそれぞれの席へと戻っていく。

528 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11:29:08 ID:bYnTMqNY [6/12]

「ひとまず係の振り分けが終わったわけだが手の空いてる人は積極的に作業している人の手伝いをするようになー」

クラスメイトたちの先生のボランティア催促への不満は「えー」という二文字が表現していた。

「同じクラスメイトなんだから助け合いは大事だぞ。あまり文化祭まで残り時間もないし今日のホームルームはここまでにする。号令」

号令係の元、僕らは一連の動作を行う。

「「「ありがとうございました」」」

クラスメイト達が散り散りになる中で自然に僕ら看板製作係の三人は再び集まると、太田先生も僕らの元へと歩いてきた。

「看板製作はこの三人でよかったよな?」

「「はい」」

返事をしたのは僕と桐生くん。

「それでなんだがなぁ、看板の材料は用務員室にあるんだ。私はこれから会議だから手伝えないのだが大丈夫か?」

「大丈夫ですよ、俺たちで取ってくればいいんですよね?」

「ああ、ありがとう。ただ看板の板は少々重たいので気をつけること」

「了解です。そんじゃ不知火は俺と看板運ぼう。小岩井は持ち運べそうな小物を頼むよ。それでも運びきれなかったら何度かに分けて運ぼう」

「わかったよ~」

「う、うん」

桐生くんはリーダーシップを発揮し滞りなく物事を運んでいっている。

これが桐生 大地。

僕の彼女に、高峰さんに本来ふさわしい器の男子生徒。

同じ男として劣等感と尊敬を感じざるを得ない。

いや、こうやっていつも惨めな気持ちになるのは僕の悪い癖だ。

僕は桐生くんになれやしないし、その逆も然り。

それを個性というのではないか、そう自分に言い聞かせる。

「後は三人ともよろしくな。あまり遅くならないように作業しなさい。それと怪我をしないようにな」

「「「はい」」」

太田先生はそう言い残すと少し忙しない足取りで教室を後にした。

「さてと、俺らも用務員室に行くかぁ」

「そうだね」

僕らも用務員室へ材料を受け取りに教室を後にしようとする。

「かなみぃ~!」

「わ~~」

529 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11:30:15 ID:bYnTMqNY [7/12]

振り返ると小岩井さんを後ろから高峰さんが抱きついていた。

「ひどいよー奏美。私も看板係やりたかったのにぃ」

「そんなこといったってじゃんけんだから仕方がないよ~~」

「ずるい~」

側から見ると女子生徒達のコミュニケーションといった感じであった。

だが一瞬、刹那とも呼べるその短い瞬間に高峰さんの両の眼は僕を捉える。

「『私たちの仲なんだから看板係を辞退して私と一緒の係になってくれたってよかったじゃん~』」

普通の人が聞けばただの仲の良い友達へと向ける言葉に聞こえるだろう。

だが違う。

きっと今の台詞は僕に向けたものだ。

「え~~、辞退してもみんなが混乱するだけだよぉ~」

「えー、そうかなぁ」

今度の高峰さんの両の眼は瞬間ではなくゆっくりと確実に僕らを、僕を捉える。

まるで蛇に睨まれた蛙。

「ねぇ二人ともそう思うよねぇ?」

「いやぁ小岩井はなんも悪かねぇだろ。恨むんだったらじゃんけんに勝てなかった自分を恨むんだなー」

「あーひどい!そんな言い方ないんじゃない桐生君?」

「だって事実じゃんか。な、不知火?」

「い、いやぁどうだろうね…」

僕に聞かないでくれ。

「ふぅん…。…看板係はこの三人なんだよね?」

「そうだけどそれがどうしたん?」

「だったらさ、私も看板係手伝うよ。どうしても看板製作やりたいのっ」

やっとここで彼女の目的に気がついた。

高峰さんは築こうとしているのだ、僕と彼女の『表』の関係を。

「いいけど高峰は自分の仕事とか大丈夫なのか?」

「私は結局接客係になったし当分は仕事とか練習とかないから大丈夫だよ」

「そっか、ならまぁお言葉に甘えようかな」

「華も手伝うんだ~、わ~い」

「じゃあよろしくね?奏美、桐生君…」

高峰さんは一人一人目を合わせ名を呼びそして最後に僕に目を合わせ

「…不知火君」

聞き慣れたはずなのに随分と久しく感じるその呼称を僕へと言い放った。

530 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11:31:49 ID:bYnTMqNY [8/12]

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「んーもう6時か。そろそろ切り上げるか」

用務員室から材料を受け取り2時間程作業を進めたところで桐生くんは作業の終了を切り出した。

「ほんとだ~すっかり暗くなってるね~」

「先生にも遅くなるなって言われてるし頃合だろ」

高峰さんが手伝いを申し出たその後、何人かの男子生徒も手伝いを申し出ていた。

しかし効率が悪くなるからと桐生くんはそれらを拒否した。

「とりあえず片付けられるものは片付けて板は後ろの方に置かせてもらおう」

「分かったよ」

僕ら四人は作業の後始末をこなしてゆき看板製作の初日を終えた。

「よしっ、とりあえずお疲れさん。明日もこんな感じで作業進めよう」

「は~い」

「うん」

「はーい」

僕らが返事をすると桐生くんは気まずそうな表情を浮かべ一瞬言葉に詰まったような様子のあとそのまま続けた。

「それとだな、高峰。明日からは手伝わなくていいぞ」

「…え?」

「いや高峰が手伝ってると男子たちがこぞって手伝いを申し出てくるんだよ。看板製作ってそんな大人数でやるものじゃないし、かといって高峰だけ手伝うってのも不公平な話だろ?」

「そん…な、わたしはっ」

「なんと言おうとダメだ。これはクラスの男子たちのためでもあるからな」

ギリィ

歯軋りの音が僕らの鼓膜を揺らすとその後彼女はひったくるように自分の鞄を手に取り教室素早く出ていった。

「…まさか高峰があんなに怒るなんてな。思ってもみなかった」

「華どうしたんだろう~」

桐生くんと小岩井さんは唖然とした表情を浮かべる。

突然、右ポケットに入っている携帯電話が震える。

送信者と要件を想像するのは難しくない。

「わたし後を追いかけてみるね~。二人とも今日はお疲れさま~」

「おうお疲れ様。高峰にあったら一言謝っておいてくれ」

「わかった~。ばいば~い」

小岩井さんも小走りで教室を後にした。

531 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11:32:51 ID:bYnTMqNY [9/12]

「ふぅ…。悪かったな不知火」

「え?」

「いや高峰を追い出すような形にしちゃったからな。好きなんだろ?高峰のこと」

「へ?いやっ、別に僕は!」

思ってもみなかったことを言われ僕の脳はぐるりと一回転する。

「ははは別に隠さなくてもいいって。というか作業中あれだけ高峰のこと見てたら誰でも気づくよ」

赤面する。

筒抜けになるほど高峰さんのことを見ていたという事実とその事実をまったく知り得ていたなかった自分の愚かさによる羞恥心で胸がいっぱいになる。

「応援してやりたい気持ちもあるけどよ、でもそれはフェアじゃないだろ。程度に差はあれあいつに想いを寄せている男子は大勢いるんだから」

「…たとえ彼女と一緒に作業していても僕はきっと一歩も踏み出すことはなかったと思うよ」

「そんなネガティヴになるなって。フェアじゃないなんてかっこつけて言ったけどさ、ようはあいつをめぐって喧嘩とか、いがみ合いとかそういうのをうちのクラスでして欲しくないってことさ」

「どういうことだい?」

「どういうこともなにも折角同じクラスになった仲間だなら皆んなが皆んなを大切に思える、そんなクラスで高校生を終えたいんだ。…綺麗事だよな」

桐生くんは少し恥ずかしそうに笑う。

どうやら立派なのは容姿や能力だけではなく、志もそのようだ。

「桐生くんは凄いや。本当によく周囲を見ているんだね。僕は自分自身だけで精一杯だ」

「いやいやそんな大層なことじゃねーって。ただクラスメイトが仲良しこよしして欲しいっていうただの我が儘だからな」

「ならそれは素晴らしい我が儘だね。…僕はそう思う」

「なんかそう言われると照れるな…。恥ずかしいから誰にもいうなよ?」

今度はどうやら彼に羞恥心を抱かせられたようだ。

先ほどの反撃できたような気がして小さな自分が大きく満たされる。

「言わないよ」

「おうさんきゅ。あとは戸締りなんだけどそういや施錠係って誰だっけ?」

僕はポケットから教室の鍵を取り出して桐生くんの前にかざした。

「僕だ」

「お、そうだったのか。じゃあこれで教室の戸締りはできるな」

「戸締りは僕がやっておくから桐生くんは先帰ってても大丈夫だよ」

「遠慮すんなって。別に手伝うくらい平気さ」

「遠慮なんかしてないさ。戸締りの他にも用事があるからね。少し時間がかかると思うから先に帰ってもらえた方が僕としては助かるんだ」

「あぁそういうことなら、…分かった。それじゃあ後はよろしく頼むな」

「うん」

「また明日な、不知火」

「お疲れ様、桐生くん」

彼は鞄を肩にかけると軽い足取りで教室を出ていき残されたのは僕一人となった。

静寂が教室を包むと途端に疲労が押し寄せてきた。

作業、慣れないコミュニケーション、それらが思っていた以上に僕には負担になっていたようだ。

要領の悪い自分に自嘲の笑いを浮かべながら自分の席へと座る。

532 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11:34:16 ID:bYnTMqNY [10/12]
そういえば、と先ほど震えた携帯電話の中身を確認する。

ーーーーーーーーー
差出人 高嶺 華
件名 なし
本文 教室に残ってて

ーーーーーーーーー

たったそれだけの文章だった。

それを確認し携帯電話を折りたたむと背後から突然誰かに抱きしめられる。

「遍…」

誰かに、なんて思ったが少し考えればそれが高嶺さん以外にありえることはないということに気がついた。

「華…小岩井さんが君のこと心配して追いかけていったよ」

「知ってる。でも今はあなたを感じる方が大切なの」

僕を抱き寄せる腕の力が徐々に強まってゆく。

「どうして?どうしてなの?私は遍とただ一緒にいたいだけなのに」

その時肩に伝わる湿った感覚が彼女が泣いているということを僕に教えた。

「ねぇ遍?わたしのこと…すき?」

「え?」

「わたしまだ一回も聞いてない、遍の気持ち」

僕の気持ち。

僕は彼女のことをどう思っているのだろうか。

確かに僕は彼女に恋がれていた。

じゃあ今は違うのかという質問に対しては僕はNOと答えるが一つ言えるのが彼女への気持ちが少し変化していることだ。

それはなぜなんだろう。

怒りを構わず友人たちにぶつける所を見たから?

違う。

僕の住所を尾行して割り出したことを言われたときか?

違う。

彼女に暴力的な告白をされたときから?

…多分もっと前、今ならわかる。

夏祭りの時の別人のような彼女を見てから僕はきっと彼女を慕う気持ち以外の気持ちが芽生え始めたんだ。

あまりに恋い焦がれたから僕はありもしない手前勝手な『高嶺の花』を想像し空想し妄想していた。

彼女だって人間だ、時には泣いたりもするし怒りもする。

理想を、虚像を勝手に作り上げ僕は本当の彼女のことを理解しようとしてなかったのではないだろうか。

僕を締め付ける腕の力が一層強まる。

「好きだよ」

「!」

「でも僕は華のこと全然分かってないみたいだ。だから少しずつでいい。知りたいんだ、華のこと」

これが僕の今の気持ち。

きっと混乱しているだけだ。

彼女ほど魅力的な女性はそうはいないしきっとそれほどの女性が僕なんかと恋仲になってくれることなんてもう一生ないだろう。

「…嬉しい。私も好き、愛してる」

ちゃんと彼女と向き合おう。

心の底から君を愛せるように。

533 名前:高嶺の花と放課後 第8話[sage] 投稿日:2018/06/29(金) 11:34:54 ID:bYnTMqNY [11/12]

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「わぁ、小岩井さん絵上手だね」

「えへへ~、そうでもないよ~」


ねぇどうして?


「どれどれ?うお本当に上手いな!」


私は誰よりもあなたのことを求めているのに


「二人とも大げさだよ~~」

「不知火の書いた字も綺麗だしなんだかんだおれらの看板の完成度かなり上の方じゃないか?」

「ははは、僕の字はそんなに褒められるほどのものじゃあないと思うよ」


彼の字が綺麗なことくらい私はずっと前から知っている


「ううん~、不知火くんは字綺麗だよ~~」

「…なんだか小岩井さんの気持ちが少しわかった気がするよ」


彼の瞳に私は映っていない


「なんだよ?小岩井の気持ちって」

「あんまり褒められるとなんだか気恥ずかしいってことさ」


その照れた表情も


「なんならもっと褒めてやろうか?」

「そろそろ勘弁願いたいかな…ははは」


その困ったような笑顔も私のものなのに


「二人とも~おしゃべりはそこまでにして作業しようよ~~」

「ああ、ごめんごめん」


なんで私じゃない人に向けているの?


「そうだ!今日作業に使えそうな道具持ってきたんだった。ちょっと二人とも作業進めといてくれ」

「分かったよ」

「分かった~」


なんで私はここまで我慢しなきゃいけないの?


「さてと、じゃあ絵のほうまたお願いするよ小岩井さん」

「まかせて~」


ねぇ…


「じゃあ僕はもう少し修正できそうなところをやってみようかな」

「うんよろしくねぇ~」


どの面下げてそこに、私の愛する人のそばにいるの


「あ!揺らさないでよ小岩井さん」

「あはは~ごめんね~~」



…奏美?