780: 罰印ペケ :2020/05/31(日) 11:23:32 ID:l17.YzuE

「ほら綾音。今日からお兄ちゃんになる遍くんよ。挨拶して」



初めて綾音と家族になった日は何故だか、よく覚えている。



今では僕ら二人の母親を務めてる義母の、妙子さんの後ろに隠れていた。



「もうお母さんの後ろに隠れてても仲良くなれないよ?綾音、昨日までずっとお兄ちゃんが出来るって喜んでたじゃない」



「あ…あの、あやねです。なかよく…してくださぃ」



なんとか勇気を振り絞ったというような挨拶だったが、段々と尻窄みになっていた。



「こんにちはあやねちゃん。ぼくはあまねっていうんだ。すっごくなまえにてるね」



「うん…」



なんとか歩み寄ろうとしたが、それでもなお新しい母親の影から出てこない。



これからのことが漠然と不案になったのを覚えてる。



「ごめんね遍くん。綾音ったら少し緊張してるみたい。それでも仲良くしてくれるかな?」



「はい、いいですよ」



「ごめんね、少し剛さ…パパと話すことがあるから二人で仲良くしてもらってもいいかな?」



「はい」



僕は構わないと言った心境だったが、肝心の仲良くする相手がおいそれと簡単に母親と離れるとは思えなかった。



「綾音もいい?」



「うん」



しかしその予測に反して、簡単に母親の言うことを聞いた。



この時、子供ながらに『この子は良い子だな』と単純に考えたのを覚えてる。



母親の姿が見えなくなり、さぁ困ったと思っていると、綾音は先ほどの様子とは一転、僕に近づいてこう言った。



「わたしね!あやねっていうの!おにーちゃんはあまねっていうんでしょ?あたしたちにているね!」



先程とは違う、はっきりと強い意志を持った自己紹介。



内容としてはほとんど僕の復唱に近いが、それが綾音にとっての歩み寄りの証拠なのだろう。



しかし震えてる手、身体、瞳が幼いながらに緊張感の伝わるものだった。



「うん…。よろしくねあやね」



この日から僕ら二人の兄妹が始まった。

781: 罰印ペケ :2020/05/31(日) 11:27:40 ID:l17.YzuE
初めて出会ったことを思い出している中、ふと我に帰ると、今度は僕は読書をしていた。

「ねぇお兄ちゃん」

本を読んでいる腕の隙間から、義妹が潜り込んでくる。


「どうしたんだい、綾音。本が読めないよ」

僕は今何の本を読んでいたんだ?

作者名も、作品名も分からない。

「お兄ちゃんってば、さっきからずっと本読んでるよ」

「そんなに読んでたかなぁ」

それが気になり、読書を再開しようとする。

「って、あ!また本読もうとしてる!」

「今良いところなんだよ綾音」

「もうお兄ちゃん、あたし暇ー!」

「暇って言われてもなぁ…」

「暇ー!」

こうなってしまえば綾音を大人しくなるまで待つには、骨が折れるもこの時の僕なら既に理解していた。

「はぁしょうがないなぁ。…綾音は何がしたいんだい?」

僕は読んでいた本を閉じて、綾音に尋ねる。

「えっ…それは考えてなかった…えへへ」

「全く綾音は…。いいよ、気分転換に散歩にでも行こうか」

「なんだかんだ構ってくれるお兄ちゃん好き!」

「僕も好きだよ、綾音」

嗚呼、確かこんな風に綾音によく『好き』って言ってなぁ。

随分と懐かしい。

鮮烈な日々にいつの間にか、古びた思い出は埋没していってたんだ。

「えへへ」

僕が綾音に『好き』と言えば、こうやっていつも嬉しそうに綻んだ笑顔を浮かべるから、僕も嬉しくなって言ってたんだっけ。

「ねぇーえ、お兄ちゃん」

「ん?なんだい?」

「大人になったら綾音のことお嫁さんにしてくれる?」

「んー、そうだなぁ。綾音がもう少し野菜を食べれるようになったらいいよ」

「ええー、けち!」

「ははは」

初恋も知らない愚かな少年の『好き』と初恋の相手に向かって言う少女の『好き』は全く持って意味が違う。

782: 罰印ペケ :2020/05/31(日) 11:28:16 ID:l17.YzuE

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長い、長い夢を見ていた。

「あ、お兄ちゃん起きた?おはよう」

目を覚ますと綾音の声がした。

状況が掴めない。

何が起きているんだ。

「少し動きづらいかもしれないけど、我慢してね」

動きづらいと言われて、漸く己の両手首に一つ、両足首に一つ、玩具の手錠のようなものが付けられていたことに気がついた。

「これは一体なんなんた…?」

「なんなんだって、手錠だよそれ。玩具だけどね」

「そういうこと言ってるんじゃあない。どうしてこんなものつけてるんだ!」

「どうして…か。それはね、お兄ちゃんをここから逃さない為だよ」

「逃さない…?」

そういえばそうだ。

ここは一体どこなんだ。

見覚えのない室内に身を置いてるのもまた、分からないものだった。

そもそも目を覚ます前、僕は何をしてたのか。

ぼやけた記憶のピントが徐々に合っていく。

そうだ、夜中出歩く綾音を追って僕は、山の中の小さな小屋のある広場まで来た。

そこまでは覚えている。

「…じゃあ、ここは」

その小屋だというのか。

「随分と昔に捨てられた民家みたい。汚いと思うかもしれないけど、これでも結構掃除した方なんだよ?」

「逃さないってなんだ。そもそもこんな所掃除したから何だって言うんだ?」

「ねぇお兄ちゃん。この数日、あたしがどんなに惨めで辛い想いをしてきたか…分かる?」

僕の話を聞いているのかいないのか、尋ねた疑問に対しての返事がない。

「あたしが準備してる間も、お兄ちゃんがあの女の隣で笑ってると考えたら、むかついてむかついて、何も知らずに毎日帰ってくるお兄ちゃんを、犯してやろうかって何度も何度も考えたよ」

それはとんでもない告白だった。

そっとしてやるのも間違いだったのか?

最初から最後まで僕は間違えてばかりだったのか?

「でも、あたしはお利口さんだから。お兄ちゃんを犯すのは、ここに監禁してからってすっごくすっっっごく我慢してた」

「監…禁…?」

「そうだよ、監禁。少しは自由を許してるから軟禁っていうのかな。まぁどっちでもいいや。大事なのはここで死ぬまでお兄ちゃんはあたしと過ごすってことだよ」

「死ぬまでここで過ごすだって?ふざけたこと言うのもいい加減にしなさい!」

「ふざけてなんかないッッッ!!!!」

耳を劈くような怒号に恐怖を覚える。

783: 高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』 :2020/05/31(日) 11:29:11 ID:l17.YzuE

「ねぇ…お兄ちゃん。ふ、ふざけてこんなことすると…思う?」

余裕のない震えた声。

声の落差が、その不安定な綾音の心の様を表しているように思える。

「あたしが、あたしが世界で一番お兄ちゃんのこと愛しているのに、あんな女にお兄ちゃんを奪われて、平常心でいられると思う?」

「別れたと言った側から復縁して、騙すような真似をしたのは悪かったと思っているさ。けどこんなこと間違ってる」

「間違ってる?間違ってるのはお兄ちゃんのほうだよ。何回も何回も結ばれていいんだって、愛し合っていいんだって言ってるのに、義理なのに"兄妹だから"とか理由になってない理由ばっかり」

「だから僕は綾音を本当の妹のように…」

「妹って何?兄妹って何?そんなのあたしには分からないよ。初めからお兄ちゃんが好きだったあたしの心はどうなるの?」

「それは気付いてあげられなかった僕が悪かった!でもっ…」

「いいよ、別に。それ以上言い訳しなくて。結局の話、あたしたちは根本から間違ってたんだよ。だから"今回は諦める"」

「諦める…?だったらッ」

「勘違いしないで。諦めるって言ったのは"今回の人生で真っ当にお兄ちゃんと結ばれる"のを諦めるって言ったの」

「何を言って…」

「お兄ちゃん。ここにはね、ある程度食料を備蓄しておいたの。けど備蓄は備蓄。いつか底を尽きる」

話が転々としすぎて全体像が読めない。

話を理解しようと努めていると、綾音は顔を突如歪ませる。

「食料が持つ間、ずっとここであたしとセックスし続けるんだよ。神様に来世はちゃんと恋人になれますように、って。生まれ変わったらちゃんと結ばれるようにお願いしながら。…そしてここであたしと二人で飢え死ぬの」

綾音の口から告げられたのは酷く悍しい計画だった。

「ま、まて!そんなの正気じゃないぞ!」

「アハハ!あたしはもうお兄ちゃんと普通の恋人になれないんだよ?!正気でいられると思うッッッ!!!?」

何がここまで綾音を狂わせたのか、いや、分かっている。

分かっているのに、こんな取り返しのつかない状況なのに、未だに認めようとしない。

僕の心はどうしようもなく愚かだ。

「綾音、…お願いだ。やめようそんなこと。今ならまだ全部無かったことにするから…」

「お兄ちゃんまだ自分が上の立場だと思ってるの?自由が効かない両手両足で何が出来るの?あのね、これはもう決めたことだし、引き返すことだってしない」

綾音の意思は揺らがない。

芋虫の様に這いずり回ることしかできない僕を、仰向けに転がす。

「抵抗しないでね。本当は拘束なんてしたくないから今は甘めにしてるけど、抵抗する様ならもっと拘束厳しくするから」

身動きの自由が効かない僕の服を一つずつ脱がしていく。

この先になにが待ち受けているかなんて容易に想像がつく。

「い、嫌だ。僕は綾音とそういうことしたくない!」

抵抗するなと脅されてもなお、僕の本心は義妹との性行為を拒んでいた。

口出してからしまったと思う。

また綾音の激情に火を付けしまうのではないか。

784: 高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』 :2020/05/31(日) 11:29:44 ID:l17.YzuE

「…ひどいよ、お兄ちゃん」

しかし予測と反して、綾音の反応は大粒の涙をポロリポロリと流していた。

「あっ、いや…」

妹の、一番見たくない顔を見せつけられて、反抗の意思があっという間に萎んでいく。

「そんなに嫌ぁ…?あたしとするの…。こんっっっなにも愛しているのに、どうしてあたしは拒絶されないといけないの?」

「綾音…違うんだっ、その…」

罪悪感が胸をこの上なく縛りつける。

「もういいよ…。分かった。どうあがいたって、あたしのこの人生は報われないんだ…。あはは…あはははははははははは!」

綾音の中で何かが壊れた。

「綾…んっ!?」

「んチュ、ンン…ンハッ…チュ」

悲哀の表情が突如として剥がれ落ち、能面の表情で僕の唇を貪る。

毒の様な唾液が止めどなく流し込まれる。

「チュ…もうあたしは、あたしがやりたいことをやる。ここでお兄ちゃんを死ぬまで犯してやる」

狂気の宣言の後、体を一旦僕から離すと、今度は綾音が服を脱ぎ始めた。

綾音の、十年間共に過ごしてきた義妹の裸体が露わになる。

けれど華の時とは違う。

情欲が一つも湧かない。

確かに華の時は、なにやら薬の影響というものはあったものの、その心の奥底で見惚れるものがあった。

それが義妹には感じない。

僕の心の底の、どうしようも変えることができない部分。

何度も伝えているのに伝わらない悲しい部分。

綾音はそっと僕の陰茎に愛撫を始める。

不快感が背筋を伝う。

いくら愛撫しても、僕の身体は心と密接に繋がっていたらしく、ピクリとも反応しない。

それは自分の中に唯一残された真っ当な人間性の証であり、砦のようなものでもあった。

幾らやっても無意味だと気付いたのか、一旦その手を止める。

しかしそれを、諦めてくれたかと安心することはできないということはもう、重々承知だった。

こんなことで止めるわけがない。

そう身構えていると、綾音は姿勢を変え、僕の下半身へと顔を近づける。

「っ…」

生暖かい感触と、気色の悪い感覚が同時に伝わる。

「ン…ンン、チュ、レロ」

嫌悪感から目を逸らしても、綾音が僕の陰茎を咥えていることは嫌でも分かった。

785: 高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』 :2020/05/31(日) 11:30:09 ID:l17.YzuE

僕の女性経験は少ない。

華と一度だけ、本番行為をしただけだ。

そんな経験の浅い僕の未知なる行為をされ、少しずつ陰茎に血と力が巡るのを感じる。

嗚呼…自分の身体が嫌いになりそうだ。

心は酷く冷めているのに、身体はその真逆とも言える生理現象を起こし始める。

「ンッ、レロ、ンアァ…ム、チュパ」

もう綾音がどんな表情してるかも見たくない。

考えたくもない。

「チュ…ジュル、ンァァ…レロレロ」

もうすっかり陰茎は肥大化してしまったが、綾音はそれでも口の動きが止まらない。

触手のような舌が何度も何度も何度も、絡みついて何度も何度も何度も、気色の悪い摩擦を繰り返す。

きっと綾音は口淫だけで、まずは一度僕を果てさせようとしている。

もうその気色の悪さに快楽を覚え始めている身体に対し、『もう勝手にしろ』と失望にも似た感情が湧く。

「チュゥ…ゥゥゥ、ジュパ、あむ」

舐めるだけでなく綾音は、肺も使って陰茎に吸引し始めている。

快楽が加速度的に溜まっていくのが分かる。

くそっ、思ったよりも遥かに早く限界が訪れそうだ。

「…っ」

「ジュルルル、ん!?ンンッッッ」

妹の口の中に精を無様に吐き出してしまう。

綾音はそれに驚きつつも、精を吐き切るまで陰茎を口に咥えたままだった。

陰茎の痙攣が治ると、ゆっくりと口を話していく。

口内から解放された陰茎は、唾液で濡れてやや冷たさを感じる。

綾音の口内にあるであろう精液を、嚥下したのか喉仏が一度大きく動く。

コク

「これが精液の味…美味しくもないし変な臭いだけど…けど…。普段じゃ絶対に味わうことのない味…今まで味わったことのない味…。ふふ、ふふふ。あたし本当にお兄ちゃんを犯してる…」

疲労感がどっと押し寄せる。

単純に絶頂に達したこともあるが、本当に血の繋がった妹とも思ってた義妹に、性的暴力をされたという事実が精神に疲労が襲う。

「もう…やめてくれ…お願いだから…」

「やめない。好き、愛してる」

綾音の愛の囁きなど、到底受け入れられない。

受け入れられないはずなのに。

なのになんで僕の身体は、綾音を女性として受け入れ始めてるのか。

今この時ほど性欲というものが、穢らわしく感じたことはない。

気がつけば僕は、一筋の涙を流していた。

レロォ

それを見た綾音は、雫を掬うように舌で涙の跡を辿る。

「これがお兄ちゃんの涙の味。ふふ、当たり前だけどしょっぱいね。ねぇお兄ちゃん、次はどんなお兄ちゃんの味をあたしに教えてくれるの?もっと知りたいなぁ」





オシエテ






悪魔の囁きと同時に、綾音は僕の上に跨り、僕の陰茎を綾音の中に沈めていく。

786: 高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』 :2020/05/31(日) 11:30:34 ID:l17.YzuE
嗚呼、妹とセックスをしてしまった。

近親相姦。

気持ち悪い。

人間性の崩壊。

頭の中で自分への罵倒が止まらない。

華の時とは違い、出血している様子もないし、それほど痛がっている様子もない。

しかしゆっくりと、ゆっくりと己の許容範囲を確かめながら綾音は着実に腰を沈めていく。

「ああっ!最高……。あたしお兄ちゃんとセックスしてる…。血の繋がった兄妹じゃしない、男と女の愛ある行為…。はぁぁぁぁぁ、たまんない!」

小さく小刻みに腰を動かし始める。

「好きだよお兄ちゃん。愛してる。来世ではちゃんと恋人になって、それから夫婦になって死ぬまで愛し合おうね。神様もきっとあたしたちのこと見てるよ。だから絶対来世はあたしたち運命の恋人になれるよ!好き、大好き。もうここから死ぬまで絶対離さないからねっ」

華の時の、僕に無理やり快楽を与えようとする動きではなく、自分が快楽を得ようとする動き。

僕を貪り、喰らう。

華…ごめん。

プロポーズまでしておいて僕は、他の女性に身体を弄ばれてる。

最低だ。

けど心だけは君の元にある。

身体はもう僕の言うことは聞かないけど、絶対に君を愛する心は折れない、折らせない。

「気持ちいい、イイッ!はぁっ、はぁっ」

こんなの愛のある行為じゃない。

一方的なレイプだ。

そう思い込み、心だけでも抵抗しろ。

本当に死ぬまでこの地獄が続くかもしれない。

けれど死ぬその最期の時に、僕は"人間だった"と尊厳を保てるように、心だけは絶対にこんな行為を受け入れちゃだめだ。

「あっ…ああっ…ううう…」

分かっている。

それはつまり、嫌悪感で永遠に心を苦しめることを意味する。

はっきり言っていつ精神が壊れてもおかしくない。

けどこれは守る戦いでもある。

人としての尊厳。

愛の誓い。

そしてもはや思い出の中にしか生きていない、僕の妹…綾音。

「イクッ、好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き、愛してるッッ…大好き!」

僕は耐えられるのだろうか。

耐えたとしてその先に何があるのだろうか。

「…はぁ、はぁっ、アハハ…。まだ…これで終わんないからね。あたしたちがまた愛で結ばれるように何度だって繰り返すから」

もはや一縷の希望も持てない脆弱な精神状態で、綾音の愛に飲み込まれていった。

787: 高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』 :2020/05/31(日) 11:31:00 ID:l17.YzuE

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来る日も来る日も綾音に犯され続ける日々。

もうここ来てから幾日経ったかも分からない。

夜が来たら寝る、朝が来たら起きる、そんな人間らしい生活など送れるはずもなく、人間性が壊れていく。

綾音に身体で抵抗できたのは所詮、最初の最初だけ。

昼夜通して行われる性行為は、綾音が僕の身体を理解するには十分すぎる時間だった。

もう僕の身体の主導権は僕にない。

綾音に愛玩具として扱われる日々。

けれど心の根っこの部分はいつまで経っても変わることはなく、どうしようもない嫌悪感が精神を蝕む。

頭がおかしくなりそうだ。

「お兄ちゃん…、今日はね。ちょっとお願いがあるんだ」

返事をしようとは思わないが、それ以前にもう声の出し方も忘れかけていた。

「あたし大事なこと忘れてた。散々お兄ちゃんの身体の一部を口にしてきたけど、まだ一つだけあたしの知らないお兄ちゃんの"味"があるの」

返事のない僕などお構いなしに僕の耳元で囁く。

「血…だよ。お兄ちゃん。あたしお兄ちゃんの血が飲みたいの」

そう言って綾音は懐から、包丁を取り出す。

対する僕は両手両足が拘束されている状態。

俎板の上の鯉。

簡単に僕を殺せそうだ。

いっそのこともう殺してくれ…。

「ちょっと痛いと思うけど、指先ちょっと切らせてもらうね」

ツゥ

火傷にも似た感覚が指先に伝わる。

その瞬間、一気にフラッシュバックした。

華、ごめん。

君を愛してる。

心は君の元にあるから。

フラッシュバックしてのは華にお仕置きされた時のこと。

記憶が鮮烈に蘇り、廃人になることを拒む。

「赤くて綺麗…いただきます…あむ」

綾音はそのまま僕の指先を加える。

「チュゥゥ…レロレロ」

頬を紅潮させ、まるでスープを飲んでいるかのように味わい嚥下している。

「どうしようッ…自分の血は舐めたことあるけどそれよりも何倍も美味しい…ううん味は間違いなく血なんだけど…でも美味しい、アハッ!」

綾音は狂気の笑みを浮かべる。

嗚呼…

このまま死ぬまで続くのだろうか。

家の隙間から山風が流れる。

鼻腔に一輪の花を彷彿とさせる匂いが届く。

なんだろうこの匂い。

何かの花の匂いの気がする。

その匂いに安心感と恐怖という矛盾した感情が湧き上がる。

「ねぇ、何してるの?お前」

こんな時にまた彼女の幻を見てるのか。

綾音もお構いなしに僕の指を舐め回す。

788: 高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』 :2020/05/31(日) 11:32:35 ID:l17.YzuE
「何を…しているの?」

いや幻なんかじゃない。

言霊に込められた負の感情が、本物の圧を生み出している。

久しぶりの登場人物に、意識が覚醒する。

「…ああもうなんで、あたしとお兄ちゃんの楽園に汚い足で踏み入れてくるかなぁ」

「ねぇ…何しているのかって聞いてるんだけど…」

「何って、来世でお兄ちゃんとあたしが結ばれるための神聖な儀式だよ。神聖な儀式…だったんだよ…。なのになんであんたがここにいるんだよ」

「なんでって愛する彼氏がこの周辺で通信が途絶えたから散々探し回ってやっと見つけたのが、ここってだけ」

「通信が途絶えた…?」

「GPSアプリ、入れてるの。遍がどこで何をしているか、分かるようにね。まさかこんな形で役に立つとは思ってなかったけどね」

華は僕と目を合わせると、その顔緩める。

「遍…助けに来たよ」

ぎりぃ

余程不愉快なのか綾音は歯軋りを鳴らす。

綾音は僕の指先を切るのに使った包丁を手に取る。

「ああ…ちょうどいいや。お兄ちゃんと一緒に死ぬ前にお前を殺してみたいと思ってたんだよ」

「遍から聞いてた話より随分と元気そうね、綾音ちゃん?」

「黙れ、あたしの名前を呼ぶな」

「随分と塞ぎ込んでたみたいじゃない。お兄ちゃんに私って言う彼女が出来て嫉妬してたもんね」

「煩い。黙れ。殺してやる」

「ねぇ綾音ちゃん」

「だからあたしの名前を呼ぶな」

「遍のこと好きなんだ?でも可哀想に。フラれたんだよね遍に」

「煩い黙れ」

「恋人になりたいって、彼女になりたいって、そう願ったんだよね?でも叶わない」

「黙れ…黙れ…」

「ねぇ綾音ちゃん。私はね、遍にプロポーズされたんだ。『結婚してください』って」

「黙れ黙れ黙れ…」

「もちろん私は受け入れたよ。日本は一夫一妻制だから遍のお嫁さんになれるのは私だけ。遍が選んだ唯一の人間が私なの。貴女じゃないのよ、綾音ちゃん。あは、残念だったね」

「煩いッッッ!!!!!!!!!!!!

綾音は手に持った包丁を握り直す。

「いいよもう。殺人とか別に躊躇する理由なんてないし。ここで罪を犯したってどうせお兄ちゃんと一緒に死ぬだけだから」

「や、やめろ!綾音!」

綾音に躊躇など切っ先を華に向け、走り始める。

止めようと反射的に身体を動かすが、拘束されている上に鈍った身体では、せいぜい芋虫のように動くのが限界だった。

そもそも丸腰の華が何故あんなにも綾音を挑発するような真似をしたのかわからない。

「華!!」

「お兄ちゃんもこんな女の名前呼ばないでッッ!!」

華に襲いかかりつつも、そんなことを口走る。

これが油断に繋がったか定かではないが、華は包丁を持って襲い掛かる綾音から素早く身を躱す。

そのまま綾音の脇腹を蹴り飛ばす。

789: 高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』 :2020/05/31(日) 11:33:45 ID:l17.YzuE
「がっ…」

手加減なんて一切感じない蹴り。

包丁ごと吹き飛ばされる。

「諦めなよ、綾音ちゃん。世の中にはもっと色んな男がいるんだからそいつと結ばれればいいんじゃあないかな?」

「こっち台詞だ。何年も何年も愛し続けてきたお兄ちゃんを横から奪い取りやがって、泥棒猫が」

一度手放した包丁を再び、握り直し立ち上がる。

「何年も側で愛し続けてるのに結ばれてないってことは、遍と綾音ちゃんには運命の赤い糸で結ばれてないってことでしょ、あははは」

「黙れッ!何も知らないくせにッ…」

「うん、確かに私は知らないね。知りたいと思わないけどね。でもこれだけは知っている。遍と私は運命の赤い糸で結ばれている。綾音ちゃん、貴女じゃない。私なんだよ」

「お前、よっぽど死にたいようだな。いいよ、今殺してやるからさぁ!」

もう一度、華に綾音が襲いかかる。

今度は刺しにいく動きではなく、斬りかかりにいく動き。

華はそれを避けるのではなく、綾音の手首を抑えて止めた。

790: 高嶺の花と放課後 第17話『スイセン』 :2020/05/31(日) 11:34:03 ID:l17.YzuE

「死ぬのはお前のほうだよ。私の遍を拐って好き勝手してくれて。お前だけが腑煮え繰り返っていると思ったら大間違いだから」

「くそ、死ね!!!!」

見るも耐えられない緊張感が張り詰める。

お互いに力を込め合っている。

どちらかが気を抜けば大惨事になるのは間違い無い。

どうして僕は傍観者でしかいられないのか。

ドンッ

華はもう一度、脚を上げ綾音の鳩尾に蹴りを入れる。

衝撃で綾音が数歩下がるが、その手にはまだ包丁が握られたままだった。

「はぁ…はぁ…、あたしは…何年もお兄ちゃんを愛してきた。ずっと側で愛してきた。世界で一番お兄ちゃんを愛してるのはあたしだ」

「むかつくなぁ…、まるで私の遍への愛が大したことないみたい言い方だね」

「当たり前だッ…。あたしに比べたらあんたお兄ちゃんへの愛なんて塵のようなくせにッ!」

「聞き捨てならないなぁ…私の愛が塵だって?」

「っ…大体どうしてお兄ちゃんなのよ!?ずっとずっと好きだったのに、愛してたのに!なんであんたなのよ!?!!」

綾音の嫉妬には羨望の意味も含まれているようにも聞こえる。

「醜くて聞くに耐えられない。10年も側で何をしてたっていうの?ただ手元にあるだけで満足してたくせに、よく遍のこと世界で一番愛してるとか言えたね」

「嗚呼ッ…もう分かったよ…。泥棒猫として許せないだけじゃない…根本的にあんたのことが嫌いみたいだ」

「奇遇ね。私も」

綾音はまた構え直すが、既に二度躱されているためか、すぐに襲い掛かろうとはしない。

綾音は華に最大限の警戒を払いつつ、"何か"を拾い上げる。

「待っててねお兄ちゃん。今あいつ殺すから。そしたらまた愛し合おうね」

綾音は構えを解く。

華はそれを訝しげに見る。

「死ねッッッ」

突如として、綾音は包丁を華に向かって投擲をした。

手加減なんて一切ない投擲は、速さと共に殺意が篭っており、瞬間の内に華に当たると判断した。

頭の中に広がるグロテスクな場面が、反射的に目蓋を閉じさせる。

見てられない。

バリバリバリ

どこかで聞いた電撃音。

視覚の情報をシャットダウンした僕の聴覚には、ここに連れてこられる直前に聞いたスタンガンの音が響く。

綾音が拾った"何か"とはスタンガンだった。

痛々しいとはいえ包丁を投擲したぐらいでは人は死なないと思っていたが、綾音は包丁で怯んだ相手にスタンガンを当ててからとどめを刺すつもりだったらしい。

目を閉じている場合じゃあないだろ!

あらゆる恐怖を押し除けながら目蓋を開く。

既に華と綾音が密接していた。

綾音のスタンガンが華に当たっているように見える。

しかし、華はいつまで経っても倒れることはなく、代わりに綾音の手からスタンガンが零れ落ちた。

ゴトン

「えっ…?」

嗚呼、そんなッ!

嘘だ!

嘘だ嘘だ!!

そんなの何かの間違いだッ!

「前に言ったよね…、殺される覚悟ある?…って」

本来、華に刺さっているであろう包丁は、その手に握られている。

「え…あっ…う、あッ」

華の手に握られた包丁は真っ直ぐ、綾音の心臓を貫いているように見える。

いやそんなの間違ってるッ

僕が目が、頭がおかしいだけだ!

どれだけ現実を虚構と思い込もうとしても、視界の端から赤い雫が滴っていく。

嫌だッッッ

世界が…

鮮血の地獄に染まる。

「うああああああああああああああああああああ嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!

791: 罰印ペケ :2020/05/31(日) 11:35:59 ID:l17.YzuE
最終更新:2021年04月18日 17:58