139 :『首吊りラプソディア』Take2 [sage] :2007/01/30(火) 00:26:48 ID:vVDVVog3
 結局何の誤解も解けないまま、俺達は食事に向かうことになった。勘違いされたままで
向かうのは不本意だが、久し振りにカオリと食事をするというのは胸が踊る。可能ならば
フミヲとサキが居ない方が良いのだが、フミヲは何が楽しいのだろうか、いつもの下品な
笑みを浮かべていて帰ろうとする様子は欠片もない。サキはサキで俺から離れようとせず、
既にお馴染みとなった無表情のまま黙って着いてくる。こいつの場合は仕事の相棒だし、
常に隣に居るのが不自然だと思われないよう、監視しなければいけないという理由で俺と
共に行動している。真面目なのは良いことだが、それのせいで人を完全に性犯罪者として
扱ってくるのは流石に疲れる。今とて近寄るだけで妊娠してしまいそうだと理不尽な理由
を付けて微妙に離れているのだ。何と極悪なんだろう。
「虎吉ちゃん、どこで食べるの?」
「焼肉かと、とにかくスタミナの付くやつを食いたい」
 ここに入るまで引き継ぎやら委託やらで疲れているので、体力がほしいのだ。カオリが
『首吊り』でないと証明するだけでなく、ここから出してやる為の捜査もしなければいけ
ないので、これから忙しくなるだろう。頭脳担当のサキのような人間ならともかく、現場
で叩き上げられたタイプの俺は足で調べることしか出来ない。
 意見を求めてカオリを見ると、少し嫌そうな顔をしていた。



140 :『首吊りラプソディア』Take2 [sage] :2007/01/30(火) 00:28:37 ID:vVDVVog3
「最近腰の辺りがちょっと」
 それもそうか。俺にとってカオリは妹といった感覚がの方が強く子供扱いをしてしまう
けれど、こいつも年頃の娘だ。流石に野暮だったかもしれない。
「それに先輩にスタミナ料理など与えてしまったら、どうなるのか分かりません。何しろ
過去に前例のない変態なのです、精力が付いたら一大事になります」
 サキは黙れ。
「なら近くに良い店知ってるわよ。第三惑星の極東地区料理のお店なんだけどね」
 それが無難なところか。元々俺もカオリも第三惑星の出身だし、下に馴染んだ味の店と
いうのは助かる。第二惑星の料理は苦味が多いし、第四惑星の料理は基本的に辛味が強い
のであまりカオリには食べさせたくない。変な味という訳ではないが、癖の強い味に慣れ
てしまうと娑場に出たときに大変だろう。過保護という言葉が、不意に思い浮かんだ。
 フミヲに案内されるままに歩いていると、立ち入り禁止のテープが見えた。こんな仕事
に就いていると珍しいものではなくなってくるが、善良な罪人として普通に暮らしている
カオリには辛いものがあったのだろう。悲しそうに目を伏せ、テープから視線を外した。
「どんなだった?」
「両手が吹き飛ばされていたらしい、気分悪い」
「『首吊り』って、本当に居たんだ」



141 :『首吊りラプソディア』Take2 [sage] :2007/01/30(火) 00:30:44 ID:vVDVVog3
 野次馬の方に耳を傾けてみると、どうやら『首吊り』の仕業だったらしいことが分かる。
本当に厄介だ、しかも殺し方がえげつない。早く解決しないといけないと自覚し、カオリ
の頭を撫でた。その存在に只でさえ怯えていて、しかもその容疑はカオリにかかっている
のだ。それにこのままでは都市伝説どころではなく実在の殺人鬼だという話が流れ、監獄
都市自体も正常に機能しなくなる可能性もある。
 何か証拠があるかもしれない。
 そう思いテープの向こう側を見つめていたが、側頭部に軽い打撃が来たことにより思考
が遮られた。衝撃の方向に視線を向ければ、サキの冷たい顔が見えた。サキは首筋を指で
示した後でカオリを見て、小さく首を横に振る。それだけで言いたいことが分かった。
 カオリを無視して現場に向かえば、捜査がばれる。どうせ鑑識の人間が調べているのだ
から、今はそちらに意識を向けず、普通に振る舞っておけということだ。
 俺は軽く頷くと、先に進んでいたフミヲに小走りで追い付いた。
「メシはまだか?」
「そこだよ」
 指差す方向を見れば、店の看板。
「あ、何か良い感じ。虎吉ちゃん、早く入ろ」
 先程のことを忘れる為だろうか、急かすカオリに促されて店に入る。少し進むと、随分
と懐かしい匂いが漂ってきた。故郷の匂いとでも言うのか、家の匂いというのか、幼い頃
から体に馴染んだ極東地区料理独特の匂いが何とも快い。フミヲは慣れた様子で店員に何
か一言二言告げると、奥の座敷に向かった。俺達もそれに続く。



142 :『首吊りラプソディア』Take2 [sage] :2007/01/30(火) 00:31:31 ID:vVDVVog3
「うわ、懐かしい。畳なんて久し振りに座ったよ」
「少し金がかかるが、管理局に届ければ注文出来るぞ?」
 たまに畳でないと寝た気がしないどころか、生活している気にならない人も居る。俺も
管理局に入った頃はそんな状態で、仕事よりも寧ろそっちの方が辛いときもあった。それ
は飲食物も同じで、今ではすっかり自炊が特技の一つになってじまった程だ。
「それにしても、よくこんな店知ってたな?」
「報道課は範囲が広いし、よその噂も情報の一つだからね」
 成程な、フミヲなりに頑張っているという訳か。食べ物屋は自然と情報が集まる場所で、
管理局の人間が居ても怪しまれない。報道課としては、捜査の上で必要なのだろう。
「そういえば、最近大量の上様領収書が来ていると事務課の友人が言っていましたが」
 俺も愚痴を言われたことがあるが、まさか、
「お前か?」
「必要経費よ、必要経費」
 このカマ最悪だ。
「ね、虎吉ちゃん。どれ食べる?」
 カオリは嫌な話題を変えるように、苦笑を浮かべてメニューを広げた。この四人の中で
一番の年下だというのにフォローもしっかりしている、何とよく出来た16歳なのだろう。
違う、この場合は年下の少女に気遣わせている俺達が問題なのか。良い年をした大人三人
が、一体何を馬鹿やっているのだろうか。
 吐息をしつつ適当に料理を注文し、茶をすする。
「あれ、サキちゃん飲まないの?」
 フミヲに言われて気付いたが、サキの湯飲みの中身が全く減っていない。



143 :『首吊りラプソディア』Take2 [sage] :2007/01/30(火) 00:32:34 ID:vVDVVog3
「もしかして極東地区の食い物が駄目だったか?」
「そんなことないです。わたしは第二惑星出身ですけど、寧ろこっちの方が好きで」
 サキも第三惑星出身だと思っていたが、違ったようだ。第三惑星でなら平均に近い身長
だけれど、基本的に大柄な人間が多い第二惑星では小柄な部類に入る。なるほど、それで
納得がいった。サキの乳が小さい理由は、遺伝子的なものだったのだ。身長が小さいなら、
それにバランスを合わせるように乳の成長も小さな時点で止まるだろう。しかしカオリの
ように小柄でありながらも少し乳の大きな奴も居るし、何と言うか、
「可愛いなぁ」
「どこ見て言ってるの!?」
 いかん、つい凝視してしまった。
 カオリは恥ずかしそうに顔を赤らめ、慌てて胸を腕で隠した。そして変質者を見るよう
な目でこちらを眺めてくる。うっかり忘れていたが、俺は今は前代未聞の変態という設定
なのだった。これでは本格的に痴漢と変わりない、俺は改めて首輪と上層部を呪った。
「それで、何で飲まないんだ?」
 強制的に話題を戻し、サキを見る。
「猫舌なんです」
 意外だった。てっきりこいつのことだから、どんなに熱いものでも顔色を変えずに淡々
と食事をすると思っていた。それに熱いなら熱いで確率システムを使えば簡単に冷ませる
と思うのだが、そうもいかないらしい。サキは悔しそうな表情で俯いて、
「温度調節は苦手で」
 再び意外なことを言った。
 エリートだし、新人の中でトップの成績だというので万能だと思っていたのだが、サキ
もやはり人間だったということか。どんなに完璧に見えても、誰にでも欠点はある。
 代わりに少し冷ましてやると、
「ありがとうございます」
 いつも通り抑揚の少ない、無感情な声で言って、飲み始めた。
最終更新:2008年07月02日 22:08