489 :Rouge?Noir? [sage] :2008/09/27(土) 02:51:31 ID:f6FHEB/E 
俺がまだ小さいころ、母親とヒーローショーを見に行ったことをいまだに俺は鮮明に覚えている。 
子供をステージ上に攫い、高笑いを上げる典型的な悪役。 
そして司会のお姉さんが観客と一緒にヒーローの名を呼ぶと、我等がヒーローが威勢よく台詞を叫びながらステージに躍り出てくるんだ。 
ヒーロー達は悪役と戦い、そして最後には必ず勝つ。 
それが当時の俺にはとてもまぶしく、とても格好よく見えた。 
『ああ、ボクもヒーローになってみんなを悪い奴らから守りたいな』 
幼心にそう思った。 
ヒーローショ-が終わり、興奮冷めやらぬ状態で母親にそのことを話した。 
「そうね。正義がヒーローになってみんなを守ってくれたら安心ね」 
「うん!ボクかならずヒーローになってみんなをまもってあげる!」 
「そう。お母さん嬉しいわ」 
母は微笑みながら俺の髪を優しく撫でた。 
「でもどうやったらヒーローになれるのかな?へんしんベルトがあればいいのかな?」 
『ヒーローなんて本当はいない』 
残酷な現実を知らない幼い俺の問いに、母は俺の目をじっと見つめながら答えた。 
「いい、正義?ヒーローになるために本当に必要なのは変身ベルトなんかじゃないわ。ヒーローになるために本当に必要なもの。それはね、正しい心。 
だからあなたはいつも正しい行いをしなさい。そうすればきっと変身ベルトなんかなくてもあなたは本当のヒーローになれるわ」 
「うんっ!わかった!」 
言葉の意味の半分も理解してはいなかったが、とにかくヒーローになりたかった俺は元気よく答えた。 
すると母は笑ってもう一度俺の髪を撫でた。 
それが妙にくすぐったく感じて、俺はやや強引に母の腕から抜け出すと駆け出した。 
「おかあさんはやくかえろ!ボクおなかすいた!」 
「あらあら。それじゃあ今日は何にしようか?」 
勝手に走り出した俺を母は小走りで追いかけ、温かい大きな手で俺の頼りない小さな手をぎゅっと包み込んだ。 
「ボクね、ハンバーグがいいな!」 
「はいはい。じゃあ帰りに買い物していきましょ」 
繋いだ手をぶんぶんと振り回しながら二人寄り添って帰った。 
――その日からだ。俺が「ヒーローになる」という夢を追いかけ始めたのは。 
人が嫌がることも進んで行い、困っている人がいたら自分ができる範囲で力を尽くし、いじめられているやつがいたら一対多数でも特攻しにいった。 
おかげで「ウザイヒーロー気取り」などと陰口を言われていそうだが、俺の行いによって少しでも救われた人がいるのならそれでいい。 
それは俺にとってまた一歩憧れのヒーローに近づけたということなのだから。 
490 :Rouge?Noir? [sage] :2008/09/27(土) 02:52:37 ID:f6FHEB/E 
『ピンポーン』 
軽快なチャイム音が静かな住宅街に響く。 
「すいませーん。あいつ起きてますかー?」 
俺、『赤坂 正義』は今幼馴染の家に朝っぱらから来ている。 
何故早朝に他人の家にお邪魔しているかというと、これが俺達の習慣だからとしか言いようがない。 
俺は毎朝早くに起きて、そいつを家まで迎えに行き、それから登校するという生活を送っている。 
ヒーローたる者がだらしなくしていては皆に示しがつかないからな。 
逆にあいつは普段はしっかりしているのに朝に弱い。 
休日は昼過ぎまで惰眠を貪っている。俺には到底考えられん。 
やや心配性な彼女の両親に 
「マサ君が来てくれればあの子は一発で起きるからお願いできるかしら?」 
と直々に頼まれ、こうして毎朝迎えに来てやってるというわけだ。 
「はーい。今着替えてるみたいだからちょっと上がっててー」 
明るい声がインターフォンから響く。 
許可も出されたことなので勝手にドアを開けて中に入らせていただくことにする。 
「お邪魔しまーす……あ、おはようございます、橙子さん」 
通されたリビングでパタパタと忙しそうに朝食の支度をしているのは母親の橙子さんだった。 
彼女はいつ見ても美人だ。というか物心ついたときからあまり顔が変わっていないような気が…… 
一体この人何歳なんだ?前に聞こうとしたら笑顔のまま物凄い殺気を出してきたので結局聞けなかったが…… 
ところで何故今頃食事の支度を? 
いくらあいつがねぼすけだといってももうすぐ着替え終わって二階から降りてくると思うのだが。 
「おはよう、マサ君。今日は私も寝坊しちゃってね。今すっごく忙しいの」 
「またですか?俺も手伝いますよ」 
「ゴメンね~。後で何かおいしいお菓子作ってあげるから」 
やはり親子だ。朝から「寝坊は遺伝するのか?」とくだらないことを考えながら、やや貧相な朝食をテーブルの上に並べていく。 
「朝食は一日の活力ですよ、橙子さん。ちゃんと食べなきゃダメですよ?」 
「あはは、なかなか起きられないのよね~。ちゃんと毎朝起きられるマサ君は偉いわ~。よしよし」 
橙子さんが俺の頭を笑顔で撫でてくる。 
いい年した男がこうして年上の女性に頭を撫でられるというものは非常に恥ずかしいものでして。 
「ちょっ、やめてくださいよ橙子さん!」 
「んふふ~。照れちゃって可愛い~♪」 
俺は抵抗を試みるが橙子さんのこうした行為から一度も逃げ切れたことがない。 
だが無情にも橙子さんは調子に乗ってべたべたと俺に抱きついてくる。 
うわ、ちょっと本当にやばいぞこれは。 
相手がいくら子持ちの人妻とはいえ、この同年代の女子には出せない大人の色香、 
優しく包み込んでくる温かさとむっちりした柔らかい体の感触に俺の理性は陥落寸前だ。 
「何してるの二人とも……」 
突然後ろから聞こえてきた底冷えするような低い声に俺は背筋が凍った。 
沸騰寸前だった脳みそが一瞬にして冷却されていく。むしろ凍結する。 
恐る恐る振り向くとそこには朝の不機嫌さもあいまってか、鬼の形相をした幼馴染が立っていた。 
名前は『黒田 佳奈美』。俺と同じ高校二年生だ。 
少しきつ目の印象を受けるが、やはり彼女は長年付き合ってきた俺から見ても十分美人の部類に入る少女だと思う。 
しかも勉強、運動とも死角なし。まさに天は彼女に二物も三物も与えている。 
彼女に想いを寄せる男子も少なからずいることだろう。 
だがこのように怒りっぽくて、見た目通り性格がきついのが難点だ。 
491 :Rouge?Noir? [sage] :2008/09/27(土) 02:55:15 ID:f6FHEB/E 
「お、おぅ。おはよう佳奈美」 
俺は一瞬にして凍りついた空気を打破しようと何事もなかったかのように佳奈美に話しかけた。 
「おはよう。人妻、しかも幼馴染の母親に朝から手を出してる変態ヒーロー気取り」 
「待て、それは誤解だ。俺は無実だ。話し合おうじゃないか」 
「黙れ変態」 
泣いていいかな、俺? 
っていうか橙子さん。俺に抱きついたままニヤニヤしていないでこの状況を早く説明してくださいよ。 
「んふふ、佳奈美こそ朝から焼きもち焼いちゃって。ご馳走様」 
「なっ……!?や、焼きもちなんか焼いてないわよ!!」 
は?二人は一体何を言っているのだろうか? 
朝食の中に焼いた餅なんかないぞ? 
よくこの親子は俺には分からない内輪ネタを話すから困る。 
「いつまでもぐずぐずしてるとお母さんがもらっちゃうわよ?んふふ、とっても美味しそう……」 
そう言って俺になんだか熱っぽい視線を向けてくる橙子さん。 
なんだ、風邪気味か?美味しそうってこの朝食のことか? 
「い、いい加減お母さんから離れなさいよっ!!この変態!!」 
佳奈美が真っ赤になって俺と橙子さんを強引に引き剥がした。お前も風邪か? 
家族のうち誰かが病気になると他の家族にも感染しやすくなるからうがい、手洗いはしっかりしろよ。 
しかし柔らかい感触が離れてしまったことは残念……などと俺は感じていないぞ。断じてだ。 
「冗談、冗談よ。私にはお父さんがいるもんねー」 
そう言ってクスクスと笑う橙子さん。 
確かに佳奈美の両親は近所でも有名なおしどり夫婦だ。 
年甲斐もなくいつまでも学生時代の甘い恋を引きずっているので、見ているこっちの方が恥ずかしくなるほどお互いがべったりな状態だ。 
佳奈美はしょっちゅう橙子さんから父親についての愚痴、もしくはのろけ話を延々と聞かされるらしい。 
そこまで来ると両親の仲が良さ過ぎるっていうのも考え物だな。 
「でも早くしないと本当に誰かに食べられちゃうわよ?」 
「う、うるさい!あたしはご飯を食べるからね!」 
そう言ってがつがつとご飯を書き込む佳奈美。 
しかし朝からヤケなのか勢い良いな。他のやつらなら確実に胃がもたれるぞ。 
「マサ君。こんな娘だけどよろしくお願いね?」 
不意に真剣な目で橙子さんが俺を見つめる。 
分かってますよ、ちゃんと佳奈美は学校に遅刻させないよう連れて行きますから。 
「はい。ちゃんと責任を持って佳奈美を連れて行きます!」 
佳奈美の親に頼まれているんだ。元気よく返事をした。 
「ブフッ!?!!?」 
のわっ?!佳奈美のやつ突然口から勢いよく米を噴出しやがった。 
汚いからレディーがそんな真似すんな。いや、まだガールか? 
「あら~、とうとうその気になってくれたのね!今のセリフ聞いたらお父さんきっと大泣きしちゃうわね」 
橙子さん、そんな泣いて喜ぶほどのことじゃないと思うんですけど。 
「な、な、な……あ、あんた今何言って……」 
何にそんな驚いてるのか知らんが口の回り米粒だらけだぞ。ちゃんと拭きなさい。 
「だから俺が責任を持ってお前を学校に遅刻しないように連れて行くって言ったんだが?」 
至極普通に俺は当然のことを言っただけだ。 
しかし佳奈美と橙子さんの反応は俺が予想していたものと大きく違った。 
佳奈美は金魚のように口をパクパクと、橙子さんにいたっては笑顔のままで固まってしまった。 
あれ?俺何かやらかしたか? 
492 :Rouge?Noir? [sage] :2008/09/27(土) 02:56:09 ID:f6FHEB/E 
「あ、あんたってやつは……もう行くよっ!!この最低鈍感男!!」 
やっと正気に戻ったかと思うと俺を思い切り罵倒する佳奈美。 
何が起こったのか理解できずに呆然と立ちつくす俺。 
その間に佳奈美は鞄を持って勢いよくドアを開けて家から出て行ってしまった。 
「な、何だぁ?いきなり怒ったりして……」 
「う~ん……今のは流石にマサ君が悪いわね」 
橙子さんが困った顔で俺を見てくる。 
「あの~、俺の発言に何か至らぬところがありましたか?」 
「……それはマサ君の宿題としておくとして、早く追いかけたほうがいいんじゃないの?」 
なにやら憂鬱そうな表情でどこか遠くを見ている橙子さん。 
だが今は橙子さんの言うとおり、佳奈美を早く追いかけたほうがいいな。 
「はぁ、わかりました。じゃあ、行って来ます」 
「行ってらっしゃい。気をつけてね」 
橙子さんに挨拶をすると家を出て駆け出す。今は隣にいないあいつに追いつくため。 
やれやれ、あの不機嫌様じゃかなりどやされそうだな…… 
「ハァハァ……しかしここはいつ来てもすごい人だかりだな」 
今俺は非常に疲れている。もはや教室に辿り着くだけの体力しか残されていない。 
何故なら俺はたった今購買という飢えた学生諸君が自分の好物を買い逃さないように我先に争う地獄絵図の中を突破して来たからだ。 
大げさに説明していると言われそうだがこの表現はあながち間違ってないと思う。 
まさか焼きそばパン一つ買うのにここまで体力を消耗するとは恐るべし購買。 
さて、昼食は弁当派の俺が何故こんな目にあっているのか。 
それは今朝の出来事から続いている。 
あの後、訳も分からないままとりあえず佳奈美に追いつき、散々頭を下げたことによって何とか佳奈美のご機嫌メーターが半分ほど回復した。 
しかし、怒りに我を忘れていた佳奈美はなんと弁当を鞄の中に入れてくるのを忘れてしまったのだ。 
するとこのドジッ娘は 
「あんたの弁当よこしなさい。あんたのせいで忘れたんだから」 
と理不尽極まりないことを言ってきやがったのである。全く持って信じられない女だ。 
「そりゃお前、自業自得だろ。何故俺のせいになる」 
と俺は思ったがそんなことは口が裂けても言えなかった。 
日本において円滑なコミュニケーションを行うには空気を読む能力が必要なだけだ。決して俺はチキンなわけじゃない。 
というわけで少女の空腹を満たすために自作弁当を泣く泣く献上した哀れなヒーローは己の腹も満たすためにこの戦場へと飛び込んだわけだ。 
「ふぅ、さっさと飯を食ってのんびりしよう」 
ヒーローと言えども体力は無尽蔵にあるわけもなく、休息は必要である。 
よって今日の昼休みの予定は焼きそばパンを胃に詰め込んだ後、佳奈美のお小言を聞き流しながらボーっとすることに決定だ。 
そう思って教室に戻ろうとしたのだが、 
「おーい、赤坂。ちょっとこっち来い」 
突然後ろから声をかけられたので振り向くとそこには担任の水野ティーチャーが。 
「どうしました?また娘さんの自慢なら飯食いに行かせてもらいますよ」 
この先生は6歳になる娘を溺愛しているのでHR、授業中問わずに娘を絡めた話をしてくることで有名なのだ。 
「違ぇよ。この前お前が出した進路調査の内容についてなんだがな……」 
珍しく真剣な顔をしている先生の言葉を聞いた時、俺は昼休み中に昼飯を食うことはできなくなったと確信した…… 
493 :Rouge?Noir? [sage] :2008/09/27(土) 02:57:13 ID:f6FHEB/E 
「……んで、将来希望する職業を書く欄にふざけてるとしか思えないようなものを書いたってことで呼び出しくらった。 
そして『これは何か?』と聞いてきた先生に自分がいかにヒーローになりたいかということを熱く語ってきたと?」 
俺の目の前で呆れ顔をしている佳奈美は溜息をつきながら 
『あなたが将来希望する職業を三つ書いてください。』 
2-A 赤坂 正義 
1、戦隊物のヒーロー(レッド) 
2、戦隊物のヒーロー(レッド以外) 
3、敵の怪人幹部 
と書かれた調査用紙を俺に突きつけてきた。 
「毎度毎度あんたも懲りないわねぇ。頑固者って言うか、一度言ったことは維持でも曲げないってゆーか。 
あんたと同じ特撮オタクの太田君だってこんなこと書かないわよ?」 
お前も毎度毎度この手の話題が上るたびに俺に説教してるだろ。 
いい加減諦めたらどうだ?ってセリフはこっちが言いたい。 
「ふざけてるとは何だ。俺はいたって真剣だぞ」 
しかしこうは言ってみるものの、確かに高校2年生にもなってこんなことを大真面目に書くのはどうかしてると自分でもたまに思う。 
だが、俺のヒーローに対する思いは半端なものではないのだ。 
何せ4歳のときに「俺はヒーローになる!」と誓ってから今に至るまで一度もその志は折れていない。 
しかし、佳奈美は俺の発言が気に障ったのか、不満げに眉を顰める。 
「あのねぇ。流石にそれは先生に真面目に進路を考えているのかって怒られても仕方ないわよ。あたし達来年は受験生だよ? 
正義は成績いいんだし、先生としては良い大学に行って、真っ当な職について欲しいんじゃないの?」 
普通に考えたら誰もがそう考えるであろうことを言われたので俺も負けじと反論する。 
「もちろんそれは分かってる。しかし、夢を諦めてもいいと思えるようなものに今まで遇ったことがないし、これから先もないと思うんだ」 
だが佳奈美はさも頭が痛い、と言いたげに手を額に当て、冷たく言葉を投げかける。 
「夢、夢って言うけどねぇ。あんた夢だけで食っていけると思ってるの?」 
「む……」 
この手の質問は卑怯だと思う。 
確かに一体どれだけの人間が自分の夢を追い続け、それで生活していくことができるというのか。 
大半の人間が夢を諦め、夢を追い続けたものも貧窮にあえぐのが現実だ。 
俺は皆に言わせれば夢ばかり追い続け、現実を見ていない大馬鹿野郎だろうけど、夢を追い続けている俺だからこそ、そのことを一番分かっているんだ。 
でも夢を諦めてしまったらそこで終わりじゃないか。 
自分がやりたいことを諦めて、無難な道を選び、一生を過ごしていくのかと思うとぞっとする。 
俺は「あの時ああしていればよかった」なんて後悔はしたくないんだ。 
もしも夢を諦め、現実に従うことが大人になると言うのならば、俺は一生大人になんかなりたくない。 
なのにどいつもこいつも言うことはみんな同じだ……!! 
だから俺は先ほど教師にも言ってやった言葉を、苛立ちを隠せない口調で幼馴染に吐いてしまった。 
「とにかくこれは俺の問題だ。いくら佳奈美が俺の幼馴染だからといっても関係ないだろ。……俺は帰る」 
「あ、ち、ちょっと!!」 
自分の鞄を乱暴に掴み、足早に教室から出て行く俺に佳奈美は慌てて袖を掴む。 
しかし、頭に血が上っている俺にその行動はむしろ理不尽な怒りを大きくするだけだった。 
思い切り彼女の手を振り払うと、彼女の方を一度も振り向かずにわざと音を立てて戸を閉める。 
「ま、正義……」 
ドアの向こうから漏れてきた彼女の悲痛な叫びに耳をふさぎ、廊下を思い切り駆け抜け俺は学校を飛び出した。 
494 :Rouge?Noir? [sage] :2008/09/27(土) 02:57:49 ID:f6FHEB/E 
……俺って最低なやつだな。 
一人きりの帰り道は冷たく、いつも隣にある温もりがいないことを嫌でも感じさせる。 
佳奈美はいつものように俺のことを心配して言ってくれただけだろ。 
なのに、俺は正論を突かれたことに勝手に逆上し、これ以上その話は聞きたくないと逃げ出した。 
ヒーローならこんなときに逃げ出したりするだろうか。いや、しないね。 
まったく何が「俺はヒーローになりたい!」だ。口から自嘲的な笑みがこぼれる。 
昔から佳奈美は優しいやつだった。 
口調こそ少しきついけれど、何だかんだで俺を見捨てることなく、傍にいてくれた。 
皆が戦隊物を卒業する年になっても、「恋人するならピンク!」と堂々と言っている俺に対して少し釘を刺すだけで変わらずに接してくれたことはとても嬉しかった。 
加えて佳奈美は皆から人望もあるし、面倒見がよく、容姿も整っている。 
勉強に関してもちゃんと努力して上位を常にキープしているし、運動だって人並み以上にできる。 
これだけのモテ要素が揃っているにもかかわらず、彼女に恋人ができたと言う話を聞いたことがない。 
告白してくる男子はいるものの、全て断ってしまったらしい。 
中には学校きっての外見、内面ともにイケメンで知られている輩もいたというのにだ。 
普段あれだけ彼氏ができたらどこに行きたい、一緒に何を食べたいとかそんな話ばかりしてくるくせに。彼氏が欲しいのか欲しくないのかはっきりしろ。 
しかしなんともったいないことを。俺に告白してくる女子なんて一人もいないのに。 
まぁ、俺の心はピンクさんという永遠の女神に捧げているから平気だがな。……本当だぞ? 
こうは言ってみたものの、男女交際など付き合うも断るも自由なのだから、本来は彼女の恋愛事情に首を突っ込むべきではないのだろう。 
だが自意識過剰だと思われそうだが俺が恐れていることが一つある。 
佳奈美が一向に男と付き合う気配を見せないのは俺のことが心配で、男と付き合っている余裕などないと思っているせいなんじゃないかということだ。 
かといって夢を諦めるのは嫌だ。勝手かもしれないがこれだけは譲れない。 
だから俺は一緒にいる佳奈美まで馬鹿にされないように周りに認められるよう努力してきた。 
幸いにも彼女にたいした被害は出ていないようだが、よくクラスの連中に 
「お前たち付き合ってんだろ?」「今日も元気に夫婦で登校かよ。お熱いこった」 
などと言われてしまうのは仕方がないことなのかもしれない。 
幼稚園の頃から一緒にいたもんだから、今じゃどちらかがいない方がおかしいような状態になってしまった。 
少しは考え直した方がいいのかもな、この関係…… 
お互いいい年だ。そろそろ互いに自立すべきだと思う。 
だがきっかけがない。何かきっかけさえあれば…… 
とにかく今俺がやるべきことは戻って佳奈美に謝ることだ。考えるのはそれが終わってからでいい。 
俺は立ち止まり、振り返ると学校に向かって駆け出した。 
495 :Rouge?Noir? [sage] :2008/09/27(土) 02:58:56 ID:f6FHEB/E 
……なんだか正義の様子がおかしい。 
昼休みが終わってからずっとだ。何をしてても上の空って感じ。 
午後の授業だっていつもは先生に当てられたら無駄に元気良く答えるのに、今日はボーっとしててもう一度呼ばれるまで全く気づかなった。 
あたしと話してる時だってそう。 
正義と話してるときはあたしの心が洗われる楽しい時間なのに、返ってくる答えは 
「ああ」「うん」「すまん、聞いてなかった」 
どういうことよ!!あたしと話すのはそんなにつまんないってこと?! 
いつもだったら頓珍漢な答えでもちゃんと彼なりに考えて相槌を打ってくれるのに。 
最初はお昼を抜いたからボーっとしているのかなと思ったけど明らかにおかしい。 
無性に気になって問い出したらやっぱり将来の夢について先生と揉めていたと白状した。 
だからあたしは言ってやった。いつまでそんなことを言ってるのって。 
そう、あたしは何も間違ってない。世間一般的に考えたらそれが当然だろう。 
なのに―― 
「とにかくこれは俺の問題だ。いくら佳奈美が俺の幼馴染だからといっても関係ないだろ。……俺は帰る」 
正義は苛立った口調でそう言うと自分の鞄を掴み、あたしの手を振り解いて足早に帰ってしまった。 
――どうして?どうしてそんなこと言うの? 
関係なくなんかないよ。 
だってあたしと正義の将来に関わることなんだよ? 
こういう大切なことはちゃんと二人で決めなきゃいけないのに。 
やっぱ男としては夢の一つや二つくらい持っていてほしいけど、それがあたしと正義の仲を邪魔するようなものなら諦めてよ。 
いつまでも子供っぽいこと言ってあたしを困らせないで。 
そんなことしなくてもあたしはちゃんと正義のことを想っているから。 
そう、正義はあたしだけのヒーローでいればいいの。 
なのに何故彼は分かってくれないのだろう? 
こんなにもあたしの心は正義への想いで溢れているのに。 
はっきり言ってあたしは正義のことが好きだ。どうしようもなく愛してる。 
ずっと昔から正義のことだけを想い続けてきた。 
小さい頃からあたしと正義はいつも一緒だった。 
お互いの両親も 
「二人は本当に仲がいいな。将来は結婚でもするのか?」 
って言っていたっけ。 
あたしも 
「うん!あたしまーくんのおよめさんになるー!」 
なんて言ってたなぁ。 
今でもそのことを思い出すと胸が熱くなるんだよ? 
正義が空気を読まずに 
「えー?ボクのおよめさんはピンクがいいなぁ」 
と言って、みんなをがっかりさせたことは除いて。 
男の子にからかわれて泣いていたあたしを慰めて、男の子達に一人で殴りかかっていったこともあった。 
傷だらけになって帰ってきた時に見せた「仇は取ってきたぞ」と言わんばかりの誇らしげな笑顔。 
正義があたしのためにしてくれたんだと思うと、とても嬉しくてまた泣き出して彼を困らせちゃったな。 
年を重ねるに連れて要領良く周りと付き合い、本当の気持ちをなかなか表に出せなくなった不器用なあたし。 
そんなあたしと違って、何事にも真剣に取り組み、自分が信じるものを貫くその姿により一層惹かれていった。 
要するにあたしはそんな彼がたまらなく好きなのだけど、最近はだんだん彼に対する想いを抑えることができなくなってきた。 
だっていつまでも誰構わずそんな態度を取り続けてたら、悪い女まで寄ってきちゃうかもしれないんだよ? 
496 :Rouge?Noir? [sage] :2008/09/27(土) 03:01:28 ID:f6FHEB/E 
正義は昔から良く言えば優しい、悪く言えばお人よしだった。 
ちょっとというか、かなり生真面目なところはあるけど、曲がったことは大嫌いで、困っている人がいれば全力で助ける。 
いじめられている子がいれば、たった一人でもいじめっ子達に立ち向かっていった。 
ボコボコにされても、いじめられていた子が泣きながらたった一言、 
「ありがとう」 
と言ってくれれば何事もなかったかのように元気に笑っていられるような奴なのだ。 
助けられた子が彼に対して好意を抱かないわけがない。 
一体何度正義に想いを打ち明けようとする女の子が現れただろう。 
その度にあたしの心はギシギシと音を立てて、痛んだ。 
目の前が真っ暗になって、体の中身全てを吐き出してしまいそうになった。 
だから彼に思いを打ち明けようとする女が現れるたびに、あたしは最低な行動をとった。 
想いを打ち明けるチャンスを狙っている女の子の前でわざと正義と一緒に行動したり、過剰なスキンシップをとってあたし達が付き合っているという誤解をさせた。 
正義の下駄箱に想いをしたためたラブレターが入っていたら彼が読む前にこっそり回収し、これでもかというほど破った後トイレに流した。 
あたしに正義との仲を取り持って欲しいと言ってきた女の子の頼みは何だかんだ言っても絶対に聞かなかった。 
それでも告白を決行しようとする女には 
「実はあたしと正義付き合ってるの。でもみんなには内緒にしてね?」 
と嘘を吐いた。 
普段から正義と一緒にいるあたしが言うことだ。 
みんな疑いもせずに涙に濡れた微笑と「お幸せにね」という言葉だけを残して去っていった。 
だけど彼女達の想いを踏み躙る度にあたしの心は罪悪感に押し潰されそうになった。 
自分から告白する勇気もないくせに他人の告白は何食わぬ顔で妨害なんて許されることじゃない。 
それでも正義だけは取られたくない。 
その一心であたしは行動を繰り返した。 
だってそうじゃない? 
あなた達はたまたま正義が優しくしてくれたから好きになっただけ。 
助けてくれるなら誰でもよかったんでしょ? 
あなた達はきっと彼の優しさを全て搾り尽くして、あとはボロ雑巾のように捨ててしまうだけ。 
本当の彼を見ようともせずに優しいという一面だけで評価しているのがいい証拠だ。 
そんな女達に正義を渡すわけにはいかない。あたしが正義を悪い女たちから守らなきゃいけないんだ。 
あたしはあんな奴等とは違う。もし正義が夢を失って変わってしまったとしても全てを受け入れて愛せる。 
あたしには彼を支え、彼と共に歩いていける自信がある。ずっと昔から一緒にいたし、今もまるで仲睦まじい夫婦みたいに寄り添って生きている。 
だから正義に一番ふさわしいのはあたし。あたしに一番ふさわしいのも正義。 
そう、他人なんかどうでもいい。あたしと正義。それだけでいい。 
497 :Rouge?Noir? [sage] :2008/09/27(土) 03:02:39 ID:f6FHEB/E 
なのに正義はいつも他の人のことばかり気にする。 
いつもこんなに近くにいるのにあたしだけを見てくれない。 
クラスの気持ち悪い特撮オタク達と話している時は話すのに夢中になるあまり、あたしがどんなに呼びかけても無視さえする。 
もしかしてあたしが悪いのかな。あたしが正義の好きな戦隊物とかの話ができないから…… 
で、でも仕方ないじゃない!普通いい年した、しかも女が日曜の朝早くに起きてわざわざ戦隊物なんか見たりしないでしょ! 
あたしだって正義と共通の話題で楽しく話したいから、朝弱いけど頑張って休日なのに早く起きようと努力してるのよ? 
たいてい寝過ごしちゃったり、親が起きてたら恥ずかしくて違う番組にしちゃうけど…… 
だから代わりにあたしは普通の恋人達が興味を惹かれるような話をたくさんしている。 
可愛い服が売ってるお店、おいしそうなデザートが食べられるレストラン、今話題の映画や遊園地、夜景が綺麗な場所とか恋人同士が和気藹々と話すような話。 
実際あたしは一日中正義とこの話をしていても飽きない自信がある。 
なのに正義はそういう方面にはとんと疎くてあたしをよくがっかりさせる。 
もう!いい加減そんな恥ずかしい趣味は卒業してもっとあたしと青春して欲しい。 
でもいいの。好きな人を自分色に染めるっていうのも恋愛の楽しみの一つだ。 
幸いにも正義は誰にも汚されずに綺麗なまま真っ白に育ってくれた。元が真っ白に近ければ近いほどより色濃く自分色に染め上げられる。 
あたしだけに染め上げられた、あたしだけに溢れんばかりの愛をくれる、あたしだけの正義。 
ああ……想像するだけで体が、特に下半身が、熱くなって疼いてくる。 
正義があたしを突然押し倒して、「やめて」って叫ぶあたしの体を強引に貫き、初めてを散らされた痛みに涙するあたしに意地悪く微笑むの。 
なのに口では「愛してる」って言いながらたくさんキスしてきて、どんなに拒否しても情け容赦なくドロドロした濃い精液をたっぷりと中に出される。 
そんな妄想ならいくらしたことか分からない。その度に延々と終わらないくらい自分を慰めてきた。 
いけない。はしたない女だって正義にばれたらきっと軽蔑される。でもね、正義が思ってるよりもずっとあたしは淫らで汚れた女なの。 
ああっ、正義!!お願いだから早くあたしを奪って!!正義にだったらいつでも守り通してきたこの操を捧げる覚悟はできてる。 
だからあたしも正義のこと好きにしてもいいよね?あたしも正義をあたしだけの物にして閉じ込めちゃうから。 
誰も目に映らないように、誰の目にも映らないように。 
だからもう正義のヒーローごっこなんかしなくていいんだよ。正義はいつまでもあたしの中だけで輝き続ける永遠のヒーローなんだから。 
その代わりこれからはあたしを、あたしだけを見て。 
うまく感情を表に表せないあたしの心に染み入る正義の優しさ。いつも危なっかしいことばかりしている正義を支えるあたしの愛ゆえの献身。 
そう、あたしと正義は二人一緒で初めて完全になれるの。二人だけで完璧に完成して完結している世界に他の存在なんていらない。 
あたしと正義の仲を引き裂くような奴が現れたらあたしはそれを力尽くで排除するだろう。 
たとえそれが法に触れるようなことになろうとも、だ。 
でもそんなことしなくても平気だよね? 
だってあたし達はお互いのことを誰よりも理解し合っているんだから。 
何があろうともちゃんと最後には互いの愛を確認しあえるの。 
ほら、その証拠に…… 
「佳奈美ぃーーーっ!!!」 
498 :Rouge?Noir? [sage] :2008/09/27(土) 03:03:22 ID:f6FHEB/E 
バタバタと大きな足音を立てながら乱暴に戸を開けて、正義が教室に駆け込んできた。 
息を切らせて、膝に手をつきながらもその目はこちらに向けられている。 
やっぱり正義は戻ってきてくれた!! 
他ならぬ『あたし』の元へ!! 
何だかんだ言ってもあたし達は固く結ばれてるんだよね? 
「佳奈美すまんっ!!今日は先生にも説教されてたからついイライラしてしまったんだ。佳奈美は何も悪くないのに八つ当たりしてしまって本当にすまない。 
このとおりだ。許してくれ」 
正義が勢いよくあたしに頭を下げた。 
こちらに許しを請う上目遣いのその目はずるいと思う。 
だってそんな目をされたら何だって許してしまう。 
「……しょうがないわね。特別に許してあげる」 
「佳奈美……!」 
「ただしこんなことはもう二度としないでね?あたし結構傷ついたんだから!」 
「ああ。肝に命じておくよ」 
そう、あたしは正義がいなくなるだけでダメになっちゃうの。 
支えるモノがなくなったらあとはどんどん傾いて倒れるだけ。 
正義がいなくなることを考えただけで目の前が真っ暗になる。 
「さぁ、帰りましょ。お詫びとして何か甘いものでもおごってもらおうかしら?」 
「ちょっと待ってくれ!今月はヤンデレンジャーのレッドのフィギュアを買う予定が……」 
「あら、そんなことを言える立場かしら?」 
「ぐ……わかったよ。けどあまり高い物はよせよ?」 
「さぁ~て、どうしよっかなぁ~?」 
そう言ってあたしは正義の手を引いて走り出す。 
彼が「廊下は走るな!」とか言ってるけどそんなのは耳に入らない。 
だってあなたといるこの一瞬がどうしようもなく嬉しくて、楽しくて、愛しいのだから。 
正義といるだけであたしはこんなにも幸せになれる。 
逆に正義がいないだけであたしはこの世で一番不幸な少女になっちゃうんだよ? 
だからもうこんなことはしないでね、正義? 
あなたを一番理解できて、一番愛せて、一番幸せにできるのはあたしだけなんだから。 
最終更新:2008年09月27日 23:59