14 :the inFinite Evils チャプター1 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/11/14(金) 23:42:44 ID:3mVZRW6x 
あてのない旅をしていました。 
たどり着く場所なんてないのに、私はどこかにある――ないかもしれない、安らぎを求めて旅をしていました。 
「寒いね」 
傍らにたつ少女――涼ちゃんは、私の腕をぎゅっと握って呟きます。 
唇が震え、衰弱している。 
私は、焦っていました――このままでは、涼ちゃんはもう長くない。 
二人であてもなく歩き始めてもう半年。なんとか生き延びてきた私達。 
しかし、涼ちゃんは旅のなかで少しずつ弱ってきました。 
食事も何でも、特に障害はないのですが、ただ『生命力』が奪われたかのように、動きが遅くなり、鈍くなってきました。 
医者には何度も見せました。 
しかし、ヤブ医者達は、涼ちゃんを散々こねくりまわして調べても「原因不明だ」などと無責任にも穿き捨てるだけでした。 
あろうことか、大学病院で研究させてくれなどという輩もいました。 
私は、そんなわからずや達を殴りつけ、涼ちゃんを治せる人のいる人を探しました。 
そして、歩きつづけたその果てに、私は自分達がどこにいるかもわからなくなりました。 
日本かどうかもわからない、何もない荒野を何日も歩き続けました。 
「これを着てください、涼ちゃん」 
「でも、希望(のぞみ)が……」 
「私はかまいませんから!」 
私は自分の来ていた上着を涼ちゃんに着せ、その身体を支えながら歩きました。 
雪が降っていました。 
べたべたと私達の服に張り付き、溶けて冷たい水となり、体温を奪っていきます。 
がたがたと身体を振るわせる涼ちゃん。震える唇は、変色していて。 
綺麗。 
15 :the inFinite Evils チャプター1 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/11/14(金) 23:43:15 ID:3mVZRW6x 
……綺麗? 
なぜ、私はそんなことを思ったのでしょうか。 
死に行く涼ちゃんを見て、綺麗? 
そんな、馬鹿なことがあるわけがない。涼ちゃんは、太陽なんだ。 
私は、いつも元気な涼ちゃんが好きなのに、なぜ、一瞬でもこんなことを考えてしまったのだろう。 
私は、涼ちゃんに生きていて欲しいのに。 
「……希望、あたしたち、死ぬのかな」 
「死なせませんよ。涼ちゃんだけは、絶対に、私が守りますから」 
「でも……」 
――希望が死んじゃったら、あたしも生きていけないよ。 
涼ちゃんはけなげにもそう呟きました。 
だから。だからこそ、私は涼ちゃんを絶対に死なせないという決意をしました。 
徐々に、雪は大雪に。大雪は吹雪に変わっていました。 
積もった雪が脚に絡まって、私達の歩みを邪魔します。 
「……」 
怒り。 
衰弱していく涼ちゃんの顔を見ていると、怒りが溜まってきます。 
もちろん、涼ちゃんへの怒りではありません。 
この世界の、全てへの怒り。 
運命を決める、神への怒り。 
「どうして……?」 
どうして、この世界はこんなにも優しくなってくれないのでしょうか。 
私と涼ちゃんは、二人だけで生きていきたいのに。 
私と涼ちゃんは、二人いればそれだけで幸せなのに。 
なぜ、奪い去ってしまうのでしょうか。 
16 :the inFinite Evils チャプター1 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/11/14(金) 23:43:48 ID:3mVZRW6x 
「もう、いいよ……。希望、あたしを、捨てていって……」 
「……!? 涼ちゃん、何を言って……!?」 
「このままじゃ、希望も死んじゃうよ……。あたしが、足手まといだから」 
はぁはぁと呼吸もままならず、震える声で私にそう訴える涼ちゃん。 
そんな……。 
涼ちゃんは、私のために死のうとしている。 
そんなこと、私が望むわけがありません。 
だれのせいか。それはもう、分かりきっていました。 
この運命を決めた何か。――おそらく、神と呼ばれるもの。世界そのもの。 
もう、気付いてしまっていました。 
私達を苦しめるもの……。涼ちゃんの命を奪おうとしているもの。 
「……そんなこと、できるわけがありません」 
涼ちゃんの頬を撫でる。 
冷たい。 
でも、すべすべの肌は、やっぱり気持ちよくて。私の大好きな涼ちゃんの感触で。 
この感触は。 
涼ちゃんのぬくもりは。 
放したくない。 
絶対に。 
「……私はっ!!」 
涼ちゃんを強引に掴んで背負い、走り始める。 
私と涼ちゃんは同じくらいの体重。かつ、私の筋力はそこまで大きくありません。 
でも、だから背負えないなんて。 
そんなの、誰が決めた? 
神ですか? 
17 :the inFinite Evils チャプター1 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/11/14(金) 23:44:19 ID:3mVZRW6x 
なら、私は逆らって見せようって、決めたんです。 
「……希望」 
ざくざくと雪を掻き分けて、私はがむしゃらに前に進みました。 
ひたすら、前を。 
時に、雪に足をとられて転んでしまうこともありました。 
その時は涼ちゃんだけは命をかけてかばいきり、私は再び走りました。 
いつしか、身体が血だらけになって……。感覚がなくなってきて。 
涼ちゃんは、すでに何も言わなくなって。 
呼吸すらしているのか怪しい。そんな危険な状態でした。 
「はぁ……はぁ……」 
何も見えない。真っ白な世界。 
完全な闇と、同じでした。 
白と黒。反対だなんて、誰が決めたのでしょうか。これも神でしょうか。 
――同じじゃないですか。 
怒りと憎しみと。同時に、笑いが零れる。 
「神さま……」 
存在するはずの無い、神に、いつしか私は祈っていました。 
「涼ちゃんをこんなにしたのは、あなたなんですか……? 私に、ひとつたりとも幸せをあたえようとしないのは、あなたなんですか……?」 
涙が流れていることに気付いたのは、このときでした。 
凍ってしまって、頬にずっと張り付いていました。 
「神さま……涼ちゃんを助けて……! そのためなら、私、なんでも……なんでもします!」 
神をあがめてなどいない。 
でも、これが本心だった。 
18 :the inFinite Evils チャプター1 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/11/14(金) 23:44:50 ID:3mVZRW6x 
「涼ちゃんのためなら、私は、悪魔にだってなってみせます! どんな天罰でも受けて見せます……。だから!」 
――だから、涼ちゃんを助けて……! 
光が。 
光が、生まれました。 
そして、意識を失う直前に私が見たのは。 
白い霧が晴れた先にある。 
暗いくらい。 
『漆黒の街』でした。 
19 :the inFinite Evils チャプター1 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/11/14(金) 23:45:39 ID:3mVZRW6x 
『the inFinite Evils』 
20 :the inFinite Evils チャプター1 ◆.DrVLAlxBI [sage] :2008/11/14(金) 23:46:38 ID:3mVZRW6x 
作品予告 
「君は特別なんだよ」 
突きつけられた事実。 
「だからって私……。人には、できることとできないことがあるから……」 
戸惑い。 
「この子は大きすぎる悪意を感じ取ってしまっている。それがこの子の生きる意志を縮小してしまっているんだ」 
義務。 
「ありがとう!」 
覚醒する希望。 
「正義を成すことが、こんなに嬉しいことだなんて、初めて知りました」 
終わらない戦いの始まり。 
「もっと強くなりたいです!」 
そして……邪悪。 
「そうやって大きすぎる夢を持ったから、人間は争ってんだろぉ!?」 
怒りと憎しみ。 
「それでも私は……前に進むって決めたんです!」 
愛。 
「この身体が朽ち果てても、護りたいものがあるから」 
短編連作『the Two in the Dark』 First tale『the inFinite Evils』 
始まります。 
最終更新:2008年11月16日 18:05