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 楽器ケースからウクレレを出すと、さっと金色の髪をかき上げる。トレードマークの髪飾りが揺れた。
 試しにポロン。
 どこかコミカルな音を慣らすと、何人か近くの人が振り向いた。
 目が合う。緊張する。でも、太陽のような笑顔でにっこり笑う。
 釣られてさらに何人かが体を向ける。
 アイドルは無敵だ。いつだって緊張するのは変わらないけど、お客さんがいる限り無敵。

 ジャジャン

「こんにちはーアズキです。一曲FROGさんのためにやらせていただきますね!」

 ババンババンバンバンとドリフターズおなじみのナンバーをかき鳴らすと何人かがズコーっとずっこけ、会場に笑顔の輪が広がった。
 なんだなんだと人が集まってくる。

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「全然人が来ない…まずい…」
ダムレイは青い顔で呻くと、積みあがった段ボールの山を見てため息をついた。

 コーレア主催の農業博覧会は、色とりどりのブースで賑わっていた。しかし、その中でひときわ静かなのが、FROGの代表ダムレイが運営する「保存食」ブースだった。

 ニューワールドの飢餓の撲滅を目指して活動するNGO団体FROG。各藩国に支部を設置し、普段は炊き出しや食糧備蓄等の防災・減災活動を行い、災害発生時には各国支部と本部が連携して緊急援助活動を行う。各国で活動するため、食糧の買い付けや安全性のレポートなど活動範囲も広がってきた。

 そんなFROGが現在推しているのが「保存食」である。食糧はその特性上余れば値崩れする。足りなければ一気に値が上がる。在庫として保管するにも生鮮食品は傷みが早いものも多く、おつとめ品といえば聞こえはいいが価格の下落は農家の生活に打撃を与える。逆に不作や災害の影響で足りなくなりそうになれば時に買占めが起こり、不足感が一気に加速してしまう。そうなれば人々の生活を不安定にする。一番大きな影響を受けるのは貧困層だ。

 そこでFROGでは、保存食を推進することで食糧余りの際の値崩れを防ぐとともに、備蓄食料のバラエティを増やして不作に備えるという活動にも力を入れている。
 乾燥、塩蔵、燻製。漬物にしたり中~高物理環境下ではフリーズドライやレトルトパックという方法もある。

 今回のブースでは各国の文化や風土に配慮しつつ、その国にあった保存食を考えるレシピ本の配布がメインだ。印刷屋の親父さんと盛り上がって作った表面ラメ入り箔押し天金加工の豪華本も100冊限定で並べているものの1冊もはけていない。直前に深夜テンションで作った虹色の便箋もセットで100枚、しっかりそろっている。

 何しろ他の各国のブースは、本物の食材が並び各国の文化風土に合わせた趣向が取り入れられているのに対して、FROGはといえばレシピ本作りに力を入れすぎたせいで装飾は素人同然。長机にパイプ椅子という同人誌即売会のような様相を呈していた。
 当然目立つわけもなく、朝から休憩スペースと間違う人しか来ないという惨憺たる有様であった。

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 「JAさんがいればなあ…」

 ここにはいないFROGの顧問の名を上げてため息をつく。経営やマーケティングにも詳しいJAがいればこうはならなかっただろうが、彼は彼で色々な国を飛び回って調整に奔走している。
 数日前に箔押しラメラメ表紙を片手に饒舌にしゃべるダムレイを見て、「とりあえず困ったら電話しろ」と言い残してまた飛び出していった。

「困るとしたら、はけるの早すぎてクレーム来ちゃうことですかねーはっはっは」
などと笑っていた過去の自分を、殴りたい。殴りたいが殴っても解決しないので、JAに電話することにした。

「人が来ないんだろう」
「え、なんで分るんですか。会場来てます?」
開口一番ずばりと現状を当てられて動揺する。

「行かなくてもわかる。そもそも…」
そもそもと言うキーワードがでるとJAの話は長い。こういう時に口を挟むとさらに長くなる。ので、ひたすら傾聴、傾聴。

「…ということだ。分かったな」
傾聴しすぎて聞きそびれた。えーと。

「はあ…いいか。コンテンツ、中身には自信があるんだろう。そういう時は認知の問題だ。注目を集めて手に取ってもらうんだ。手っ取り早いのはインフルエンサー、影響力のある人に紹介してもらうことだな。ツテはあるだろう」
「なるほど。わかりました!ありがとうございます!」
ダムレイは電話を切ってにやりと笑うと、また別のどこかに電話をかけ始めた。

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 農業系アイドルとして「知る人ぞ知る」というにはだいぶ有名、「全銀河級アイドル!」というにはまだ知名度がちょっとだけ足りない。アズキはそんなアイドル街道をひた向きに歩むアイドルの一人である。

 農業博覧会にももちろん招待を受けて参加してステージを終え、今はプロデューサーとお忍びで各ブースを回っているところだった。
 プロデューサーに電話がかかってきたので、ちょっと手持無沙汰になってブラブラとあたりを見ている。各国気合が入っていて、勉強になる。
 農業アイドルの道は一日にしてならず。

ブースで販売されていたジャガイモを手に取る。収穫されたものに触れると、農家の皆さんのたくさんの愛情が感じられてほっこりとした気持ちになった。
「アズキ、いいかな」
「はいープロデューサーさん。次のお仕事ですか?」 
最近は、お仕事も順調に増えてきていていい感じだ。博覧会が開かれるくらいに農業や食に力を入れる国が多いのも追い風になっている。

「実はそうなんだけど…えーと、今かららしいんだ」
「今ですか?ずいぶん急ですねー」
「あとそこの人らしいんだ」
プロデューサーが指さす方をみるとバックヤードみたいな長机の上にギラギラした本が山と積まれているブースがあった。
青い顔をした南国人の男性が頭をかきながらこちらを見ている。

「あー…疲れてると思うし断ろうか?」
「…いえ。やります」
仕事に大小はないと思ったのかもしれないし、なんだかそのブースが売れなかった頃の自分に少し重なったのかもしれない。ジャガイモから感じた農家さんの温もりが歌いたいという気持ちに火をつけたのかもしれない。
とにかくアズキはFROGから初めてのオファーを受けることになったのだった。

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話は冒頭に戻る。
お馴染みドリフの曲で人を引きつけると、MCを挟まずウクレレを今度はゆっくりとかき鳴らし始めた。
一度音を止めて、アルペジオ。
テンポを変えることで、ザワザワとした空気が落ち着きはじめる。

二曲目に選んだのは、たんぽぽの歌。

優しく沁みるような歌声。
素朴なケレン味のない牧歌的なラブソング。
心の中に風に揺れる丘の上のたんぽぽが浮かび、何人かが目をつぶりながら頭を揺らし始める。
歌が終わるとゆっくりと、しかし徐々に大きく拍手が巻き起こった。

「えへへへ、ありがとうございます」
アズキはぺこりとお辞儀をすると、スタンドマイクに口を近づけた。

「ただいまこちらのブースではFROGさんが保存食のレシピ本を配っています。保存食、地味ですよねー」
息をついて反応を伺う。皆、興味深そうに聞いてくれている。

「私も地味だってよく言われます。なにせ農業アイドルですから。でも、農業ってそんな地味で地道な毎日が、収穫の時に、そして誰かが食べてくれる時に報われる。そんな素敵なものなんじゃないかって思ってます」
近くのブースのツナギをきた農家らしいおじさんがうなずく。

「そんな丹精込めた野菜。余ったからって捨ててしまうのはもったいないですよねー保存食にすれば、捨てずに誰かに届けられる。地味だけど大事なことです。ぜひ、FROGさんのレシピ本を手に取って試してみてください。…ところで、一冊おいくらでしたっけ?」
最後のセリフをこっそりブース内のダムレイにむける。

「無料です!」
「…無料なのにこんなに余っちゃってるんですか!?」
アズキが思わず発した一言に会場がどっと沸いた。

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アズキの即興ライブで人が集まると、FROGのレシピ本は順調にはけ始めた。
ブースがあまりにも目立たなすぎたのと、その割に異様にギラギラした本が積んであることで人が寄り付かなかっただけだったのだ。
FROGのブースということを知らない人も多かった。

アズキはそのまま売り子に入り、最終的にはプロデューサーまで列整理に駆り出されることになった。

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JAは次の目的地への飛行機にギリギリで飛び乗ると支部で受け取った報告書に目を通して頭を抱えた。
「俺が言ったツテのあるインフルエンサーは、各国の藩王や華族のことだったんだが…」
ぺらりとめくると楽しそうにレシピ本を配るアズキの写真が載っている。

「まあ、これはこれで悪くはないか」
呟くと頭の中でシミュレーションを始めた。

この件がアズキが後にFROGのイメージキャラクターとなるひとつのきっかけとなるのだが、それはまだ少し先のお話。

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最終更新:2024年03月03日 20:49