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そうだ、京都へ行こう!名探偵くんくん特別企画 踊る大江戸大捜査線 - (2006/04/30 (日) 14:01:21) の1つ前との変更点

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翠「うぅ~ん、良い天気ですぅ。さ~て、今日も元気にお店を頑張るですか」 暖簾をかけて、店の入り口前を箒で掃く。舞台に立つという緊張もなんのその、堂々とした演技だった。 翠「お店の前はこんなもんで良いですぅ。後はお客さんが来るのを待つだけですぅ」 翠星石の役どころは居酒屋の看板娘だった。 箒を元の場所に戻したところに、蒼星石が現れる。 それだけで劇場のヴォルテージが上がったのを翠星石は感じ取った。 心当たりは有った。それは五条大橋で写真を撮った時の事だ。 中性的な顔立ちの蒼星石はただでさえ人目を惹く。それが刀を構え、真剣な表情で弁慶と対峙していたのだ。目立たない訳が無い。 その後、他の観光客(主に女性)からの「一緒に写真を撮ってもらえませんか?」攻勢から逃げ出してきたのだ。 翠(追っかけてきやがったですね・・・しつけー奴らです) さて、そんな渦中の蒼星石だが、全身から「自分は今物凄く緊張しています」というオーラを放っていた。 同じ方の手と足を同時に出して歩く様は、さながらブリキの玩具といったところか。 蒼「や、やあ・・・お、お翠(すい)さん・・・え、え~と、きょ、今日は良い天気ですね・・・」 相当重症の様だ。そう言えば、小学生の時の演劇会でも練習では問題無いのに本番でこうだったなと思う翠星石。 翠(ここは一つ、こっそりアドバイスをしてやるですか) そう思った翠星石は少しアドリブを加えた。 翠「あら蒼之介(あおのすけ)さん、おはようですぅ。おや?こんな所に糸くずが付いてるですよ」 そう言って蒼星石の耳元に顔を近づける翠星石。台本に無かった行動に驚くも動けない蒼星石。 翠(何やってるですか。いつもの授業みたいにやれば良いんです。無理に教科書通りにやる必要はねえですぅ) 蒼(あ・・・そうか。授業だと思えば良いのか) 言われてみれば確かにそうだ。自分は毎日何十人もの生徒の前で授業を行っているではないか。 もちろん授業と演劇では見ている人数もやっている事も全く異なるのだが、この一言で完全にふっきれた。 蒼(ありがとう、翠星石) 翠「ほら、糸くずが取れたですよ。こんなの付けてたら子供達に笑われるです」 蒼「あ、本当だ。ありがとうお翠さん」 先程とはうって変わって、すらすらと言葉が出てくる蒼星石。 ちなみに蒼星石の役は寺子屋を開いている浪人だった。 翠「それで、今日もいつもの奴で良いですか?」 蒼「うん、ざる蕎麦をお願い」 翠「寺子屋がある日はいつもうちのお蕎麦を食べていくから、大助かりですぅ」 蒼「あれを食べないと、なんだか始まった気がしなくてね」 やがて蕎麦が運ばれ、それを食べながら会話をする二人。 そんな中、店に数人の男達がやってきた。全員柄の悪そうな面構えである。 翠「あ、いらっしゃいませですぅ」 応対に出る翠星石。男達は翠星石を嘗め回すように見続ける。思わず身構える。 翠「ご、ご注文は何ですか?」 エキストラA改め男A「おう、こいつはなかなか別嬪さんじゃねえか」 男B「おい、姉ちゃん。こんなしけた店、とっとと畳んじまって俺らと遊ばねぇか?」 男C「そいつはいいや。よし、今日はもう店じまいだ。そこの兄ちゃんもとっとと帰んな」 そう言ってガハハと笑う男達。 翠「な、何勝手な事言ってやがるですか!冷やかしならとっとと出て行きやがれですぅ」 台本とは違い啖呵を切る翠星石。 男達は互いに顔を見合わせ、アイコンタクトで即興アドリブへと移行する。 男A「随分威勢の良い姉ちゃんだ。気に入ったぜ」 そう言って立ち上がり、翠星石の腕を掴んで顔を近づける。 翠「は、放しやがれですぅ!放さないと、後で怖いですよぉ」 男A「どう怖いんだ?」 翠「こうなるですぅ!」 そう言って相手の足を蹴る。芝居だと言うのは分かっていたが、ちょっと強めに蹴った。 が、当たり所が悪く、ちょうど脛に当たってしまう。 男A「い、痛うぅ!」 翠「え?あ・・・、わ、悪気はなかったですぅ。わざとじゃないですぅ」 男A「やってくれたじゃねえか・・・もう許さねえ!」 怖い顔を更に怖くして怒る。そろそろかな?と思い台本を進めていく。 蒼「もう、その辺にしたらどうだい?」 立ち上がりながら台詞を言う蒼星石。男達は蒼星石を睨みつけるが、彼女は物怖じしなかった。 蒼「貴方の脛を蹴ったのは彼女が悪い。けれど、それ以前に貴方達も十分に悪い。   早くこの店から出て行ってくれないか?」 男B「何だとぉ?兄ちゃん、どうやら痛い目を見ないと分からない様だなぁ」 蒼「それはこっちの台詞かな」 完全に一触即発状態だった。翠星石が慌てて間に入る。 翠「喧嘩をやるなら、せめて外でやりやがれです!」 男C「それなら表に出てきやがれ!」 そう言って出て行く3人。心配そうな顔で蒼星石を見つめる翠星石。 蒼「大丈夫、あれくらいなら」 と、愛刀を持って店の外へ出る。 しかし、いよいよ激突といった時に、意外な人物が現れる。 ?「その喧嘩、ちょっと待って下さい!」 一同は声がした方向、舞台の下手の方を見る。 そこには、岡っ引姿の愛くるしい犬の着ぐるみがいた。そう、この劇の主役くんくんである。場内に歓声が上がる。 くんくん「今すぐその喧嘩をやめるんだ!」 十手をかざし、ポーズを決めるくんくん。結構さまになっている。 男B「てめえは八丁堀の?!」 男達は驚いた。くんくんはそれに構わず続ける。 くんくん「こんな所で喧嘩をしてはいけない!まずは話し合おう。そうすればきっと解決口が・・・」 この時代にしてはあまりにも人道的過ぎる気もするが、対話による解決を訴える。 しかし、特に話をしてどうこうなる物でも無かったので男達には通じなかった。 男A「構わねえ!やっちまえ!」 男Aの号令で、一斉に刀を抜く。 蒼「一応、正当防衛になるのかな?」 そう言って、刀を抜く蒼星石。刀を返して構える。 くんくん「う~ん、不本意ですが仕方ありません。岡っ引として見過ごせません」 そう言って蒼星石の側につく。客席の子供達から「くんくん頑張れ~」と声援が飛ぶ。 蒼(・・・ここで下手したら、真紅先生や水銀燈先生に何言われるか分からないな) 男A「畜生・・・覚えてやがれ!」 そう言って逃げ出していく男達。 その後の殺陣シーンは蒼星石ならではであった。 普通なら素人が行うのでどうしてもゆっくりになってしまうのだが、事前に剣道をやっていると説明しておいたので、 かなりの速さで展開していく。そして、その本格的なアクションとそれをこなすのが美青年(だと観客は思っている)と くんくんと言う事もあり、客席は大いに盛り上がった。 翠「おととい来やがれ、こんチクショーですぅ」 特に何もしていないのだが、何故か大威張りな翠星石。 くんくん「ふう、なんとか大事には至らず何よりです」 くんくんも見事な十手さばきを見せていた。芝居とは言え、くんくんの身に何か有ればあの二人が黙っていない。 なるべくくんくんの所には行かないように立ち回っていたのだが、1人がくんくんに向かって行った。 男Aの大振りの刀を十手で受け止め、力を横に逃がして斬撃の軌道を逸らす。 刀を完全にかわした所で相手に向かってタックルをしかける。それを受けて盛大に吹っ飛ぶ男A。 通常でも相当の訓練をしないとできないような動きだが、それを着ぐるみを着た状態で行うのだ。 その練習量はかなりの物だろう。 そして、男が立ち上がろうとした所に蒼星石の切っ先が向けられ、先程の言葉というわけだ。(峰打ちで既に二人を倒していた) 蒼「北町奉行所は今月は非番なのでは?」 くんくん「それはちょっと仕事に関わる話なので、申し訳ありませんけどお話しするわけには・・・」 蒼「そうですよね。あ、気にしないで下さい。ちょっと興味を持っただけなので」 3人は店に戻って、改めて食事をとった。 蒼星石の疑問はもっともだった。 くんくんは北町奉行所の岡っ引で、北町奉行所は今月は非番なのだ。 翠星石が口を挟む。 翠「そう言えば、一昨日ぐらいに南町の料亭『有栖屋』に来ていたご家老様宛に   怪盗・糸雀(いとすずめ)から挑戦状が届いたとか言っていたですねぇ」 蒼「へぇ・・・」 くんくん「あらら・・・、もう結構有名になっちゃってるんですねぇ」 居酒屋という商売柄、こうした情報には精通していたりする。 そこまで知っているなら、と事の顛末を話すくんくん。 ここで舞台の照明は落とされ、場面の転換が行われる。 ---- 水(良いなぁ・・・くんくんとあんな間近に居るどころかお話できて) 人にはあまり見せない、水銀燈の羨ましそうな顔だった。 だが、もうすぐ自分の出番がやってくる。気持ちを切り替えると、他の舞妓役のエキストラと共に舞台へと移動した。 背景は先程の居酒屋前ではなく高級料亭をイメージした豪華な造りだった。 水銀燈はその舞台の下手の方にある奥座敷の方へと誘導されてきた。 上手の方には、頭巾を被った家老役の男と悪徳商人みたいな顔した男。 そして、家老の護衛役をする事になった薔薇水晶が居た。 水(薔薇水晶も大変ねぇ、あんなのの近くに居なきゃいけないんだから) やがて、曲が流れ始める。もちろん日本舞踊に使われるような曲だ。そして当然水銀燈に日本舞踊の経験はなかった。 水(ま、見様見真似でやってればいいわね) 他の舞妓達の動きを盗み見ながら不自然にならないように踊ってみせる。 だが、持って生まれた美貌と才能ゆえだろう。とても素人とは思えない踊りで見る者を魅了していった。 薔(銀ちゃん、綺麗・・・) 薔薇水晶は素直にそう思った。同性である薔薇水晶でもそう思ったのだから、客席の男性客は言わずもがなである。 曲が終わり、他の舞妓達が下がっていく。水銀燈は商人によってお酌をするよう指示される。 水(そんなの自分でやれば良いじゃない) と思ったが、それを顔に出さず営業スマイルで徳利を持つ水銀燈。 商人A「いや、私じゃないよ。まずはこのお方にお酌をして差し上げるんだ」 水「あら、これは申し訳ありませんわぁ。お武家様ぁ、ささどうぞ御一献」 向きを変え、家老の方にお酌をしようとする。だが、家老はこういった。 家老「あ、別にいいよ。お酌は彼女・・・じゃなかった、彼にやってもらうから」 と、どこかで聞いた事有るような声で言ってきた。 それなら仕方ないと、徳利を薔薇水晶に渡す水銀燈。 薔「・・・・・・」 一見そうは見えないが、薔薇水晶は内心焦っていた。台本と違うからだ。 家老「さ、お酌してくれる?・・・あ、そう言えばまだ頭巾被ったままだったね」 と、家老らしい威厳の全く無い軽い声で頭巾を脱ぎだす男。そして、その奥から現れた顔は・・・。 水「ぶっ!?」 薔「・・・・・!!」 真・翠・蒼・金・雪(ウソおっ!!?) ローゼン「おや?どうしたんだい?僕の顔に何か付いてる?」 そこに居たのはローゼン校長本人だった。驚くのも無理は無い・・・というかいつの間に来ていた?! 薔「・・・・・・どうぞ」 おずおずとお酌をする薔薇水晶。その顔は無表情ながら何か嬉しそうだ。 ローゼン「ん、ありがとう。・・・なんだ、やっぱ水か」 と、完全に芝居の事など忘れたかのように素の状態で芝居を続ける。 が、観客にしてみれば、いつもの悪役然とした家老よりもローゼンの方が斬新だったので少し期待が高まった。 それから、しばらく水銀燈がローゼンに絡もうとする(台本どおり)も、完全無視して薔薇水晶に絡むローゼン。 いい加減キレそうになったところで、襖が開き奉公人がやってくる。 奉公人「申し上げます。先程、店の入り口でご家老様宛の書状を預かってまいりました」 ローゼン「書状?そんなのどうでも良いよ、燃やしといて」 奉公人「は?はぁ・・・」 流石にこんな事を言ってくる人は居なかったのであろう、返事に窮する。 慌てて商人役の男が取り成そうとするが、その前に水銀燈が動いた。 水「あぁら、ご家老さまぁ。いい加減台本無視してると、叩っ斬りますわよぉ」 ローゼン「・・・・・・やっぱ読んでみようかな。うん、急に物凄く読みたくなってきたぞ」 あっさりと掌を返すローゼン。相変わらず良い性格している。 ローゼン「ええと・・・どれどれ、『拝啓 新緑が目にしみる季節になりましたが、皆々様如何お過ごしかしら~。   時候のご挨拶はこれくらいにして本題に入るのかしら~。幻の秘宝、楼鎖魅諏蹄華(ろうさみすていか)   を頂きに行くから、その時はよろしくかしら~。それではごきげんようかしら~。 怪盗 糸雀より』」 商人「そ、それは糸雀からの挑戦状ではありませんか!」 ローゼン「糸雀って?」 商人「今、巷を騒がす盗賊でございます。なんでも狙った獲物は逃さないと言われているとか」 ローゼン「ふ~~ん・・・。でもさぁ、楼鎖魅諏蹄華なんて持っていないよ」 全員「・・・・・・」 ローゼン「ああ、思い出した!そう言えば楼鎖魅諏蹄華は姫様が持っていたな」 だったら、直接姫様の所にもって行けば良いのに・・・とぼやくローゼン。 薔(・・・台詞殆ど無かった) 場面は再び居酒屋前に戻る。 流石にローゼンが来ていたという動揺は薄らいだが、まだ後を引いていた。 翠「そ、そういう事があったですか」 蒼「それは一大事だね。僕にとってはもっと驚いた事があったけど」 くんくん「という訳でして、北町と南町の奉行所が共同で犯人を逮捕しようとしている訳です」 今の事はあまり人には話さないで下さいねと付け加え、御代を払って出て行く。 蒼「これはしばらく騒がしい事になりそうだね」 翠「全く、糸雀も良い加減にしてほしいですぅ。それよりも、蒼之介さん寺子屋もうすぐ始まるんじゃねえですか?」 蒼「え?!あ、本当だ!急いでいかなくちゃ」 御代を置いて、足早に出て行く。 翠星石は後片付けをしながらポツリと呟く。 翠「これは、江戸を揺るがす大事件になりそうですねぇ」 その言葉が終わると同時に幕が下りる。次の場面はこの幕が上がった後に始まる。 ---- 10分ほどの休憩の後、舞台の幕が上がる。 そこには城の屋敷を模したセットが置かれていた。 そして上手の方にある上座には、優雅に佇む真紅の姿があった。 真「全く・・・こうも堂々と楼鎖魅諏蹄華を盗むと宣言するなんてね。実に不愉快なのだわ」 そう言ってお茶を飲む。気品さえ溢れてくるその仕草に客席は息を呑む。 家来「楼鎖魅諏蹄華は代々将軍家に生まれし女子に受け継がれていくもの。我らが身命を賭して御守りいたします」 真「当然でしょ。何が何でも必ず守りなさい」 家来「ははぁー」 そう言って下がっていく家来たち。それを見届けると真紅は再びお茶を飲み、そして溜息を漏らす。 真「・・・聞き耳を立てるとは武士として恥ずかしくないのかしら」 ローゼン「流石は紅姫(あかひめ)様、気配は消したつもりだったんですけど」 真「それで何をしようとしていたかは、この際問わないのだわ。それで、何か用かしら?白崎瑯善(しろざきろうぜん)」 ローゼン「実は姫様にお願いしたい事が有りまして」 真「どうせ、いつもの碌でもないことでしょ?さあ、それ以外に用がなかったらさっさと帰って頂戴」 ローゼン「いえ、今日はそれで来たわけではありません。楼鎖魅諏蹄華についてです」 真「・・・・・・何を企んでいるの?」 ローゼン「企むだなんてひどいなぁ。今回の一件、僕が伝えなきゃどうなっていた事やら」 真「それで、一体何なのかしら?早くして頂戴」 焦れて来たのか急かす真紅。しかしローゼンは何食わぬ顔で言ってきた。 ローゼン「楼鎖魅諏蹄華を見せてもらえませんか?」 真「・・・な、何ですって?」 ローゼン「僕達も全力で守るつもりだけど、一度もその楼鎖魅諏蹄華を見た事無いんだよねぇ   そんな見た事も無い物を守れと言われてもねぇ・・・」 確かに、ローゼンの言うとおりだった。自分達が守っているものが一体何なのかが分からないと、 万が一奪われた時に取り戻す事ができない上に、士気にも関わってくる。 しかし・・・。 真「楼鎖魅諏蹄華は門外不出の秘宝。そして、それを見る事が出来るのは将軍家に生まれし女子のみ。   まさか、それを知らないとは言わせないのだわ」 ローゼン「まあ、そうなんですけどねぇ・・・・・・」 ローゼンの方もしつこく食い下がってくる。あまりのしつこさについに真紅が折れた。 真「・・・そこまで言うなら、仕方が無いのだわ。けれど見せるのは楼鎖魅諏蹄華が入った箱のみよ」 ローゼン「それで構いませんよ。僕としては守るものがちゃんとした形あるものだという事が分かれば良いだけですから」 真紅は立ち上がり、セットの棚を開けてそこから小さな桐箱を取り出す。 大きさは大体掌サイズ。おそらく中身はもっと小さいのだろう。 しかし、大切なのは中身ではない。重要なのは『それがどこに置いてあるのか?』という事だった。 真「さ、気が済んだのならとっとと出てって頂戴」 ローゼン「それではこれにて御免」 不自然なくらいに恭しく礼をして退席するローゼン。 ローゼン「・・・これで、こちらの駒は全て揃ったな。後は仕上げを行うだけかな」 彼の事を良く知っている人間には、今の彼の顔を見たらこう思うだろう。 『あの馬鹿校長、またなんか企んでるよ・・・』と。 ---- やがて日が暮れ、江戸の町に夜が訪れる。 しかしこの時は、違った。町のあちこちに町方同心や岡っ引たちが警戒に当たっていた。 これでは、警戒が一番厳重な江戸城の、しかもどこにあるのか分からない物を盗み出すのは不可能だと誰もが思った。 そんな舞台の一角にスポットライトが当てられる。 金「いっぱい見回りが居るのかしら~。でも、この怪盗糸雀には関係ないのかしら~」 金糸雀だった。その愛らしい姿とコミカルな言動で客席に笑いが起こる。 金「なんだか笑われてる気がするけど、きっと気のせいかしら~」 そういって『屋根の上』を歩き出す金糸雀。よく見ると、彼女の腰の辺りにワイヤーが括りつけられていた。 やがて、屋根と屋根の間が開いている部分に出た。ここをワイヤーを使って飛ぶのだ。 金「うぅ・・・ちょっと、高いのかしらぁ・・・。落ちたら怪我するのかしらぁ・・・」 後ずさる金糸雀。客席から「頑張れ~」と声援が掛かる。 金「うぅぅ・・・怖いけど、頑張らなきゃお話が進まないかしら~」 やがて意を決して走り出す金糸雀。そして・・・飛んだ。 金「きゃ~、高いのかしら!怖いのかしら!早く降ろしてかしら~!」 どう考えても見つかりそうなくらいの大声で叫ぶ金糸雀。観客からどっと笑いが起こる。 なんとか着地するが、まだ心臓の鼓動は高鳴ったままだった。 金「こ・・・これくらいでへこたれる、怪盗糸雀じゃないのかしら~・・・」 とぼとぼと上手の舞台袖の方へと歩いていく金糸雀だった。 その後、下手からくんくんが現れる。 くんくん「今日はお月様がきれいだなぁ。あ、いけないいけない、今は怪盗糸雀を探さなくては」 辺りを見回すくんくん。すると人影を見つける。 くんくん「やや?!怪しい人影!」 慌てて追いかけるくんくん。だが影を見失ってしまう。 くんくん「しまった、見失ってしまった。一体どこに行ってしまったんだ?」 辺りを見回しながら進むくんくん。その時舞台奥からやってきた人物とぶつかってしまう。 くんくん「あ、イタタ・・・。すいません、よく見てなかったから・・・」 蒼「あ、大丈夫ですか・・・って、くんくんさん」 くんくん「あ、貴方は蒼之介さんじゃないですか。どうしてこんな所に?」 蒼「寺子屋が終わってから、道場に行ってその帰りなんです。それにしても、今日は随分と見回りの同心の人たちが多いですね」 くんくん「ええ、何せ糸雀が江戸城の宝を盗むと宣言してきたんです。僕達も必死になって犯人逮捕に向けて捜索中です」 蒼「もし良かったら、お手伝いしましょうか?」 くんくん「それはいけない。この江戸の町住む人々を守るのが僕達の仕事です。それなのに手伝ってもらうなんて・・・」 そう言った矢先に、警笛の音が聞こえてきた。どうやら糸雀を発見したようだ。 くんくん「蒼之介さん、絶対について来てはいけませんよ。貴方も間違って・・・って、あ!」 蒼星石は既に走り出していた。そのまま上手の舞台袖に消えていく。 くんくんも慌てて追いかけていく。 金糸雀は下手から出てきた。今度はちゃんと舞台の上だった。 金「大変なのかしら~。でも逃げ切って見せるのかしら」 町方たち「御用だ!御用だ!」 突如客席から町方同心たちが現れる。流石にこれには金糸雀も観客も驚いた。 金「きゃ~」 慌てて逃げ出す金糸雀。その行き先は江戸城だった。 ローゼン「ついに始まったようだね。・・・それじゃ、あとの首尾は任せたよ」 薔「・・・ははっ」 江戸城の一角、部屋の上座に座るローゼンが薔薇水晶に指示をだす。 薔薇水晶は立ち上がって、退室していく。 ローゼン「さて怪盗さん、しっかり働いてくれよぉ・・・俺のために」 ふっふっふっ・・・と完全に悪役顔で笑うローゼン。 そんな笑い声をかき消すかのように、照明が落ちる。 江戸城内は騒然としていた。何せ曲者の侵入を許してしまったからだ。 舞台や客席のあちらこちらで「糸雀は見つかったか?」「いや、まだだ」「なんとしてでも探し出せ」などの怒号が飛び交う。 それからしばらくして、下手の方から再び蒼星石が現れる。 同心「む、何ゆえこのような所に居る?」 蒼「え?あ、いや、その、怪盗糸雀の捕縛に手伝える事があればと思い・・・」 同心「それには及ばず。さあ、早々に立ち去られよ」 蒼「でも、1人でも多い方が・・・」 同心「いい加減にせぬと曲者として引っ立てるぞ」 怒る町方同心。無理も無い、今江戸城は曲者騒ぎで手一杯。それなのにまた見知らぬ者が入ってきては困る。 しかし、なおも食い下がろうとする蒼星石に対し、いい加減堪忍袋の緒が切れそうになったとき、 「こんな所で何をやっているの」と蒼星石の腕を引っ張って、何者かが連れ去ってしまった。 蒼「え?ちょ、ちょっと!」 蒼星石は抗議するが、強い力でぐいぐい引っ張られて舞台の中央へと移動する。 ?「ここまで来れば一安心」 蒼「え~と・・・どなたでしょうか?」 ?「・・・・・・そうだな、遊び人の雪さんとでも呼んでくれ」 蒼「はぁ・・・」 そう、蒼星石の腕を引っ張ったのは雪華綺晶であった。 その格好は先程の伊達政宗姿ではなく、白色の着流し姿であった。 蒼「でも、どうして」 雪「あんな所にずっと居たら、捕らえられてしまう。もし、糸雀が捕まらなかったら、共犯として投獄されていたかも」 恐ろしい事をさらっという雪華綺晶。 蒼「え?!でも、どうして・・・」 雪「大切なのは糸雀ではなく『糸雀を捕まえた』という事実。そして、それは真実じゃなくても構わない」 要するに、糸雀を取り逃がしたとしても、蒼星石を共犯として捕まえる事で面目は保たれるのだ。 雪「だから、私があそこから連れ出さなかったら、貴方は今頃牢の中」 蒼「・・・・・・」 その時、ようやくくんくんが追いついてきた。 くんくん「はぁ、はぁ・・・蒼之介さん。どこに行っていたんですか?探しましたよぉ」 蒼「あ、くんくんさん。すいません、勝手に先走っちゃって」 くんくん「ところで、こちらの方はどなたですか?」 蒼「ああ、こちらは雪さんです。お城の前で捕まりそうになる前に助けても貰いました」 くんくん「そうなんですか。・・・あれ?以前どこかでお会いした事があるような・・・」 雪「・・・多分気のせいだと思う」 くんくん「そうですよね」 と、談笑に耽っていると辺りが騒がしくなってきた。 くんくん「ん?何だか急に騒がしくなってきましたねぇ」 辺りを見渡すくんくん。その時、客席入り口から1人の同心が入ってきて大声で叫んだ。 同心「糸雀、召し取ったりぃ!!」 くんくん・蒼「ええ?!」 そして幕は再び下がった。ここから約15分間の休憩である。 ---- 翠「それで、結局どうなったですか?」 くんくん「詳しい事はまだ何も・・・。ただ、江戸城は昨夜の騒ぎで今もその後片付けをしているとか」 翠「へぇー、それは大変だったですねぇ」 幕が上がると、場面は居酒屋前に変わっていた。 翠星石は昨夜の騒動についてくんくんに根掘り葉掘り聞いていた。 くんくん「それにしても、蒼之介さんにはびっくりしましたよ。笛が鳴ったと思ったらいきなり飛び出していくし」 翠「蒼之介さんは昔から正義感が強いですぅ。子供の頃にも・・・」 そうやって思い出話を始めようとしたところで、蒼星石が店に入ってくる。 蒼「あれ?くんくんさん来ていたんですか?」 くんくん「はい。ここのお蕎麦が美味しかったもので」 翠「蒼之介さんいらっしゃいですぅ・・・その人、誰ですか?」 翠星石の目は蒼星石の後ろに居る人物へと向けられた。雪華綺晶である。 くんくん「おや、貴方は昨日の」 蒼「ああ、この人は雪さんだよ。ここに来る途中、偶然会ったんだよ」 雪「始めまして。私は遊び人の雪さんです」 翠「・・・普通は自分で遊び人って言わねえです」 二人はくんくんの居る卓の席へ座り、それぞれ注文をする。 蒼「いつもの奴で」 雪「・・・ここに書いてある物、全部」 ついいつものノリで注文してしまう雪華綺晶。 翠「1つにしやがれですぅ」 雪「・・・・・・・・・・・・なら同じもの」 注文を聞いた翠星石は店の奥へと入っていく。 頼んだざる蕎麦を食べながら、3人は話し合っていた。 当然話題は糸雀の事である。 蒼「この後、糸雀はどうなるんですか?」 くんくん「今は取調べをしている最中ですね。それが終わればお白州で裁かれる事になります」 蒼「その後は?」 くんくん「さあ・・・それはお奉行様が決める事なので、僕にはちょっと・・・」 と困ったような顔で言うくんくん(実際表情が変わる訳ではないが) 雪「・・・良くて市中引き回しの上に島流し、悪ければ銃殺刑・・・じゃなかった、磔獄門」 食事時にする話じゃなかったな、と詫びる雪華綺晶。 しかし、雪華綺晶の言う事はもっともだった。 それだけ、糸雀のした罪は重い。 だが、くんくんはそれに疑問を挟んだ。 くんくん「・・・実は、この事件、まだ終わっていない気がするんです」 雪「と、言うと?」 くんくん「今朝から色々と聞き込みをしていたんですけど、町民の皆さんの殆どは糸雀に対して同情的なんです」 くんくんが言うには、町民達にとって糸雀は義賊であり、盗まれた方は所謂悪徳商人たちばかり。 それがお城に忍び込むなんて・・・と、不思議がる人が殆どだったという事だ。 雪「義賊・・・か」 くんくん「はい。それに、今まで盗んできたものは小判などの金銭が殆どなんです」 くんくんが一番疑問に思っていた点はそれだった。普通、盗みを行なう際真っ先に狙う物は金銭である。 その次に高値で売れそうな物が狙われる。 しかし、盗みの鉄則として『超高級品は盗まない』というのが有った。 なぜなら、こう言った品物は市場には殆ど出回らず、売ろうとすればすぐに足が付く。 その為、狙われるのは『高級品だが、そこそこ出回っている物』という事になる。 にも拘らず、今回は将軍家が代々受け継ぐ秘宝・楼鎖魅諏蹄華を狙ったのだ。 その様な物は、当然市場に出回ってなどいないし、売れるとは思えなかった。 蒼「そう言われてみれば、確かにちょっと不自然な気もしますね」 くんくん「そうなんですよ。どうにもそれが気になっちゃって」 本人と話が出来れば一番良いんですが・・・、と呟く。 基本的にそれらの取調べは奉行所が行う。当然岡っ引のくんくんにはその権限は無い。 その後、蒼星石たちと別れて再び聞き込みを開始するくんくん。 しかし、誰に聞いても返ってくる答えは蒼星石たちに話した内容と変わらなかった。 くんくん「はぁ・・・このまま終わってしまうのかなぁ」 茶屋でお茶を飲んで空を見上げる。そこへ1人(?)の与力がやってきた。 ?「やあくんくん、元気にしているかね?」 くんくん「あ、これはネコさん。良かったら、席どうぞ」 席を勧めるくんくん。ネコはくんくんの隣に座る。 くんくん「今日はどうなされたんですか?確か非番のはずでは・・・」 ネコ「実はねくんくん、先程奉行の綺羅様から言付かってきてね。君に糸雀の取調べを行って欲しいそうだ」 くんくん「えぇっ?!どうして僕なんですか?」 ネコ「私も詳しい話は知らないんだけど、なんでも熱心に糸雀に関して調べてるのを見かけたらしくてね。    それでぜひやって欲しいと仰せになったのだよ」 くんくん「はぁ・・・」 くんくんは信じられないと言った面持ちだった。自分はただの岡っ引。 それがお奉行様から直々に下知が下るなんて・・・。 しかし、これで糸雀の取調べを行える。その事実に、くんくんは燃えた。 ネコ「君なら大丈夫だと思うけど、気をつけてくれたまえよ。相手は楼鎖魅諏蹄華を盗み出した糸雀だからね」 くんくん「え?!捕まえたのに持っていなかったのですか?」 ネコ「騒動が終わった後に念のために確認したら、無くなっていたそうだよ。それに関して問いただしても   自分は知らないの一点張り・・・ほとほと手を焼いていてね」 初耳だった。まさかあの厳重な警備の中で盗まれていたとは・・・。 牢屋敷に入ったくんくん。既に伝わっていたのか、あっさりと取調べが始まる。 糸雀と会った時、くんくんは2つ驚く事があった。 一つは怪盗・糸雀が子供のように背の低い女であったという事。 もう一つは泣き腫らしたのか、まるで兎のように目が真っ赤だったという事だった。 くんくんは係りの役人を下がらせた。今から話す事は、聞かれたら困るような事だったからだ。 くんくん「始めまして糸雀さん。僕はくんくんといいます」 金「うぅ・・・また取り調べなのかしら~」 心底嫌そうな声を上げる金糸雀。しかし、くんくんは気にせず取調べを始める。 くんくん「それでは、さっそくお尋ねします。なぜ、貴女は江戸城に入ったのですか?」 金「もう何度も話したかしら~。逃げる時に一番手薄な所を選んでいったら、何故かお城についたのかしら~」 くんくん「一番手薄な所を?でも、普通はそこが一番厳重なところなのでは?」 金「ウソじゃないのかしら~。今まで沢山経験があるから見れば分かるかしら~」 なるほど、彼女ほどの者が言うからにはきっと本当なのだろう。 くんくんは質問を変えてみる。 くんくん「では、最初からお城に行くつもりは無かった・・・という事ですね?」 金「そうよ」 くんくん「なるほど・・・どうやら本当のようですね」 金「え・・・?信じてくれるの・・・」 金糸雀は面食らった。今までの役人は誰一人として信じてくれなかったからだ。 くんくん「ええ。確かに貴女は盗みという罪を重ねてきました。ですが、貴女はとてもウソを吐いている様には見えません。   僕は信じたいんです、貴女の事を」 くんくんのその言葉を聞き、金糸雀は顔を伏せて泣き出す。 嬉しかったのだ。自分を信じてくれる人がまだ居るという事が。 くんくんは金糸雀が泣き止むのを待ってから再び質問を投げかける。 くんくん「挑戦状というのは、いつも相手に送るのですか?」 金「そうかしら~。怪盗たるものコソ泥のようなマネは出来ないのかしら」 くんくん「どちらにせよ、泥棒はいけない事ですよ」 金「あぅ~・・・」 くんくん「盗みを働く相手はどういう基準で選ぶんですか?」 金「ん~、基本的に不等に価格を上げる商人や問屋かしら。でも、盗んだお金の大半は貧しい人たちにばら撒いてるかしら」 くんくん「だから町の皆さんから人気が有ったんですね」 金「悪いのは値上げをする商人達かしら。理由無く吊り上げるのは許せないかしら~」 くんくん「でも、泥棒はダメですよ」 くんくん「それでは、美術品とかは盗まないんですね?」 金「表の顔の私じゃ、とても持てる物じゃないから意味無いのかしら」 くんくん「なるほど・・・お金だけしか盗まないと」 くんくんは慎重に一つ一つ質問を重ねていく。 金糸雀の方も気を良くしたのか、答えていく。 くんくんはそれらの証言と過去の糸雀関連の事件と照らし合わせながら、真偽の判断を下していく。 そして彼女の証言は全て真実を告げていた。 いよいよくんくんは本題へと入っていく。 くんくん「楼鎖魅諏蹄華という物を知っていますか?」 金「楼鎖魅諏蹄華?・・・う~ん、聞いたこと無いのかしら」 くんくん(やはり・・・) この瞬間、くんくんの疑問は確信へと変わった。 そう、家老・白崎瑯善に送られてきた挑戦状は真っ赤な偽物だったのだ。 くんくん「では、昨夜のは一体どこに挑戦状を送ったんですか?」 金「材木問屋の不死屋かしら~」 くんくんは牢屋敷を出て、自分の家へと帰ることにした。 糸雀の証言から色々な事が分かった。 少なくとも言える事は、今回の楼鎖魅諏蹄華窃盗事件に彼女は関わっていないという事。 問題は一体誰が偽物の挑戦状を送ったのか?何故江戸城へと繋がる道の警備が薄かったのか? そして何より、楼鎖魅諏蹄華は一体どこへ消えたのか? くんくん「・・・明日は不死屋へ行ってみよう。もしかしたら何か分かるかもしれない」 そう呟くくんくん。だが、黒幕はくんくんよりも早く動いた。 くんくん「おや?雪さんじゃないですか。どうしたんですか?こんなところで」 雪「・・・先程、不死屋の主が殺された。死因は刀傷からの出血多量。・・・・・・武士の仕業だ」 くんくん「え?!」 驚きの声をあげたところで幕が下りてくる。物語はいよいよ終盤へと入っていく事になる。
翠「うぅ~ん、良い天気ですぅ。さ~て、今日も元気にお店を頑張るですか」 暖簾をかけて、店の入り口前を箒で掃く。舞台に立つという緊張もなんのその、堂々とした演技だった。 翠「お店の前はこんなもんで良いですぅ。後はお客さんが来るのを待つだけですぅ」 翠星石の役どころは居酒屋の看板娘だった。 箒を元の場所に戻したところに、蒼星石が現れる。 それだけで劇場のヴォルテージが上がったのを翠星石は感じ取った。 心当たりは有った。それは五条大橋で写真を撮った時の事だ。 中性的な顔立ちの蒼星石はただでさえ人目を惹く。それが刀を構え、真剣な表情で弁慶と対峙していたのだ。目立たない訳が無い。 その後、他の観光客(主に女性)からの「一緒に写真を撮ってもらえませんか?」攻勢から逃げ出してきたのだ。 翠(追っかけてきやがったですね・・・しつけー奴らです) さて、そんな渦中の蒼星石だが、全身から「自分は今物凄く緊張しています」というオーラを放っていた。 同じ方の手と足を同時に出して歩く様は、さながらブリキの玩具といったところか。 蒼「や、やあ・・・お、お翠(すい)さん・・・え、え~と、きょ、今日は良い天気ですね・・・」 相当重症の様だ。そう言えば、小学生の時の演劇会でも練習では問題無いのに本番でこうだったなと思う翠星石。 翠(ここは一つ、こっそりアドバイスをしてやるですか) そう思った翠星石は少しアドリブを加えた。 翠「あら蒼之介(あおのすけ)さん、おはようですぅ。おや?こんな所に糸くずが付いてるですよ」 そう言って蒼星石の耳元に顔を近づける翠星石。台本に無かった行動に驚くも動けない蒼星石。 翠(何やってるですか。いつもの授業みたいにやれば良いんです。無理に教科書通りにやる必要はねえですぅ) 蒼(あ・・・そうか。授業だと思えば良いのか) 言われてみれば確かにそうだ。自分は毎日何十人もの生徒の前で授業を行っているではないか。 もちろん授業と演劇では見ている人数もやっている事も全く異なるのだが、この一言で完全にふっきれた。 蒼(ありがとう、翠星石) 翠「ほら、糸くずが取れたですよ。こんなの付けてたら子供達に笑われるです」 蒼「あ、本当だ。ありがとうお翠さん」 先程とはうって変わって、すらすらと言葉が出てくる蒼星石。 ちなみに蒼星石の役は寺子屋を開いている浪人だった。 翠「それで、今日もいつもの奴で良いですか?」 蒼「うん、ざる蕎麦をお願い」 翠「寺子屋がある日はいつもうちのお蕎麦を食べていくから、大助かりですぅ」 蒼「あれを食べないと、なんだか始まった気がしなくてね」 やがて蕎麦が運ばれ、それを食べながら会話をする二人。 そんな中、店に数人の男達がやってきた。全員柄の悪そうな面構えである。 翠「あ、いらっしゃいませですぅ」 応対に出る翠星石。男達は翠星石を嘗め回すように見続ける。思わず身構える。 翠「ご、ご注文は何ですか?」 エキストラA改め男A「おう、こいつはなかなか別嬪さんじゃねえか」 男B「おい、姉ちゃん。こんなしけた店、とっとと畳んじまって俺らと遊ばねぇか?」 男C「そいつはいいや。よし、今日はもう店じまいだ。そこの兄ちゃんもとっとと帰んな」 そう言ってガハハと笑う男達。 翠「な、何勝手な事言ってやがるですか!冷やかしならとっとと出て行きやがれですぅ」 台本とは違い啖呵を切る翠星石。 男達は互いに顔を見合わせ、アイコンタクトで即興アドリブへと移行する。 男A「随分威勢の良い姉ちゃんだ。気に入ったぜ」 そう言って立ち上がり、翠星石の腕を掴んで顔を近づける。 翠「は、放しやがれですぅ!放さないと、後で怖いですよぉ」 男A「どう怖いんだ?」 翠「こうなるですぅ!」 そう言って相手の足を蹴る。芝居だと言うのは分かっていたが、ちょっと強めに蹴った。 が、当たり所が悪く、ちょうど脛に当たってしまう。 男A「い、痛うぅ!」 翠「え?あ・・・、わ、悪気はなかったですぅ。わざとじゃないですぅ」 男A「やってくれたじゃねえか・・・もう許さねえ!」 怖い顔を更に怖くして怒る。そろそろかな?と思い台本を進めていく。 蒼「もう、その辺にしたらどうだい?」 立ち上がりながら台詞を言う蒼星石。男達は蒼星石を睨みつけるが、彼女は物怖じしなかった。 蒼「貴方の脛を蹴ったのは彼女が悪い。けれど、それ以前に貴方達も十分に悪い。   早くこの店から出て行ってくれないか?」 男B「何だとぉ?兄ちゃん、どうやら痛い目を見ないと分からない様だなぁ」 蒼「それはこっちの台詞かな」 完全に一触即発状態だった。翠星石が慌てて間に入る。 翠「喧嘩をやるなら、せめて外でやりやがれです!」 男C「それなら表に出てきやがれ!」 そう言って出て行く3人。心配そうな顔で蒼星石を見つめる翠星石。 蒼「大丈夫、あれくらいなら」 と、愛刀を持って店の外へ出る。 しかし、いよいよ激突といった時に、意外な人物が現れる。 ?「その喧嘩、ちょっと待って下さい!」 一同は声がした方向、舞台の下手の方を見る。 そこには、岡っ引姿の愛くるしい犬の着ぐるみがいた。そう、この劇の主役くんくんである。場内に歓声が上がる。 くんくん「今すぐその喧嘩をやめるんだ!」 十手をかざし、ポーズを決めるくんくん。結構さまになっている。 男B「てめえは八丁堀の?!」 男達は驚いた。くんくんはそれに構わず続ける。 くんくん「こんな所で喧嘩をしてはいけない!まずは話し合おう。そうすればきっと解決口が・・・」 この時代にしてはあまりにも人道的過ぎる気もするが、対話による解決を訴える。 しかし、特に話をしてどうこうなる物でも無かったので男達には通じなかった。 男A「構わねえ!やっちまえ!」 男Aの号令で、一斉に刀を抜く。 蒼「一応、正当防衛になるのかな?」 そう言って、刀を抜く蒼星石。刀を返して構える。 くんくん「う~ん、不本意ですが仕方ありません。岡っ引として見過ごせません」 そう言って蒼星石の側につく。客席の子供達から「くんくん頑張れ~」と声援が飛ぶ。 蒼(・・・ここで下手したら、真紅先生や水銀燈先生に何言われるか分からないな) 男A「畜生・・・覚えてやがれ!」 そう言って逃げ出していく男達。 その後の殺陣シーンは蒼星石ならではであった。 普通なら素人が行うのでどうしてもゆっくりになってしまうのだが、事前に剣道をやっていると説明しておいたので、 かなりの速さで展開していく。そして、その本格的なアクションとそれをこなすのが美青年(だと観客は思っている)と くんくんと言う事もあり、客席は大いに盛り上がった。 翠「おととい来やがれ、こんチクショーですぅ」 特に何もしていないのだが、何故か大威張りな翠星石。 くんくん「ふう、なんとか大事には至らず何よりです」 くんくんも見事な十手さばきを見せていた。芝居とは言え、くんくんの身に何か有ればあの二人が黙っていない。 なるべくくんくんの所には行かないように立ち回っていたのだが、1人がくんくんに向かって行った。 男Aの大振りの刀を十手で受け止め、力を横に逃がして斬撃の軌道を逸らす。 刀を完全にかわした所で相手に向かってタックルをしかける。それを受けて盛大に吹っ飛ぶ男A。 通常でも相当の訓練をしないとできないような動きだが、それを着ぐるみを着た状態で行うのだ。 その練習量はかなりの物だろう。 そして、男が立ち上がろうとした所に蒼星石の切っ先が向けられ、先程の言葉というわけだ。(峰打ちで既に二人を倒していた) 蒼「北町奉行所は今月は非番なのでは?」 くんくん「それはちょっと仕事に関わる話なので、申し訳ありませんけどお話しするわけには・・・」 蒼「そうですよね。あ、気にしないで下さい。ちょっと興味を持っただけなので」 3人は店に戻って、改めて食事をとった。 蒼星石の疑問はもっともだった。 くんくんは北町奉行所の岡っ引で、北町奉行所は今月は非番なのだ。 翠星石が口を挟む。 翠「そう言えば、一昨日ぐらいに南町の料亭『有栖屋』に来ていたご家老様宛に   怪盗・糸雀(いとすずめ)から挑戦状が届いたとか言っていたですねぇ」 蒼「へぇ・・・」 くんくん「あらら・・・、もう結構有名になっちゃってるんですねぇ」 居酒屋という商売柄、こうした情報には精通していたりする。 そこまで知っているなら、と事の顛末を話すくんくん。 ここで舞台の照明は落とされ、場面の転換が行われる。 水(良いなぁ・・・くんくんとあんな間近に居るどころかお話できて) 人にはあまり見せない、水銀燈の羨ましそうな顔だった。 だが、もうすぐ自分の出番がやってくる。気持ちを切り替えると、他の舞妓役のエキストラと共に舞台へと移動した。 背景は先程の居酒屋前ではなく高級料亭をイメージした豪華な造りだった。 水銀燈はその舞台の下手の方にある奥座敷の方へと誘導されてきた。 上手の方には、頭巾を被った家老役の男と悪徳商人みたいな顔した男。 そして、家老の護衛役をする事になった薔薇水晶が居た。 水(薔薇水晶も大変ねぇ、あんなのの近くに居なきゃいけないんだから) やがて、曲が流れ始める。もちろん日本舞踊に使われるような曲だ。そして当然水銀燈に日本舞踊の経験はなかった。 水(ま、見様見真似でやってればいいわね) 他の舞妓達の動きを盗み見ながら不自然にならないように踊ってみせる。 だが、持って生まれた美貌と才能ゆえだろう。とても素人とは思えない踊りで見る者を魅了していった。 薔(銀ちゃん、綺麗・・・) 薔薇水晶は素直にそう思った。同性である薔薇水晶でもそう思ったのだから、客席の男性客は言わずもがなである。 曲が終わり、他の舞妓達が下がっていく。水銀燈は商人によってお酌をするよう指示される。 水(そんなの自分でやれば良いじゃない) と思ったが、それを顔に出さず営業スマイルで徳利を持つ水銀燈。 商人A「いや、私じゃないよ。まずはこのお方にお酌をして差し上げるんだ」 水「あら、これは申し訳ありませんわぁ。お武家様ぁ、ささどうぞ御一献」 向きを変え、家老の方にお酌をしようとする。だが、家老はこういった。 家老「あ、別にいいよ。お酌は彼女・・・じゃなかった、彼にやってもらうから」 と、どこかで聞いた事有るような声で言ってきた。 それなら仕方ないと、徳利を薔薇水晶に渡す水銀燈。 薔「・・・・・・」 一見そうは見えないが、薔薇水晶は内心焦っていた。台本と違うからだ。 家老「さ、お酌してくれる?・・・あ、そう言えばまだ頭巾被ったままだったね」 と、家老らしい威厳の全く無い軽い声で頭巾を脱ぎだす男。そして、その奥から現れた顔は・・・。 水「ぶっ!?」 薔「・・・・・!!」 真・翠・蒼・金・雪(ウソおっ!!?) ローゼン「おや?どうしたんだい?僕の顔に何か付いてる?」 そこに居たのはローゼン校長本人だった。驚くのも無理は無い・・・というかいつの間に来ていた?! 薔「・・・・・・どうぞ」 おずおずとお酌をする薔薇水晶。その顔は無表情ながら何か嬉しそうだ。 ローゼン「ん、ありがとう。・・・なんだ、やっぱ水か」 と、完全に芝居の事など忘れたかのように素の状態で芝居を続ける。 が、観客にしてみれば、いつもの悪役然とした家老よりもローゼンの方が斬新だったので少し期待が高まった。 それから、しばらく水銀燈がローゼンに絡もうとする(台本どおり)も、完全無視して薔薇水晶に絡むローゼン。 いい加減キレそうになったところで、襖が開き奉公人がやってくる。 奉公人「申し上げます。先程、店の入り口でご家老様宛の書状を預かってまいりました」 ローゼン「書状?そんなのどうでも良いよ、燃やしといて」 奉公人「は?はぁ・・・」 流石にこんな事を言ってくる人は居なかったのであろう、返事に窮する。 慌てて商人役の男が取り成そうとするが、その前に水銀燈が動いた。 水「あぁら、ご家老さまぁ。いい加減台本無視してると、叩っ斬りますわよぉ」 ローゼン「・・・・・・やっぱ読んでみようかな。うん、急に物凄く読みたくなってきたぞ」 あっさりと掌を返すローゼン。相変わらず良い性格している。 ローゼン「ええと・・・どれどれ、『拝啓 新緑が目にしみる季節になりましたが、皆々様如何お過ごしかしら~。   時候のご挨拶はこれくらいにして本題に入るのかしら~。幻の秘宝、楼鎖魅諏蹄華(ろうさみすていか)   を頂きに行くから、その時はよろしくかしら~。それではごきげんようかしら~。 怪盗 糸雀より』」 商人「そ、それは糸雀からの挑戦状ではありませんか!」 ローゼン「糸雀って?」 商人「今、巷を騒がす盗賊でございます。なんでも狙った獲物は逃さないと言われているとか」 ローゼン「ふ~~ん・・・。でもさぁ、楼鎖魅諏蹄華なんて持っていないよ」 全員「・・・・・・」 ローゼン「ああ、思い出した!そう言えば楼鎖魅諏蹄華は姫様が持っていたな」 だったら、直接姫様の所にもって行けば良いのに・・・とぼやくローゼン。 薔(・・・台詞殆ど無かった) 場面は再び居酒屋前に戻る。 流石にローゼンが来ていたという動揺は薄らいだが、まだ後を引いていた。 翠「そ、そういう事があったですか」 蒼「それは一大事だね。僕にとってはもっと驚いた事があったけど」 くんくん「という訳でして、北町と南町の奉行所が共同で犯人を逮捕しようとしている訳です」 今の事はあまり人には話さないで下さいねと付け加え、御代を払って出て行く。 蒼「これはしばらく騒がしい事になりそうだね」 翠「全く、糸雀も良い加減にしてほしいですぅ。それよりも、蒼之介さん寺子屋もうすぐ始まるんじゃねえですか?」 蒼「え?!あ、本当だ!急いでいかなくちゃ」 御代を置いて、足早に出て行く。 翠星石は後片付けをしながらポツリと呟く。 翠「これは、江戸を揺るがす大事件になりそうですねぇ」 その言葉が終わると同時に幕が下りる。次の場面はこの幕が上がった後に始まる。 10分ほどの休憩の後、舞台の幕が上がる。 そこには城の屋敷を模したセットが置かれていた。 そして上手の方にある上座には、優雅に佇む真紅の姿があった。 真「全く・・・こうも堂々と楼鎖魅諏蹄華を盗むと宣言するなんてね。実に不愉快なのだわ」 そう言ってお茶を飲む。気品さえ溢れてくるその仕草に客席は息を呑む。 家来「楼鎖魅諏蹄華は代々将軍家に生まれし女子に受け継がれていくもの。我らが身命を賭して御守りいたします」 真「当然でしょ。何が何でも必ず守りなさい」 家来「ははぁー」 そう言って下がっていく家来たち。それを見届けると真紅は再びお茶を飲み、そして溜息を漏らす。 真「・・・聞き耳を立てるとは武士として恥ずかしくないのかしら」 ローゼン「流石は紅姫(あかひめ)様、気配は消したつもりだったんですけど」 真「それで何をしようとしていたかは、この際問わないのだわ。それで、何か用かしら?白崎瑯善(しろざきろうぜん)」 ローゼン「実は姫様にお願いしたい事が有りまして」 真「どうせ、いつもの碌でもないことでしょ?さあ、それ以外に用がなかったらさっさと帰って頂戴」 ローゼン「いえ、今日はそれで来たわけではありません。楼鎖魅諏蹄華についてです」 真「・・・・・・何を企んでいるの?」 ローゼン「企むだなんてひどいなぁ。今回の一件、僕が伝えなきゃどうなっていた事やら」 真「それで、一体何なのかしら?早くして頂戴」 焦れて来たのか急かす真紅。しかしローゼンは何食わぬ顔で言ってきた。 ローゼン「楼鎖魅諏蹄華を見せてもらえませんか?」 真「・・・な、何ですって?」 ローゼン「僕達も全力で守るつもりだけど、一度もその楼鎖魅諏蹄華を見た事無いんだよねぇ   そんな見た事も無い物を守れと言われてもねぇ・・・」 確かに、ローゼンの言うとおりだった。自分達が守っているものが一体何なのかが分からないと、 万が一奪われた時に取り戻す事ができない上に、士気にも関わってくる。 しかし・・・。 真「楼鎖魅諏蹄華は門外不出の秘宝。そして、それを見る事が出来るのは将軍家に生まれし女子のみ。   まさか、それを知らないとは言わせないのだわ」 ローゼン「まあ、そうなんですけどねぇ・・・・・・」 ローゼンの方もしつこく食い下がってくる。あまりのしつこさについに真紅が折れた。 真「・・・そこまで言うなら、仕方が無いのだわ。けれど見せるのは楼鎖魅諏蹄華が入った箱のみよ」 ローゼン「それで構いませんよ。僕としては守るものがちゃんとした形あるものだという事が分かれば良いだけですから」 真紅は立ち上がり、セットの棚を開けてそこから小さな桐箱を取り出す。 大きさは大体掌サイズ。おそらく中身はもっと小さいのだろう。 しかし、大切なのは中身ではない。重要なのは『それがどこに置いてあるのか?』という事だった。 真「さ、気が済んだのならとっとと出てって頂戴」 ローゼン「それではこれにて御免」 不自然なくらいに恭しく礼をして退席するローゼン。 ローゼン「・・・これで、こちらの駒は全て揃ったな。後は仕上げを行うだけかな」 彼の事を良く知っている人間には、今の彼の顔を見たらこう思うだろう。 『あの馬鹿校長、またなんか企んでるよ・・・』と。 やがて日が暮れ、江戸の町に夜が訪れる。 しかしこの時は、違った。町のあちこちに町方同心や岡っ引たちが警戒に当たっていた。 これでは、警戒が一番厳重な江戸城の、しかもどこにあるのか分からない物を盗み出すのは不可能だと誰もが思った。 そんな舞台の一角にスポットライトが当てられる。 金「いっぱい見回りが居るのかしら~。でも、この怪盗糸雀には関係ないのかしら~」 金糸雀だった。その愛らしい姿とコミカルな言動で客席に笑いが起こる。 金「なんだか笑われてる気がするけど、きっと気のせいかしら~」 そういって『屋根の上』を歩き出す金糸雀。よく見ると、彼女の腰の辺りにワイヤーが括りつけられていた。 やがて、屋根と屋根の間が開いている部分に出た。ここをワイヤーを使って飛ぶのだ。 金「うぅ・・・ちょっと、高いのかしらぁ・・・。落ちたら怪我するのかしらぁ・・・」 後ずさる金糸雀。客席から「頑張れ~」と声援が掛かる。 金「うぅぅ・・・怖いけど、頑張らなきゃお話が進まないかしら~」 やがて意を決して走り出す金糸雀。そして・・・飛んだ。 金「きゃ~、高いのかしら!怖いのかしら!早く降ろしてかしら~!」 どう考えても見つかりそうなくらいの大声で叫ぶ金糸雀。観客からどっと笑いが起こる。 なんとか着地するが、まだ心臓の鼓動は高鳴ったままだった。 金「こ・・・これくらいでへこたれる、怪盗糸雀じゃないのかしら~・・・」 とぼとぼと上手の舞台袖の方へと歩いていく金糸雀だった。 その後、下手からくんくんが現れる。 くんくん「今日はお月様がきれいだなぁ。あ、いけないいけない、今は怪盗糸雀を探さなくては」 辺りを見回すくんくん。すると人影を見つける。 くんくん「やや?!怪しい人影!」 慌てて追いかけるくんくん。だが影を見失ってしまう。 くんくん「しまった、見失ってしまった。一体どこに行ってしまったんだ?」 辺りを見回しながら進むくんくん。その時舞台奥からやってきた人物とぶつかってしまう。 くんくん「あ、イタタ・・・。すいません、よく見てなかったから・・・」 蒼「あ、大丈夫ですか・・・って、くんくんさん」 くんくん「あ、貴方は蒼之介さんじゃないですか。どうしてこんな所に?」 蒼「寺子屋が終わってから、道場に行ってその帰りなんです。それにしても、今日は随分と見回りの同心の人たちが多いですね」 くんくん「ええ、何せ糸雀が江戸城の宝を盗むと宣言してきたんです。僕達も必死になって犯人逮捕に向けて捜索中です」 蒼「もし良かったら、お手伝いしましょうか?」 くんくん「それはいけない。この江戸の町住む人々を守るのが僕達の仕事です。それなのに手伝ってもらうなんて・・・」 そう言った矢先に、警笛の音が聞こえてきた。どうやら糸雀を発見したようだ。 くんくん「蒼之介さん、絶対について来てはいけませんよ。貴方も間違って・・・って、あ!」 蒼星石は既に走り出していた。そのまま上手の舞台袖に消えていく。 くんくんも慌てて追いかけていく。 金糸雀は下手から出てきた。今度はちゃんと舞台の上だった。 金「大変なのかしら~。でも逃げ切って見せるのかしら」 町方たち「御用だ!御用だ!」 突如客席から町方同心たちが現れる。流石にこれには金糸雀も観客も驚いた。 金「きゃ~」 慌てて逃げ出す金糸雀。その行き先は江戸城だった。 ローゼン「ついに始まったようだね。・・・それじゃ、あとの首尾は任せたよ」 薔「・・・ははっ」 江戸城の一角、部屋の上座に座るローゼンが薔薇水晶に指示をだす。 薔薇水晶は立ち上がって、退室していく。 ローゼン「さて怪盗さん、しっかり働いてくれよぉ・・・俺のために」 ふっふっふっ・・・と完全に悪役顔で笑うローゼン。 そんな笑い声をかき消すかのように、照明が落ちる。 江戸城内は騒然としていた。何せ曲者の侵入を許してしまったからだ。 舞台や客席のあちらこちらで「糸雀は見つかったか?」「いや、まだだ」「なんとしてでも探し出せ」などの怒号が飛び交う。 それからしばらくして、下手の方から再び蒼星石が現れる。 同心「む、何ゆえこのような所に居る?」 蒼「え?あ、いや、その、怪盗糸雀の捕縛に手伝える事があればと思い・・・」 同心「それには及ばず。さあ、早々に立ち去られよ」 蒼「でも、1人でも多い方が・・・」 同心「いい加減にせぬと曲者として引っ立てるぞ」 怒る町方同心。無理も無い、今江戸城は曲者騒ぎで手一杯。それなのにまた見知らぬ者が入ってきては困る。 しかし、なおも食い下がろうとする蒼星石に対し、いい加減堪忍袋の緒が切れそうになったとき、 「こんな所で何をやっているの」と蒼星石の腕を引っ張って、何者かが連れ去ってしまった。 蒼「え?ちょ、ちょっと!」 蒼星石は抗議するが、強い力でぐいぐい引っ張られて舞台の中央へと移動する。 ?「ここまで来れば一安心」 蒼「え~と・・・どなたでしょうか?」 ?「・・・・・・そうだな、遊び人の雪さんとでも呼んでくれ」 蒼「はぁ・・・」 そう、蒼星石の腕を引っ張ったのは雪華綺晶であった。 その格好は先程の伊達政宗姿ではなく、白色の着流し姿であった。 蒼「でも、どうして」 雪「あんな所にずっと居たら、捕らえられてしまう。もし、糸雀が捕まらなかったら、共犯として投獄されていたかも」 恐ろしい事をさらっという雪華綺晶。 蒼「え?!でも、どうして・・・」 雪「大切なのは糸雀ではなく『糸雀を捕まえた』という事実。そして、それは真実じゃなくても構わない」 要するに、糸雀を取り逃がしたとしても、蒼星石を共犯として捕まえる事で面目は保たれるのだ。 雪「だから、私があそこから連れ出さなかったら、貴方は今頃牢の中」 蒼「・・・・・・」 その時、ようやくくんくんが追いついてきた。 くんくん「はぁ、はぁ・・・蒼之介さん。どこに行っていたんですか?探しましたよぉ」 蒼「あ、くんくんさん。すいません、勝手に先走っちゃって」 くんくん「ところで、こちらの方はどなたですか?」 蒼「ああ、こちらは雪さんです。お城の前で捕まりそうになる前に助けても貰いました」 くんくん「そうなんですか。・・・あれ?以前どこかでお会いした事があるような・・・」 雪「・・・多分気のせいだと思う」 くんくん「そうですよね」 と、談笑に耽っていると辺りが騒がしくなってきた。 くんくん「ん?何だか急に騒がしくなってきましたねぇ」 辺りを見渡すくんくん。その時、客席入り口から1人の同心が入ってきて大声で叫んだ。 同心「糸雀、召し取ったりぃ!!」 くんくん・蒼「ええ?!」 そして幕は再び下がった。ここから約15分間の休憩である。 翠「それで、結局どうなったですか?」 くんくん「詳しい事はまだ何も・・・。ただ、江戸城は昨夜の騒ぎで今もその後片付けをしているとか」 翠「へぇー、それは大変だったですねぇ」 幕が上がると、場面は居酒屋前に変わっていた。 翠星石は昨夜の騒動についてくんくんに根掘り葉掘り聞いていた。 くんくん「それにしても、蒼之介さんにはびっくりしましたよ。笛が鳴ったと思ったらいきなり飛び出していくし」 翠「蒼之介さんは昔から正義感が強いですぅ。子供の頃にも・・・」 そうやって思い出話を始めようとしたところで、蒼星石が店に入ってくる。 蒼「あれ?くんくんさん来ていたんですか?」 くんくん「はい。ここのお蕎麦が美味しかったもので」 翠「蒼之介さんいらっしゃいですぅ・・・その人、誰ですか?」 翠星石の目は蒼星石の後ろに居る人物へと向けられた。雪華綺晶である。 くんくん「おや、貴方は昨日の」 蒼「ああ、この人は雪さんだよ。ここに来る途中、偶然会ったんだよ」 雪「始めまして。私は遊び人の雪さんです」 翠「・・・普通は自分で遊び人って言わねえです」 二人はくんくんの居る卓の席へ座り、それぞれ注文をする。 蒼「いつもの奴で」 雪「・・・ここに書いてある物、全部」 ついいつものノリで注文してしまう雪華綺晶。 翠「1つにしやがれですぅ」 雪「・・・・・・・・・・・・なら同じもの」 注文を聞いた翠星石は店の奥へと入っていく。 頼んだざる蕎麦を食べながら、3人は話し合っていた。 当然話題は糸雀の事である。 蒼「この後、糸雀はどうなるんですか?」 くんくん「今は取調べをしている最中ですね。それが終わればお白州で裁かれる事になります」 蒼「その後は?」 くんくん「さあ・・・それはお奉行様が決める事なので、僕にはちょっと・・・」 と困ったような顔で言うくんくん(実際表情が変わる訳ではないが) 雪「・・・良くて市中引き回しの上に島流し、悪ければ銃殺刑・・・じゃなかった、磔獄門」 食事時にする話じゃなかったな、と詫びる雪華綺晶。 しかし、雪華綺晶の言う事はもっともだった。 それだけ、糸雀のした罪は重い。 だが、くんくんはそれに疑問を挟んだ。 くんくん「・・・実は、この事件、まだ終わっていない気がするんです」 雪「と、言うと?」 くんくん「今朝から色々と聞き込みをしていたんですけど、町民の皆さんの殆どは糸雀に対して同情的なんです」 くんくんが言うには、町民達にとって糸雀は義賊であり、盗まれた方は所謂悪徳商人たちばかり。 それがお城に忍び込むなんて・・・と、不思議がる人が殆どだったという事だ。 雪「義賊・・・か」 くんくん「はい。それに、今まで盗んできたものは小判などの金銭が殆どなんです」 くんくんが一番疑問に思っていた点はそれだった。普通、盗みを行なう際真っ先に狙う物は金銭である。 その次に高値で売れそうな物が狙われる。 しかし、盗みの鉄則として『超高級品は盗まない』というのが有った。 なぜなら、こう言った品物は市場には殆ど出回らず、売ろうとすればすぐに足が付く。 その為、狙われるのは『高級品だが、そこそこ出回っている物』という事になる。 にも拘らず、今回は将軍家が代々受け継ぐ秘宝・楼鎖魅諏蹄華を狙ったのだ。 その様な物は、当然市場に出回ってなどいないし、売れるとは思えなかった。 蒼「そう言われてみれば、確かにちょっと不自然な気もしますね」 くんくん「そうなんですよ。どうにもそれが気になっちゃって」 本人と話が出来れば一番良いんですが・・・、と呟く。 基本的にそれらの取調べは奉行所が行う。当然岡っ引のくんくんにはその権限は無い。 その後、蒼星石たちと別れて再び聞き込みを開始するくんくん。 しかし、誰に聞いても返ってくる答えは蒼星石たちに話した内容と変わらなかった。 くんくん「はぁ・・・このまま終わってしまうのかなぁ」 茶屋でお茶を飲んで空を見上げる。そこへ1人(?)の与力がやってきた。 ?「やあくんくん、元気にしているかね?」 くんくん「あ、これはネコさん。良かったら、席どうぞ」 席を勧めるくんくん。ネコはくんくんの隣に座る。 くんくん「今日はどうなされたんですか?確か非番のはずでは・・・」 ネコ「実はねくんくん、先程奉行の綺羅様から言付かってきてね。君に糸雀の取調べを行って欲しいそうだ」 くんくん「えぇっ?!どうして僕なんですか?」 ネコ「私も詳しい話は知らないんだけど、なんでも熱心に糸雀に関して調べてるのを見かけたらしくてね。    それでぜひやって欲しいと仰せになったのだよ」 くんくん「はぁ・・・」 くんくんは信じられないと言った面持ちだった。自分はただの岡っ引。 それがお奉行様から直々に下知が下るなんて・・・。 しかし、これで糸雀の取調べを行える。その事実に、くんくんは燃えた。 ネコ「君なら大丈夫だと思うけど、気をつけてくれたまえよ。相手は楼鎖魅諏蹄華を盗み出した糸雀だからね」 くんくん「え?!捕まえたのに持っていなかったのですか?」 ネコ「騒動が終わった後に念のために確認したら、無くなっていたそうだよ。それに関して問いただしても   自分は知らないの一点張り・・・ほとほと手を焼いていてね」 初耳だった。まさかあの厳重な警備の中で盗まれていたとは・・・。 牢屋敷に入ったくんくん。既に伝わっていたのか、あっさりと取調べが始まる。 糸雀と会った時、くんくんは2つ驚く事があった。 一つは怪盗・糸雀が子供のように背の低い女であったという事。 もう一つは泣き腫らしたのか、まるで兎のように目が真っ赤だったという事だった。 くんくんは係りの役人を下がらせた。今から話す事は、聞かれたら困るような事だったからだ。 くんくん「始めまして糸雀さん。僕はくんくんといいます」 金「うぅ・・・また取り調べなのかしら~」 心底嫌そうな声を上げる金糸雀。しかし、くんくんは気にせず取調べを始める。 くんくん「それでは、さっそくお尋ねします。なぜ、貴女は江戸城に入ったのですか?」 金「もう何度も話したかしら~。逃げる時に一番手薄な所を選んでいったら、何故かお城についたのかしら~」 くんくん「一番手薄な所を?でも、普通はそこが一番厳重なところなのでは?」 金「ウソじゃないのかしら~。今まで沢山経験があるから見れば分かるかしら~」 なるほど、彼女ほどの者が言うからにはきっと本当なのだろう。 くんくんは質問を変えてみる。 くんくん「では、最初からお城に行くつもりは無かった・・・という事ですね?」 金「そうよ」 くんくん「なるほど・・・どうやら本当のようですね」 金「え・・・?信じてくれるの・・・」 金糸雀は面食らった。今までの役人は誰一人として信じてくれなかったからだ。 くんくん「ええ。確かに貴女は盗みという罪を重ねてきました。ですが、貴女はとてもウソを吐いている様には見えません。   僕は信じたいんです、貴女の事を」 くんくんのその言葉を聞き、金糸雀は顔を伏せて泣き出す。 嬉しかったのだ。自分を信じてくれる人がまだ居るという事が。 くんくんは金糸雀が泣き止むのを待ってから再び質問を投げかける。 くんくん「挑戦状というのは、いつも相手に送るのですか?」 金「そうかしら~。怪盗たるものコソ泥のようなマネは出来ないのかしら」 くんくん「どちらにせよ、泥棒はいけない事ですよ」 金「あぅ~・・・」 くんくん「盗みを働く相手はどういう基準で選ぶんですか?」 金「ん~、基本的に不等に価格を上げる商人や問屋かしら。でも、盗んだお金の大半は貧しい人たちにばら撒いてるかしら」 くんくん「だから町の皆さんから人気が有ったんですね」 金「悪いのは値上げをする商人達かしら。理由無く吊り上げるのは許せないかしら~」 くんくん「でも、泥棒はダメですよ」 くんくん「それでは、美術品とかは盗まないんですね?」 金「表の顔の私じゃ、とても持てる物じゃないから意味無いのかしら」 くんくん「なるほど・・・お金だけしか盗まないと」 くんくんは慎重に一つ一つ質問を重ねていく。 金糸雀の方も気を良くしたのか、答えていく。 くんくんはそれらの証言と過去の糸雀関連の事件と照らし合わせながら、真偽の判断を下していく。 そして彼女の証言は全て真実を告げていた。 いよいよくんくんは本題へと入っていく。 くんくん「楼鎖魅諏蹄華という物を知っていますか?」 金「楼鎖魅諏蹄華?・・・う~ん、聞いたこと無いのかしら」 くんくん(やはり・・・) この瞬間、くんくんの疑問は確信へと変わった。 そう、家老・白崎瑯善に送られてきた挑戦状は真っ赤な偽物だったのだ。 くんくん「では、昨夜のは一体どこに挑戦状を送ったんですか?」 金「材木問屋の不死屋かしら~」 くんくんは牢屋敷を出て、自分の家へと帰ることにした。 糸雀の証言から色々な事が分かった。 少なくとも言える事は、今回の楼鎖魅諏蹄華窃盗事件に彼女は関わっていないという事。 問題は一体誰が偽物の挑戦状を送ったのか?何故江戸城へと繋がる道の警備が薄かったのか? そして何より、楼鎖魅諏蹄華は一体どこへ消えたのか? くんくん「・・・明日は不死屋へ行ってみよう。もしかしたら何か分かるかもしれない」 そう呟くくんくん。だが、黒幕はくんくんよりも早く動いた。 くんくん「おや?雪さんじゃないですか。どうしたんですか?こんなところで」 雪「・・・先程、不死屋の主が殺された。死因は刀傷からの出血多量。・・・・・・武士の仕業だ」 くんくん「え?!」 驚きの声をあげたところで幕が下りてくる。物語はいよいよ終盤へと入っていく事になる。

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