夢ノツヅキ

 幸福な夢を生きた。

 若き頃から、侠者として生きてきた。
 身命を賭して付いていけると思う者に出会い、義兄弟の契りを交わす。
 今日までの間、長兄劉備玄徳の下にこの武を振るってきた。
 全ては義侠のため、劉玄徳の大いなる徳の世を作るため。
 そして孫呉との戦いの末に捕らえられ、その首を孫権に刎ねられた。
 思えば、なんと僥倖なる天命よ。
 一時曹操に降ったことがあっても、我が天命は長兄の下を離れることなく
 酷薄なる乱世ですら、義侠の節を外れず戦いぬいてこれた。
 荊州方面の戦線を任されながら敗北したことは心残りでもあり、劉備に申し訳なくも思うが
 武の限りに戦った末、敗れたのだ。今更どうして命を惜しむことがあろう。
 今、われら兄弟の夢を不滅とする。

 ――――筈だった。





 男がいた。
 身の丈9尺を超える偉丈夫。棗色の顔からは、2尺を超える髭が長く伸びている。
 見る者が居れば威厳すら感じ居取れるであろう風情は
 巨体や堂々とした佇まいゆえか、それとも威あって猛からぬ内なる気風ゆえか。
 その姿はあまりに有名だった。
 その男はあまりに有名だった。
 男を知る者は、世界中に数え切れぬほど存在する。
 世界中のチャイナタウンで、男は祀られている。
 古代中国に実在していながら、遥か時を経ても神として語り継がれる男。
 劉備の義弟にして、彼より節鉞を与えられ前将軍に任命された武将関羽雲長。
 たぐい稀な武勇で、天下を震撼させた義侠の軍神。万日の戦場で胆力を鍛えた豪傑である関羽。
 その関羽が、今はただ現状を把握しきれず困惑の色を露にしていた。

 無論、そこは関羽のこと。惑いながらも、周囲への警戒は怠らない。
 いかな奇襲を受けても対応できるよう、しかし浮つくことなく構えながら周囲の状況を確認する。
 眼前に広がるのは、森の風景。
 自生していると思しき広葉樹が囲む景色は見慣れたものだが、問題はそこに無い。
 問題は『この場所にきた過程が完全に欠落している』と言うことだ。
 もっと簡潔に言えば、『この場所に瞬時に移動してきた』となる。
 関羽にとって全く未知の超常現象。
 いや、正確に言えば初めてではない。それ以前にも瞬間移動は経験している。
 と言っても、その更に直前の出来事だが。
 あの死神博士が殺し合いの開始を宣言した場所。やはりあそこにも、瞬間移動して来ていた。
 それ以前の記憶といえば、孫権に首を刎ねられる場面。
 これも正確には首を刎ねられる直前までの記憶しかないが
 まさかあそこから、生還できるとは思えない。
 ではこれは一体、どういう状況だ? 夢想でも見ているのか?
 それとも自分は既に死して、ここは死後に行き着く世界。つまりは黄泉の国か?
 それならば説明がつく。死神博士がいた場所に、すでに死んだはずの人間――董卓がいたことも。
 たしかに関羽自身が、董卓の死を直接確認したわけではない。
 しかし董卓ほど名の知れた者の死が、しかも長安で何日もその遺体をさらされたと言うのに
 それらが全て虚報だったなどとは考えられない。董卓の死の事実に間違いはあるまい。
 その死んだ人間が居る。
 あの見る者を圧倒せんほどの強烈な意気は、紛れも無くシ水関で見た董卓そのもの。
 しかも不老不死を得たかのごとくに、あの頃と変わらぬ姿で。
 やはり夢か死後の世界のことと考えなければ、関羽には理解のしようが……。

(……………………考えても、詮の無いこと)

 何れにしろ無為な思索だ。
 黄泉の国で殺し合い? では、ここで死ねば今度はどこへ行くというのか?
 まして現状を夢想か否か思い煩うなど、無為の至り。現実と判断は、何も変わりはしないのだから。
 今は『これからどう動くか』、その線に沿って思索を行うべきだ。
 何より優先して目標とするべきは、劉備軍との合流だ。
 命があるなら、自分はまだ劉備のために戦うのみ。
 あるいは独断専行とそれによる敗北の咎で首を刎ねられるやも知れぬが、とにかく為すべきは為さねばならぬ。
 もっとも、そうなってもやはりこの地が何処かをまず知らねばならない。
 いや、その前に首輪を外さなくてはならないか。
 それにしても妙な首輪だ。
 表面は如何にして鍛えたか想像もつかぬほど、滑らかな金属。
 これが爆発して、そうなればあの『じゅん』と呼ばれた童子の如く自分も死ぬという話だ。
 この小さな首輪の中に人を殺せるほどの火薬が入っているというのは、俄かには信じがたい。
 しかし、たしかに『じゅん』は首輪の爆発によって死んだ。
 それは関羽自身の目で見たのだ。間違いは無かった。
 つまり、関羽の首輪も同様の爆発を起こしておかしくないという事になる。
 更に死神博士は、力付くで首輪を外せば爆発するとも言っていた。
 明らかな脅し。しかし、信憑性は決して低くない。
 どだい、死神博士がいかな存在かも計りきれぬのだ。起こした仕業を見れば、妖怪か神仙のたぐいだとすら思える。
 そんな存在が用意した首輪、どんな構造をしてどんな仕掛けがなされているか推し量ることもできない。
 つまり首輪を外す方法に関しては、完全に関羽の手に余るというわけだ。
 誰か首輪を知る、もしくは解析できる者の知恵を借りなければならない。
 しかしそもそもこの殺し合いの参加者は、全て死神博士が用意した者。そして部外者と接触し得るようにはなっていまい。
 それが首輪を外せるように、しているだろうか? 可能性としては低いように思える。

(…………答えを焦りすぎているな。あまりの計りを越えた事態に、この関羽の心胆も定まらぬか……)

 首輪解除の可能性や帰還方法の有無を考えるには、今は情報が少なすぎる。
 関羽はとりあえず手持ちの情報源、足下に置いてあったデイパックの中身を検分を始めた。
 もっとも、関羽には見たことも無い素材と構造の鞄。口を開けるのにも、頭をひねらなければならない。
 デイパックの中身をまさぐる。名前の羅列した紙片が見当たった。名簿と見当を付け、取り出し広げる。
 関羽としては他の参加者の情報は、是が非でも確認しなければならない。
 自分が参加しているという事は、更に悪しき事態も想定できる。

(玄徳殿!!)

 想定は現実となった。
 関羽の義兄にして主君。漢中王、劉備玄徳の名前がある。
 魂魄から震えるがごとき戦慄きを懸命におさえ、名簿の確認を続ける。
 まだ名簿の全容を見てはいないのだ。ここで自失するわけにはいかぬ。
 知った名前は許チョ、荀イク、諸葛亮、曹操、張遼、董卓、劉備、呂布の8名。
 死した者や敵陣営の者の名前もあるが、今はとりあえず問題にしない。
 まずここにある名前に、嘘偽りは無いだろう。
 殺し合いを主催する者が用意する情報に偽りがあれば、主催者の信用が致命的に損なわれる。
 そうなれば殺し合いそのものが、成立しなくなる。
 つまり名簿に偽りや誤りは、まずないということだ。
 そして、劉備が偽者であることも。
 劉備が自分と同じく、殺し合いに参加している。
 やっと天下を賭けて曹操と対する段に至ったのだ。ここで劉備を死なせるわけにはいかない。
 一体、どうすればいい?
 自分1人のことならばいい。劉備のために命を捨てる覚悟はできている。
 しかしここは、たった1人しか生還できない殺し合いの場。
 それに劉備は自分ほど武に長けているわけでも、智謀に長けてているわけでもない。
 放っておけば、いずれ殺される可能性が高い。
 劉備と合流し護衛をしても、時間稼ぎにしかならない。いずれ首輪は爆破されるのだ。
 首輪がある以上、この地から逃げ出すことも叶うまい。
 その首輪は、そもそも外せるかどうかすら分からない。
 ならばもっとも劉備を生還させる可能性の高い方法は
 関羽の手で劉備以外の者を皆殺しにする。その後自決して、劉備に殺し合いを勝ち残らせる事。

 重苦しい気配を放ちながら、関羽は目を暝る。
 殺し合いに乗る。それは明らかに”侠”にそむく行為。
 道理もない殺戮を強要する輩の言いなりに、無辜なる者を殺して回るなど侠者の風上にも置けぬ。
 しかし主君たる漢中王劉備を生かす、最善の方法となると
 どうしても、殺し合いに乗る以外には考えられない。
 己1人の義を守るために主君の命を犠牲にするなど、許されるのか?

 関羽は名簿を持ち閉目した状態で、重苦しい気配のまま微動だにしない
 まるで一瞬が幾年にも及ぶように感じる時間が、無為に過ぎていく。
 こうしている間にも貴重な時間が浪費され、あるいは劉備に危機が迫っているかもしれない。

 関羽は元来”理”で物事を考える人間である。
 しかし関羽自身は己の生き方として、理で割り切れぬ”侠”を選んだ。
 そして今まさに
 劉備生還の最善策を計る”理”
 殺し合いに対し義憤を抱く”侠”
 この2つに、関羽は引き裂かれている。

 いや、答えは最初から決まっているはずだ。
 天下の大徳劉玄徳の命に代えられるものなど、あるはずも無い。
 なのに何故、いつまでも迷っているのか?

 こんな時、当の劉備ならどうする?
 あの一見したところ、とりたてて才の見当たらない。
 それでいて何時も天下の器量をもって、人をひきつけ導いてきた男なら。

 ――――んなもん たったひとりで抱え込むこたぁねえんだよ

 そうだった。思い出した。
 曹操の死を記された符に、心を乱された時も。

 ――――いずれ人は死ぬ

 長兄はわが心の不明を晴らしてくれた。

 ――――関さんがおいらに言った最初の言葉さ 存在がでけえとついつい忘れちまうことだがな

(我が兄劉備とはまったく見事な男よ。この場に居ずして関羽の天命まで決めてくれるとは)
 そう、すでに答えは決まっていた事。
 僅かにでも惑うた、己の不明を恥じよ。

「大王よ。わが主君、漢中王劉玄徳殿よ」

 関羽は斜め上を見上げ、両手を胸の目で合わし礼の形を取る。
 想い馳せるは、あの桃園で契りを結んだ義兄弟。

「関雲長、この地においては大王(との)の配下にあらず。ただ一介の侠者に徹することを許し賜え」

 すなわちとるべき道はひとつ!
 殺し合いに乗る所以などない!

 長兄劉備もまた、漢中王である前に侠者。
 関羽が侠に背けば、それこそ義侠の契りに対する重い裏切り。
 己1人で天下を背負うような気負いなど要らぬ。
 関羽は関羽のままであること。劉備はそれを望むに違いあるまい。
 この地においても劉備を守るために戦おう。
 しかしそれは漢中王の臣としてでなく、あくまで長兄を守るため。
 殺し合いに対し、いかな態度を取るか?
 答えは最初からすでに――義侠を己の範と定めた時に決まっていた。
 非道な殺し合いを仕掛ける死神博士。殺し合いの中で義侠に背く行いをする者。
 それらを義侠の刃を持って斬る!



 戦乱の果てに命を落とす筈だった義侠の積乱雲。
 いかなる因果ゆえか、殺し合いの地で命を与えられた。
 何れにしろ、関羽は己の天命を問いはしない。
 ただ、命ある限り自らの定めた生き方を貫くのみ。

 義侠の積乱雲が、再び戦乱に躍り出る。

【E-3/森/一日目-深夜】
【関羽雲長@蒼天航路】
[状態]:健康、強い決意
[装備]:無し
[持物]:支給品一式、不明支給品×0~2
[方針/目的]
 基本:侠を貫く
 1:死神博士を殺す。
 2:義侠に背く者を殺す。
 3:劉備を捜す。
[備考]
 ※蒼天航路原作その四百八からの参戦です

関羽雲長

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最終更新:2010年02月19日 09:21