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◆アジア・大洋州◆

マウリヤ朝
チャンドラグプタ

マウリヤ朝マガダ国[????~????(前4世紀)]


◎マウリヤ朝の王
ナンダ朝を打倒しマウリヤ朝を建国して初代の王となった。
◎最初のインド統一
アレクサンドロス3世やセレウコス1世の軍勢を退け、中央インドからガンジス川流域、インダス川を越えた北西インドまで支配下に置いた。

始皇帝

秦[前259~前210]


◎秦の始皇帝
秦の第31代の王。中国史上初めて天下統一を果たし、始皇帝の称号で呼ばれる。
◎規格統一
文字や貨幣、度量衡などバラバラだった制度を統一した。法家を重用して焚書坑儒で思想も統制した。
◎大建築
異民族に対抗する万里の長城や、阿房宮、等身大の兵馬俑で知られ新始皇帝陵を造営した。
李斯

秦[????~前208]


◎秦の宰相
宰相として始皇帝の中華統一を支えた。その政策は法家にその思想的基盤を置き、度量衡を統一させたが、思想統制のため焚書・坑儒を始皇帝に献策した。
◎愚帝への諫言
始皇帝没後に即位した胡亥に対して阿房宮の造営を止めるよう数々の諫言を行なった。しかし、趙高の讒言によって拷問の末に処刑される。

西楚
項羽

西楚[前232~前202]


◎西楚の覇王
秦に反乱を起こして各地で勝利を収めた。
◎四面楚歌
垓下の戦いにおいて楚軍は大敗し防塁に籠り、四方の漢の陣から故郷の楚の歌が聞こえたことで、漢軍に楚の人間が多くいる事に嘆いた。敵に囲まれ孤立することを四面楚歌と呼ぶようになった。
虞美人

西楚[前233?~前202?]


◎垓下の歌
項羽の寵愛を受けた愛妾。垓下の戦いで敗北を悟ると自ら命を絶ち、彼女の死を悲しんだ項羽が「虞や虞や汝を奈何せん」と詩った。

前漢
韓信

前漢[前230頃~前196]


◎漢の三傑
張良、蕭何と共に劉邦を支え、漢王朝の成立に大きく貢献した。
◎国士無双
蕭何が劉邦に対して天下を狙うならば必要な人物であると説いた際に用いた言葉。以降、全軍を指揮する権限を与えられた。
◎背水の陣
井陘の戦いで韓信が用いた陣形。河岸を背に退路を絶つことで決死の覚悟を持って物事にあたるという故事の由来となった。
劉邦

前漢[前256~前195]


◎漢の高祖
秦に反乱を起こして前漢王朝を創始し、初代皇帝となった。
◎楚漢戦争
西楚の項羽と争い、垓下の戦いで項羽が戦死したことにより天下統一が果たされた。
蕭何

前漢[前257~前193]


◎漢の三傑
韓信、張良と共に劉邦を支え、漢王朝の成立に大きく貢献した。
◎兵站の要
戦において物資の調達を担い兵站を維持した。また、秦の都の咸陽が陥落した際、いち早く記録や文書を持ち出して略奪の破壊から守った。
◎漢の相国
漢王朝が成立すると政務を担当して戦乱で荒れ果てた国土の復興に取り組んだ。謀反を疑われて粛清される家臣がいる中で自らの評判を下げて粛清を逃れた。
張良

前漢[前251~前186]


◎漢の三傑
韓信、蕭何と共に劉邦を支え、漢王朝の成立に大きく貢献した。
◎黄石公の兵法書
若い頃に黄石公なる人物から兵法の極意書を貰い受けたとされる。
◎王佐の才
様々な策で劉邦の進軍を助けた。咸陽を制圧した劉邦に略奪を諌めたり、鴻門の会では劉邦と項羽の会談を成功させた。
呂雉

前漢[????~前180]]


◎高皇后
漢の高祖・劉邦の皇后。息子の劉盈が恵帝として即位すると皇太后として後見人となった。
◎残虐な仕打ち
恵帝の異母兄弟を殺害し、その母の戚夫人の手足を切り落とし目をくりぬいて便所に放置した。その残虐さは中国三大悪女に数えられる。

匈奴
冒頓単于

匈奴[????~前174]


◎匈奴の単于
頭蔓単于の子だが反乱を起こして匈奴の君主となる。
◎白頭山の戦い
偽装退却によって劉邦の漢軍を包囲して勝利を収めた。これによって漢は武帝の時代まで貢納物を献上する屈辱的な和平を結んだ。
◎遊牧国家建設
月氏を駆逐し、東胡、楼蘭、烏孫などを支配下に置いて、北方の草原一帯に巨大な遊牧国家を作り上げた。

◆ヨーロッパ◆

ギリシア諸都市
ペイシストラトス

アテナイ[????~前527]


◎僭主政治
アテナイにおいて独裁的な権力を掌握したが、貧農救済や土木工事、文学の保護など安定した政治を敷いた。
◎貨幣鋳造
最初に貨幣を鋳造したのはソロンであるともされるが、ラウレイオン銀山の採掘を行なったペイシストラトスであるともされる。
レオニダス1世

スパルタ[????~前480]


◎スパルタ王
アギス朝第17代スパルタ王。アナクサンドリデス2世の子で、先王クレオメネス1世の異母弟。
◎テルモピュライの戦い
ペルシア戦争のテルモピュライの戦いでスパルタ重装歩兵を率いて出陣した。この戦いで殿を務め、ペルシア軍を相手に玉砕して自らも壮絶な戦死を遂げた。
ペリクレス

アテナイ[前495?~前429]


◎ストラテゴス
優秀な軍人にして政治家でアテナイの最盛期を築き上げた。特に弁舌に長け、格調高く美しい演説は欧米の政治家の手本とされる。
◎ペリクレス戦略
ペロポネソス戦争において強力なスパルタ軍に対して籠城策を取った。防衛的な行動で敵側の疲弊を待つ戦略を「ペリクレス戦略」呼ばれるようになった。
ソクラテス

アテナイ[前470~前399]


◎無知の自覚
「自分は何も知らないという事を知っている」という考え方。思い込みや常識を疑い、考え続ける事が知性であるとした。
◎問答法
正義とは何か?善い生き方とは?知性とは本当にそれで合っているのか?対話によって相手の無知や矛盾を自覚させつつ、真理へ導く手法。
ディオニュシオス1世

シラクサ[前432頃~前367]


◎シラクサ僭主
個人的な傭兵を擁して各地を征服し、シラクサを強力な都市国家にした。一方で残虐で猜疑心も強く、暴君であったとされる。『走れメロス』の暴君のモデルにもなった。
◎シラクサの城壁
カルタゴと戦うために堅固な城壁を築かせた。他にも大量の武器や艦隊を準備させたとされる。
エパミノンダス

テーベ[前420?~前362]


◎レウクトラの戦い
神聖隊を率い斜線陣を用いて最強と謳われたスパルタに勝利した。これによりテーベは古代ギリシアの覇権国家となった。
◎斜線陣
エパミノンダスが考案した陣形。左翼を極端に厚くして斜めに進軍し、敵主力に攻撃を一点集中させた。
アルキメデス

シラクサ[前287頃~前212]


◎黄金の王冠
王冠を壊さずに混ぜ物がないか命じられた際に、流体中で物体は大きさが同じならば浮力も同じになるというアルキメデスの原理を発見した逸話。
◎シラクサ防衛兵器
船舶を破壊した「アルキメデスの鉤爪」、遠距離を焼いた「アルキメデスの熱光線」などの兵器を発明し、第二次ポエニ戦争ではローマ軍を苦しめた。
◎ヘウレーカ!
「わかったぞ!」の意味。アルキメデスの原理を発見した時は裸のまま叫んで飛び出したと言われる。

共和制ローマ(→ローマ帝国)
ルキウス・クィンクティウス・キンキナトゥス

共和世ローマ[????~????(前5世紀)]


◎独裁官
共和政ローマにありながら2度絶大な権力を持つ独裁官に任命された。アルギドゥス山の戦いを指揮し、食糧問題による政争に関わった。
◎畑に戻る
畑仕事の最中に元老院から呼び出され、短期間だけ全権を任されたが、戦いが終わると職を辞して畑に戻った。
アッピウス・クラウディウス

共和制ローマ[前340~前273]


◎アッピア街道
ローマ初の本格的な軍用道路。ローマとカプアを結び、迅速な行軍だけでなく物流にも大きく寄与した。後に「すべての道はローマに通ず」と言われる交通網の象徴。
◎アッピア水道
ローマ市民に安定した水を供給し、ローマの発展の礎となった。後の巨大水道網の先駆け。
スキピオ・アフリカヌス

共和政ローマ[前236~前183]


◎模倣戦術
宿敵であるハンニバルの戦術を研究して戦法を踏襲した。歩兵で守りつつ騎兵で包囲殲滅する作戦は現代でも有用。
◎ザマの戦い
第二次ポエニ戦争の最終局面。スキピオ率いるローマ軍はカルタゴ本国の北アフリカに上陸し、ハンニバルを打ち破り、ローマの勝利を決定づけた。
コルネリア・アフリカナ

共和制ローマ[前190~前100]


◎ローマ女の鑑
英雄スキピオ・アフリカヌスの娘にして土地改革者グラックス兄弟の母。子供たちに教育を施し、賢母と讃えられた。
ガイウス・マリウス

共和政ローマ[前157~前86]


◎新人
平民出身で執政官を7度務め、ユグルタ戦争やゲルマン人との戦いに勝利を収め、平民派の象徴となった。
◎軍政改革
ローマ軍を市民兵から志願兵に切り替えた。軍の常備化により戦力が強化されたが、兵の私兵化も進んだ。
◎恐怖政治
閥族派のスッラと対立し、キンナと共に閥族派の多くを粛清した。
ルキウス・コルネリウス・スッラ

共和政ローマ[前138~前78]


◎凱旋将軍
マリウスの副官としてユグルタ戦争や同盟市戦争、ほかにも第一次ミトリダテス戦争などで勝利を収めた。
◎処罰者リスト
マリウスの死後、独裁官となり、平民派の敵対者をリストアップし、徹底的に排除した。
スパルタクス

共和制ローマ[????~前71]


◎奴隷剣闘士
トラキア出身の剣闘士。ローマの政策として「パンとサーカス(食糧と娯楽)」があるが、その娯楽を担うのは闘技場で戦う剣闘士たちだった。
◎スパルタクスの反乱
第三次奴隷戦争とも呼ばれ以前にも奴隷らによる反乱があった。待遇に不満を持ち蜂起し、執政官率いる正規のローマ軍団を撃破した。
ユリア・カエサリス

共和制ローマ[前83?~前54]


◎家族の絆
ユリウス・カエサルの娘。ポンペイウスの妻となり夫婦仲が良かった。この婚姻によって第1回三頭政治が実現した。
マルクス・リキニウス・クラッスス

共和制ローマ[前115頃~前53]


◎富豪
スパルタクスの反乱鎮圧で功績を挙げ、執政官などを務めた。騎士階級出身でローマ有数の富豪となり、カエサルのパトロンでもあった。
◎第1回三頭政治
経済力の大きなクラッスス、民衆人気の高いカエサル、兵士からの支持が厚いポンペイウスが結んだ政治的な協定。
◎カルラエの戦い
パルティア征服を目論み遠征したが、カルラエの戦いで敵将スレナスに討たれ、首級はパルティア王オロデス2世に献上された。
グナエウス・ポンペイウス

共和制ローマ[前106~前48]


◎海賊討伐
武勇に優れ、軍を率いて地中海全域の海賊を一掃した。
◎マグヌス
海賊だけでなく、スパルタクスの反乱、ミトリダテス6世討伐など多くの軍功を挙げた。『偉大な』と冠されるほどポンペイウスは民衆、元老院にも人気が高かった。
◎第1回三頭政治
兵士からの支持が厚いポンペイウス、民衆人気の高いカエサル、経済力の大きなクラッススが結んだ政治的な協定。
ユリウス・カエサル

共和制ローマ[前100~前44]


◎インペラトール
執政官などに与えられるローマ軍の指揮権。転じてエンペラー、カイザーの語源となる。
◎ガリア戦記
カエサルの7年間にも及ぶガリア遠征の経緯を記した報告書。
◎ルビコン渡河
ルビコン川より南に軍を入れる事は禁止されていたが、渡河する事で対立する元老院との対決姿勢を明確にした。この時の言葉が「賽は投げられた」。
キケロ

共和制ローマ[前106~前43]


◎最高の雄弁家
ローマでも弁舌に長け名声が高く、特にクーデターを計画していたカティリナの弾劾演説は名演説とされる。
◎数多の書簡
ラテン語散文の名手でもあり、家族や友人に宛てた書簡が数多く残る。また、その政治思想はヨーロッパに大きく影響を与えた。
アウグストゥス

ローマ帝国[前62~前14]


◎ローマ皇帝
ユリウス・クラウディウス朝ローマ帝国初代皇帝。
◎尊厳者
ローマ元老院から贈られた称号。アウグストゥスは共和制の伝統を残しながら実質的な専制政治に移行した。
◎パクス・ロマーナ
ローマ帝国の支配領域における平和。
マルクス・アエミリウス・レピドゥス

ローマ帝国[前89頃~前12]


◎カエサルの副官
ユリウス・カエサルの腹心としてガリア戦争を戦い、上ヒスパニア属州総督、騎兵長官、前46年、前42年執政官などを務め、カエサルが亡くなると最高神祇官となる。
◎第2回三頭政治
アウグストゥスとアントニウスと共に三頭政治を行い、アフリカの統治を担当する。

ガリア
ウェルキンゲトリクス

ガリア[前72~前46]


◎アルウェルニ族の族長
ガリア人アルウェルニ族の族長。ローマの総督カエサルのガリア侵攻(ガリア戦役)に対してガリアの諸部族をまとめあげて抗戦した。焦土作戦やゲリラ戦による兵站分断などでローマ軍を苦しめた。
◎アリシアの戦い
ガリア戦争における最大規模の包囲戦。この戦いにおけるウェルキンゲトリクスの降伏によってガリア戦争の終結とされる。

マケドニア王国
アレクサンドロス3世

マケドニア王国[前356~前323]


◎マケドニア国王
アルゲアス朝マケドニア王国国王。フィリッポス2世の息子で、広大な領域を征服して『大王』の称号で呼ばれた。
◎東方遠征
大国アケメネス朝ペルシアのダレイオス3世を打ち破り、エジプトからインダス川流域まで支配下に置いた。
◎ヘレニズム
東方遠征の際に融合政策が取られ、ギリシア文化とオリエント文化が融合した。
アンティパトロス1世

マケドニア王国[前397~前319]


◎マケドニアの宿将
ピリッポス2世とアレクサンドロス3世に仕えた。カイロネイアの戦後処理の大使を務めたほか、メガロポリスの戦いでスパルタ王アギス3世を敗死させた。
◎ディアドコイ
大王の死後はアレクサンドロス4世の後見人としてマケドニア本国とギリシアの支配権を得た。
ロクサネ

マケドニア王国[前343以前~前310頃]


◎マケドニア王妃
アレクサンドロス3世の王妃でアレクサンドロス4世の母。バクトリアの豪族オクシュアルテスの娘。
◎輝く美しさ
アレクサンドロス3世が東方遠征の際にギリシア文化とオリエント文化が融合した事をヘレニズムと呼ばれる。アレクサンドロス3世とロクサネの婚姻も融和政策の体現とされた。
アンティゴノス1世

マケドニア王国[前382~前301]


◎ディアドコイ
アレクサンドロス3世に仕え、グラニコス川の戦いなどに参加した。その後はフリュギア大守として小アジアを守った。大王の死後はディアドコイ戦争を戦い有力な後継者となった。
◎白隻眼(モノフタルモス)
数多の戦いの傷により隻眼だったといわれている。
◎帝国の再統一の志
アレクサンドロス大王の帝国再統一を目指したが、同盟を組んだ抵抗勢力にイプソスの戦いで敗れた。
カッサンドロス

マケドニア王国[前350~前297]


◎ディアドコイ
マケドニアの重臣アンティパトロスの子。アレクサンドロス3世の死後、カリア太守、千人隊長となり、ディアドコイ戦争を戦った。
◎王位簒奪
アレクサンドロス3時の母オリュンピアス、王妃ロクサネ、アレクサンドロス4世を次々と処刑して、アンティパトロス朝初代マケドニア国王となった。

エピロス王国
ピュロス1世

エピロス王国[前319~前272]


◎エピロス国王
エピロス国王アイアキデスの子。一時エピロスを追放されるが国王に復位し、デメトリオス1世を破りマケドニア国王も名乗った。
◎ピュロスの勝利
ヘラクレアの戦い、アスクルムの戦いでローマを破るが、戦いの度に兵力を減らしてしまった。後に割の合わない勝利をピュロスの勝利と呼ぶようになった。

◆中東・アフリカ◆

エジプト第4王朝
クフ

エジプト第4王朝[????~????(紀元前26世紀)]


◎エジプトのファラオ
エジプト第4王朝第2代ファラオ。前王スネフェルの子。
◎ギザの大ピラミッド
クフ王の墓地とされる最大のピラミッド。古代世界の七不思議にも数えられ、学術的なものからオカルトまで結び付けられている。

エジプト第18王朝
ハトシェプスト

エジプト第18王朝[????~????(前15世紀)]


◎エジプトのファラオ
エジプト第18王朝第5代ファラオで、古代エジプト唯一人の女性ファラオ。トトメス1世の娘でトトメス2世の妻。
◎最も高貴なる女性
穏健な統治で戦争を好まず平和外交を行った。夫亡き後、幼いトトメス3世に代わり女性ながらファラオを務めた。
ツタンカーメン

エジプト第18王朝[????~????(前14世紀)]


◎エジプトのファラオ
エジプト第18王朝第12代ファラオ。アメンホテプ4世の子で、僅か9歳でファラオとなった。
◎多神信仰の回帰
父のアメンホテプ4世が進めた一神信仰(アテン信仰)をアメン神を中心とした多神信仰に戻した。
◎ツタンカーメンの呪い
盗掘されずに黄金のマスクをはじめ副葬品も完全な形で発見されたが、発掘を行なった人物が次々と亡くなったため、ファラオの呪いではないかといわれた。

バビロン第一王朝
ハンムラビ

バビロン第一王朝[前1810頃~前1750頃]


◎バビロン王朝国王
バビロン第一王朝第6代国王。メソポタミア全域を統一し、中央集権によって全盛期を築き上げた。
◎ハンムラビ法典
「目には目を、歯には歯を」で知られる世界で2番目に古い法典。被害者の身分によって刑罰を定め、社会的弱者を保護する内容でもあった。

アケメネス朝
キュロス2世

アケメネス朝[????~前529]


◎諸王の王
第7代アンシャン国王で、エジプトを除くオリエント諸国を統一してアケメネス朝を創設し、初代帝王となる。
◎解放者
新バビロニア王国を倒すことでバビロン捕囚にあったユダヤ人たちを解放した事が後世で評価されている。
◎キュロスの円筒印章(キュロス・シリンダー)
キュロス2世の功績が記されたとされる印章。バビロン捕囚を解放した事から世界最古の人権宣言とされる事もある。

プトレマイオス朝エジプト
プトレマイオス1世

プトレマイオス朝エジプト[前367~前283]


◎ディアドコイ
アレクサンドロス3世の側近として東方遠征に参加し、大王の死後は後継者としてディアドコイ戦争を戦った。
◎エジプトのファラオ
エジプトを拠点としてプトレマイオス朝初代ファラオとなる。民衆からは『救世主(ソーテール)』と呼ばれた。
◎エジプトの発展
王立研究所(ムセイオン)とそれに併設したアレクサンドリア図書館やアレクサンドリア大灯台などを建設した。
アルシノエ2世

プトレマイオス朝エジプト[前316~前260?]


◎オリエントの支配者
プトレマイオス1世の娘でリュシマコスと結婚してマケドニア、トラキア、小アジアの女王となり、弟のプトレマイオス2世との共同統治者としてエジプトも支配した。
◎権謀術数
リュシマコスの子やプトレマイオス2世の先妻など陰謀によって失脚させていった。
プトレマイオス2世

プトレマイオス朝エジプト[前308~前246]


◎エジプトのファラオ
プトレマイオス朝第2代ファラオ。プトレマイオス1世の子。
◎姉弟愛(ピラデルポス)
トラキア王女アルシノエ1世と結婚するが、後に姉でもあるアルシノエ2世を妻に迎えた。
◎国家基盤の安定
シリアやエーゲ海、ヌビアなどに軍事侵攻する一方で貿易を振興し、文化・学問を保護してアレクサンドリア図書館拡張を支援した。
プトレマイオス3世

プトレマイオス朝エジプト[前284頃~前222]


◎エジプトのファラオ
プトレマイオス朝第3代ファラオ。プトレマイオス2世とアルシノエ1世の子。
◎恩恵王(エウエルゲテス)
シリアとの戦争に勝利して領土を拡大した。また、エジプトの神殿を整備し、交易を拡大させ、学問の保護も行い、王朝の最盛期を築いた。
ベレニケ2世

プトレマイオス朝エジプト[前267~前221]


◎エジプトのファラオ
プトレマイオス3世と共同統治を行なった。キュレネ王メガスの娘。
◎かみのけ座
第3次シリア戦争で出征している夫のプトレマイオス3世の身を案じ、アフロディーテの神殿で髪に祈った。夫が無事に帰還すると自慢の髪を髪に捧げた。すると髪は神殿から消えて天に昇り、かみのけ座となったとされる。
クレオパトラ7世

プトレマイオス朝エジプト[前69~前30]


◎エジプトのファラオ
プトレマイオス12世の娘で、弟のプトレマイオス13世と共同統治を行なった。
◎絶世の美女
世界三大美女の1人に数えられる。容姿だけでなく高い教養と知性、巧みな話術を持ち、小鳥のような声だったとされる。
◎絨毯の贈り物
対立するプトレマイオス13世の包囲を抜けてローマに支援を求めるため、自らが贈り物の絨毯に包まれ、見事にカエサルの前に現れた。

カルタゴ
ハンニバル・バルカ

カルタゴ[前247~前183?]


◎バアルの恵み
『バアルの慈悲』、『バアルは我が主人』といった由来の名前を持つ。家名のバルカにも『雷光』の意味を持つ。
◎アルプス越え
第二次ポエニ戦争で象兵まで率いてアルプスを越えてローマに奇襲攻撃を仕掛けた。
◎カンナエの戦い
第二次ポエニ戦争において騎兵戦術を用いてローマ軍を包囲し殲滅した。カンナエの地はローマ兵の血で赤く染まり、現在でも戦術の教本に載っている。

パルティア
スレナス

パルティア[前84~前53]


◎七代氏族
パルティア名家スーレーン氏族の出で、オロデス2世に仕えた。
◎カルラエの戦い
共和政ローマとの戦いを指揮して大勝利を収める。この時、敵指揮官のクラッススを討ち取り、首級をオロデス2世に送った。

セレウコス朝シリア
セレウコス1世

セレウコス朝シリア[前358~前281]


◎ディアドコイ
アレクサンドロス3世の東方遠征に参加し、近衛兵部隊の指揮官を務め、大王の死後はディアドコイ戦争を戦った。
◎勝利者(ニカトール)
イプソスの戦いでアンティゴノスに勝利すると首都としてアンティオキアを建設し、シリア北部を支配下に置いた。後のコルペディオンの戦いでもリュシマコスに勝利し、広大な領土を獲得した。


◆南北アメリカ◆

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最終更新:2026年06月15日 03:13
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