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北条早雲 日本(相模国)[????~1519] ◎戦国の梟雄 堀越公方の家督争いに介入して勢力を拡大し、伊豆国、相模国を平定する。 ◎後北条氏の祖 小田原城の大森氏を攻め、小田原を本拠地とし、5代に渡る戦国大名北条氏の礎を築いた。 |
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諏訪御料人 日本(信濃国)[1530?~1555] ◎武田信玄の側室 諏訪の豪族・諏訪頼重の娘。武田信玄に輿入れして側室となり武田勝頼の母となる。 |
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斎藤道三 日本(美濃国)[????~1556] ◎下剋上 京都の油売りから身を起こし、美濃の守護代・斎藤氏に取り入り、守護の土岐氏の内紛を利用して実権を奪い、美濃を支配下に置いた。 ◎美濃の蝮 下剋上を成し遂げ、知謀に長けた狡猾なイメージから後年にマムシと呼ばれた。長らく尾張の織田家と争ったが、織田信長に娘の濃姫を嫁がせて和睦を成した。 |
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武田信玄 日本(甲斐国)[1521~1573] ◎甲斐の虎 『風林火山』の旗印を掲げ、武田騎馬軍団は戦国最強と謳われた。 ◎人は城、人は石垣、人は掘 人材を第一に考え、統治においても治水事業に注力し「信玄堤」などを築く。家臣団も武田二十四将と呼ばれる名臣が多い。 |
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上杉謙信 日本(越後国)[1530~1578] ◎軍神 毘沙門天を信仰し『越後の龍』と呼ばれ、戦国武将でも無類の戦上手だった。 ◎川中島の戦い 宿敵とされる武田信玄と5度に渡る戦い。元は武田に攻められた国人領主が上杉に救援を求めたのが始まり。謙信は義によって出陣した。 |
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竹中半兵衛 日本(美濃国)[1544~1579] ◎秀吉の軍師 羽柴秀吉に三顧の礼で迎えられ織田信長でなく秀吉に仕えた。黒田官兵衛と共に両兵衛と讃えられ、『今孔明』とも呼ばれる。 ◎稲葉山城制圧 主君の斎藤龍興を諌めるために数人で稲葉山城を制圧した。その後、城は龍興に返還された。 |
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織田信長 日本(尾張国)[1532~1582] ◎天下布武 信長が岐阜に居城を移した際に打ち出した政策。一般的に武家政権で天下を治めるといった意味で理解される。 ◎楽市楽座 市場税や座商人の特権を排除して自由営業を許可して市場の活性化を図った政策。 ◎鉄砲隊 鉄砲の有用性を見抜き鉄砲隊を編成した。長篠の戦いでは三段撃ちこそ架空とされるものの多数の鉄砲運用で武田騎馬隊を破った。 |
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濃姫 日本(美濃国)[1535~????] ◎蝮の娘 斎藤道三の娘で織田信長に嫁ぐ事で美濃と尾張の同盟を築いた。嫁ぐ際に父・道三から「信長が本当にうつけ者ならばこれで討て」と短刀を渡されたという後世の創作話が伝わる。 |
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明智光秀 日本[1528~1582] ◎将軍家の橋渡し 足利義昭に仕え、織田家士官後も足利家に忠義を尽くした。 ◎坂本城主 比叡山焼き討ちや、朝倉攻め、丹波攻略に貢献する。坂本城主としても善政を敷いたとされる。 ◎敵は本能寺にあり 中国地方に向かうはずの軍を京都に向けて進軍し、織田信長の滞在する本能寺を強襲し、信長を自害に追いやった。 |
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お市の方 日本(尾張国)[1547~1583] ◎織田の姫君 織田信秀の娘で織田信長の妹。非常に美しかったとの伝えが多く残る。 ◎浅井の妻 近江の浅井長政に嫁ぎ、茶々、初、江の三姉妹を産む。浅井長政が信長を裏切り攻められた小谷城の戦いの際に助け出される。 ◎柴田の妻 信長の死後、柴田勝家と再婚する。羽柴秀吉に攻められた勝家と共に北ノ庄城で自害した。 |
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柴田勝家 日本(尾張国)[1522~1583] ◎織田の宿将 はじめ織田信勝に仕え稲生合戦で敗れた後は織田信長に忠誠を誓い織田家の筆頭家老となった。 ◎北陸方面司令官 北陸地方を転戦し上杉家と戦った。本能寺の変後も北陸を拠点とし、賤ヶ岳の戦いの後に北ノ庄城で自害した。 ◎甕割り柴田 水の入った甕を割る事で不退転の意志を示し兵を鼓舞したという逸話。 |
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千利休 日本(和泉国)[1522~1591] ◎茶聖 織田信長、豊臣秀吉と天下人の側近として仕え、茶の湯を政治・外交にまで発展させた。 ◎わび茶 書院の豪奢な茶の湯に対して簡易簡素の境地を求めた。小さな空間で不完全である事の美と余白のある精神性を尊ぶ思想に基づいた茶の湯の形。 |
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服部半蔵 日本(伊賀国)[1542~1597] ◎鬼の半蔵 徳川家康の家臣として勇名を馳せ、三方原の戦い、長篠の合戦、小牧・長久手の戦いなどに参加した。 ◎伊賀の忍 伊賀忍者の棟梁・服部氏の出身で、本能寺の変が起こった際、徳川家康を伊賀から護衛した神君伊賀越えで功績を立てた。 ◎江戸城警護 江戸城の西門に屋形を構えて警護に当たった事から、半蔵門の由来となった。 |
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豊臣秀吉 日本(尾張国)[1537~1598] ◎太閤 農民出身ながら豊臣性を賜り、太閤の身分にまで昇り詰めた。 ◎刀狩り 農民の武器を没収して大仏の材料とする事を喧伝した。武士と農民を区別するための兵農分離政策。 ◎太閤検地 農民の武器を没収して大仏の材料とする事を喧伝した。武士と農民を区別するための兵農分離政策。 |
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望月千代女 日本(甲斐国)[????~????(16世紀)] ◎歩き巫女 望月盛時の妻で、孤児などを保護して信濃巫女を育成した。歩き巫女は全国で諜報活動を行い、武田家を支えたとされる。 |
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黒田官兵衛 日本(播磨国)[1546~1604] ◎秀吉の軍師 羽柴秀吉の軍師として播磨攻めに加わり、竹中半兵衛と共に両兵衛と讃えられる。 ◎有岡幽囚 有岡城主・荒木村重の説得に向かったが捕らえられ、土牢に幽閉される。官兵衛は織田家を裏切る事なく秀吉に救出された。 ◎中国大返しの進言 本能寺の変で織田信長討死の報を知ると、秀吉に「これで天下への道が開けました」と明智光秀を討つように進言したとされる。 |
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真田幸村 日本(信濃国)[1567~1615] ◎日本一の兵 真田昌幸の次男。父と共に西軍に与し、関ヶ原の合戦時には上田城で徳川秀忠の軍を釘付けにした。さらに大坂夏の陣では徳本家康本陣に肉薄し、真田の武勇を示した。 ◎真田丸 大坂冬の陣において真田幸村が大坂城の南に築いた出城。 ◎真田の六文銭 真田家の家紋。六文銭は仏葬の副葬品のひとつで、三途の川の渡賃とされる。死をも厭わない不惜身命の決意を表すとされる。 |
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甲斐姫 日本(武蔵国)[1572~????] ◎東国無双の美人 忍城主・成田長氏の長女。美しい容姿を持ち、武芸や軍事にも長けたといわれる。 ◎忍城の戦い 豊臣秀吉の小田原遠征の際、北条氏の援軍に向かった父の代わりに忍城の留守を預った。包囲する石田三成の軍勢から見事に守り抜いた。 ◎秀吉の側室 後年、秀吉の側室となり、醍醐の花見でも歌を詠んだとされる。 |
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徳川家康 日本(三河国)[1543~1616] ◎顰像(しかみぞう) 三方ヶ原の戦いで武田信玄に敗れた姿を描かせ、慢心の戒めにしたとされてきた。 ◎関ヶ原の戦い 豊臣政権の後継を巡る戦いで西軍の石田三成を破り、日本全国の実験を握った。 ◎江戸幕府開府 征夷大将軍に任じられ江戸に幕府を開き、武家政権による中央集権を実現させた。 |
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伊達政宗 日本(陸奥国)[1567~1636] ◎仙台藩主 東北地方で勢力を拡大し仙台藩62万石の初代藩主となる。 ◎慶長遣欧使節 ルイス・ソテロを正使、支倉常長を副使としてスペイン国王、ローマ教皇へ派遣された使節。日本人が初めてヨーロッパと外交交渉した出来事。 ◎独眼竜 天然痘で右目を失明したとされる。独眼竜の名は江戸時代後期に呼ばれ始め、文武両道に秀でた人物と称賛された。 |
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天草四郎 日本[1621~1638] ◎島原の乱 島原・天草における大規模な一揆。参加者の中にキリシタンも多く含まれていた。天草四郎は神の子として反乱を指揮したが、幕府軍の大軍にほぼ全滅させられた。 ◎四郎法度書 一揆を「神の慈悲に応えるための奉公」と説き、信仰の堅持を求め、民の行動規範や社会秩序を定めた文書。益田四郎ふらんしすこ名義で発布された。 |
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南光坊天海 日本[1536~1643] ◎黒衣の宰相 徳川家康に仕え江戸幕府初期の朝廷への対応や宗教政策を深く主導した。 ◎江戸都市計画 陰陽道の考え方に則して江戸の街を設計したとされる。 ◎東照大権現 徳川家康死後に神号をめぐり以心崇伝らと対立した。山王一実神道で祭ることを主張し「権現」として神号を定めた。 |
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明石レジーナ 日本(備前国)[????~????(17世紀)] ◎南蛮医術 キリシタン武将・明石全登の次女で、自身もキリシタン。南蛮医術を身につけた女性外科医。 |
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平賀源内 日本(讃岐国)[1728~1780] ◎発明家 蘭学者であり、本草学者であり、作家、画家でもある多才な人物。 ◎エレキテル オランダから伝わった静電気発生装置エレキテルを修復して公開した。日本の電気研究の先駆けとなった。 ◎土用の丑の日 「土用の丑の日には鰻を食べるとよい」といった現代にも残るキャッチコピーを考案した。 |
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王直 明[????~1560] ◎老船主 明の海禁政策の中、日本や東南アジアなどと交易を行なった。日本に火縄銃を持ち込んだポルトガル人を乗せていたのも王直の船だった。後に海賊行為も働き、倭寇の頭目とされた。 |
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秦良玉 明[1574~1648] ◎石砡防衛 盗賊や反乱の軍を討伐して石砡を防衛した。明が滅亡した後も張献忠の軍から石砡を守って戦い続けた。 ◎白杆兵 彼女が率いた軍はトネリコでできた槍を持っていたため白杆兵と呼ばれ、その強さと忠義心が讃えられた。 ◎忠義の詩 崇禎帝が後金の軍に攻められると私財を投げ打ってまで救援に駆けつけた。その偉業を讃えられて皇帝から4つの詩を贈られた。 |
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ヌルハチ 清[1559~1626] ◎清の皇帝 女真族の愛新覚羅氏の出身。息子のホンタイジが国号を清と改めると、ヌルハチを初代清皇帝とした。 ◎サルフの戦い 女真族をまとめ後金を建国すると明に宣戦布告をして遼東を平定した。 ◎国の礎 軍事や行政を再編した八旗制を敷いた。文化面でもモンゴル文字を改良した満州文字を定めた。 |
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ドルゴン 清[1612~1650] ◎摂政王 太祖ヌルハチの第十四子で、ホンタイジの異母弟。甥にあたる順治帝の摂政となり一族内の実力者となった。 ◎清の入関 対清の最前線である山海関を突破し、北京に入城する。明の崇禎帝を弔う一方で中華の支配を確立した。 |
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康煕帝 清[1654~1722] ◎清皇帝 清朝第4代皇帝。順治帝の子で、康乾盛世と呼ばれる清の最盛期を築いた。 ◎三藩の乱 清朝最大の反乱である三藩の乱を鎮圧した事で皇帝の権力を固めた。 ◎国土平定 台湾を編入し、ロシアともネルチンスク条約で国境を定めた。 ◎康煕字典 統一基準を目的として、当時存在した漢字を全て網羅した辞典を作成させた。 |
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雍正帝 清[1678~1735] ◎清皇帝 清朝第5代皇帝。康煕帝の子。 ◎雍正新政 不正官僚を厳しく処罰し、意思決定機関である軍機処を設置するなど中央集権化を強めた。 ◎地丁銀制 人頭税を廃止して土地面積に応じた税を課す事によって農民の負担を大きく軽減させた。 ◎チベット分割 ラサの動乱に介入してチベットを分割、東部を支配下に組み込んだ。 |
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乾隆帝 清[1711~1799] ◎清皇帝 清朝第6代皇帝。雍正帝の子。 ◎十全武功 10回による遠征を行い、新疆などを支配下に組み込んだ。ミャンマー、ベトナム、ラオス、タイなどからも朝貢を受け、清の版図を最大にした。 ◎四庫全書 経(経典や思想書)、史(歴史書、地理書など)、子(諸子百家や学問書など)、集(詩文、散文など)に分類して整理、校正を行った編纂作業。中国史上でも最大の総書籍体系。 |
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莫登庸 莫朝大越[1483?~1541] ◎莫朝皇帝 後黎朝に仕えていたが皇帝の昭宗を弑虐し、弟の恭皇に禅譲を迫り、莫朝を創設して初代皇帝となった。 ◎武器没収 反乱が相次いだため農民から武器を取り上げた。これにより治安が非常によくなった。 |
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ムムターズ・マハル ムガル帝国[1593~1631] ◎ムガル皇后 ムガル皇帝シャー・ジャハーンの皇后で、アウラングゼーブの母。本名はディーワーンジー・ベーグムで、『宮殿の選ばれ者(ムムターズ・マハル』と呼ばれた。 ◎タージマハル ムムターズ・マハルの死後、その死を偲んで夫のシャー・ジャハーンが建設させた霊廟。イスラム建築の傑作であり、愛の象徴とされる。 |
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ティプー・スルターン マイソール王国[1750~1799] ◎マイソールの支配者 マイソール王国の主席大臣にして軍総司令官。父のハイダル・アリーの代からマイソールの政権を握った。 ◎マイソールの虎 南インドにおいてイギリスに立ち向かい、反英闘争に一生を費やした。4度に渡るマイソール戦争で死ぬまで抵抗した。 ◎近代ロケット兵器の父 軍の近代化を進め、特にロケット兵器に心血を注いだ。ロケットとその台車も改良し、イギリスの騎兵隊に大きな損害を与えた。 |
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トマス・モア イングランド[1478~1535] ◎大法官 法律家であり人文主義者。カトリックの聖職者でもあり、ヘンリー8世の離婚問題とカトリック離脱に際して対立し反逆罪で処刑された。 ◎ユートピア 架空の島の社会・宗教・政治などを描いた物語。現実世界と対比させてヨーロッパの社会問題を風刺した。 |
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ヘンリー8世 イングランド[1491~1547] ◎イングランド国王 テューダー朝第2代イングランド国王。ヘンリー7世の次男。 ◎イングランド国教会 生涯6回結婚し、離婚問題でローマ・カトリックと対立してイングランド国王を首長とするイングランド国教会を成立させた。 ◎ウェールズ法諸法 ウェールズ法諸法によってイングランドとウェールズの行政を統合し、「イングランドおよびウェールズ」として統治された。 |
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メアリー1世 イングランド[1516~1558] ◎イングランド女王 テューダー朝第5代イングランド女王、アイルランド女王。ヘンリー8世とキャサリン・オブ・アラゴンの娘。弟のエドワード6世が若くして没すると、王位に就いたジェーン・グレイを退けて王位に就いた。 ◎ブラッディ・メアリー 熱心なカトリック教徒で、プロテスタントに変わったイングランドをカトリックに戻そうとした。その中で多くのプロテスタントを迫害し火刑に処した事で『血塗れのメアリー(ブラッディ・メアリー)』と恐れられた。 |
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トーマス・グレシャム イギリス[1519~1579] ◎商才 王室金融代理人として海外の負債管理を担当し、見事に負債の大部分を精算した。 ◎悪貨は良貨を駆逐する 金の含有量などが違う金貨が出回れば、人は金の含有量の多い金貨を手元に置くため、含有量の少ない悪貨が日々の支払いに使用される。経済学の原理でグレシャムの法則と呼ばれる。 |
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ロバート・ダドリー イングランド[1532~1588] ◎女王の寵臣 ノーサンバランド公ジョン・ダドリーの五男で、エリザベス1世の寵愛を受けて愛人となりレスター伯爵に叙された。 ◎ネーデルラント出兵 スペインに反乱を起こしたネーデルラントに派遣されるが、軍の統率がとれずに帰還命令を受けた。 |
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フランシス・ドレーク イングランド[1543頃~1596] ◎海軍提督 西インド諸島などで海賊行為を行い、後に財宝を王室に献上して海軍提督となる。 ◎世界周遊 イングランド人として初めて世界一周を成し遂げた。帰港したゴールデン・ハインド号は莫大な富をもたらした。 ◎アルマダの海戦 副司令官としてアルマダの海戦を戦うが、実際の指揮を執ったのはドレークだった。火のついた船を敵艦隊に突っ込ませる海賊らしい戦法などを採用し、スペイン人からは悪魔の化身(エル・ドラコ)と恐れられた。 |
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ウィリアム・セシル イングランド[1520~1598] ◎女王の側近 エリザベス1世に仕え国王秘書長官や大蔵卿を歴任し、バーリー男爵に叙された。 ◎実務家 国王至上法、礼拝統一法の修正案を提出し、ベーコンらと救貧法を成立させた。財政に関しては倹約を行なってきたがスペインとの戦争で戦費が膨れ上がってしまう。 |
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エリザベス1世 イングランド[1533~1603] ◎イングランド女王 テューダー朝第6代イングランド・アイルランド女王。ヘンリー8世とアン・ブーリンの娘で『処女王』、『栄光ある女人』などと呼ばれる。 ◎私は見る、そして語らない 国王至上法を再発令し礼拝統一法を制定しアルマダの海戦でスペインの艦隊に大勝して大英帝国の礎を築いた。 |
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ウィリアム・シェイクスピア イングランド[1564~1616] ◎劇作家 数多くの戯曲を書き上げ、数多くの演劇が上演され「エリザベス時代」とも呼ばれる黄金時代を築き上げた。 ◎シェイクスピア戯曲 『ロミオとジュリエット』、『夏の夜の夢』、『ベニスの商人』、『オセロ』、『ハムレット』、『マクベス』、『リア王』、『ジュリアス・シーザー』、『お気に召すまま』、『テンペスト』、『じゃじゃ馬ならし』、『リチャード3世』など枚挙に暇がなく、古今東西においても優れた文学作品と評価されている。 |
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マシュー・ホプキンス イギリス[1620~1647以降] ◎魔女狩り将軍 魔女狩りを生業として、300人もの人間を魔女に仕立て上げて処刑し、その利益を得ていた。 |
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オリヴァー・クロムウェル イングランド[1599~1658] ◎護国卿 清教徒革命により国王チャールズ1世を追放し、初代護国卿に就任する。アイルランド、スコットランドへの侵攻を進めた。 ◎航海法 イングランドの貿易をイングランド船に限定する法律。これにより英蘭戦争が引き起こされた。 ◎鉄騎隊 清教徒革命においてクロムウェルが率いた騎兵隊。聖書を携帯するほど信仰心篤く、後のニューモデル軍の中核を担った。 |
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メアリー2世 イングランド[1662~1694] ◎イングランド女王 ステュアート朝第5代イングランド・スコットランド・アイルランド女王。ジェームズ2世の長女で、オランダ総督ウィレムの妻。 ◎名誉革命の国王 国王ジェームズ2世が追放され代わりに国王として迎えられた。夫との共同統治を望み議会にも承認され、国王の権限を制限する『権利の章典』が発布された。流血を伴わない革命のため名誉革命と呼ばれた。 |
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ウィリアム3世 イングランド[1650~1702] ◎イングランド国王 ステュアート朝第5代イングランド・スコットランド・アイルランド国王。オランダ総督オラニエ公ウィレム2世の子で、メアリー2世と結婚して共同統治を行う。 ◎名誉革命の国王 妻のメアリー2世との共同統治を議会に認めさせる一方で、国王の権限を制限する『権利の章典』を認めた。 ◎大同盟戦争 ルイ14世のフランス拡大に対抗するために結成されたアウクスブルク同盟にイングランドも参加してヨーロッパ各地で戦った。 |
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アン イギリス[1665~1714] ◎イングランド女王 ステュアート朝イングランド、スコットランドの最後の女王。ジェームズ2世の娘。 ◎グレートブリテン王国 合同法により、イングランドとスコットランドは連合王国として新たに一つとなった。 |
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エドワード・ティーチ イングランド[1680?~1718?] ◎黒髭 カリブ海を中心に荒らし周り、その風貌から海賊の代名詞となった。 ◎アン女王の復讐号 300トンのフリゲート艦。元は大型の奴隷輸送船だったが黒髭に拿捕されて、旗艦として有名となった。 |
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ベンジャミン・ホーニゴールド イングランド[1680~1719] ◎フライング・ギャング バハマのナッソーを拠点に海賊行為を行なっていた。彼らの拠点は海賊共和国と呼ばれた。 ◎海賊たちの船長 彼の船には、『黒髭』ティーチ、『海賊王子』ベラミー、『ラ・ブーシュ』ルバスールなど後に有名になる海賊が多数乗っていた。 ◎海賊ハンター ウッズ・ロジャーズの恩赦によって逆に海賊を取り締まる側に回った。 |
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ジョン・ラカム イギリス[1682~1720] ◎キャラコ・ジャック 黒地に髑髏と交差したカットラスを配したデザインの海賊旗は、「海賊」のイメージとして後世にまで定着した。 ◎メアリー&ボニー ラカムの海賊船には女海賊として有名なメアリー・リードとアン・ボニーが船員として乗っていた。 |
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メアリ・リード イングランド[1685?~1721] ◎女海賊 ジョン・ラカムの船に乗っていた女海賊。男装して軍に入った経験もありカットラスの使い手だった。 ◎アンとの絆 同じ海賊船に乗る女性同士のアン・ボニーと親しく、特に名が知られた。 |
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バーソロミュー・ロバーツ イギリス[1682~1722] ◎鉄の掟 海賊たちに厳しい掟を課し、窃盗や賭博などを禁じる一方で平等な権利も保障した。 ◎ロイヤル・フォーチュン 旗艦『ロイヤル・フォーチュン号』を筆頭に20隻もの海賊艦隊を率いた。 ◎ブラック・バート 洒落た伊達男で、紅い羽根帽子をかぶり、ポルトガル船から奪ったダイヤモンドの十字架を首から下げていた。 |
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アイザック・ニュートン イングランド[1643~1727] ◎万有引力 林檎が木から落ちることで地球に重力があることを発見し、月や惑星にも引力が適用されることを提示した。 ◎ニュートン力学 万有引力の他に慣性の法則、加速度の法則、作用・反作用の法則も発見し、研究成果を『プリンキピア』にまとめた。 |
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ロバート・ロイ・マクレガー イギリス(スコットランド)[1671~1734] ◎ロブ・ロイ(赤毛のロブ) 牛取り引きで生計を立てていたが、モントローズ公に裏切られたため公に対して略奪を繰り返した。後にウォルター・スコットの小説で描かれたため、スコットランドで英雄視される。 |
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ジェームズ・クック イギリス[1728~1779] ◎キャプテン・クック 英海軍の士官であり、特に海図作製で大きく貢献した。 ◎世界周航 史上初めて壊血病による死者を出さずに世界周航を成し遂げた。 ◎ハワイ諸島到達 ヨーロッパ人で初めてハワイ諸島に到達した。 |
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グレース・オマリー アイルランド[????~1603] ◎海賊女王 アイルランド西部の名門オ・マーリャー族の族長。航海による交易や掠奪を行い、時のイングランド女王エリザベス1世との交渉の書簡も残っている。 |
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アン・ボニー アイルランド[1697~1721?] ◎女海賊 ジョン・ラカムの船に乗っていた女海賊。銃の名手だったとされる。 ◎メアリとの絆 同じ海賊船に乗る女性同士のメアリ・リードと親しく、特に名が知られた。 |
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ハインリヒ・クラーマー フランス[1430~1505] ◎異端審問官 ドミニコ会士で異端審問官に任命されるとドイツ南部で活動した。魔女や異端に厳しく、非合法で容赦ない拷問と裁判を行った。 ◎魔女の槌(マレウス・マリフィカルム) 魔女の手口や発見方法、異端に関する諸説をまとめたもの。女性や黒魔術に偏った内容で、後に魔女裁判の手引き書とされた。 |
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アンヌ・ド・ブルターニュ フランス[1477~1514] ◎フランス王妃 フランス国王シャルル8世とルイ12世の2代にわたって王妃となった。 ◎ブルターニュ女公 ブルターニュ公フランソワ2世の娘でブルターニュ公国の後継者。公国の独立のためフランス王妃となり両国の平和維持に尽力した。 |
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ガスパール・ド・コリニー フランス[1519~1572] ◎コリニー提督 イタリア戦争やスペインとの戦いにも参加し、プロテスタントに改宗すると改革派の中心的存在となった。シャルル9世の信任厚かったが、カトリックには残虐な仕打ちが多く恨みを買っていた。 ◎サン=バルテルミーの虐殺 ナヴァール王アンリの結婚式の際に襲撃される。暴動を恐れたシャルル9世はユグノーの排除を宣言し、コリニー提督も虐殺された。 |
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カトリーヌ・ド・メディシス フランス[1519~1589] ◎フランス王妃 フランス王国アンリ2世の王妃。フランソワ2世、シャルル9世、アンリ2世の母后。 ◎文化の流入 嫁ぐ際にイタリアから建築や芸術の文化をフランス王宮に持ち込んだ。ナイフとフォークの食事作法もこの時に定着した。 ◎サン・バルテルミの虐殺 カトリックとユグノーの融和を図るために行われたナバラ王アンリとフランス王妹マルグリットの結婚式で起きた虐殺。カトリーヌが裏で指示したともされる。 |
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ジャック・クレマン フランス[1567~1589] ◎国王暗殺 ドミニコ会修道士で、ギーズ公アンリを暗殺したユグノー派のフランス国王アンリ3世を暗殺した。これによりヴァロワ朝は断絶することとなる。すぐさまその場で殺され、その遺体はカトリック側の聖遺物とならないように燃やされた。 |
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リシュリュー フランス[1585~1642] ◎宰相 フランスの首席国務大臣にして枢機卿。冷徹なマキャヴェリストで、王権の強化とハプスブルク家への対抗に力を注いだ。 ◎欺かれた者たちの日 11月11日。リシュリューの失脚を画策する国王ルイ13世の母后マリー・ド・メディシスと権謀術数を繰り広げ、宰相の罷免が二転三転した日。 |
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ルイ13世 フランス[1601~1643] ◎フランス国王 ブルボン朝第2代フランス国王。アンリ4世の子。 ◎絶対君主 宰相にリシュリューを採用し、三十年戦争をハプスブルク家と戦い、フランスの国力を増大させた。 |
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ジュール・マザラン フランス[1602~1661] ◎宰相 枢機卿でもあり、ルイ14世の母、アンヌ・ドートリッシュの寵愛を受けた。政治・外交に大きく関わり、ルイ14世の絶対王政の土台を作った。 ◎フロンドの乱 コンデ公を中心にした王権とマザランに対する反乱。マザランは交渉によって貴族間の分裂を誘い反乱を鎮圧した。 ◎外交術 三十年戦争の講和条約のウェストファリア条約、スペインとの争い終結のピレネー条約締結に大きく貢献した。 |
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アンヌ・ドートリッシュ フランス[1601~1666] ◎フランス王妃 フランス国王ルイ13世の王妃。スペイン国王フェリペ3世の娘で、ルイ14世の母 ◎摂政 ルイ13世が亡くなると、宰相のマザランと協力して王権強化に努めた。ルイ14世に続く絶対王政の基礎を築いた。 |
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ジャン=バティスト・コルベール フランス[1619~1683] ◎財務総監 ルイ14世に仕えフランスの財務を支えた。国内産業を奨励する一方で、徴税制度を整え厳しく税を取り立てた。 ◎コルベール主義 絶対王政を維持するため、貿易を通じて外貨で国を富ませる経済政策。 |
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アンヌ・マリー・ルイーズ フランス[1627~1693] ◎モンパンシエ女公 フランスの王族。オルレアン公ガストンとマリー・ドブルボン=モンパンシエの長女。モンパンシエ公位、シャテルロー公位と莫大な遺産を相続した。 ◎フロンドの乱 フロンドの乱が勃発すると王国側には付かず、軍の一隊を率いてフロンド側のコンデ公ルイ2世に味方した。 |
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ルイ14世 フランス[1638~1715] ◎フランス国王 ブルボン朝第3代フランス王国国王で、ルイ13世の長男。 ◎朕は国家なり 中央集権と重商主義政策を進め、フランドル戦争、仏蘭戦争に勝利し、ブルボン朝の最盛期を築き上げ、絶対君主制を確立した。 ◎太陽王 ヴェルサイユ宮殿を建設し、宮廷舞踊にメヌエットを取り入れ太陽神アポロンに扮して踊ったため『太陽王』と呼ばれた。 |
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オノーレ・ミラボー フランス[1749~1791] ◎政略のミラボー ミラボー伯爵。圧倒的な演説力で国民議会を主導し、立憲君主制を目指した。革命の指導者でありながらフランス王家とも繋がりを持った。 |
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マリー・アントワネット フランス[1755~1793] ◎フランス王妃 マリア・テレジアの娘で、オーストリアからフランスのルイ16世に嫁いだ。 ◎豪華な宮廷生活 ダンスや音楽を嗜み享楽的な暮らしをする反面、貧しい者を支援したり宮廷の無駄な慣習を簡略化させた。 ◎民衆の憎悪 『赤字夫人』などと呼ばれ王室の浪費の象徴とされ、フランス革命において夫のルイ16世と共にギロチン刑に処された。 |
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シャルロット・コルデー フランス[1768~1793] ◎暗殺の天使 フランス革命期にジロンド派を支持し、山岳派のマラーを暗殺した。 |
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マクシミリアン・ロベスピエール フランス[1758~1794] ◎ジャコバン派 フランス革命を主導した政治派閥。正式名称は「憲法の友の会」で、国民公会で左の席に座っていた事から左翼の語源となる。 ◎恐怖政治 対立する派閥の人々を粛清の名のもとに処刑した。政治家のみならず一般人も含まれ、2万人が処刑された。仏語のテルールはテロリズムの語源となった。 |
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ルイ・アントワーヌ・ド・サン=ジュスト フランス[1767~1794] ◎革命の天使 理想的な共和国を目指し、不正や腐敗を許さなかった。政治・軍事の両面で高い実務能力を発揮した。 ◎恐怖政治 ロペスピエールの右腕として活動し、多くの政敵を排除した。しかし、テルミドールのクーデターにより自分たちも処刑された。 |
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カミーユ・デムーラン フランス[1760~1797] ◎諸君、武器を取れ!! フランス革命前夜、財務総監のネッケルが罷免されると民衆の不満が最高潮に達した。この時パレ・ロワイヤルで演説を行い、パリ市民に決起を促してバスティーユ襲撃に至った。 |
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ルドルフ4世 神聖ローマ帝国[[1339~1365] ◎オーストリア公 ハプスブルク家当主で、オーストリア公。アルブレヒト2世の長男。 ◎偽造大特許状 オーストリアの特権を誇張した特許状(プリヴィレギウム・マイウス)を発行した。偽と分かっていても皇帝カール4世は寛容策をとったため、有耶無耶に認められた。 ◎大公僭称 存在しない大公を名乗り、後に本当に大公位が制定された。 ◎建設公 シュテファン大聖堂やウィーン大学など都市開発にも大きく貢献した。 |
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マクシミリアン1世 神聖ローマ帝国[1459~1519] ◎神聖ローマ皇帝 ハプスブルク朝第6代神聖ローマ皇帝。オーストリア大公。フリードリヒ3世の子。 ◎中世最後の騎士 武勇に優れ、自らも下馬して戦う事もあった。一方でデューラーなどの画家を庇護し、旅に楽団を同行させるなど文化・芸術を保護した。 |
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ヨハン・ファウスト 神聖ローマ帝国[1480?~1540?] ◎ファウスト博士 占星術師、錬金術師。ゲーテの『ファウスト』のモチーフとなった人物。悪魔メフィスト・フェレスを呼び出したとされる。 |
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マルティン・ルター 神聖ローマ帝国[1483~1546] ◎95カ条の論題 ヴィッテンベルク城教会の扉にルターが張り付けた文書。教会の贖宥状販売を批判したもの。 ◎信仰義認説 「人は信仰によってのみ義される」といった考え方。カトリックのような権威を否定して聖書のみを拠り所として救済を求めるべきという主張。 |
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ゲッツ・フォン・ベルヒリンゲン 神聖ローマ帝国[1480~1562] ◎盗賊騎士 決闘(フェーデ)と称して強盗、恐喝を繰り返して大きな財産を築き上げた。 ◎鉄腕 ランツフート包囲戦で敵の大砲を受けて右腕を失い、鋼鉄の義手を付けた。その後も兵隊家業を続けて『鉄腕ゲッツ』と呼ばれた。 ◎俺の尻を舐めろ! ゲーテの戯曲『鉄の手のゲッツ・フォン・ベルヒリンゲン』での主人公ゲッツの台詞。ゲーテの名を一躍有名にした。 |
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アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタイン 神聖ローマ帝国(ボヘミア王国)[1583~1634] ◎傭兵隊長 神聖ローマ皇帝フェルディナント2世に従った傭兵隊長で、特にデンマーク戦役で名を挙げた。 ◎軍政改革 独自の軍隊を組織し、指揮、補給、管理を一元化し、職能制を取り入れて運用した。規律にも厳しく、近代的な軍隊運用の先駆けとなった。 |
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マリア・テレジア 神聖ローマ帝国[1717~1780] ◎ハプスブルク帝国の領袖 神聖ローマ皇帝フランツ1世の皇后であり共同統治者。オーストリア女大公、ハンガリー女王、ボヘミア女王と数多くの称号を持つ。 ◎ヨーロッパの祖母 子どもをフランスやスペイン、イタリアに嫁がせて子・孫の世代に多くの君主・妃を出した。 |
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ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト 神聖ローマ帝国[1756~1791] ◎神童 音楽の才能に恵まれ、5歳で作曲するなど神童と呼ばれた。後に古典派音楽・ウィーン古典派を代表する音楽家となる。 ◎きらきら星変奏曲 当時フランスで流行していた『ああ、母さん、あなたに申しましょう』にアレンジを加えて12のパターンの変奏曲を作った。 ◎レクイエム モーツァルト最後の作品で弟子により補完された。死の世界からの使者の依頼で自らのレクイエムを作曲したという噂が流れた。 |
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バートリ・エルジェーベト ハンガリー王国[1560~1614] ◎血の伯爵夫人 連続殺人者として知られ、召使いから貴族まで若い娘を誘拐しては拷問し、その血を浴びて若さを保とうとしていた。血を求めた逸話は、吸血鬼伝説となった。 ◎鉄の処女(アイアン・メイデン) 居城であるチェイテ城には様々な拷問具があった。浴槽にためる血は鉄の処女で流された血ともいわれる。 |
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フルドリッヒ・ツヴィングリ スイス[1484~1531] ◎宗教改革 スイスにおける初期の宗教改革者。聖書を信仰の基準とするなどカトリックを批判した。しかし、ルターと意見が違い対立する。 ◎カッペルのミルクスープ カトリック派と宗教改革派が争った第一次カッペル戦争で、両軍の兵士がミルクスープを作って分け合った事から和議が成立した。ツヴィングリからしたら武力制圧してでもスイス全土に宗教改革を広げたかったため不本意な結果となった。 |
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パラケルスス スイス[1493~1541] ◎錬金術 万物の根源は水銀、硫黄、塩の三原質説であると提唱する。また医学に化学を導入し、水銀や鉛、ヒ素など金属の化合物を初めて医薬品に用いた。 ◎賢者の石 金を作り出すことが目的だった錬金術に対して、普遍医薬(不老不死の霊薬)を作るべきだと主張した。 ◎アゾット剣 常に「Azoth」と刻印された剣を持ち、その中には賢者の石や悪魔が入っていたと言われている。 |
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フリードリヒ2世 プロイセン[1712~1786] ◎プロイセン国王 第3代プロイセン王国国王。フリードリヒ・ヴィルヘルム1世の子で、近代化を目指した啓蒙専制君主として有名。 ◎大王 軍事才能を発揮してオーストリア継承戦争、七年戦争を勝利に導いた。他方でフルート演奏など芸術的な才能も持ち合わせていた。 |
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アレクサンデル6世 教皇領[1492~1503] ◎ローマ教皇 第214代ローマ教皇。ボルジア家の出身で世俗化した教皇の代表とされる。 ◎史上最悪の教皇 好色で強欲とされた。政争に明け暮れ、カトリック教会の権威を失墜させたとされる。特に教皇領の軍事的自立のために軍費を割いた。 ◎ルネサンス教皇 多くの芸術家のパトロンとなり、美術品を収集した。またヴァチカンやローマの市街地などを整備した。 |
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チェーザレ・ボルジア 教皇領[1475~1507] ◎ボルジア家の威光 教皇アレクサンデル6世の子で、パンプローナ司教、バレンシア大司教、枢機卿を務め、ヴァレンティーノ公、ロマーニャ公となる。 ◎君主の才 残酷で冷徹な権力者と見られるが、マキャヴェリの『君主論』で理想的な統治者と評された。 ◎ボルジア家の毒薬 軍事的な才能でイタリアを征服し、政敵や近親者を毒殺した。 |
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マルカントニオ2世・コロンナ 教皇領[1535~1584] ◎パリアーノ公 ローマの名家コロンナ家出身。宮廷人として各方面の調停役を務めた。 ◎教皇庁艦隊司令官 レパントの海戦において教皇庁艦隊司令官を務め、神聖同盟艦隊の副司令官となって指揮を執った。 |
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セヴァスティアーノ・ヴェニエル ヴェネツィア共和国[1496~1578] ◎ヴェネツィア元首(ドージェ) 第86代ヴェネツィア共和国元首。 ◎ミスター砦(メッセール・バスティアン) コルフ島施政官の時代に船乗りからこのあだ名で呼ばれた。大変怒りっぽい性格だった。 ◎レパントの海戦 高齢だったがヴェネツィア海軍総司令官に任命され、左翼の艦隊を指揮した。 |
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ピエロ・デ・メディチ フィレンツェ共和国[1472~1503] ◎フィレンツェ僭主 フィレンツェを支配したメディチ家の当主。最盛期を築いたロレンツォの子だが人望に乏しかった。 ◎愚昧 フランス軍が迫った時、戦わず入城を許可したためフィレンツェから追放された。 |
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レオナルド・ダ・ヴィンチ フィレンツェ共和国[1452~1519] ◎万能の天才 絵画、彫刻、建築、土木、音楽、数学、解剖学、博物学、生物学、天文学など数多くの分野に精通し、探求心と独創性を兼ね備え、ルネサンスの三大巨匠の一人に数えられる。 ◎モナ・リザ 世界で最も有名な肖像画で、最も見られ、最も描かれた絵画。モデルはフィレンツェの有力者の夫人リザ・デル・ジョコンドとされる。 ◎最後の晩餐 イエス・キリストと12使徒による最後の晩餐を描いた作品。サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂に描かれたもので、遠近法、明暗法、解剖学の科学が用いられている。 |
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ニッコロ・マキャヴェリ フィレンツェ共和国[1469~1527] ◎君主論 君主とはどうあるべきかを分析して論じたもの。君主には決断力と運命力が必要で、愛されるよりも恐れられる方が理想的であるとした。 ◎マキャヴェリズム 『君主論』で語られるマキャヴェリの思想。どんな手段や非道徳的な行為も、国家の利益のためならば肯定されるという考え方。 |
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ミケランジェロ・ブオナローティ フィレンツェ共和国[1475~1564] ◎ピエタ 慈悲、哀れみを意味し、十字架の上で死んだイエス・キリストを抱いて嘆き悲しむ聖母マリアの巣がを描いた像。 ◎ダヴィデ像 イスラエル王国の統治者ダヴィデの像。ミケランジェロの代表作であるだけでなく、ルネサンス期を通じて最も卓越した作品とされる。 ◎システィーナ礼拝堂天井画 旧約聖書の『創世記』をテーマに、システィーナ礼拝堂の天井に描かれたフレスコ画。人類の創造から楽園の追放などが描かれる。 |
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ガリレオ・ガリレイ フィレンツェ公国[1564~1642] ◎地動説 太陽をはじめ天体が空を動いているのではなく、太陽を中心に地球を含めた天体が公転しているといった説。 ◎それでも地球は動いている 宗教裁判において地動説を放棄する宣誓文を読まされたが意思は変えなかった。 |
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クリストファー・コロンブス ジェノヴァ共和国[1451頃~1506] ◎新大陸への到達 大西洋を西に進み、キリスト教世界の白人として初めてアメリカ海域に到達した。 ◎コロンブスの卵 逆転の発想、または誰に出来る事でも最初に行なう事は困難であるという故事。卵を机に立てられるかという問題に対して、コロンブスは卵の先を割って(または茹でて)立てたという逸話。 ◎奴隷商人 原住民に対して略奪・虐殺を行ない金の採掘などの重労働を強いた。戦利品としてスペインに原住民を奴隷として送るが、逆にイサベル1世に統治能力を疑われた。 |
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アンドレア・ドーリア ジェノヴァ共和国[1466~1560] ◎海軍提督 ジェノヴァの名家ドーリア家の出身で、高名なコンドッティエーレ(傭兵)。 ◎チュニスの海戦、プレヴェザの海戦 神聖ローマ帝国の海軍提督としてチュニスの海戦でオスマン帝国勝利を収めるが、プレヴェザの海戦では敗北を喫した。 |
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ジャナンドレア・ドーリア ジェノヴァ共和国[1539~1606] ◎海軍提督 大伯父のアンドレア・ドーリアの後継者として海戦での戦果を挙げ、共和国の政治にも関与した。 ◎レパントの海戦 レパントの海戦では神聖同盟の右翼指揮官を務め、ジェノヴァ艦隊を率いた。しかし、クルチ・アリの艦隊に裏をかかれ危機を招いた。 |
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フェルナンド2世 アラゴン王国[1452~1516] ◎アラゴン国王 トラスタマラ朝第4代アラゴン国王。フアン2世の子。シチリア国王、ナバラ国王、バレンシア国王、ナポリ国王、バルセロナ伯。 ◎カトリック両王 カスティーリャ女王イサベル1世と結婚してカスティーリャ=アラゴン連合王国の統治者となり、グラナダ王国を滅ぼしてレコンキスタにピリオドを打った。 |
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イサベル1世 カスティーリャ王国[1451~1504] ◎カスティーリャ女王 トラスタマラ朝第6代カスティーリャ女王。フアン2世の娘。レオン女王、ガリシア女王。 ◎カトリック両王 アラゴン国王のフェルナンド2世と結婚してカスティーリャ=アラゴン連合王国の統治者となり、グラナダ王国を滅ぼしてレコンキスタにピリオドを打った。 ◎新大陸への支援 大西洋からインドを目指すと言ったコロンブスを支援した。 |
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イグナチオ・デ・ロヨラ カスティーリャ王国[1491~1556] ◎イエズス会総長 フランシスコ・ザビエルらと共にイエズス会を設立し初代総長となる。 ◎神のより大いなる栄光のために 彼の座右の銘で、イエズス会のモットーにもなった。 |
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フランシスコ・ザビエル ナバラ王国[1506~1552] ◎イエズス会宣教師 初めて日本にキリスト教を伝えた人物。主に九州で布教活動を展開した。 ◎守護聖人 インドを経て日本まで布教活動を行ったため、東洋全域と、宣教師の守護聖人とされている。 |
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フアナ カスティーリャ=アラゴン連合王国[1479~1555] ◎カスティーリャ女王 カトリック両王と呼ばれたフェルナンド2世とイサベル1世の娘で、アラゴン王国、レオン王国の君主でもあった。 ◎狂女 ネーデルラントの君主フィリップ美公と結婚して共同統治を行ったが、夫が死んでから精神を病み遺体を棺に入れて徘徊したため、城館に幽閉された。 |
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ディエゴ・デ・アルマグロ スペイン[1479~1538] ◎征服者(コンキスタドール) フランシスコ・ピサロと共にインカ帝国を侵略した。 ◎エル・ビエホ(老人) ヨーロッパ人として最初に現在のチリに到達したが、ピサロと対立して後に処刑された。 |
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フランシスコ・ピサロ スペイン[1470頃~1541] ◎征服者(コンキスタドール) アメリカ大陸に渡ってインカ帝国を侵略した。インカ皇帝アタワルパを人質にして莫大な貴金属を受け取り、最終的にインカ帝国を滅ぼした。 |
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エルナン・コルテス スペイン[1485~1547] ◎征服者(コンキスタドール) アメリカ大陸に渡り、アステカ帝国を滅ぼした。また現在のホンジュラスも征服してスペインに併合した。 ◎白き神の化身 肌が白いため、アステカで信仰される白き蛇の神ケツァルコアトルの化身であると信じられた。しかしアステカ文明に理解を示さず、完膚なきまでに粉砕した。 |
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ドン・フアン・デ・アウストリア スペイン[1547?~1578] ◎高貴な血筋 神聖ローマ皇帝カール5世の庶子で、スペイン国王フェリペ2世の異母兄弟に当たる。 ◎レパントの海戦 神聖同盟(教皇領、スペイン、ヴェネツィアなどの連合国)の総司令官を務め、レパントの海戦を戦った。 ◎激励 レパントの海戦では小舟に乗って各艦を激励して周った。 |
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フェリペ2世 スペイン[1527~1598] ◎スペイン国王 第2代アブスブルゴ(ハプスブルク)朝スペイン国王。カルロス1世の子。ポルトガル国王、ナポリ国王、シチリア国王などを兼任した。 ◎太陽の沈まぬ帝国 ポルトガル併合によって、新大陸、フィリピン、ネーデルラント、ミラノ公国、ブルゴーニュ伯領、サルデーニャ島、シチリア島、ナポリ王国、ブラジル、アフリカとインドの一部、マラッカ、ボルネオ島を支配下に置き、大帝国の最盛期を迎えた。 |
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アロンソ・ペレス・デ・グスマン スペイン[1550~1615] ◎大貴族 ヨーロッパでも有数の富豪だったメディナ=シドニア公。金羊毛騎士団に所属し、ロンバルディア知事、アンダルシア知事などを歴任した。 ◎無敵艦隊 サンタ・クルス提督の急死で後任の無敵艦隊の司令官となる。しかし海戦経験などもなく、アルマダの海戦においてイングランドに大敗北を喫する。 |
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ミゲル・デ・セルバンテス スペイン[1547~1616] ◎ドン・キホーテ 騎士道物語を読みすぎて現実と空想の区別がつかなくなった男が、自らを遍歴の騎士と名乗って冒険の旅に出かける物語。理想と現実の対立を描き、後世に大きな影響を与え、スペイン文学の最高峰とされる。 |
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ヴァスコ・ダ・ガマ ポルトガル[1469頃~1524] ◎インド航路 喜望峰を廻りインドへの航路を開拓してカリカットに到達する。ポルトガル本国に香辛料をもたらし、新たな交易の礎を築いた。 |
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ニコラウス・コペルニクス ポーランド[1473~1543] ◎地動説 地球をはじめ惑星が太陽を中心に公転しているという説。後にガリレオの天体観測によって裏付けられた。 ◎天球の回転について 地動説を主張した著書で、聖書に反するとしてガリレオ裁判の際には一時閲覧禁止とされた。 |
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クリスチャン4世 デンマーク[1577~1648] ◎デンマーク=ノルウェー王 オルデンブルク朝第7代デンマーク=ノルウェー国王。フレデリック2世の息子。 ◎コペンハーゲン大改造 クリスチャンハウン地区を建設し、港湾・商業都市として近代化させた。 ◎高き帆柱の傍に立ちて 在位60年は北欧史上最長で善政を敷いた。国内に多くの都市や城塞を築き、学問の振興や経済の近代化を進めた。一方で対外的にカルマル戦争や三十年戦争に介入した。 |
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グスタフ2世アドルフ スウェーデン[1594~1632] ◎スウェーデン国王 ヴァーサ朝スウェーデン王国第6代国王。 ◎北方の獅子 10ヶ国語を操り、内政を充実させ、国内に絶対王政を確立した。デンマークとの戦争を続け、三十年戦争にもプロテスタントとして参戦した。 |
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クリスティーナ スウェーデン[1626~1689] ◎スウェーデン女王 ヴァーサ朝スウェーデン王国第7代女王。グスタフ2世アドルフの娘で、フィンランド大公も兼ねた。 ◎バロックの女王 魔女の手口や発見方法、異端に関する諸説をまとめたもの。女性や黒魔術に偏った内容で、後に魔女裁判の手引き書とされた。 |
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カール12世 スウェーデン[1682~1718] ◎スウェーデン国王 プファルツ朝第3代スウェーデン国王。カール11世の子。 ◎流星王 大北方戦争の初期は、ザクセン、ポーランド、デンマーク、ノルウェー、ロシアに勝利し、ナルヴァの戦いでも勝利し、『北方のアレクサンドロス』、『熊殺し』とも呼ばれた。 |
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マリュータ・スクラートフ ロシア[????~1573] ◎オプリーチニキ 秘密警察オプリーチニキの隊長。多くの貴族や聖職者を処刑し、反乱の意があるとしてノヴゴロドの住民数千人も虐殺している。 |
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イヴァン4世 ロシア[1530~1584] ◎ロシア皇帝 モスクワ大公で「全ルーシのツァーリ」を名乗り、最初のロシア皇帝となる。 ◎雷帝 政治・軍事の両面で積極的な改革を行い、貴族を排除して官僚の政治を目指した。一方で大規模な粛清や、圧政で恐怖の対象となった。 ◎土地法 農民に土地の移動を禁止した。これにより農民は領主への依存が強まり、後の農奴制の下地となった。 |
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ピョートル1世 ロシア[1672~1725] ◎ロシア皇帝 ロマノフ朝第初代ロシア皇帝。モスクワ大公アレクセイ・ミハイロヴィチの六男。 ◎大使節団 西欧化改革を推進し、ヨーロッパに使節団を派遣して自らもそれに参加した。アムステルダムで船大工としても働き、文化や軍事技術を吸収した。 ◎大帝 大北方戦争でスウェーデンを破り、国家名称をロシア帝国に昇格させてヨーロッパへの影響力を強めた。 |
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エカチェリーナ1世 ロシア[1684~1727] ◎ロシア皇帝 ロマノフ朝第2代皇帝で、初代皇帝ピョートル1世の皇后。元は農家の娘だった。 ◎傀儡の皇帝 メーンシコフらの支持で皇帝となったため、実際は最高枢密院が政治を主導した。政策はピョートル1世の施策が引き継がれた。 |
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エカチェリーナ2世 ロシア[1729~1796] ◎ロシア皇帝 ロマノフ朝第8代ロシア皇帝。ピョートル3世の皇后であり、クーデターを起こして皇帝の座についた。 ◎大帝 代表的な啓蒙専制君主で、露土戦争やポーランド分割によってロシアの領土を拡張した。 ◎玉座の上の娼婦 ポチョムキン公爵をはじめ公式な愛人が10人存在した。 |
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セリム1世 オスマン朝[1470~1520] ◎オスマン朝スルタン オスマン朝第9代スルタン。バヤズィト2世の子で、即位後には兄弟たちを粛清した。 ◎冷酷者 サファヴィー朝に勝利し、マルムーク朝を滅ぼす事でシリア・エジプト・パレスチナを併合し、聖地メッカやメディナを支配下に置いた。 |
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スレイマン1世 オスマン朝[1494~1566] ◎オスマン朝スルタン オスマン朝第10代スルタンでセリム1世の子。 ◎壮麗帝 46年にわたる長期の在位で13回もの対外遠征を行った。この成功により国を最盛期に導いた。国内の法典を編纂して官僚機構も整備した事で『立法帝』とも呼ばれる。 ◎イェニチェリ トルコ人以外のキリスト教徒から徴用された親衛隊。スレイマン1世の治世で拡張された。 |
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マホメッド・シャルーク オスマン朝[????~1571] ◎シロッコ 地中海で活動していた海賊の頭目。シロッコ(熱風)の名で恐れられた。 ◎レパントの海戦 レパントの海戦ではオスマン艦隊の右翼を指揮した。相対するヴェネツィアの捕虜となるが、戦傷が元で死亡した。 |
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メジンザーデ・アリ・パシャ オスマン朝[????~1571] ◎レパントの海戦 大提督としてレパントの海戦においてオスマン海軍を率いて戦った。中央の艦隊を指揮したが、激しい戦いののちに戦死した。 |
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クルチ・アリ オスマン朝[1519頃~1587] ◎大提督 別名ウルグ・アリ。元キリスト教徒の改宗者でバルバロス・ハイレッディンの後継者。地中海沿岸部で内外に大きな影響力を持った。 ◎レパントの海戦 レパントの海戦ではオスマン艦隊の翼を指揮し、マルタ騎士団の将帥旗を奪った。さらに敗色が濃くなると残存船をまとめて帰港した。 |
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カラ・ムスタファ・パシャ オスマン朝[1634?~1683] ◎大宰相 スィパーヒー出身で、メフメト4世の下で海軍提督を経て大宰相に就任した。 ◎軍事侵略 ポドリア地方を攻略してオスマン朝史上最大の版図を築いた。また露土戦争においてもチヒルィーンを占領した。 ◎第二次ウィーン包囲 クリミア、モルダヴィア、トランシルヴァニア、ワラキアの諸侯を率いてオーストリアに侵攻し、ウィーンを包囲した。しかしポーランド王ヤン3世の攻撃で包囲陣は崩壊した。 |
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イスマーイール1世 サファヴィー朝[1487~1524] ◎無謬の救世主 神秘主義のサファヴィー教団の指導者の子。白羊朝との戦いで親族が死ぬと少年ながら教主の座に就いた。 ◎サファヴィー朝のシャー 武装した信徒と共に白羊朝の首都タブリーズに入場するとサファヴィー朝の樹立を宣言し、シャーハンシャー(王の中の王)を名乗った。 ◎詩才 詩人でもあり『ハタイー(罪人)』の筆名で多くの詩をアゼルバイジャン語で作った。。 |
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ンジンガ ンドンゴ王国[1582~1663] ◎ンドンゴ女王 兄を殺害して王位に就くとポルトガルやオランダから領土を守った。ポルトガル語を解し、ヨーロッパ文化に通じた。 ◎食人嗜好 村人600人を石臼で挽き殺して人肉を食したという残忍な逸話が残る。 |
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ジョージ・ワシントン アメリカ[1732~1799] ◎合衆国大統領 アメリカ合衆国の初代大統領。 ◎大陸軍司令官 フレンチ・インディアン戦争を戦ったワシントンはアメリカ独立戦争では司令官に就任する。 ◎ワシントンの斧 幼少期に斧の切れ味を試すため、庭の桜の木を切り倒した事を素直に告白した逸話だが、後世の創作。 |
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ベンジャミン・フランクリン アメリカ[1706~1790] ◎アメリカ合衆国建国の父 アメリカ独立戦争に参加し、パリ条約締結など外交交渉に貢献し、独立宣言に署名した。 ◎凧実験 数多くの実験や発明をしており、凧を使った実験で雷が電気であることを発見した。さらに避雷針なども発明した。 |
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モクテスマ2世 アステカ帝国[????~1520] ◎アステカ皇帝 アステカ帝国第9代皇帝。アシャヤカトルの子で、叔父である前王アウィツォトルの後を継いだ。 ◎若き君主(ショコヨツィン) 積極的な遠征を行い、中央集権化を進め、アステカ帝国の最大版図を築いた。 ◎一の葦の年 白人であるエルナン・コルテスを白き神ケツァルコアトルの神の使いとして迎え入れた。しかしその後スペイン人が起こした虐殺に放棄した市民たちを説得しようとする中で石を投げつけられ死亡する。 |
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アタワルパ インカ帝国[????~1533] ◎インカ皇帝(サパ・インカ) インカ帝国第13代皇帝(サパ・インカ)。ワイナ・カパックの子。 ◎内戦の勝者 前帝である異母兄のワスカルと皇帝の座を争った。老練な将軍たちを傘下に加え南部の都市を押さえて勝利を収めた。 ◎黄金の身代金 カハマルカの戦いでフランシスコ・ピサロ率いるスペイン軍に敗北して捕縛される。身代金として部屋いっぱいの黄金を用意したが解放される事なく処刑されてしまった。 |