3

紬がレスポールのギターとアンプを持って部屋に戻ってきた。
ギターはギブソン・レスポール・スタンダードのチェリーサンバースト。コピー品ではない、唯が一目惚れした25万円するあのギターである。

紬「唯ちゃん見て見て。実は私もぎーたを持ってるの」

唯「あふ…あふ…そえ、ぎーたでつ…どうちて…(゚q゚)」

唯は自分の手元のぎーたと紬のギターを見やった。
ぎーたがコピー品だとは全く知らない(もちろん説明してもわからないだろう)唯は口をあんぐりと開けて唖然としている。

紬「このぎーたはね、唯ちゃんのぎーたのお父さんなの」

唯「おとーさ、ぎーた、おとーさ…(゚ q゚)」

唯と憂の両親は、唯が10歳のときに莫大な資産だけを残して失踪した。
両親のことは欠片ほども覚えていない唯だったが、『お父さん』という言葉だけは脳の片隅に残っていた。
どこか懐かしい響きがした。大切なものだった気もした。

紬「私もぎーたと遊んでみるわね。見てて」

紬は電池駆動のアンプにギターをつなげ、軽快なリフをかき鳴らした。

ジャージャガジャージャージャガジャー

紬「White riot~I wanna riot~White riot~Riot of my own♪」

70年代パンクの代表的なバンド、The Clashの『白い暴動』である。
紬は軽音部に梓が入るまでギターを担当していたので(唯は池沼で全く役に立たなかったため)、シンプルなパンクチューンぐらいお手の物だ。

紬「ふぅ~唯ちゃんどうだった?これは演奏っていうのよ」

唯「あう…ぎーた…そえできないれす(゚q゚)」

チェリーサンバーストでないギターで同じことをやっても何とも思わなかったであろうが、
唯は『むぎたのぎーた』が自分にはできないことをしたことに衝撃を受けた。

紬「唯ちゃんも演奏やってみる?」

唯「あふ…ゆいもえんそするれす」

紬「演奏はね、左手でここをこう持って、右手でこう下ろすの」

紬は弦を押さえて、ピックではじいた。

ジャー

紬「唯ちゃんもやってみて」

唯「あう…('q')」

唯は紬がしたようにネックの根本を握り、右手でボディの端を擦った(これは唯の脳が読み取った最大限の真似である)。

スカッ

スイッチには触れなかったものの、弦が無いのだから汚い音すら鳴るわけがない。

唯「あう…あう…」

何度も右手を上下させるが、もちろん何の音も出ない。

唯「ひぐっどちてぎーたできないのぉ…ぎーた、えんそ…するれす…うんたん…するれす…ぐぅぅうぅぅ」

紬「唯ちゃんのぎーたは演奏できないか…。実はね、私、ぎーたでうんたんするのも上手なの♪」

唯「あう…むぎた、うんたんできる?(゚ q゚)」

紬「うん!今からやってみせるね」

紬は唯がやるようにネックを握りしめると、体を左右に揺らしてうんたん♪した。

紬「うんたん♪うんたん♪うんたん♪うんたん♪」

もちろんボディを強く叩いたりせずに右手は添えるだけで、音を出しているのはもっぱら声である。

紬「うんたん♪うんたん♪ ね、うんたん上手でしょ?」

唯「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
  うんた!nぐうううううぅう”ん”た”!nぎい”い”い”い”い”い”い”い”い”ぅいぃぃう”ん”た”!nい゛い゛い゛いぃぃぃぃぃぃ
  う”ん”た”!nあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛う”ん”た”!nぐ”う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛ううううう」

唯は岩を噛み砕くかのように歯を食いしばり、絶叫しながらうんたん♪をし続けた。唯の右手はもうどす黒く変色している。

唯「あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”う”ん”だ”ん”どうじでで”きな”い”の”お”お”お”お”お”お”お”お”おおお
  あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛う”ん”た”!n”ん゛”ぎ”が”あ゛”あ゛あ゛あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”」

紬(そろそろかしらね)

唯の精神が限界に近づいたことを認めた紬は、止めの一言を放った。

紬「私のぎーたが演奏とうんたん♪ができるのはね、ぎーたと仲良しだからなの。唯ちゃんはね、うんたんやぎーたに嫌われちゃったのよ…」

唯「………(゚q゚)うんたん、ぎーた、ゆいきらいでつか?」

紬「まず私がぎーたに聞いてみるわね」

紬は自分のギターに問いかけた。

紬「ぎーた、私のこと好き?」

紬裏声「うん、ムギちゃんのこと大好き!」

ジャガジャジャー

紬「ね?唯ちゃんも聞いてみて」

唯「あう…あう…」

唯は一枚だけになってしまったうんたんと、ぎーたに向かって問うた。

唯「うんたん、ぎーた!ゆい、つきでつか!?」

シィィン

うんたんは死に、残った大切な大切なお友達であるぎーたに嫌われる、それは唯にとって暗闇に一人取り残されることを意味していた。
もし、このとき唯が憂のことを思い出せれば希望が見つかったかもしれない。
時折理不尽な暴力を振るい、お仕置きをするとはいえ、憂はいつでもそばにいてご飯を作ってくれ、唯に構ってくれた。
憂は何物にも代えがたい家族であり、絆であるはずだった。

唯「あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”」

だが、唯にとって「うーいはおむつ」でしかなかった…。

唯「あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”!!!!あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”!!!!!!
  あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”」

唯は万力のように自分の頭を締めつけて叫喚すると、床に倒れ伏して動かなくなった。
目は開いているが焦点が合っておらず、何も見ていない。
17年間、かろうじて保ってきたIQ25の精神が崩壊した瞬間だった。

紬「唯ちゃん、うんたんはめたまま寝転がったら手が痛いでしょう。外してあげるね」

グキャッ

紬が唯の手から赤一枚のカスタネットを剥ぎ取り、踏み潰した。
目の前でうんたんが崩れ去っても唯は虚空を見つめている。

紬「さようなら、唯ちゃん」

紬は唯に別れを告げた。

―――

紬「Aさん、概ね終わりました。こちらに来てもらってもいいですか?」

A「わかりました。すぐに行きます」

紬がトランシーバーで会話している間も、Aが来るまで腹を蹴り飛ばしていても、唯は微動だにしない。
もはやブヨブヨの、汚くて異臭のする肉の塊でしかなかった。

A「お待たせしました。おぉ、この池沼豚、脳みそが完全にあの世に飛んで行ってますな。お見事です、お嬢様」

紬「ふふっ。それで、この豚さんに止めをさしてもらってもいいですか?このギターを使ってください」

紬はAに唯のぎーたを渡した。

A「了解です。どうします?痛めつけますか?」

紬「いえ、一息にいっちゃってください。どのみち中々死なないでしょうから」

A「わかりました。お任せください」

紬「お願いしますね」

Aはぎーたのネックを持ち、背中のバネを最大限に使って唯に振り下ろした。

ガキョッ

弾みで唯の体が跳ねる。
紬は腐肉に背を向けると、憂のいる小部屋へ向かった。

―――

ガチャ

憂「お姉ちゃん!あぁ…お姉ちゃん!お姉ちゃん!!!」

憂はマジックミラーに縋り付いて泣き叫んでいた。
逃げ出そうと必死にもがいたようで、足かせの嵌められた右足と手の指が血まみれになっている。
紬が入ってきたことにも気づいていない。

紬「憂ちゃんったら、まるで唯ちゃんみたいね」

憂は涙を流し、鼻水が垂れるのも構わず、口は唾でべちゃべちゃになっている。
美少女と呼んで差支えなかった憂は、そう、まるで唯のような顔つきになっていた。

憂「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」

ミラーの向こうではいつの間にかブルーシートがひかれ、その上で唯の肉が波打っている。
ぎーたのボディは吹き飛び、Aがギザギザになったネックを唯の頭に突き立てていた。

憂「お姉ちゃん!ああっお姉ちゃん!!ひっお姉ちゃん!!!!」

憂は唯の頭にぎーたが突き刺さるたび、自らの頭を押さえて悲鳴をあげた。
唯の痛みを代わりに感じているのかのようだ。

憂「お姉ちゃん!!!ううっお姉ちゃん!!ひぃぃっお姉ちゃん!!!!」

両親は憂が9歳のときに失踪した。唯のようにすべてを忘れてしまえば楽だったかもしれない。
だが『捨てられた』という恐怖と憎悪と心細さは憂の心にこびりついて離れることはなかった。
学校の教師は下手に関わり問題が起きることを恐れて憂を避けた。
同級生の多くは「池沼がうつる」といって近寄ろうともしなかった。仲良くなったごくわずかな友人も、唯の姿を見ると一目散に逃げ出した。
唯一親身になってくれた一文字のお婆ちゃんは、加減を知らない唯が体当たりして植物状態にしてしまった。
プロ市民の団体は話を聞いてくれたが、彼らが心を砕いているようで、その実自分のことしか考えていないことは子供心に感じ取った。
想像を絶する孤独の中、憂は唯に強く依存するようになった。それは、愛情というより同化に近いものだった。
憂が池沼の妹でも、排泄の介護の繰り返しで身体に糞尿の臭いが染みついても、
義務教育を受けている子供が家庭を切り盛りしていても、異常さを感じず普段通りに接してくれる、唯一の人間。
唯はたとえ度が過ぎる悪戯をして拷問されても、目が覚めたらけろっと忘れて憂に笑顔を見せてくれたし、毎日憂が作る食事を心から喜んでくれた。
唯の無条件の肯定があるからこそ、池沼の権利なるものを振り回して周りから孤立しても平気でいられた。
唯のうんたん♪に対する思い、憂はそれと同じものを唯に見出していた。
憂にとってのうんたん♪、それが今、破壊されようとしていた。

憂「あああぁぁあぁお姉ちゃん!!!!お姉ちゃん!!!!!!」

その時、唯の身体がひと際大きく痙攣した。ぎーたがついに頭蓋骨を割り、脳にまで達したのだ。

憂「が”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”あ゛”ひぃぃぃぃい゛”い゛”い゛”い゛”い゛”い゛”い゛”い゛”い゛”い゛”」

憂は頭を掻き毟り白目をむいて絶叫すると、その場に倒れた。
唯の心臓が止まるのと時を同じくして、憂の知性は完全に瓦解した。

紬「憂ちゃん、大丈夫ー?あら。脈はあるのね」

脈はあった。だが、もう憂が起き上がることはない。

ブブブー!

弛緩した憂の肛門から大便が排出された。

―――

A「あぁお嬢様、ようやく死にましたよ。ふぅ池沼ってこんなにしぶといもんなんですかね…」

Aの額には大粒の汗が浮かんでいる。Aは血まみれの手でそれを拭った。

紬「ご苦労さまでした。あちらの方も終わりました。それで、死体の処理もお願いしてしまってもいいですか?」

A「はい。いいように取り計らいます。任せてください」

紬「向こうの方は一応体は綺麗ですから、売るなり焼くなり捨てるなり、お好きなようにしてください。もし費用がかかるようなら負担しますので」

A「わかりました」

紬「Aさん、本当にありがとうございました。お世話になりました」

紬は深々とお辞儀した。

A「いえ、そんな!自分はこんなことでしかお役にたてませんから。また何かあったら呼んでください。いつでも飛んでいきますよ」

紬「まぁ、頼もしい。ふふっ」


持ち込んだものを片づけ、軽く掃除をして地上に出ると、秋の高くどこか切ない空が橙に染まっていた。
紬の寝不足の目に夕日が染みる。
大きく伸びをしてひんやりした空気を吸い込むと、一陣の強い風が吹き抜けた。

紬「さわちゃん、終わったよ…」

たなびく黄金色の髪を押さえながら、紬は去っていく風につぶやいた。




抜けるような青空の下、紬は街を見下ろす小高い公園のベンチに座っていた。
昨夜はこの秋一番の冷え込みだったらしい。実際、今も気温はさほど上がらず肌寒い。
街を眺めるのに飽き、足元に目を移したとき、土を踏みしめる足音が聞こえた。
足音はまっすぐベンチに近づいてきて、その人は紬の隣に腰を下ろした。
さわ子だった。
お互い名前も呼ばず、見つめ合うこともせず、どちらからともなく手を握り合った。

ビラ事件の翌日、琴吹家を訪れたさわ子は、意外にも好意的に迎えられた。
さわ子がしっかりした人間であることはすぐにわかったし、
紬の両親は娘に普通の女の子らしくあることを望んでいたので、娘の成長を喜んですらいた。
しかし、紬は大事な一人娘であるし、教師と生徒での交際はやはり認めるわけにはいかないので、彼らは一つ条件を出した。
さわ子は琴吹家の斡旋で他校に赴任し、紬はこれまで通り学業に励む。
そして紬がけじめをつけた後、一日だけ二人で会うことを認めるが、それ以降卒業までの1年半の間は会わないこと。
それを守り、卒業してもなお二人の気持ちが冷めないのなら交際を認める。両親はそう約束し、二人は快諾した。

1年!たった1年!二人にはそれが7日のようにも1日のようにも思えた。
二人は互いに身を寄せ合い、相手の温もりを感じながら、同じ光景を思い浮かべていた。
1年半後、この公園で再会したとき、二人の気持ちは冷めるどころかさらに強くなっているだろう。
そして、もう誰にも邪魔されない、祝福と光の道を歩むのだ。

     ("oo")HAPPY END('q')

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最終更新:2011年10月30日 23:46
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