「真美離してよ!兄ちゃんは亜美と遊ぶんだから!」
「亜美こそ離せー!真美、ずっと前から約束してたんだからぁ!」
「だーっ、お前ら二人ともとりあえず離せ、何より仕事にならんだろーが」
「お疲れさ……なに?一体」
いつもにぎやか765プロ。本日の午後は、双子のけたたましい声から幕開きとあいなった。
打ち合わせを終えて帰社した律子が見たものは、なにやら必死の形相でプロデューサーを
取り合う亜美と真美の姿である。
「あ、律ちゃん」
「ああ律子、ちょっと手伝ってくれないか、こいつら強情でな」
「律ちゃん助けてよ、真美が兄ちゃんをラチカンキンしようとしてるんだ」
「あ!亜美こそ兄ちゃんのことリャクシュユーカイしてるじゃんか」
「はいはいあんたたち、テレビで聞いた言葉を気軽に使わないの!」
まずは二人をたしなめる。意味もわからず派手な言葉を使うのは子供の得意技であるが、
芸能人には舌禍というものがある。
「そういう悪い言葉、嫌いな人も多いんだからね。『いやな事言う
双海亜美なんか嫌いだ』
とか言われたら困るでしょ?」
亜美真美の倫理担当は油断がならない。そうしておいて彼女はプロデューサーに向き直り、
事情を訊ねた。
「なにやらかしたんですか、今度は」
「そんなに色々やってるワケじゃないだろー?」
「先月の私の収録、スタジオの部屋番号間違えてメモってたの誰でしたっけ?」
「……面目ない」
彼は亜美と真美だけでなく、律子のプロデュースも担当している。忙しいのは理解している
ものの、これまでも彼のケアレスミスには苦労させられたことがある。致命的なものもないし
まあ笑える範囲であるが、もうちょっとしっかりしてくれたらと時々思うのだ。
「さ、話を聞きましょうか」
「あのね、亜美がね」
「真美が、真美が最初にね」
「あんたらは黙る!話を聞く順番は私が決めます」
「だってえ」
「心配しないでよ、どっちにも偏らないようにするから。十中八九プロデューサーが悪い
んでしょ?」
「おっおい律子?」
「抗弁はあとでどうぞ。プロデューサー、まず何が起きたのか教えてくださいよ」
事と次第はこんな風。まず真美がプロデューサーと『一日デート』の約束をしたところ
から始まる。
「亜美も真美もここのところすごく頑張ってたろう?二人で交替とはいえ、アイドルランクも
上がってくると大して体を休めることはできない。半月前の新曲録り、真美の番だったんだが
ディレクターのせいで押しに押したじゃないか」
新曲のPV撮影の話だ。律子も付き添っていたので知っている。真美も加えて合意の上での
事ではあるが、いくつかのシーンで納得が行かず、クランクアップがだいぶ遅くなってしまった。
あやうく児童福祉法違反である。
「私が亜美だけ先に帰して、戻ってきてもまだ撮影してましたもんね」
「全部終わって真美を送るとき、がんばったからご褒美ってことで約束したんだ。次にオフと
休日が重なる日、つまり明後日の日曜に二人で遊ぼうって。もちろん亜美にもちゃんと説明
して、わかってもらってた」
「本当なの?亜美」
「うん。それはホント。だけど」
「ストップ。いまプロデューサーが説明してくれます。ですよね?」
「亜美とは、先週のテストの話だ。二人とも仕事漬けで大変だってのはわかってるが、学業を
おろそかにはできない」
「義務教育じゃないですか、当然ですよ」
「水曜なんだが、二人でこっそり俺に相談に来てな。亜美が社会でひどい点取っちまって、
再テストになったんだと」
「テストはママに見せなきゃなんないし、かたいっぽだけじゃ変でしょ。だから真美が兄ちゃんに
相談して、亜美が再テストでちゃんとした点数とってから、二人でママに見せようって思ったんだよ」
真美の補足を聞きながら、仏頂面の亜美を見つめる。
「なっさけないわね亜美、ちゃんと勉強してたの?」
「うぅ~」
「亜美は亜美で頑張ってたさ、な。で、再テストはしっかりやらなきゃってことで、本テストの
真美の点数以上取れたら――」
「二人っきりで遊ぼうな、って?」
質問というより確認のため、プロデューサーの話を引き継いで聞いた。プロデューサーは
それが失敗だったんだという風にうなだれる。
「テストは今日だって聞いてたから、採点は週明けだと思ってたんだよ。そしたら再テストの
全員、目の前で採点して答案を返してもらったそうで」
「……まあ、再試験なら人数も少ないでしょうしね。じゃあ亜美、いい点取れたんだ?」
「うん、100点満点だよ!」
「おー、やったじゃない」
「で、その結果スケジュールがダブルブッキングに」
委細承知。悪気がないのはわかるが、プロデューサーはもう少し慎重に行動すべきだった
のだ。亜美と真美のモチベーション維持には有効な手段であったろうが、余計な問題まで
背負い込んだ彼に思わず渋い声が出る。
「プロデューサーぁ……」
「そんな顔するなよ、俺だって色々説得したぞ。亜美の約束のほうが後だから次回にしようと
したんだが」
「次に兄ちゃんがまる一日遊べるの、来月の終わりじゃんか!亜美待ってらんないよ」
「でも亜美、あんたの場合赤点とったのがまず発端でしょ」
「だって、約束は約束だもん。真美だって『いいよ、亜美ファイト!』って言ってたもん」
「だけど真美の約束延ばして亜美とデートなんてダメーっ!」
「だから両側から手を引っ張るな!伸びたらどうする」
「シャラーップ!」
「ひ」
「うっ」
「うわ」
さっきの状況に戻ってしまった。仕方なく声を荒らげて、こちらに注意を向ける。
「あんたたち、確かに約束はあるんでしょうけど『自分が、自分が』ってばっかり言ってたら
なんにもならないでしょ?二人ともプロデューサーのこと、大事なんじゃないの?」
「大事だよ、チョー大事!兄ちゃんには亜美のミセイジュクなツボミを一番に味わってもらう
んだもん!」
「真美だって!真美も兄ちゃんにヒミツのハナゾノをジューリンしてもらうんだー!」
「どこから聞いてきたのよそんな言葉ーっ!」
出所不明なデンジャラスワードをまたも発見してしまった。どうやら意味は理解していない
ようだが、外部の者の前などでは絶対言わないようにしておかなければなるまい。
律子は頭を切り替えて、亜美に顔を向けた。服にはかまわず事務室のフロアに膝をつき、
相手と目線を合わせる。
「亜美、ちょっと聞かせて」
「な、なに?」
「亜美の大事な兄ちゃんは、約束を破る人かな?遊ぶ約束を後回しにしたら、そのまま
ほったらかしにしちゃうかな?」
「ううん、そんなことないと思う」
「じゃあ、亜美がワガママ言って兄ちゃんと真美の両方を困らせるのって、亜美の大事な
兄ちゃんは嬉しいかな?」
「う……だ、だって」
「どう?」
「……嬉しくは……ない、よね、きっと」
不安げな顔で答えるのに笑顔でうなずき、続いて隣の同じ顔を捉えた。
「真美」
「……はい」
「真美の大事な兄ちゃんは、真美が聞き分けなくして兄ちゃんの仕事の邪魔したら、『真美
よくやった』って思うかな?」
「……怒る、と思う。ううん、ひょっとしたら怒らないかもだけど、でも、今こうやってお仕事
できないでいると、兄ちゃんはザンギョー増えるんだよね」
「増えるわね、きっと」
「兄ちゃん、ますます疲れちゃうよね」
「そうね、疲れて疲れて、倒れちゃうかも」
「それはダメだよ!」