あるところに、トップアイドルを夢見る女の子がいました。
歌が好きで、ちょっぴりドジな、ごくごく普通の女の子。
女の子の歌を聴きとめたのは、プロデューサーの青年です。
自分の歌を褒められて、嬉しくなった女の子は、毎日毎日レッスンに励みました。
レッスンのコーチが、審査員の先生が、
その頑張りと歌を、だんだん認めるようになりました。
数えきれないほど大勢のファンが、女の子に夢中になっていったのです。
拍手と共に女の子が戻るたび、「すごいなあ」と青年は言いました。
その嬉しそうな一言で、疲れは吹き飛び、また次のステージに登れるのです。
女の子はステージに立ちつづけました。周りの期待以上に眩しく輝いていました。
その歌声を聴いて笑顔にならなかった人なんていません。
間違いなく、たくさんのファンを幸せにする、夢のトップアイドルになったのです。
七色の歌声で皆を夢中にさせるアイドルは、いつしか虹色の鳥と称えられていました。
ある日、女の子は青年の元気がないことに気づきました。
ステージを降りたあとも、心配なあまり、疲れが吹き飛びませんでした。
(どうしたんだろう。私の歌が下手になっちゃったのかな……?)
不安になった女の子は、事務所の人たちに尋ねてまわりました。
事務所の皆はつとめて明るく応えます。
『大丈夫。君の歌は最高さ』 『心が安らぐ素敵な歌声だ』 『皆が幸せになるからね』
気を取り直した女の子はステージに向かい、仕事に励みつづけました。
七色の歌声は今なお色褪せることなく、海外にまで届きそうな勢いなのです。
そうなればきっと、プロデューサーの青年は、もっともっと喜んでくれるはず。
全力を出し切ってステージを降りた女の子は、青年の元へ向かいます。
「すごいなあ」と喜んでもらいたくて。そうしたらまた笑ってくれると思って。
――けれど。
「すごいなあ」と言った青年は、どこか申し訳なさそうな表情になりました。
そんな顔を見るのは、初めてのことです。女の子はすっかり戸惑ってしまいました。
青年は言いました。
「こんなに頑張って長いこと無茶をさせて。君はすっかりくたびれてしまったというのに。
他の皆は、今よりもっともっと君を働かせるべきだと言うんだ。
アイドルを売り出して有名にすることが、プロデューサーの仕事だと皆は言うけれど、
この先もずっと君に無理強いさせるのを、黙って見ているしかできないことが辛いんだ……」
女の子は何も言えません。青年はずっと前から悩んでいたのです。
明らかに女の子が無理をしていることも。
周りの期待に応えつづけて、それがいつしか重い枷になっていることも。
そして、
飛ぶのに疲れた虹色の鳥が、普通の女の子に戻りたがっていることも。
青年は何度も何度も説得しましたが、周りは誰も受け入れてくれませんでした。
鳥が歌をうたわなくなることも、その翼を休ませることも、認めてもらえなかったのです。
いつまでもカゴに閉じ込めて歌わせれば、鳥は空に戻れることなく死んでしまいます。
このままステージから降りられなくなる前に、どうにかしてあげたかったのです。
プロデューサーの青年は、いつしか自分の仕事に自信を失いかけていました。
そしてそれに気づかない女の子ではありませんでした。
やがて虹色の鳥が、自ら七色の歌声を閉ざすようになるまで、大した時間は要しません。
歌わなくなった女の子と、歌わせられなくなった青年を前に、事務所の皆が声を荒げます。
『それ見たことか』 『早くしないと手遅れになるぞ』 『君はもうプロデュースから手を引くんだ』
女の子は頑なに拒否しました。他人の傍で歌っても、七色の歌声は出てこなかったからです。
青年もまた一歩も引きませんでした。誰かに預けた後の女の子のことが心配だったからです。
目を光らせた同僚が、『彼に代わって彼女を担当したい』と社長に直訴していることを知り、
もはや一刻の猶予もないと悟った青年は、女の子を連れて事務所を飛び出しました。
それからというもの、青年は必死に働きました。
女の子に申し訳が立たなかったのです。
古い親友の助力をうけて、小さな芸能事務所を設けました。
階下に居酒屋がある、オンボロなビルです。
女の子は、青年が始めた仕事を手伝いました。
青年に何か恩返しがしたかったのです。
たくさんの候補生たちが集まってくるよう、事務所の宣伝に力を尽くしました。
歌うことが好きな女の子たちが、いつかここを賑やかにしてくれることを信じて。
月日は流れ、七色の歌声など、誰もが幻のように思いはじめていました。
虹色の鳥のうわさが、小さな事務所に届いたのは、それからずっと後のこと。
「審査員の先生に言われちゃったんです。
『未熟な歌声ですね。それでは虹色の鳥と称えることはできませんよ。
あなたはまだまだ殻をかぶった、虹色の小鳥も同然です』って」
「はっはっは。天海君、虹色の鳥は、幻の鳥だよ。
それはそれは見事な七色の歌声で、何百万もの観客を沸かせたという話だ」
「わ、すごく素敵な鳥なんですね! 社長は、見たことがあるんですか?」
「ああ。よく知っているとも。とても綺麗な歌をうたう鳥でね。
公園を歩いていたら、偶然その歌声が聴こえてきたんだよ」
すっかり年を取った青年は、目前の女の子に語りかけます。
まだ見ぬ虹色の鳥に憧れる、明るくて元気な赤い小鳥でした。
あのときの願いを叶えた女の子は今、賑やかな小鳥たちに囲まれてお仕事をしています。
青年があちこち歩き回って見つけ出した小鳥たちは、1人として同じ色の羽をもっていません。
けれど2人の目には、どの子もみんな、虹色の鳥になるように映って仕方ないのです。
その小さな事務所には、今も虹色の鳥がいます。
(おしまい)
最終更新:2011年08月11日 00:26