お礼SS No.1
狂気の瞳 ~ Invisible Full Moon
東方月想兎 ~ Rabbit's Full Moon
「早く、逃げないと!」
後ろから追ってくる妖怪は間違いなく、自分の力では敵わない相手だ。
しかも、今はすっかり疲労し切っている。万に一つも勝ち目は無い。
逃げるしか自分に生き残る術は無い。幸いにも足はまだ走れるだけの余力を残している。だから走るしかない。
自身に言い聞かせる様に繰り返した言葉はもう何回目だろうか。
空からは冷たい雨粒が無限に落ちて来る。
少しでも速く走ろうと地面を強く蹴ると、その足は地に飲み込まれそうになる。
それでも、立ち止まる訳には行かない。
何度も地に膝を突き、その都度悲鳴を上げる腕を使い起き上がり、必死に足を動かすが、後ろからの妖気は何時までも弱まらない。
全く距離を突き放す事が出来ていないのだ。
恐らくは、その妖怪は宙を飛んでいる事が容易に想像出来た。
自分にも全くそういう事が出来ない訳では無い。
しかし、疲弊し切った体ではもう、そんな事も出来そうには無かった。
脱兎の如くとはよく言ったものだろう。
今の自分は正に逃げる事しか出来ない弱い兎だ。
しかし、本来の脱兎の様に速く走る事ももう出来はしない。
自分では走るつもりが、地面の泥濘に足を取られ、ほとんど速度など出ていない。
それなのに後ろの気配は近付く事も離れる事も無い。
相手は必死に逃げる自分を見て楽しんでいるのだ。
そうだと気付いたのはついさっき、あわや顔から地面に突っ伏せてしまいそうになる程に大仰な転倒をした時だ。
黒いはずの上着はすっかり汚らしい茶色に変わってしまった。
雨が流してくれるとも思ったが、空をふと見上げると、雨雲は何処かへと消え失せてしまっていた。
そんな事にも気付かなかったのかと、ふと自嘲気味な笑いが出た。
それまでは石像の様に硬かった口元が、思わず緩む。
笑いと共に吐き出された息は生暖かく、何処か鉄臭い物でもあった。
走り出したのは半刻程前だろうか、いや、もっと経っているかもしれない。
悪い足場の中、それだけの時間を走り続けてきたのだ。
幾ら自分が軍人としての訓練を受けて来たからと言って、体力が持つはずも無い。
「最期ぐらいは、頼れる姿を見せてあげるか」
誰に言うでも無く、呟く。
走るのをやめ、その場で後ろを振り返ると、辺りは木ばかりがある森林だという事がわかった。
自分がずっと見てきたのは足元だけだ、正面さえ見ていなかったのだから、よく木にぶつからなかったものだと思う。
恐らく、本能的に回避していたのだろう。
過去にも何度かこの様な事があった。
後ろからは追っ手が迫って来て、自分は見慣れぬ地を一人、走っている。
すると、何時の間にやら、追っ手の姿は消えているのだ。
辺りを見回すと、追っ手は自らをその武器で刺し貫いていた。
後にわかったのが、自分の瞳を見た者は皆、狂気に陥るとの事だ。
最も、常にそうではない。
自分が意識して対象を狂気に落とそうとした時だけ、その力は発揮されるのだ。
しかし、その力が暴発した時、自分は何も考えず、ただ必死になっていただけだった。
どうやら、無意識の内で意識して瞳の力を使っていたらしい。
何ともややこしい話だ。
こちらの様子に気付いたのだろう、木の向こうからその妖怪が飛び出して来る。
利き腕である右腕は、もう使い物にはならなくなっている。
もっと早くに治療を受けていればどうにかなったかもしれないが、今となっては殆ど神経も死んでしまい、重症のはずなのに痛みも感じられず、自分の意思では動かす事も出来ない。
一方で左腕も酷い有様だ。
軽く斬り付けられただけで、大した痛みも伴わなかったはずだが、何度も無理に力を掛け立ち上がったため、今では右腕同様にほとんど自由が利かなくなっている。
対峙した妖怪の姿は夜なのと、木で月明かりも遮られている所為でよく見えない。
ただ、人型をしているのはわかった。
距離は自分の足でおよそ十歩、相手がその気になれば一瞬で詰め寄られてしまう距離だ。
逃げない獲物は狩る側から見ても面白くない、今この瞬間にでも狩られる危険性はある。しかし、今するべき事は来世では幸せな人生を送れる様に祈る事でも、再び踵を返して逃げる事でも無い。
「私は約束した。逃げるからには、絶対に生き残ると」
暗い森の中に声が響き渡った。
まだこんなに大きく、張りのある声が出せるのかと自分で関心してしまう。
「もしそれが無理ならば、私は自らの手でこの生を終わらせるだけだ」
ふと思い起こされたのは、自分の親だったかもしれないし、部下だったかもしれない、しかし、自分がその約束をしたのは、どちらでもなかった。
「ただ、私は臆病だ。どうしようも無い程の臆病者。
自分自身を殺すことさえ出来ない。
だが、約束を違える事も出来ない。
だから、する行動は一つだ。」
暗闇の中の妖怪に意識を集中させる。
そのまま赤い眼で睨み付ければ、或いは狂気に落とす事も出来たかもしれない。
しかし、そうはしなかった。
いや、自分の誇りがそうはさせなかったのだ。
臆病者が誇りとは随分と身勝手な事だ。
故郷の同胞が聞けば、呆れ返るだろう。
「レイセン、お前はどうしようも無い臆病者なのに、時々物凄く、その、なんだ?格好良く見える時がある。
お前は絶対に誇りを忘れない月の民なんだな。頼りにしてるぜ?相棒」
時々、自分が物凄く嫌になる時がある。
どうしても融通が利かず、一度決めた事は絶対に曲げない。
その所為で今まで、何度も損をして来た。
そして、今からは最大の損失をする事になる。
「月の兎の戦い、見せてやろう」
「その後、何をされるのかと思ったら、その場に倒れるんだからね。本当にびっくりしたわ」
「うう、そこまでだったら格好良い話なのに、そんな所まで穿り返さないでくださいよー」
「成る程。ウドンゲは所詮、ウドンゲだったって事か」
「どういう事ですか!それに皆して私の事をウドンゲウドンゲ…」
「あら、気に入らないの?ウドンゲ」
「あ、いや、師匠が呼ばれる分には良いんですよ。寧ろ嬉しいです。
しかしですね、魔理沙さん、貴女が呼ぶのは…」
「じゃあなんて呼べば良いんだ?うどんが良いか?それともどんげ?」
「どんげって何ですかどんげって!私の本名はレイセンなんです!そう呼んでくださいよ!」
「はいはい、レイセンウドンゲ」
「繋げて呼ばないでください!」
Good Ending NO.01000
あとがき
非常にウドンゲ
それはもう、狂おしいまでにウドンゲ
自分の中ではうどんげは格好良い軍人さんです
それを前面に出して行けた…かな?
それにしても、月の兎は少女ばっかりなのだろうか?
一応、うどんげの相棒さんは男性のつもりで書いたんだけどなぁ
あ、気付いたかもしれませんが01000ってのは当て字でレイセンです
魔理沙は本当、色々なトコに飛び回ってそうですねぇ
一度会ったら友達って思ってるんでしょうねぇ
そんな彼女が大好きです
ちなみにタイトル=テーマ曲な訳な訳ですが、曲とのシンクロも考えています
狂気の瞳のイントロ~は急いでいるのに、その場で足踏みをしてしまう
サビ前は昔の事を振り返り、その上で決意を固める
そしてサビは最後の強がりを言ってみせる
そんな感じを受けたのは自分だけでしょうか
正直、これは月のエピソードを書くのか、幻想郷のエピソードを書くのか悩みまくりました
ですが、これからもこの拍手SSシリーズは幻想郷の事を書いて行くと思うので、こんな形に
6/7
最終更新:2008年12月21日 15:38