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天狗の手帖 ~ Happiness Note



「“にとり”に“椛”ですか……実に面白い」
「時期が時期だけに、意味深な名前が付けられたものね」
 突然、後ろから聴こえたのは抑揚に乏しい静かな声。
 私はこの声の主を、深く知っている。
「ありゃりゃ、聞いていたのですか、雛。山まで登って来るのは珍しいですね」
「一応、様子を見に来たの。あの件に関わった一人として」
「考える事は同じですね。私もです」
「あなたは、新聞のネタを探しているだけじゃないの?」
 ぴしゃりと一言。
 雛の言葉の鞭は、予測不可能な位置から飛んで来る。幻想郷最速と謳われた私でも、回避は不可能だ。
「うーむ、そこを突かれると痛いです。……しかし、椛はわかりますが、にとりとは何でしょう?あの穣果が付けるのですから、深い意味がありそうですが……」
「人鳥、人という字はにんとも読めるでしょう?だからよ」
「ひととり?……ああ、成る程。鳥に連れ去られた事が元になっているのですか」
「それに、鳥(ちょう)という字でなくても、取る、取(しゅ)という字とも取れるわね。河童から人を取(盗)ったら、残る友人は天狗。大した皮肉を考え付いたものだわ」
 椛の中、抱き合う様にして命を落とした人間と白狼天狗。
 その事件から一月も経たぬ内に、白狼天狗と、河童の赤ん坊が同日に産まれた。
 白狼天狗には椛、河童にはにとりと名付けられ、生後三ヶ月となった。どちらも女の子である。
 亡くなったのは男性であったが、実に皮肉な時期の生まれ、そしてその種族。
 それぞれ、白狼天狗と人間の生まれ変わりだと信じられたのは言うまでもない。
「雛は、本気で信じていますか?あの子達が、先日の件の……」
「そうね、半分半分というところかしら。でも、二人が無二の親友になる事は何となくわかるわ」
「それは私も同意です。文は、少し年上になりますね。仲良しトリオになりそうです」
「それには賛同しかねるわね。あの娘は気が強いから、二人が部下みたいな形になるかもしれないわ」
「むぅ、お転婆過ぎるのも問題ですねぇ。私はもっと、清く、優しかったと記憶していますが……」
「大丈夫、あなたは文以上に気が強かったわ」
「うぅ……そうでしたっけ……」
「男の天狗も引き連れて、女王様気分だったわね。あの暴君が結婚して身を落ち着かせるなんて、今でも信じられない程だわ」
「流石にそれは言い過ぎですよぅ……背に尾ひれが付き過ぎです……」
「あなたの真似をしてみたまでよ」
「私の取材は、清く正しくがモットーです!」
「取材はそうでも、記事は酷いものよ」
「そ、それは……面白さを優先すると、どうしても……ですね」
「ところで、あなたが記者を辞めるのって本当?」
「うぉーう、いきなりシリアスな話題に切り替わりましたね」
「あなたと話していると、どんどん本筋を反れて行ってしまうから」
「否定できません……っと、確かにそれは本当です。文も大きくなりましたし、夫の稼ぎもしっかりしています。もう私があくせく働くまでもありませんからねぇ」
「最速ブン屋の引退、か。まさか、最後の記事は自伝にしたりしないわよね?」
「おっ、おお!?そ、それは素晴らしいです!流石雛!神です!!それこそが、最速の先を追い求めた私の成れの果てにして、集大成な気がします!!」
「流石にそれは、引かれるわよ」
「えぇー……良い考えだと思ったのですが……」
「私の案をそのままパクっただけだけどね」
「――兎も角、そろそろ私の記者としての最後の日が近づいて来ました。来月の頭に最後の新聞を出して、現役引退とさせてもらいます。長らくのご愛読、ありがとうございました。雛だけです。私の新聞をちゃんと読んでくれたのは」
「何百年と続けて、愛読者が私だけってのも酷いわね」
「いや、まあ、ちょくちょく買ってくれる人も居たのですが、ちゃんと契約してくれる人は居ませんでした」
「私に不幸自慢されても、色々と困るわよ。ちなみに今のあなたには厄の欠片も見えないわ」
「むぅ、健康体で良き事かな。では、恐らく最後の記事は椛とにとりの事になると思います。期待しててくださいね」
「最後まで、真実については期待出来ないわね」
「路線変更、最高のフィクションをお届けします!」
「最後に路線変更、ね」



最終更新:2009年05月21日 20:29