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「お嬢ーッ!お嬢ーーーッ!!」
 ただっ広い廊下に、よく通る男の声が響き渡った。
 やがてそれは壁に反響し、幾分ボリュームを下げて再び屋敷に響き渡る。
 声を上げた男は、半ば呆れた様に肩を竦め、土壁に右手を付いた。
「全く、こんなにデカイ屋敷だと、人を一人探すのも大変だ。……ツっても、俺とお嬢しか住んでいない訳だが」
 自分の言った事に小さく喉を鳴らし、再び口を大きく開ける。
「お嬢ーーッ!!早くしないとお嬢の分のケーキ、俺が食っちまいますよーー!!」
 先ほどと文句を少し変えたところ、効果は抜群だった様だ。
 程なくして、騒がしい足音が遠くから聞こえて来た。
「お嬢も女の子なら、減量とか気にしないのか?」
 幸い、その呟きは壁が全て飲み込んでくれた。





「ヨシナカ、あんたもたまには気が利くんだね。一ポイント加算してあげるわ」
 水兵でも無いのに、セーラー服を身に纏った少女が、やたらと優雅な仕草でフォークを操ってケーキを切り取り、手ぶらな左手で男を指差した。
「たまには、は余計です。俺はいつも、お嬢の為に心を砕き通しているじゃないですか」
 一方、男はフォークを使い慣れない様子で、クリームも生地もボロボロに崩しながら、大口を開いてケーキを食べ進めている。
「それは、従者なんだから当たり前。あたしが評価したのは、今日、このタイミングでケーキを用意してくれた事よ」
 勝手な理屈を捏ねつつ、一口大にしたケーキを口に運び、さっきまでの気難しそうな表情を綻ばせる。
「へっ、何かあったんですか?」
 男は既にケーキを食べ終えてしまい、後二つケーキの仕舞われている紙の箱に手を出そう……としたところで少女に止められた。
「今日はね、先輩があたしに優しくしてくれたの。すっごい優しい顔してさー」
 すっかり、夢心地といった顔になった少女を横目で確認しつつ、男は未練がましそうに紙箱を一目見、手を引っ込めた。
「俺としては、今日は花屋の筋のケーキ屋でセールしてたから買ったんですけど、結果オーライってやつですね」
 普段の約半額で入手した、ケーキのクリームが付いたフォークを一舐め。
「ああ、それとヨシナカ」
 少女もやっと男に追い着いたらしく、フォークを皿の上に置く。
「はい?明日からは学院、お休みですよね?」
 少女は目で頷き、宝の残された紙箱を死守する構えに入った。
 具体的には、自分の陣地に完全に紙箱を引き込み、尚も未練たらたらな様子の男を黙殺する。
「明日、町まで付き合ってくれる?どうせ暇でしょ?あんたも」
 二つ目のケーキに着手した少女は、やはり細かくケーキを切り刻んで行く。
「ええ、良いですよ。……言わば、デートですね」
 「お嬢が居ないなら、そりゃあ暇ですよ」なんて言葉は当然、生唾と共に飲み込んだ。
 本当に言ったら、殺されかねない。
「課題の為に、色々と揃える物があるんだよ。一ヶ月も休みはあるけど、早めに取り掛からないとね」
 かつてモンブランであった物は、綺麗に八等分され、頂上の栗もどういう訳から八つに切り分けられていた。
 最早、ケーキ屋が涙目である。
「さすがお嬢ですね。俺はずっと、夏休みの課題なんてギリギリだったのに」
 自分の言葉の後半部が無視された事に、男は触れようとしない。
 それは、少女の無言は肯定であると承知しているからだ。
「ウチは単純な紙の課題が出ないからね。今回のは、毎日の星の記録と、花の観察。それも十種類以上」
 直後、男は小学校の宿題みたいだな……と思ったが、また直ぐにそれを否定した。
 明らかに人間一人がするのには、多過ぎる量の課題だ。
 鬼畜も良い所、正気じゃない。
「お嬢、今までそれを一人でやって来たんですか?」
 こんな質問が出たのは、自然の摂理とも言えるだろう。
「今までって言っても、あたしは三回生だから、二年だけだけどね」
 哀れなモンブランの一片を口に運び、また笑顔を見せる。
 赤みがかった、琥珀色の大きな瞳が細められるのには、今も男は慣れていなかった。
 思わず、腰が抜け、我を失いそうになる。
 その度に「これ、実在する女の子の仕草じゃないだろ……」と現実にツッコミを入れる事で自我を形成していたのだった。
「まあ、本気になれば案外出来るもんだよ。人間は偉大だって、八月三十一日に毎回思ってたね」
 目の眩みそうになる笑顔で論じられる、突然の人間賛美。
 そんなあべこべな演説に、男の心は大きく動かされた。
 彼女の弁が素晴らしかったのではなく、彼女がその言葉を言う事に、大きな意味があったからだ。
 そして、それは同時に自分にも重なったからであろう。
「そんじゃお嬢。また何かあったら言ってください。いつもの部屋に居ますんで」
 自然と立ち上がってしまったのは、目頭が熱くなって来てしまったからだ。
 幾ら感極まったとしても、彼女に涙を見せる訳にはいかない。
「え?う、うん。」
 訝しそうな目が男に向けられるが、男は何とか平常を装った。
「じゃ、着替えが終わったぐらいに行くわ」
 少女が再び、ケーキを切り刻む作業に戻った時、男は部屋を静かに出た。
 それから、涙を流した。
 自分や少女にでは無い。
 哀れなケーキに。





「ヨシナカ、起きてる?」
 時計の長針が刺すのはまだ十八時なのだが、すっとんきょんな事を言いつつ、少女が扉を開いた。
「勿論、起きてますよ。……おっ、お嬢はまた、可愛らしい」
 男は、さっきまで来ていた外行き用の地味な長袖のシャツは脱いでいる。
 代わりにYシャツに黒い上着という、所謂「執事服」を着ていて、この豪勢な屋敷に似つかわしい服装となっていた。
 また一方、少女もさっきまでの白地に赤いリボンというセーラー服は脱いでいて、真っ白いやたら滅多にフリルに付いたワンピースを着ている。
 さっきまで下ろしていたピンク色の長髪は、今では黒いフリル付きリボンで後ろに束ねられていた。
 所謂「ポニーテール」である。
「本当は、外でもこういうの着たいんだけどね。もし、顔を知っているのに見られたら不味いし……」
 少女は、顔を見られたら不味い指名手配犯でも、暗殺のターゲットとされている訳でも無い。
 それなのに、顔を……と言うか、素性を隠す必要があった。
「ノースコット家の生き残りが居るとバレたら、間違いなく集られますからね。……はぁ、そうでなければ、お嬢の様な人は、目一杯めかし付けられるべきなのに」
 少女は名前を、シュルーティア・ノースコットと言う。
 時の栄華を極めた、ノースコット家の一人娘だ。
「それも、後一年半の辛抱だよ。学院を卒業した暁には、お父様達を陥れた連中をまとめて刑務所にぶち込んでやる」
 ノースコット家は、今や「没落貴族」と称される家となった。
 跡取り娘は、残された屋敷で僅かな財産を食い潰して生きていて、その財産が無くなれば、乞食に成り下がるしかない。
 また、その僅かな財産と屋敷さえも、他の貴族に狙われる現状であった。
「理由は全て、三年前の事件。億単位の金の横領、脱税、賄賂、それが露見した事にあった。……勝手な話だよ。ウチは兆単位のお金を抱えていたんだから、そんなはした金、取るに足らなかった。でも、連盟はそんなでっち上げを真に受けて、ウチを国から爪弾きにするばかりか、財産を根こそぎ奪って行った。屋敷も焼かれ、土地も奪って……」
 少女―シュルーティア、愛称をシェリアが住んでいる屋敷は、唯一残された別荘である。
 別荘なのに、普通の貴族の本家の邸宅と同じレベルの大きさなのは、ノースコット家の繁栄を物語っている。
「お嬢…………復讐の時は、絶対俺も連れて行ってください。最悪、弾避けぐらいにはなりますんで」
 そして東洋系の男――ヨシナカは、そんな屋敷の唯一の使用人だ。
 始めから居たのではなく、今年の冬、町に行き倒れていたのがシェリアに拾われた事により、仕える事になったのだ。
「何言ってるのよ。そんなの当然じゃない」
 初めは奔放な主人に手を焼いたヨシナカだが、今ではすっかり慣れてしまった。
 ――前述の通り、その笑顔以外には。
「ははっ、んじゃあ今から、弾丸を跳ね返す肉体を鍛えておく事にします」
 言って、両腕を挙げて力を込めて力こぶを見せる。
「結構、横腹が弛んでいるんじゃない?ほらっ」
 齢、十七の少女の拳が容赦なく腹にめり込み、思わずヨシナカはその場に蹲ってしまう。
「横腹って言いつつ、ボディーブローはやめてくださいって……うぅっ、ケーキが込み上げてきそうだ……」
「あたしの鈍いパンチぐらい避けてくれないと、背中は任せられないよ?」
 ヨシナカは、それ以上何も出来なかった。
 顔を上げる事も、声を上げる事も、まさか反撃に転じる事も。





あとがき

短編なのか怪しいお話です
どう考えても、続きそうです


東方無関係のお話ですが、そんな事はありません
そんな感じ



タイトルとお兄さんの名前からわかると思いますが、元ネタは平家物語かもしれません

でもそんなことは全然無いかもしれません



最終更新:2009年06月06日 23:04