目の前に、一人の少女が降り立った。
白い長髪に、黒い片翼。
身体には、そこいらの町娘のとそう変わりない洋服を纏っている。
しかし、一目見て、彼女が人間でない事は理解出来た。
「…………これが、怪鳥?」
極東の妖怪が、この辺りに住み着いていると聞いた。
確か、以津真天という怪鳥。
体長は五メートルを越し、白い羽毛に身を包む。
そして、不自然な黒い両翼と尾羽を持つと伝え聞いた。
少女の身体的特徴は、その体長以外は、全て知っている情報と合致した。
「……人間」
か細い、消え入りそうな声。
しかし、脳に直接響く様な独特な感じのする声。
それでいて、嫌な感じはしない、清流のせせらぎを思わせる美声だ。
「…………私が、何かしたの?」
腰の剣を認め、僕が何をしに来たのか理解したのだろう。
二言目は、明らかな敵意が込められていた。
「以津真天は、死体を喰らう妖鳥らしいね。……君は、今まで死体を食べた事が無いのかい?」
未だ、少女がそんな妖怪だという事は疑わしい。
でも、まずそうだと思って間違いないとはわかっていた。
「あなたは、牛や豚を食べた事が無いの?」
肯定か。
可愛い少女を撃つ趣味は無いが、仕方が無い。
「当然、ある。人間はそういう物も食べないと生きられないからね。そして、君も死肉を食べないと生きられないのだろう?」
剣に手を掛け、一呼吸で引き抜く。
「でも、人間とは違う。私は、既に死んだものを食べただけ。殺生はしてない」
驚いた。剣を向けられ、顔色一つ変えていない。
声も震えていないし、どうも虚勢な気もしない。
相当に肝が据わっているのか。
「そりゃあ、その通り。でも、人間というのは勝手で――死者を愚弄されるのが嫌いなんだ」
けたたましい銃声。
銃剣の先から、細い硝煙が天に立ち上る。
不意打ちみたいで気が悪いが、これも仕事。
でも、心臓を確実に撃ち抜いた。苦しみはしていないだろう。
――なんて考えていると、少女の死体が無かった事に気付くのに時間がかかった。
さっきまで少女が居た場所には、ただ虚空が広がるばかり。
「そこまで理解出来ていて、どうして人間は考えを改めないの?」
再び声が聞こえたのは、後ろからだった。
この辺りは、人里離れた山岳地帯。
小高い山が無数にあり、剥き出しの無骨な岩が大きな高低差を構成し、言わば天然の要塞となっていた。
撃ち合いをして、これ程楽しい地形も無い。
銃士としての主観を入れつつ、辺りの環境を考察しながら後ろを振り向くと、少女は僕の足場から見て、高低差およそ十メートルの地点に居た。馬鹿と煙はなんとやら、か。
二度目の銃声。
しかし、それで終わりはしない。
狙いは付けず、適当な位置に残りの銃弾十発を吐き出し、直ぐに空のカートリッジを捨て去り、新しい物を込める。
十三度目の銃声は無かった。
闇雲に撃った内の一発が、確かに少女の小さな体を撃ち抜いたらしい。
左……本人から見たら右肩だ。を真っ赤に染めて、少女が僕と同じ高さの所に跪いていた。
「……もう、動かない方が良いよ。直ぐ、楽にしてあげるから」
「人間は、銃は狙い撃つのを美学としている筈なのに。無様」
僕が口を開くと同時に、少女も言葉を重ねて来た。
相当な痛みがあるだろうに、それを感じさせない淡々とした声。
こんな面を見せられると、成る程、妖怪である事も納得出来る。
「僕は、あまりそういう拘りは無いんだ。無様な勝ち方をしてごめん」
口は達者な様だが、もう体は満身創痍なのだろう。
銃口を向けられても、体をぴくりとも動かせないのは、ただ哀れだ。
「人間は――」
銃声。
彼女の遺言を掻き消し、硝煙が空に立ち昇って行く。
「勝利を確信すると、必ず油断が生まれる」
考えもしていなかった事が起こった。
僕は、確かに彼女を狙って銃弾を撃った。
引き金を確かに引いた。
鉛の塊は、確かに撃ち出された。
それなのに、少女は生きていた。
新たな傷も増えていない。
彼女が妖怪だから、体に二発銃弾を受けても平気だったのはない。
銃弾が消えてしまっていたのだ。
そして、僕はそこまで思考した後に、左肩に激痛が走っている事に初めて気付いた。
「…………うっ!?」
見れば、木の棒が僕の左肩に生えている。
銃剣を取り落とし、引き抜くとそれは銀色に輝くナイフだった。
鉄の刀身に僕の血液が絡みつき、それはルビーの様に見えた。
「今、起こった事の説明」
僕が無意味に傷口を右手で押さえていると、少女がまた抑揚の無い声で語り出した。
「私は、あなたの撃った銃弾を避け、そのまま右手でナイフをあなたの肩に向けて投げた。その証拠に、そこの血痕は私のもの」
見ると、彼女の手前の地面には、放物線を描いて落ちたであろう血液の後があった。
本当に、銃弾を受けた右肩でここまで正確にナイフを投擲したと言うのか?
高速……とも言えるであろう銃弾を避けた事も信じがたい。
「今、一般的に使われている銃の射撃速度は秒間百メートル無い。その程度なら、撃たれるのを確認してから避ける事も十分に可能」
考えられない事だ。
平然と言われてはいけない事だ。
人間の科学力が、妖怪にはまるで歯が立っていないという事だ。
妖怪は、平然と人間の科学の粋を回避出来るのか。
「しかし、乱射は無理なのだろう?幸いにも、僕は銃弾を後、十一発残している。銃を撃つだけなら、右手だけでも十分だ」
銃剣を構え直す。手にべっとりと付着した血が不快だが、今は気にしてもいられない。
「だから、させない」
僕が引き金を引くと同時に、銀の旋風が走った。
最終更新:2009年07月08日 22:08