「わかった。私にはわかりやすい萌えが足りないのよ」
空気がしばし、凍結した。
その理由は、何の脈絡も無しに彼女がそれを言い出した事。
そもそも、天華はその言葉の意味が理解出来なかった事。
その二つであると考えられる。いや、絶対そうだろう。
「えー……天理、何だって?」
逸早くフリーズから解き放たれた僕は、とりあえず少しずつ空気を暖めにかかる。
前に先輩に僕が「保護者」と言われたが、強ち間違っていない。
いや、確実にそうなのだろう。
「考えてもみればわかるでしょ?天華ちゃんはロリな容姿+巨乳、更に無口キャラにして羽っ子。それに加えるならばオッドアイにゴスロリ。これだと、私との魅力との差が歴然過ぎるのよ!」
……嫉妬だった。
つまり、天理は自分の妹に嫉妬しているのだった。
「……で、天理はどうしたいんだい?」
中々にこの二鳥の扱いに慣れて来た。そう自負出来る様になった僕だが、良い文句は出て来なかった。
「ヴァン、私の萌えポイントをありったけ挙げて」
「は?」
即答。これ以上が無い程の反応速度での受け答え。
この瞬間速度だけなら、天華の本気の脚力にも負けていなかった。
……天華の音速がかなり遅いので、そもそも会話という面で天華は僕の競うべき相手では無いと思うのだが。
「今言った通り、天華ちゃんはアホみたいに萌えるのよ。軽く列挙しただけ六個も七個も挙がる通り、天華ちゃんは悔しいけど、私以上に萌える。これはもう、そういう星の下に生まれたのだ、と自分を納得させられるわ。でも、私だって半分は同じ血を継いでる。それに自分で言うのもアレだけど、お父様はヘタレでも見た目や性格は良いし、私だって魅力がゼロという訳では無いでしょ?それを客観的に分析してもらい、自分に自信を持とう!って言うのよ」
天理節が炸裂だ。
こういう身勝手な物言い、天華が似なくて本当に良かった。
今でも手を焼いているのに、それが二倍になったりしたら泣きそうだ。
いや、確実に号泣する。僕はこれでも涙脆い、形振り構わずおいおい泣いてしまうだろう。
「…………天理、まずはそういう面を抑えれば、君の魅力は激増……」
右足に響く鈍痛。
天理の軍靴にも似た革靴が、正確に僕の右脛に強烈な一撃を叩き込んだ。
「あら、ヴァン。よく聞こえませんでしたわ。もう一度言ってくださいませ」
何時からお嬢様キャラになったんだ。
いや、その高慢さは完全に貴族が持つであろうそれだが……
違う。僕も一応は貴族であり、僕には妹が居る。
それは天華も知っているのだが、そういえば天理は会っていない。
――兎も角、僕の妹は少し我が侭な面もあるが、節度は守るし、決して無意味に暴力を振りかざしたりは……したけど。
「姉さん、ヴァンに酷い事しないで」
「あら、大丈夫よ。天華ちゃん。ヴァンはドMだから、私に蹴られるのが趣味なの。だから、どんどんやって良いの」
……折角の天華の優しい言葉を、訳のわからない設定付加と共に一蹴しないでくださいますか。
「…………そうなの?」
ああ、僕に向けられる天華の視線が痛い。
確実に、軽く嫌悪と侮蔑を込められている、この視線には。
「ち、違――」
「天華ちゃんにやられても、喜びそうね」
……天理、僕は君に恨まれる事をしただろうか?
今したのはわかる。
それでも、ここまでやられるだけの事はしていないんじゃなかろうか。
「…………ヴァン、やっぱり私の事そういう風に見ていたんだ」
そ、その「やっぱり」とは!?
僕はこれでも、かなり紳士的だ。
とりあえず、似非紳士な先輩よりは紳士だ。
だって、そもそも生まれからして――
「そうよ。ヴァンにとって、私達は征服の対象であって、性欲の捌け口なの。最低なのよ」
「天理――ぐはっ」
今度は、可愛らしいフリル付きのリボンの掛かった、可愛らしい靴に包まれた天華の足が僕の腹部に突き刺さった。
こ、これはさすがに洒落には……
「天華、誤解……だ…………」
昏倒する意識。
立てなくなる足。
遠ざかって行く、あまり似ていない姉妹の笑い顔。
片や口を大きく開けて笑い、片や申し訳無さそうにしながらも、口に手を当てている。
ねぇ、これで僕が二度と目を覚まさなかったら、どうするつもり?
――せめて、骨は故郷の川に流してやってください。
「……姉さん、どうしよ。思った以上に本気が出ちゃった」
「――天華ちゃん。ヴァンに恨み、あるの?」
「……特には」
「思った以上の逸材ね。さすが私の妹は只者じゃないわ」
「馬鹿にしてない?」
「いやいや、褒めてるのよ。素直に」
「どうすれば、起きるかな」
「そうね――――――ヴァンが喜ぶ事をしてあげたら、どうかしら」
「……間?」
「き、気にしなくて良いわよ。天華ちゃんはヴァンとの付き合いも長いから、好きな事も、沢山知ってるでしょ?」
「…………蹴るの?」
「それは私の勝手な付加設定」
「……そういえば、前に抱き締めたら、顔を真っ赤にして飛び上がってた」
「ふむ……私の天華ちゃんがヴァン如きと体を密着させる事は気に食わないけど、中々面白いリアクションが期待出来そうね。やってみたらどうかしら」
「……じゃあ、まず服を脱がないと」
「そういう系の状況だったの!?」
「あの時は、私もヴァンも河に流されて、寒いから服を脱いでた。それで、ヴァンは体温が下がって軽く三途の川が見えてたみたいだったから……毛布も無かったし、私の体で暖めてあげようと思ったの」
「…………天華ちゃんって、たまに以津真天の範疇じゃないモノが見えちゃうよね。そして、何なのよ。その羨ま……アレな展開は」
「で、お腹は比較的体温が高いから、それをヴァンの胸に当てて、そしたら、胸が顔に当たっちゃって……」
「……裸?」
「裸」
「決めた。ちょっとヴァン、殺すわ」
「でも、何だかヴァンは気持ち良さそうだった。後はしばらく、ヴァンは気を失ってたんだけど、気が付いたら慌てて離れて、日本語でも英語でも無さそうな言語を叫んで、また気を失った」
「……つまり、そこの糞男は天華ちゃんの巨乳を枕に、二度眠ったと?」
「一応、そうなる」
「……OK、殺しましょ。これは冥官としての使命だわ」
「私は、もう冥官じゃないけど」
「……良いわ。私だけでも殺してみせる」
「……その場合、私も阻止しないといけない」
「……えーと、冗談ってわかってます?」
「目が、本気だった」
「さ、さすが我が妹!」
「それで全てを済ませるのもどうかと思うけど」
「うっ……これがヴァンの言っていた毒、か……」
――随分と楽しそうな会話をしている。
そろそろ、僕は腹に受けた大打撃のダメージを回復しつつあり、意識は戻って来た。
どのタイミングで、起き上がるとするか……
天華に抱きしめてもらえるのなら、それからでも遅くは……
「…………今、動いた」
「え?」
「ヴァンの体、ちょっと動いた」
不味い。天華の洞察力と観察眼を忘れていた。
まさか、僕の下半身が無意識の内に……?
「ふぅん、こいつは私達の会話をにやにやしながら聞いていた、と……」
「……ヴァン、そんな事するかな。私の見間違いかも。風、とか」
……天華、ごめん。
僕はまた、君の純情を踏み躙ってしまった。
「天華ちゃん。この男は、あなた程純粋じゃないのよ。ここで殺しておくべきね」
それに比べて天理……君は、僕の事を本当によく理解している。
「でも、ヴァンは優しいから。そんな、私達の話を盗み聞きしたりはしないと思う」
…………ごめん。本当にごめん。
「天華!おはよう!」
底抜けに明るい声と共に飛び起きる。
僕は、罪悪感に耐えられなかった。
だから、爽やかに天華に幻滅される道を選んだ。
それが、せめてもの罪滅ぼしだ。
「……ほら、姉さん。ヴァン、今まで寝ていたでしょ?」
――天華は、それでも優しく、純粋だった。
ああ、その後?
天理に再び気絶させられたよ。
今度は、目隠しと耳栓を付け、腕を縛られた状態で。
最終更新:2009年08月14日 18:15